雪玉
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第一章
第一章
雪玉
「おい、降ってきたぞ!」
「やったな、おい!」
冬の寒い日のことだった。街に雪が降ってきた。
子供達はそれを見てもうはしゃいでいた。小学生だけでなく中学生もそれは同じで皆空から降って来るその白いものを見てもう有頂天だった。
「積もるかな」
「積もるよ」
次にこんな話をする。
「絶対積もるさ。街は真っ白になるぜ」
「銀世界だよな」
普段は暖かく雪の降らない場所だ。だから余計にはしゃいでいた。
「となればだ。後は」
「かまくら作ろうぜ」
誰かが楽しそうに言ってきた。
「かまくら。皆でな」
「ああ、それいいな」
「積もればだけれどな」
「積もるさ」
もうそれは殆ど決まっていることだった。笑顔になってさえいる。
「完全にな。この調子だと」
「積もるか」
「ああ」
詰襟の男の子達が笑顔で話をしている。窓の向こうの雪を見て掃除もそっちのけだ。
「積もるさ。だから」
「遊ぶか」
「かまらくだけじゃ物足りないぜ。橇もあるぜ」
「そうだよな。それも出して」
「それに何より」
話が弾む。もうこれからのことを考えて楽しくないのだ。
そのうえで。また誰かが言った。
「雪合戦しようぜ」
「そうそう、それだよな」
「折角雪が降ったんだしな」
雪合戦の話も出た。雪が積もればまず何をするか、それを考えればこれが話に出るのは当然の帰結であると言えた。かまくらや橇と並んで。
「それだよな、やっぱり」
「明日の昼休み皆でしようぜ」
「雪合戦か」
「皆で二つに分かれてな」
男の子達の中でもとりわけ元気のいい子が言う。少し小柄だが活発そうな顔立ちをしていて黒く短く刈った髪が実によく似合っている。その彼が言うのだった。
「やろうぜ。楽しくな」
「そうだな。男も女も入れてな」
「やるか、皆で」
「ああ、皆でな」
そんな話をしている。やはり掃除をせずに。しかしここで今まで自分達だけでその掃除をやっていたセーラー服の女の子達から遂にといった感じでクレームが来たのだった。
「こら、あんた達!」
「いい加減にしなさい」
「おっと、雷が」
「雪なのに落ちてきたよ」
「雷じゃないわよ」
彼女達は口を尖らせて彼等を叱る。その光景はさながら家事を手伝おうとしない亭主を叱る女房だ。もうそんな姿になっていたのだった。
「早く掃除しないと終わらないでしょ」
「雪はいいから後、後」
「ちぇっ、厳しいなあ」
「ちゃんとやってるのにさ」
「ちゃんとやってるのならはい」
ここで女の子達の中でとりわけ厳しそうな、黒い髪の毛を左右で二つに編んで分けている女の子がゴミ箱を右手に持って差し出してきた。きつい感じだが目鼻立ちはかなりしっかりしている。
「捨ててきて」
「雪の中をかよ」
「雪が好きなんでしょ?それに誰かが捨てに行かないといけないじゃない」
彼女はこう男の子達に対して言う。随分と厳しい口調だ。声は高く澄んだものであるがそれが余計に厳しさを際立たせもしていた。
「だからよ。捨てて来て」
「わかったよ。じゃあ」
「ジャンケンでな」
「三日月君」
だが彼女はここで殺気一番騒いでいたその黒髪を短く刈った少年に声をかけてきた。
「御願いね」
「おっ、数馬御指名」
「やっぱりそうなったな」
「ちぇっ、俺かよ」
その少年三日月数馬は周りの煽りもあって口を尖らせて言った。
「またかよ。おい葉山」
「何?」
葉山と呼ばれたその少女は平然として数馬に言葉を返す。視線も傲然としたものだった。
「俺ばっかり言ってないか?」
「気のせいよ」
「そうか?」
「大体三日月君いつもお掃除とか真面目にしていないじゃない」
そのうえでこう数馬に言ってきた。
「だからよ。いつも好き勝手ばっかりやって」
「ちぇっ、反論できないところが悔しいな」
自覚があるのだった。だから反論できなかったのだ。
「まあいいさ。捨てに行けばいいんだろ」
「ええ、御願い」
「わかったよ。じゃあ」
そのゴミ箱を受け取る。しかしその時に二人の手と手が触れて。何故か彼女の目が動いて顔が微かに赤くなったのだった。誰も気付いていなかったが。
「行って来るな」
「走って滑らないようにね」
駆けていく数馬に対してまた言った。
「危ないから」
「わかってるよ。そんなこと」
「わかっていたら廊下は駆けないの」
また言うのだった。
「わかってないじゃない」
「ちぇっ、五月蝿いな」
そうは言いながらも駆けるのを止める数馬だった。速足だが廊下を進んでそのまま姿を消す。少女はそんな彼を見て顰めさせた顔で溜息をつくのだった。
「全く。世話が焼けるんだから」
「そうよね、全く」
「あれでやんちゃじゃなかったらね」
周りの女の子達も口々に姿を消した数馬の後姿の残像を見ながら言い合う。
「結構頭もいいしスポーツもできるし」
「結構気がつくしね」
「そうそう、裏表がないのがいいのよ」
実は人間としてはそんなに評判の悪くない数馬だった。
「明るいしね。顔だって悪くないし」
「それでどうしてねえ」
「まあそれがあいつだよな」
「だよな」
男の子達も女の子達のその話に入る。ただし今度はちゃんと掃除をしながらだ。
ページ上へ戻る