Santa's Claws~サンタズ・クローズ~
-第2話-
ゲカ燃料研究者、ラケンナ・ホペの死から翌日、聖誕祭が近付いているムスタ・プキン村は相変わらず賑わっていた。無事に村に着いたアルクース・ヴァハオースとスーリ・フィンゴットはユクサンと別れ、サン・タナ・ローズの住処に来ていた。
「まさかあんたが依頼品の提供者だったとは…」
落ち着いた様子のスーリがタナに話し掛けた。
「君達の依頼主とは面識があってね。情報屋と仕事の仲介を始めた頃から知っているよ。これがその依頼品だ。」
ドスン
タナは裏からアタッシュケースを運び、テーブルの上に置いた。
「このケースを依頼人に持ち帰れば依頼は完了だ。」
「中身は聞かない方がいいのかしら?」
アルクースの問いに、タナは答える。
「この地方で採れたゲカの標本だ。」
「濃度は?」
スーリがケースを見つめ、尋ねた。
「濃度は3%、専用の容器付きだ。問題ない。」
「そうか。標本となると、材料試験か?」
「いや違う。検査だ。近年世界中でゲカを使用した危険な研究が流行っていてな。この辺でもそういう傾向がないか早めに知りたいのだろう。」
「生物実験か。」
「嫌な話ね。」
アルクースが吐き捨てるように言うと、タナは少し明るめに話す。
「まぁここは問題ないだろうけど。一応確認が必要だろうし、これを宜しく頼むわ。」
スーリは立ち上がり、ケースを受け取る。
「色々と世話になった。村の力になりたいが俺達にもやる事がたんまりでな。」
「構わないよ。今度また来るといい。なんなら武装サンタになってみるかい?特に女性は少なくてね。」
そう言いながらタナはアルクースに目を向け、アルクースは苦笑いを浮かべる。
「なろうと思ってなれるものなの?」
「みんな自分でそう名乗っているだけだよ。それは今も昔も変わらない。」
少し古めの写真を見ながらアルクースは口を開く。
「ふーん。ところでそこにある写真を見て気になっていたのだけど、アウタレスって寿命が短いものもいれば長くなる場合もあるわよね。タナさんは見た感じ20代後半、そしてタズさんは30代って感じだけれど、実際の年齢って教えてもらえるかしら?」
「俺も気になる…」
スーリの発言の後、しばらく気まずい沈黙が流れた。
「いいわ。隠す事でもない訳だし…私もタズも50代よ。」
…
「っえぇ~~~!!!」
-第2話~タナと村に忍び寄る影~
タナとの雑談の後、アルクースとスーリはタナに礼を言い、彼らは帰途に着いた。二人の背中を見送るタナは遠くから歩いてくる人物を見つけた。
「また面倒な…」
タナに嫌な顔をさせる人物とはゲカプラントの建設、販売を手掛ける営業マンだった。名をスフェル・フォルケ。34歳。彼はやつれた顔でタナの前に来た。
「ラケンナさんの事は聞きました。非常に残念です。この村のゲカプラント建設計画以前から助けてくれた優しい友人でした…研究者としても優秀だった…唯でさえアウタレスの目撃例が増えているというのに、これではゲカプラントのイメージが地に落ちてしっ、まっ…うぅ…」
スフェルは泣き出した。
「またか…男がそう泣くなよ…増えたアウタレスについてはちゃんと調べているって。」
タナがスフェルの肩に手を置き、彼を宥める。
「今度は近隣住民になんと説明すれば…あぁ胃が痛い…ラケンナさんは何か言い残してはいませんか?」
「ああ。タズが何か聞いたと言っていたな。」
スフェルの表情は少し良くなった。
「ほう。彼はなんと?」
「アウタレスはゲカプラントではなく、別の要因で増えているのだと。」
「その要因とは?」
「分からないわ。現段階では確証もない。いずれにせよ更なる調査は必要だな。」
タナの話を聞いたスフェルは笑顔を取り戻し、口調も元に戻る。
「そうですか。早くこの問題を解決しないといけないですね。私も頑張って、彼に恩返ししないと。」
「そうだそうだ。その調子だ、ぞ!」
ドン
タナがスフェルの肩を叩いた。
「い、痛いです…」
スフェルは帰っていき、タナは自室で仕事の続きをしていた。彼女は端末に繋がったコードを取り出し、先端の端子を手術された彼女の耳たぶに挟んだ。すると自分の意思だけで端末を操作できた。制御型人工頭脳(制工脳ともいう。サイボーグの脳、いわば電脳)を持たない人間にとって擬似的に制工脳の操作ができる通信技術、外付け制工脳だ。電子攻撃を受けても接続を簡単に切り離せるので使用者本人を危機的状況から脱しやすい。メカ・アウタレス等の脅威により、アウタレスの制工脳手術は一般的に認められていないので、この技術のアウタレス利用者数は多い。タナは近隣の情報収集をしている際、近くの空港が提供する記録に目を通し、気になる情報を見つけた。彼女は端末を切り天井を見上げ、しばらく考え込んでいた。
ムスタ・プキンの昼、タズは愛用のスノーモービルに乗り林を駆ける。ここは村の北の丘にある深い林の中だ。この辺にタズの住処がある。彼は家に近付くにつれ自身の家の異変に気付く。サブマシンガンを抜き、家の周りを警戒後、タズは家の中に踏み込んだ。
部屋の奥でシャワーの音がした。
「はぁ…」
大きなため息の後、タズは普段家に帰ってくる時と同じように装備を外し、手入れをした。やる事がなくなった彼は椅子に座り、貧乏ゆすりしながら何かを待っていた。しばらくしてシャワー室からバスタオル姿の女が出てきた。タナだった。
「遅い。」
「また何やってるんだ。」
タナの言葉を無視し、タズは不機嫌そうな顔をしていた。
「あんたを待っていたのに、遅いからシャワー借りたのよ。話があるって連絡入れたじゃない。」
タナも不機嫌そうだった。
「時間が掛かると返しただろう。家に上がるどころか、風呂まで入りやがって。前にもあったな…」
頭を抱えるタズに、タナは真剣な顔つきで話しかけた。
「話がある。」
「服を着ろ。」
「真面目に聞け。」
「まずは真面目な格好をしてくれ。」
互いに譲らず、イライラしたタズは強気にでた。
「そんなセクシーな体を見せ付けられると、こちらも目のやり場に困る。」
不意の発言に、タナは顔を赤らめた。
「何顔を赤くしてるんだ?51歳。」
「てめぇも50だろ。」
タナの顔は一瞬で戻り、彼女は自身の銃を左手で構えた。彼女は左利きだった。タズも同時に銃を抜き二人は互いに向け合った。
当初の目的を忘れ、二人は時間を無駄にした。
タナはちゃんと着替え、話を再開した。
「周辺の情報を探っていたのだが、今日近くの空港の南西2キロ先でゲカアウタレスが確認されたらしい。それがすぐ行方を晦ませた。」
「ここから6キロ先か。近くには空港や街があるんだぞ。それがどう関係…あ。」
タズの口は止まり、タナが話を続ける。
「気付いたようだな。私もラケンナの話が引っ掛かっていてな。例の、アウタレスが何かに誘き寄せられているっていう話。もしそれが事実なら…」
「そのゲカアウタレスが向かった先がここになる。」
「そういう事。」
事態を把握したタズは自分の装備を確認し始める。
「ゲカ燃料にアウタレスが反応しているのなら、わざわざ遠方のアウタレスがここに来る必要はない。確かめる価値はありそうだな。アウタレスの情報は?」
タナは端末の画面を読み上げる。
「姿はコウモリに類似、体長2m前後、飛行可能、危険度3、要専門家処理、脅威度2、兵士級、濃度21、超能力発現の可能性、数は5体。また人型じゃなくて良かったわね。」
「だな。念の為他の連中にも声を掛けておこう。」
タズは他の武装サンタ、ゲートガードや消防、そして警察の知り合いに連絡し、注意を促した。
「でもそれはあくまで推測なのだろう?それでは部下は出せんぞ?」
そう話すのは村の警察署の警部、名をヒュオリ・ランプ。43歳。彼は小型人間(一般の人間の約10分の1の大きさを持つ人間)であり、優れたパワードアーマー乗りである。
「村は今聖誕祭の季節でどこも手が足りん。一応皆に注意するよう連絡は入れておく。」
「ああ。ありがとう。」
タズは通信を切り、タナに話し掛ける。
「俺の家に来たのもこの為か。」
「そういう事。奴等が村に来るならここを必ず通るはず。網を張って待機しましょ。後今夜はここに泊まっていくわ。」
「お、おう…ところで、お前も戦うのか?」
タズは少し心配そうにタナを見つめた。
「ええ。そのつもり。」
「今は力を使うと体に負荷が掛かるんだろ?ここは俺に任せてくれ。」
タナはタズに寄り、優しい声で話す。
「あなただってそうじゃない。それに私はまだまだ現役よ。でも、心配してくれてありがとう。」
タズとタナは林の中に感知器を設置し、タズの家の中で待機した。辺りは暗くなり、二人は静かに時が過ぎるのを待った。
22時過ぎ、タズは違和感を覚え、家の外に出た。感知器に反応はなく、タナはタズをそっと見守る。タズはスナイパーライフルを手に近くの電波塔を登り、タナも彼の後を追った。タナも違和感を覚え、その後感知器が作動した。タズとタナはライフルを構え、敵を探す。しかし敵の姿は見えない。タズはサーモスコープを覗き、林を注視した。すると低空を飛ぶ熱源を捉えた。コウモリ型のゲカアウタレスだ。
「いたぞ!奴等光学迷彩で姿を晦ませてやがる。」
タナもアウタレスを捉え、合図と共に二人は引き金を引いた。時間差で2体のアウタレスは地に落ち、残りの3体は狙撃に気付き散開した。タズが狙撃を続ける間にタナは警察署に連絡を入れた。何とか3体目を落とし、残りは2体。2体のアウタレスは不規則な軌道を取りながら電波塔に接近し、タズとタナはひたすらライフルを撃った。弾丸は2体に命中したが仕留めきれず、傷を負った2体はそのまま電波塔の後ろにある納屋に突っ込んだ。タズとタナは電波塔から飛び降り、2体を追いかけた。タズはサブマシンガンを取り出し、タナはショットガンを出した。互いにサインを送り、二人は納屋の中に突入した。納屋の中には誰もいず、辺りは真っ暗だった。タズとタナが銃のライトを点灯した頃、通報を受けたヒュオリ警部が部下を連れてやってきた。タズは小声で警部に事情を説明した。
「了解した。ではこちらは納屋の周囲を固める。」
そう言ってヒュオリ警部は部下に指示を出し、応援に来た警察官と共に納屋を囲んだ。
納屋の中の部屋を一つずつクリアリングしていくタズとタナであったが、アウタレスを見つけ、銃撃してもアウタレスは自らぶち破った穴に身を隠し、別の部屋に逃げていった。毒針を放ち奇襲を仕掛けてくるアウタレスに注意しながら、タズは追加の弾をタナに渡す。タズが使用するショットリボルバーの弾薬とタナのショットガンの弾薬は共通である為、二人は連携が取りやすかった。2体のアウタレスに振り回され、タズとタナはなかなか目標を仕留めきれずにいた。
「我々も突入しようか?」
進展のない状況にヒュオリ警部は二人にそう進言した。負傷者を出したくないタズが応答する。
「もう少し待ってくれ。」
アウタレスとの戦闘が長引き、次第にタナは苛立ちを覚え始めた。相変わらずアウタレスの奇襲は続き、とうとうタナは痺れを切らし、それを見ていたタズも次の展開を悟った。
「タズ…ちょっと表出ていて。」
静かに語り出すタナに対して、タズはそっと話し掛ける。
「しかしお前、それだと体に負荷が…」
「大丈夫。ただちょっと頭にきただけ…少し暴れるだけだから…ね、お願い。」
「何かあったらすぐ駆けつけるからな。」
「ありがとう。」
タズはその場を後にし、タナは姿勢を正した。彼女は深呼吸し、全身にヒカの力を漲らせ、次第に体から白いオーラが身に纏った。
「やばい…」
タナの様子に気付いたタズは納屋を走り出して、外にいた警察に叫んだ。
「みんな伏せろー!!」
タナは体から光の波を放ち、納屋の中のアウタレスの居場所を突き止めた。
「一体何なんだ?タナはどうした?」
姿勢を低くし、困惑するヒュオリ警部にタズは答える。
「タナがキレた。」
タナはショットガンを構え、内蔵された大きな鎌が展開した。彼女が持っていたのはサイス・ショットガンだった。タナはそっと笑みを浮かべ、壁の向こう側にいたアウタレス目掛けて突っ込んだ。目の前にあるものを撃ち、切り刻み、破壊しながらタナは笑っていた。
「アッハハハハハ…」
警察の持っていたアウター探知機が大きく反応した。納屋の中から聞こえる爆音と笑い声と時折飛んでくる流れ弾を前に、車両の後ろに隠れていた警察は皆引いていた。
ヒュオリ警部がそっと呟く。
「やはり人型のアウタレスは皆化け物だな…」
「これで遊んでいるだけだからな…彼女が本気を出すと生きて帰れない…」
「えっ…」
タズの衝撃発言に警部の顔は青ざめた。
タナが進んだ道には瓦礫しか残らなかった。アウタレスは逃げるも追いつかれ、バラバラにされた。アウタレスの返り血を浴びたタナは、もう1体のアウタレスに狙いを定める。後ろから破壊が迫るアウタレスは必死に逃げ、屋根を突き破り飛び立った。外にいた警察が銃を構える。しかし止まる事を知らないタナは一気に上空のアウタレスに追いついた。アウタレスの目に映ったのは白いオーラを身に纏い、全身を紅く染め、鎌を背負った笑顔のサンタだった。次の瞬間、アウタレスはバラバラにされ、アウタレスの破片や体液がそこらじゅうに降り注ぐ。納屋の周囲にいた人間が見上げると、月を背に全身を紅く染めた女のサンタがそこに立っていた。
タナに見蕩れていたタズは気持ちを切り替え、ヒュオリ警部に進言する。
「村中に伝えてくれ。この村は狙われている。」
-第2話~タナと村に忍び寄る影~ ~完~
群がる敵
子供達の悲劇
ヒーローの帰還
次回-第3話~子供達のヒーロー~