義父
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第一章
義父
仁藤蒼弥は了権寺の息子だ、だが実子ではない。
宗派は同じだが別の寺である宮後寺に生まれた、実家の寺は兄が継いで。
彼はその寺に養子として入った、了権寺の娘である仁藤雅と結婚して。
それまでは姓は飯塚だったがそれも変わった、それでだった。
その寺に養子と入ってだ、後継者として修行をはじめた。その中でだ。
彼は妻となった雅にだ、こう言うのだった。
「お寺のことは知ってたけれどね」
「あなたもお寺に生まれたからね」
「うん、そうだけれどね」
二人でだ、檀家の人のところに行った帰りに車を運転しつつ話すのだった。蒼弥が運転をしていて雅は助手席にいる。
「今のお寺はね」
「同じ宗派でもね」
「やっぱり違うね」
「お寺っていってもね」
それでもと言う雅だった。
「やっぱりそれぞれのお寺でね」
「違うね」
「少しずつでもね」
それでもというのだ。
「違うわね」
「その通りだね」
蒼弥は運転をしつつ答えた。
「その辺りわかってくれている人は好きないけれど」
「仕方ないわよ、そのことは」
「お寺っていうと何処も同じっていう人が多いからね」
「普通の人にはわからないわよ」
そういうことはというのだ。
「お寺のことはね」
「そうだね、言われてみればね」
「宗派さえ何処も同じっていう人もいるし」
二人は浄土宗だ、だから蒼弥の髪は普通だ。七三分けにしている。雅もごく普通の女の人の服装と髪型だ。
「もっと言うとね」
「お寺と神社の違いもね」
「気にしない人いるでしょ」
「気付かない人もね」
「そうよ、だからね」
「それぞれのお寺の違いなんてことも」
「わかってくれている人は少ないわよ」
そういうものだというのだ。
「だからこのことはね」
「僕達がわかっていれば」
「いいわよ、ただね」
「ただ?」
「雰囲気のいいお寺ってあるわよね」
「うん、来やすいお寺ってあるよね」
「そうしたお寺にするべきだとは思うけれどね」
こうも言う雅だった。
「そのことはね」
「そうだね、ただね」
「ただ?」
「お義父さんのことだけれど」
現住職であり彼にとって義父にあたる仁藤宗吾のことを言うのだった。雅にとっては実の父親に他ならない。
「あの人とずっと一緒だけれど」
「お父さんのこと?」
「掴みどころがないかな」
こう言うのだった。
「いつも優しくて僕にも怒らなくて」
「何でも何度でも丁寧に教えてくれるでしょ、お父さん」
「うん、何でもね」
「そういう人よ」
「ああいう人こそがね」
「お父さんみたいな人が?」
「住職であるべきだね」
そして実際に住職であることがいいことだというのだ。
「本当にね」
「そう言ってくれるのね」
「うん、ただね」
「それでもっていうのね」
「お義父さんみたいになることは」
そのことはというと。
「僕には無理かな」
「そう思うの?」
「うん、ああした人になることはね」
どうにもというのだ、彼にとっては。
「難しいね」
「そうかしら、私から見れば」
蒼弥の妻、そして宗吾の娘としてだ。雅は夫に言った。
「あなたはあなたでね」
「いいっていうんだね」
「ええ、そう思うけれど」
「だったらいいけれどね」
「お義父さんみたいになりたいの?」
「うちの親父や兄貴も立派だけれど」
実家の二人も尊敬している、しかしというのだ。
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