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温泉旅行

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温泉旅行(中編/2日目)

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温泉旅行(中編/2日目)


温泉旅館に来て2日目。
昨日はあれから特に話すことなく、飯を食い、温泉に入り、寝た。
恋也に着替えがない事は知っていたので俺の服を貸そうかと考えていれば、旅館の貸し出し用浴衣を着ていた。
俺の服は明日にでも貸してやろうと思った。
そして2日目。
特にする事も無いが、まぁ土産ぐらい買ってやろうと思い荷物持ちとして恋也を同行させた。
俺の服を貸し、旅館から出たのは良いが本人は嫌そうだった。

「なぁ……」

少し声を掛けてみる。
無視である。
それもそうだろう、寝ているところを無理矢理起したのだから。
旅館から土産場までの道のりを歩いていると、昨日通ったはずの道なのに全く違うように見えるのはもうそんな季節なのかと思わせるほどに紅葉が進んでいた。
赤い紅葉に黄色いイチョウ、たった1日でこれほどまでに変化するのかと感心してしまうぐらいに昨日とは木々が違っていた。

そんな感動は1人でしておくとして、隣を歩いている弟がすごく不機嫌なのは気のせいだろうか。

「悪かったって何度も言ってるだろ」
「起した事に文句言ってない。起こし方に文句言ってる」
「普通に起しても起きねぇだろ、お前」
「…………」

俺がコイツを起した方法なんて絶対に他の奴には勧めないが、コイツの目の前に大嫌いな蛇の写真をアップで見せ付けた。
しかも結構リアルな蛇の写真を。
当然蛇嫌いな恋也は飛び起きて数十分間放心状態だったが。

「嫌いな物がないりとは何されても鼻で笑えるだろうけど、俺は昔から蛇は嫌いだって言ってたはずだけど」
「だから謝ってんだろ」
「謝れば良いって思ってやるからどんどんエスカレートするんだろ」
「じゃぁどうすれば許すんだ?お前は」
「俺は兄貴に土下座しても許しを得た覚えがないんだけど」

さっきからこの調子で全く進展しない。
歩きながら喧嘩して今にも殴りたい。
その感情を抑えつつ口論している訳だが、俺がどれだけ謝っても許してもらえないのは俺も恋也がどれだけ謝罪しても許した事がないからだろう。
俺が恋也を許さない理由なんて人を許す方法が分からないからだ。
ここで今までのこと全て許すから許してくれなんて言うのは都合の良すぎる話だ。
プライドが高い人間は謝罪する事を酷く嫌うと俺は思う。
俺自身がプライドが高い方だとは思っている。
兄としてのプライドなのか俺も人に謝るという事は一番やりたくない事だ。

それでもやり過ぎたと自分でも反省はしているので誠意はあまりないが、謝罪をしているものの全く許してもらえずにいる。
一か八かでしてみるしかない。

「……分かった。許せとは言わねぇから機嫌直せ。何でもしてやるから」

半分呆れながら言ってみると恋也は足を止めて「何でも?」と聞き返してくる。
さすがに俺でも何でもはやりたくない。
喋るなとか寝るなぐらいは出来るが、男としてやりたくない事だってたくさんある。
冷たい風が吹いて暫く経ってから恋也は面白い物を見つけたような表情で口を開いた。

「俺が何言っても何をしても一切合切文句言わず、忠実に従え」

また無理な難題を……。
俺に一番向いてないのが文句を言わない事だろう。
自分で言ったのだから仕方がない、従うしかない。

「あー……はい」

とりあえず返事をしておこう。
返事をすれば恋也がまた口を開いた。

「俺の事を『お前又はてめぇ』等で呼ばない。全て名前呼び」
「あぁ……」
「あと、疲れた。目的のとこまでおぶって行け」
「あぁ」

返事の仕方には文句ないらしい。


恋也をおぶりながら歩いていると当然周りに見られて気にはしてないと言えば嘘になるが、俺の背中で熟睡している恋也をどうすれば良いのか全く分からない。

土産場に着くと色々な屋台があり、お守り屋や食べ物屋、アクセサリー等など色々な物が売られている。
暫く辺りを見渡し、気になったところを少し覗いてはブラブラと歩いている。
2、3歳の子供なら微笑ましい光景なのだろうけど、1つ違いの弟をおぶって歩いていると微笑ましさと言うより怪我でもしたのかと思われやすい気がする。

「おい、恋也……」

声をかけても全く起きる気配が無く、どうしたもんかと考えていると休憩所と書かれた看板が目に入りそのまま休憩所に向かう。
中に入れば数人の人が居てほとんどが老夫婦だった。
恋也をゆっくり下ろし、羽織っていたパーカーを掛けて隣に腰掛ける。
イスに座っている人も居れば床に座っている人も居て、俺と恋也は壁を背にして床に座っている。
辺り一面木製で少し肌寒いと思われるが俺の斜め上にエアコンがあった。
地味にぬるい風が当たるのでエアコンは動いているのだろう。

「りと……」

不意に恋也が口を開いたので視線を向けるとどうやら寝言だったようで、規則正しい寝息を立てている。
そうやって黙って寝ていれば可愛げがあるのに。

俺がそんな事を思っているともぞもぞと動いて俺にしがみついてくる。

「おーい」

そう言えば今朝も枕にしがみついて寝ていたような気がするなと、あやふやな記憶を思い出しつつ何かに抱きつかないと寝れないのかと思い、笑みが零れる。
体を揺すっていれば恋也は目を覚まし一瞬で俺の傍から離れていくのかと思えば、寝ぼけているのかそうじゃないのか分からないが、ボンヤリとしている。

「起きたか?」
「……此処何処?」
「土産場にある休憩所」

数回欠伸をした恋也は立ち上がり辺りを見渡してから「土産、買いに行くんじゃなかった?」と尋ねてくるが恋也が寝てたからとは言えず、俺も立ち上がり出口に向かう。

とりあえず目に付いた土産屋に寄り、姉と一番下の弟に土産を買おうと思う。
土産屋は至ってシンプルと言うより昔の家に近い感じで、辺り一面木製。
今にも何か出そうな気がするがそれは気のせいだと言い聞かせてキョロキョロと辺りを見渡す。
360°キーホルダーや食べ物が置かれており、実際のところどちらを買えば良いのか良く分からない。

「……猫のぬいぐるみ?」

恋也がぽつり呟いたのが聞こえた。
声がしたほうに振り向くと、そこには招き猫ぐらいの大きさの猫のぬいぐるみが置かれていた。
しかも神社の神様を祭るかのように。
そしてその画はふとどこかで見たことの在る様な錯覚に侵される。
決して見た事はないはずなのに何故か見覚えがあるようなぬいぐるみの置かれ方。
気になってその猫のぬいぐるみを眺めていると、首に何か掛かっていることに気付き、目線を合わせて読んでみると『幼子、川にて死す』と筆で書かれていた。

――まさか、な……。

引きつった表情をしつつ猫のストラップを2つ買い、その土産屋を後にした。


「なぁ……」

旅館に戻って来てから薄気味悪さが増して何故だか無駄に汗を掻いている。
俺が汗かきと言う訳ではない。
旅館の扉を開けたときに何か生暖かいものが体にねっとりと張り付いたというより、横を通り過ぎていったという方に近い感覚に襲われた。
恋也に声を掛けたのだけれど恋也は俺の呼びかけには興味ないのか、ずっと端末を弄っている。
静まり返る梅の間。

「きゃぁ!」

急に若い女の声が響いた。
声の響きからして廊下なんだけれど俺はあまりにも驚きすぎて畳の上で丸くなってしまった。
女の声が聞こえる前に電気が消えて目の前が真っ暗になってすぐに女の声が聞こえた。
そしてガンッと何かが扉にぶつかる音がして俺は目を瞑った。
その後に聞こえた声に拍子抜けするのだが。

「す、すみません!ちょっと躓いて、その拍子にドアにぶつかってしまって……」
「気にしないで」

女の謝罪に恋也が答えていると電気が点き、ただの停電だと放送が流れてホッと胸を撫で下ろす。
だが、俺はホッとしていれば弟恋也があり得ないと言う様な表情で俺を見ている。

「……もしかして暗いの苦手?」
「んな訳ねぇだろ」

違う方に捉えてくれたのが吉か凶なのかは分からないが、俺が苦手なものは知られていないのだろう。
喜んで良いのか分からないが。
溜息を吐きながら上半身を起し、そう言えばとこの時間帯の月が綺麗だとHPで読んだ為、温泉に入ろうと立ち上がれば袖を引っ張られる。
恋也は俺の近くに座っていたので腕を伸ばしただけで袖を掴めたんだろう。
どこか暗い表情でたった一言「兄貴……」と俯きながら呟いた。
その様子を見て自分でも可笑しくなったんじゃないかと疑問を抱くほど、普段の恋也を知っている俺にとって異様な光景だった。
俺の袖を引っ張り、俺の事を兄貴と呼ぶなんて中学生ぐらいならまだ分からなくもないが、それを実行しているのは今年で16になる現役高校生。

「どうした?お前らしくもねぇ」

しゃがみながら尋ねても答えることは無く、俺の性格が気分屋でもある為かやや怯えながら目を逸らしているあたり、何か知られたくない事でもある可能性があると捉えられる。

「恋也……俺温泉行ってくるから」
「ん……」
「手、離してくれねぇか?」
「ん……」

返事はするものの行動する気は無いようで、一体何がしたいのか全く検討もつかない。
窓の外にでも蛇がいるのかと思い目を凝らしてみても窓の外は真っ暗で、それ以外目立つものもない。

「恋也、言わねぇと分からねぇだろ……。どうしたんだ?」
「1人で風呂に入りたくない」

俺か、と突っ込みを入れてしまうほどバカらしい理由がそこにあり、思わず肩を揺らす。
昨日は入れたのになんて理由は恋也には通じないだろう。
昨日の恋也は多分、誰も寄せ付けない負のオーラが全面に出ていたのだろうから。
中学の時から時々溢れている俺と似ているものが。

「昨日は入れただろ、それとも気が張ってねぇと1人で風呂にも入れねぇのか?」

からかい半分で尋ねた言葉だった。
そのまま手を離されどこかに出て行くんだとばかり思っていたのに、恋也は俯きながら「商売相手がこの旅館に居た」なんて言われた。

俺は恋也の商売おそらくバイトだろうけどを知らないので、どんな商売をしているとも説明が出来ないが、偶然が重なる事だって僅かな可能性だが、可能性として存在する。

「そりゃぁ、居るだろ。俺の知り合いも居るかも知れねぇからな」
「そうじゃない。付けられてた……まぁ、気が付いたのは昨日りとが出て行った後だけど」
「尾行されてたのか?」

俺が尋ねると恋也はさらに顔を暗くして口を開いた。

「俺が中学2年の時からずっと俺にストーカーしてるかもな」

どこか呆れたような表情で告げた恋也の瞳には光は宿っていなくて、そんな世界に住んでいる為なのか、興味のない物を見るような目で告げた恋也に掛ける言葉を探しているより先に感情任せに口が勝手に動くのは、俺の悪い性格の1つかもしれない。

「何でんな面して言えんだ、あ?結局お前……恋也は何が言いてぇ?俺に助けでも求めてんのか?だったらお門違いだ。警察に言え」

それだけ言って俺は着替えを持って部屋を出た。
そしてそのまま温泉に向かい月を見ながらあまり良い気分ではない入浴をしていた。
ただ、自分で言った事は守ったつもり。


温泉から上がって部屋の前で冷静になりながら扉を開けようと、ドアノブに手を伸ばせば聞いた事のない声が聞こえてきた。
あまり人の話を盗むのは得意な方じゃないが、扉に背を預けて後ろから聞こえてくる会話に耳を傾ける。

『さっきから何度言わせるんだ。30万あげるから売れって』
『何回も言っても売らないに決まってるだろ、それにあの話は昨日の昼間に俺を売ったので終っただろ。いくら客でも身内まで売れる訳がない』
『ふーん……そこまで否定するなら力づくで行動しても構わないけど、君のお兄さんこういう事は初めてだろうけど仕方ない』
『……何が目的なんだよ、お前』
『君のお兄さん――りと君だっけ?彼結構ルックスも良いし賢いから女子に人気だろうな。でも賢いのに君のこんな姿は知らないなんて残念だなぁ。身体中にこんなにキスマーク付けられてるなんて、な』

会話の内容が全く理解できない。
何を売れと言っているのか、こういう事とは何の事なのか、理解に苦しむ。
ただ1つ理解することが出来るのは恋也は扉の向こうに居る奴の事を「客」と言っていたので、その客とやらは商売相手なのだろう。

『1回だけなら問題ないだろ?1回兄を売って自分は30万入るんだぜ?良い話だろ?』
『…………』
『黙るって事は良いって事だな、また次回いつもの場所で』

そう言って客が生み出す足音らしきものが近付いてくる。
俺は少し離れて扉の目の前に立つと同時に扉が開かれて見知らぬ男が現れた。
体つきは中肉中背でどこかのサラリーマンだろうか、スーツ姿で俺達が居た部屋に来ていて上記の会話をしていたのだろう。

初めはバイト先のマネージャーなのかとも思ったが会話を聞いている限り何となく違う気がしてたので、男の逃げ場所が無いように両手で壁に手をつき、通せんぼをする。
いわゆるエアー壁ドンだ。

「お前、俺を売るとか言ってたな。何が目的だ?話さねぇなら無理矢理か警察に脅迫で通報するけど問題ねぇよな。お前が力づくで行動に出るなら俺も暴力の世界で対抗してやるけど?」

中央中学校4ヶ条。
1、六条道りとに近付くな、半殺しにされる。
2、六条道恋也に近付くな、病院送りにされる。
3、数学の宿題は必ずしろ、反省文行きだ。
4、英語の授業は寝るな、寝てしまえば雑用を押し付けられる。
俺と恋也が卒業するまでこの4ヶ条は全く変わらなかったが、今は多分1と2は変わっているだろう。

この4ヶ条のトップ3に居るという事は、学校内全ての生徒に恐怖心やプレッシャーなどを与えている事になる。
俺は喧嘩した奴を大体半殺しにしている。
恋也は病院送り。
それぐらい俺の暴力は凄かったのかもしれない。

睨みつけながら言ってみると、男は急に蒼白な表情になり下記を言う。

「な、なな何でも、ない、です」

男はガクガクと震えながら首を横に振り、怯えているのかと思うほどビクビクとしており今にも自分の首を吊ってしまいそうなほど真っ青になっていた。

「だったらさっさと帰れ。旅館から今すぐ」

片手を外したら男は猛ダッシュで俺の傍を離れていき、男の姿が見えなくなったところで恋也に目を合わす。

「……お門違いじゃなかったのか」

呟くように尋ねられた言葉に一瞬間を置いて、呆れたような表情をしながら俺はこう告げる。

「俺は気分屋だ」 
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