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温泉旅行

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温泉旅行(中編/2日目/告白)

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温泉旅行(中編/2日目/告白)


告白と聞いてまず何を思い浮かべるだろうか。
大体の人は「恋愛感情」の告白だと思うだろう。
その予想は多分、いや、100%外れている。
俺がする告白は「恋愛感情」ではない告白だ。

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恋也も温泉に入り、飯を食い終わって特にすることも無くそろそろ就寝しようかと考えている頃。
恋也は先に布団に潜り込むように入って行き、俺に背中を向けて横になった。
俺はドア側で、恋也は窓側。
部屋の電気を消して俺も布団に入って暫く目を閉じていれば「……1つ聞いて良いか?」と恋也に尋ねられる。
お互い背中合わせで会話をしている為、表情は分からないが声のトーンで何となく想像するしかない。

「んだよ」

短く返事をしながら、目を開いて何を聞かれるのだろうと頭の中で考えていると、当然と言えば当然の質問が恋也の口から発せられた。

「何で、俺と出かけてる?正直俺とりとは仲が悪いのは誰だって分かってる事だけど、何で俺を此処まで連れてきた?」

なぁ……、と言う声と共に布が擦れる音が聞こえたので、きっと振り返ったのだろう。
俺の背中を恋也は見て、俺は少し遠くに見える戸を見て、お互い話しているんだろう。
あくまで予想だが。

何故答えないといけないのか、良い言い訳はないのだろうかと考えながら早く寝てしまおうと返事をしておいて、無責任な事をしようとしている。
隠しておく必要があるのかないのか、自分では分からない。

「気分……」

気分屋だから、そう付け足そうすれば視界が戸から恋也の顔に変わる。
恋也の顔が凄く近くて恋也の肩越しに天井が見えたので、仰向けにされたのだろう。
こういった類が好きな人は萌えるだろうが、俺は押し倒されたと言うより、無理矢理目を合わさせられた、と言った方がしっくりくるかもしれない。
押し倒す、ならきっと恋也の両手は俺の顔のすぐ隣になるんだろうけど、恋也の左手は俺の服(旅館の貸し出し用浴衣)の襟を握っており、右手はその当たりにある。
そして馬乗りでもない。
端末を弄っている時に身を乗り出して覗き込むような体勢のようだ。

「さっきから気分、気分って気分屋はそれで通じるけど、俺は気分で納得できない。ちゃんと理由を言うまでこの体勢だから」

何だこの俺みたいな生物は。
上から目線で、自分の言った事は絶対で……って俺の弟だから仕方の無いことだけれど。
俺が理由を言わない限り恋也は退いてくれないというのが分かっても、あまり言う気にはなれなくてつい「明日言うから寝かせろ」なんて嘘を吐く。
そんな嘘に恋也は引っかかる事無く、無表情で俺を見つめる。

「言えよ」

喧嘩をする時と同じものの言い方で言われて、何故かムカつく事はなく顔を逸らそうと左に少し動かせば、恋也の首筋に虫に噛まれたような赤いものが付いていた。
本人は隠しているのか隠していないのかは分からないが、気にしないでおこう。
一瞬固まって再び顔を逸らすと、居た。

「あっ……」

窒息死してしまいそうな程、声が出なく、そこに居る奴は俺の見知った格好だ。
ボブカットに和服、そして手招きをしながらゆっくりと歩いてくる。
幼い顔つきで、黒髪、肌の色は色白でどう見ても人間ではない、オーラを出している。

『こっちにおいで』

手招きをしながら歩いていた筈なのに、気が付けばもう目の前に居て、ゆっくりと右手を伸ばして俺の頬に指先が触れた瞬間――パァンハリセンで木製の机を叩いた様な音がしたと同時に、左頬に痛みが走り、視界が歪んでいるのが良く分かる。


「――……?」

何が起きたのか全く分からない。
数回瞬きをしていれば頬に何か温かいものが流れていくのが分かるが、暗かったはずの部屋は明るく、さっきまで無表情だった恋也はどこか心配そうな顔で俺を見下ろしていた。
ただ自分で分かるのは息遣いが荒く、変な汗を掻いているという事。
ゆっくりと体を起して、息を整えようとしていれば恋也に「何か買って来てやろうか?」と聞かれたが、1人になってしまうのが嫌だったの首を横に振り、また仰向けに横になる。

「俺、どうなってたんだ?」

恋也が居る右側に視線を向けて尋ねると、恋也は安堵しているのか肩の力が抜けているように感じる。

「俺が仰向けにして、理由を言えって言って数秒経ってから急に気を失って、というより何かにうなされていた」

だから叩いて俺を起したのかと納得を1人でしつつ、俺がうなされたのは当然、ボブカットを見た時ぐらいだろう。
この旅館に憑いているのか俺に憑いているのか。
それよりも寒気を感じるのは、汗が引いたからだろうか、何だか違う気もするが掛け布団を被って再び寝ようと掛け布団に包まっていたら「寒い?」と声を掛けられる。
確かに肌寒い時期ではあるが、布団に包まる必要はない。

さっきからゾクゾクと背筋が凍るような、熱が出る前兆の様な寒さに襲われながら寒さで理性を失っているのか、頷いた。

「あんまり、やりたくなかったけど……」

何を?と聞く前に恋也は俺と恋也の布団の離れている距離は大体30cm、その距離を0cmにして布団に入って、俺の使っている布団に手を入れて来ては背中をゆっくり上下に撫でている。
俺の背中を撫でるのをやりたくなかったとはどういう事だ。

「なぁ……暖まらねぇ」
「そりゃぁ、つっくいたら暖まるけど、離れて背中撫でてるだけじゃ暖まらない」
「……意味ねぇだろ」
「じゃぁ、俺に抱き付いて暖めて欲しいと?」
「アホか」

少しだけ気が楽になったなと、ぼんやりと思っていれば背中から手が離れて、掛け布団が捲られ恋也が俺の布団に入ってきたのが分かる。
そしてすぐに背中合わせになってお互い無言になる。

気まずい……。

「れ、恋也?」
「丁度俺も背中冷たいから、兄貴に暖めてもらおうと思って」

結構無邪気な感じに言っているのが分かって、首だけ動かすと後ろからでも良く分かるぐらいあちこち視線を彷徨わせて、最終的には下に下ろしていた。
そんな姿を一瞬小さい頃の恋也に重ね、思わず口元が緩む。
振り返るのをやめて近くに置いてあったリモコンで部屋の電気を消し、何となく気まずいと思う沈黙が続いてから口を開く。

「俺が、恋也と此処に来た理由……、大して良い理由でも悪い理由でもねぇけど、ただ俺と恋也は中学の時修学旅行に行ってねぇから……まぁ、それのやり直しみたいなもんだ」

これ以上は言えないと思い黙っておこうと決めたが、どうしたもんか。
先に言っておくが、言おうと思って言ったわけじゃない。

「恋也と純粋に出かけてみたかった」

呟いたことに俺が赤面するのか、恋也が赤面するのか、どっちも無表情なのか、俺には分からないが好きなように想像してくれ。
ただ、俺自身は自分の言ったことに凄く恥ずかしさを感じている。


「んな訳ねぇよ、最後のは冗談、じょうだ……」

ワザとはぐらかすように言って恋也の様子を伺おうとしていたのだが、恋也はとっくに寝ていて俺の話を聞いてすらいなかった。

その後俺が聞かれていないことに安堵し、睡魔が襲ってきたので素直に従って眠ったのは俺自身しか知らない事であると信じたい。

**

此処での告白は「恋愛」ではなく「理由」の告白だ。
何故俺が恋也とこの二階堂旅館に来たのか。
「理由」としての告白は恋也は寝ていて聞かれていなかったのだけれど、まぁ、とりあえずは特に何もないだろう。

本当に恋也は聞いていなかったのかは、俺は知らない。 
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