義父
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第三章
「僕から見ればそれこそ」
「わしは尊敬出来てか」
「はい、何時かお義父さんの様になりたいと」
まさにというのだ。
「そう日々思っています」
「そうか、しかしな」
「しかしとは」
「蒼弥さんがそう思うのはいいが」
二人は寺の境内で話していた、茶室で向かい合って茶を飲みつつ。
「わしは自分でそう思うよ」
「大した人間ではないとですか」
「そうじゃ、それに目指すよりもな」
「目指すよりもとは」
「蒼弥さんは蒼弥さんで進んでいってな」
そして、というのだ。
「わしを越えて欲しいな」
「あの、お義父さんを越えるなぞ」
「いやいや、前の人を越えなくては」
温和な笑顔のまま話す宗吾だった、蒼弥に対して。
「世は先に進まないからな」
「先に、ですか」
「前の人よりも大きくなりそしてその次の人もじゃ」
「さらにですね」
「前の人よりも大きくなってこそじゃ」
「世は先に進むと」
「だからじゃ」
それ故にというのだ。
「蒼弥さんはわしを越えてくれ」
「お義父さんを越えることなぞとても」
「出来るよ」
温和そのものの、皺だらけの髪の毛がすっかり白くなっている顔での言葉だ。
「絶対に」
「僕はそうは思いませんが」
「ははは、自分ではそう思わず気付かないものじゃが」
宗吾の言葉は続く。
「その時、蒼弥さんがわしを越えたその時にな」
「まさにその時にですか」
「周りが言ってくれる、そのことをな」
「お義父さんを越えたと」
「そういうものじゃ、とはいってもそれが蒼弥さんの耳に入るかまではわからぬがな」
蒼弥が父を越えたとだ、誰かがそう言ったとしてもというのだ。
「しかし誰かが言うからな」
「そうなのですか」
「わしを尊敬することも目指すこともない」
またこのことを言うのだった、蒼弥に。
「蒼弥さんは蒼弥さんで進んでくれ」
「僧侶としてですね」
「そして人としてな」
「そうすればいいのですか」
「そういうことじゃよ」
これが宗吾の言葉だった、だが。
蒼弥はとてもそうは思えなかった、それでだった。
あくまで宗吾を敬愛し彼の様になろうと日々僧侶として人として修行を重ねていた。だがその中でだ。
息子達、彼と雅の間に産まれた彼等がだ。彼にこう言うのだった。
「最近お父さんおかしいよね」
「そう、おかしいよ」
「おかしい?」
「うん、何かね」
「お父さんらしくない時あるよ」
こう彼に言うのだった。
「何をするにもね」
「そうした時があるよ」
「無理にお祖父ちゃんになろうとしているというか」
「お祖父ちゃんみたいな時があるよ」
「お父さんの背でお祖父ちゃんと同じことしようとしたり」
「そんな時もあるよ」
「お義父さんとか」
蒼弥は一七七程の背だ、しかし宗吾は小柄で一六〇程だ。背の違いはそのまま動きにも影響する。しかしだというのだ。
そのことを見てだ、子供達は言うのだ。
「お祖父ちゃんみたいに歳取ってないのに」
「そんなことしたらね」
「何か変だよ」
「不自然だよ」
「そうか?お父さんは別にな」
そう思っていないと子供達に答える、だがだった。
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