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劇場版・少年少女の戦極時代

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ドライブ&鎧武 Movie大戦フルスロットル
  呉島碧沙にとって思春期とは何か?

 貴虎と光実と上手く行っていない。
 中学に進学してから今なお、呉島碧沙を悩ませる問題である。


「別に兄さんが嫌いになったわけじゃないからね」
「お兄さんがキライじゃないなら、なーんで貴虎さんと光実さんと上手く行ってないのかしらぁ? 我らがヘキサお嬢様は」

 昼休み。机を合わせて一緒の昼食を終えたトモが、うにうに、と碧沙のほっぺを指で押した。

「お嬢様、はやめてよ。もうお嬢様でも何でもないんだから」
「ごめんごめん。でもその辺はお兄さんたちと上手くやれてない理由にならないの?」


 ――ユグドラシル・コーポレーションという組織は世界規模で解体され、その上層部にいることで名家の看板を負っていた呉島家もまた、一般的な家庭にランクダウンした。
 今ではむしろ、「あの」ユグドラシル・コーポレーションの元・上層部が身内だからいじめられる、という事態が発生しないほうが不思議な有様である。


「ならないわ。貴虎兄さんと光実兄さんがどれだけ戦ったか、わたし、この目で見てきたんですもの」

 碧沙はアーマードライダーとして戦う兄たちを近くで見てきたのだ。あの数年前の死闘を見た後で、簡単には嫌いになどなれない。

「じゃあどうしてか……は、自分の中で分かってるのよね」
「分かってる」
「あなたも普通の女の子だったのね。意識して壁作ってたわたしが馬鹿みたい。ずばり、思春期だから」
「おっしゃる通りです」

 そう。思春期だから。碧沙が兄たちと上手くやれていない理由は、たった「それ」だけなのだ。
 あれだけの死闘を経た兄たちを見てさえ、「それ」だけが、碧沙を貴虎と光実に対してぎこちなくさせているのだ。

 例えば、なんとなく、至近距離にいるのが恥ずかしい。
 例えば、なんとなく、近くにいても会話がない。
 例えば、なんとなく、話せても冷たい言葉を発してしまう。
 例えば、なんとなく、人目が気になって腕を組んだり手を繋いだりできない。
 例えば、なんとなく、「大好き」と昔のように言えない。

 数え上げればキリがない「なんとなく」が降り積もり、呉島家の兄妹仲は決して良好とは言えないものになって、現在に至る。

「――で。中学最後の冬休みも目前なのに、未だ引きずってると。2年……いや、1年半?」
「なんだか、うまくきっかけが掴めない内に時間だけ過ぎちゃって」

 次兄は大学生になり、長兄は新しい職場で働いている。そんな中で、碧沙だけが進めていない。むしろ後退している。

 逆に、肉体は健やかに成長しているのが、どうにも悲しい部分である。

 身長と髪が伸びた自分は、どうやら男女共にウケのいい容姿らしい。だからといって、言い寄る人々、告白してくる人々と付き合いたいとは思わない。

「碧沙って好きなタイプとかいるの?」
「なあに、唐突に」
「彼氏の一人でも出来れば兄離れに変な罪悪感持たなくなるかしらと思って。で、どう?」
「貴兄さんか光兄さんみたいな人ならタイプよ」

 即答である。

「兄妹じゃなきゃお嫁さんになりたいと思ったことなんて何回もあるわ」
「貴虎さんも光実さんも異性としては魅力的だものねえ。――言われなくても取ったりしないわよ。わたしはもっとワイルドな人のが好きなんだから。だからジト目やめなさい」

 今度、トモは指で碧沙の眉間を小突いた。

「第三者に対しては昔のままなのにねえ。どうしてそれを本人たちにできないんだか」
「ううっ」
「――ごめんなさい。ちょっと意地悪な言い方だったわね。よしよし」

 トモが碧沙の頭を撫でた。

(こういうスキンシップしてくるの、昔は咲だけだった。咲にしか許してなかった。トモでも平気になったのは成長したからってことかしら)

 思えば、中学に進学してから咲とも疎遠になった。だが、こちらに関しては、碧沙は兄たちの件ほど気に病んでいなかった。

(だって咲ったら駆紋さんのことばっかり話すんだもん。わたしと話してるのに。これに関しては譲らない。咲が悪いんだからっ)




 学校が放課になった。碧沙はトモと別れ、一人帰宅した。

 現在の呉島三兄妹の住まいは屋敷ではなく、マンションである。これは、大企業の重役でなくなった貴虎の収入減が大いに影響しているのだが、碧沙も光実も口には出さない。碧沙としては、マンションに住めるだけでも儲け物だと思っていた。

「ただいま」

 昔のように綺麗な発音を心がけて小首を傾げてみたりしつつ、マンションのドアを開けた。
 誰もいない、しんとした部屋のドアを。

(兄さんたちがいなかったら、できるのに)

 靴はない。それを確かめ、碧沙は靴を脱いで部屋に上がった。

 クラブに入部していない碧沙の帰りが、呉島家では最も早い。

 付き合いで飲むという風習に疎い貴虎と、大学生になっても食事だけは家に帰る光実のため、呉島家の食卓は碧沙が担っている。
 他の家事では、掃除、洗濯は各自で、風呂掃除はローテーションと決まった。

 手探りで、生活感のある暮らしを、ここ数年、呉島兄妹は送ってきた。

(今日の夕飯、どうしようかしら。冷蔵庫の確認……宿題は夕飯の後でいいわよね。宿題っていっても、ほとんど受験勉強だけど。受験、本土の高校も志望校に入れちゃったのよね。沢芽市を出たいって言った時の貴兄さんと光兄さん、ショックみたいだったな。それが嬉しいって思ってるくせに態度は悪い辺り、わたしってイヤな子……)

 ぼんやり考えつつ、体はここ数年でなじんだ台所の確認作業を行う。
 そうしていて、米びつの中身が残り少ないことに碧沙は気づいた。そういえば昨夜も、今日の帰りに買って来なければ、と思ったのを思い出した。

(買い物、行かなきゃ)

 目の前の問題に意識をシフトすることで、今日も碧沙は大事な問題から目を逸らす。 
 

 
後書き
 拙作最終パート近辺でフラグを立てておいた「難しい年頃になった碧沙と兄たち」を描いてスタートとさせていただきました。
 お嬢様だった碧沙ですが、割と器用に家事ができそうな気がしたので、呉島兄妹のおさんどんは碧沙です。 
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