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横浜事変-the mixing black&white-

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信じる道が茨だらけの通過点であることに殺し屋達は気付かない

 チームCが生ライブの舞台を真っ赤に染め上げていた頃。ケンジ達は裂綿隊が進入していったパーキングエリア地下へ走っていた。その時点で敵は気付いている筈で、ここからはどちらが先に攻撃するかで変わっていく。

 外から見るとまるで無限の暗闇のように思えたが、中はもちろん等間隔に明かりが灯っている。様々な種類の車が自身を守るための壁となって駐車されていた。だが、それらは敵にとっても同条件だ。

 赤島を先頭に走る彼らだったが、ケンジの隣を走っていた仲間がいきなり呻き声を上げ、ゼンマイの糸が切れたように崩れ落ちた。それにケンジよりも早くモヒカンが対応した。彼は仲間が撃たれた方角を瞬時に見やり、根源に銃弾を撃ち込んだ。しかしそれは車のフロントガラスに当たり、その後ろに構えていた敵の影はさらに奥へと走って行った。

 「くそ、宮条はどこだ」

 赤島が仲間だけに聞こえる程度のボリュームで呟いた。薄暗い地下に人の気配はなく、どこから攻撃されるのか全く見当が付かない。それとも、すでに敵の大元はいないのだろうか。

 「まさか、別の抜け道があるのか……?」

 作戦の打ち合わせでパーキングエリアの地下の見取り図は確認している。しかし、出入り口は一つだけしかなかった。裂綿隊はここを根城にしているという。それなら公に知らされていない道があったとして、それを利用しないわけがない。

 「さっきの奴は囮ってことですか?」

 モヒカンが赤島に近付き、疑問の言葉を吐き出した。だが彼は赤島と話す位置に辿り着く前に、脳天から血を噴き出して倒れてしまった。

 「!?」

 血が飛んだ位置から推測し、ケンジは反射的に右斜め前に向かって発砲した。それは車に当たる事も敵に当たる事もなく、薄闇のどこかへと消えていった。

 赤島の顔は苛立ちと焦燥で塗れている。敵の数がどれだけかも分からない。しかし周囲には確かに存在する。仲間である宮条がどこにいるかすらも分からなくなってしまった。すでに彼らは序盤において後手に回っていた。

 そのときケンジは今日だけ腰に装備しているブツの事を思い出した。本来は地下に入って敵の姿を確認次第、ブツを投げつけ敵の動きを封じる筈だった。ケンジはそれを腰から取り出して赤島に見せた。彼は苦笑いを浮かべ、それから自身もブツ――閃光手榴弾を取り出した。

 「あああ、ふっきれちまったよ。ったく、チマチマ逃げてっからこうなるんだぜ」

 本当に退屈そうな声を地下に響かせる赤島。敵を揺さぶる効果としては単発すぎる気がしたが、それは間違いだった。

 途端に四方八方から1、2人ずつ敵が飛び込んできたのだ。彼らは全員手に拳銃かナイフを持ち、チームBに襲い掛かってくる。

 ケンジはそこで、いつも以上に気の張った赤島の声を聞いた。

 「お前ら、敵を潰すのが優先だからな!」

*****

 それは外界に漏れる事のない出来事だった。パーキングエリアの地下出入り口前に閃光手榴弾の真っ白い輝きが届いたのは約0.5秒ほどで、人通りの少ない道だからか、目撃者は一人もいなかった。

 ケンジはどうして自分が座り込んでいるのか理解出来なかった。気付いたら冷たいコンクリートの上に尻を置いていた。視界は依然として真っ白で、聴覚もままならない。

 ケンジ達が放った閃光弾の威力は、ほぼ密室状態の地下において絶大な効果を発揮した。高熱を遮断した太陽が突然放り込まれたような感覚。耳と目を塞いで口を開ければある程度防ぎれるのだが、裂綿隊は愚か、自ら光のスイッチを押したケンジ達でさえ、爆発までのタイムラグで回避行動を取る事が出来なかった。狭隘な空間であり、敵との距離がかなり近かったのが爆発をさらに早める要因だったのかもしれない。

 そんな共倒れと化した戦場で、ケンジは僅かな微音を感じ取った。もしかしたら勘違いかもしれないと思いながら、耳に神経を集中させる。

 ――これは……車のエンジン音?でも、どうして。

 ――まさか、敵の本丸は車の中にいたってこと?

 目を見開くよう脳に指示を飛ばしても、視覚はまだ閉ざされたままで何も見えない。ただでさえ聞き取りにくい聴覚の隙間から、エンジン音らしきものが遠ざかっていく。推測が本当なら、閃光弾を浴びなかった敵は逃げた事になる。

 やがて聴覚が少しずつ回復し、外の音が勢いよく流れ込んできた。だが、聞こえてくるのは打撃音に乾いた銃声、肉に刃物が突き刺さる単調でしっとりした音。脳内でそれらから絵を連想し、浮かんでくるのは無惨なものだけだった。

 数分後、ケンジの視界が戻ったとき、最初に飛び込んできたのは目の前に転がっていた誰かの首だった。

 「……っ!」

 危うく吐きそうになるのを堪え、彼は虚ろな目で周りを見渡した。

 辺りに広がるのは人の死体と赤黒い血液、乾いた人肉から漂う強烈な腐臭。それらが一つになってケンジの五感の一部に精神的なダメージを与える。

 「大丈夫、暁君」

 自分の名を呼ぶ声がしてそちらに首を向けると、そこには宮条がいた。ワンサイズ小さいパンツスーツには飛び血が駆け巡り、右手に持つナイフの刃からは血が(したた)っている。

 「み、宮条さん。どうしてここに?」

 「地下に入って、私は車に乗せられたの。車内で連中から触られまくって女っぽく嫌がってたら、貴方達がやって来た。それで閃光手榴弾が爆発したあと、用済みって感じで放り出されたわけ」

 「ストレス解消に寝っ転がってる敵は全部殺しといたから」とケロリとした調子で言う彼女だが、その顔は疑問と苛立ちで溢れ返っていた。

 「あいつらの一人が誰かに電話してたわ。その中に不穏な話が出たりしてたから、恐らくあいつらにはバックがいるわね」

 「不穏な話?」

 「そう。例えば『ヘヴンヴォイスの方は異常ないですか?』とか」

 「!」

 「赤島さんの仮説は、またしても的中したみたいね」

 「……俺、探偵にでもなろうかな」

 宮条の言葉につられたようにして呟いたのは当の赤島だった。彼は周りを覆う惨状に引きつった顔を浮かべ、それから目を擦りながら言った。

 「今から本部の奴に裂綿隊の奴らの居場所を突き止めてもらう。俺らの仕事はまだ終わっちゃいねえ」

 赤島はポケットから携帯を取り出してワンプッシュで本部に発信した。数秒経って、彼は電話の向こう側にいる人間に事情を話した。

 「……そうだ、こっちは2人やられたが心配ない。敵の追跡、アンタらなら出来るだろ」

 八幡や大河内とは違い、ぶっきらぼうな口調で話を進める赤島。やがて通話が終わったのか、彼はすでに覚醒していた仲間達に向かって声を張り上げた。

 「敵は――」

*****

 その頃、ヘヴンヴォイスの乗るバンを追っていたチームCは横浜の中心から遠ざかる道を走っていた。現在は山下埠頭のある横浜湾から横浜の奥側に入る大通りを走行しており、敵との攻防は一進一退というところだった。

 「あいつら何考えてるんだろうね。全部違う道使ってたけど、これまで追いかけっこしてたのって中華街とかマリンタワー付近ばっかじゃん」

 法城が呆れた顔で愚痴る。だがそれはチーム全員が心中で唱えていた疑問だ。

 運転を務める大河内はバンの速度を上げ、二車線になったところで敵のバンと再び並列走行を始めた。すぐに法城らが銃を構え、相手のバンに向かって攻撃する。しかし先程からどれだけ銃弾の雨を降らせても、バンの装甲が破ける事は一度もない。むしろこちらの被害の方が大きいだろう。

 これでは二の足だと考えた大河内は、速度はそのままにハンドルを左に切った。当然タイヤはその動きに従い、車体を左に揺らし、敵のバンと衝突した。

 ドゴン、という鈍い音と敵のバンがガードレールにぶつかった音が反響し、後方から通行人の悲鳴が聞こえた。大河内は一度スピードを緩め、再び追随する形を取った。

 「ちょ!お前何してるんだよ」

 法城が後部座席から文句を言ってくる。が、その声に危機感は全く感じられない。大河内としては相手がこのあとどういう動きを取るのかが気になったのだが――

 ――さすがにこの程度じゃ動じないか。

 だが、あまり公になる事はしたくない。これまで日の当たらないところで生活してきたせいか、今の突飛な行動も覚悟を決めた。しかしロシアからやって来た彼らには、肩と肩がぶつかった程度の問題でしかなかったようだ。

 と、ヘヴンヴォイスのバンが途中でいきなり減速し、ウィンカーを左に点滅させた。それに合わせて大河内も彼らを追ったのだが、その先は住宅街だった。

 「あいつら、ここで何をする気だ?」

 敵に対する疑念は深まるばかりだ。そこで彼らの車が突然停まり、中から敵が出てきた。彼らは陸上選手並み速さで走り出し、車両通行禁止の小さな道へと入ってしまった。

 予想だにしなかった大胆さに歯噛みしながら、大河内は相手のバンを通り過ぎて偶然見つけた有料駐車場に車を停めた。そして後ろにいる殺し屋達を見やり、

 「追うぞ!」

 と言った。

 チームCは敵が進入していった小道を走り、敵の姿を追い続ける。そんな中、大河内は現在地を確認するために携帯を開き、一件のメールが届いていた事を知った。

 それが本部からのものであると分かると彼はすぐに開き、怪訝そうな顔をしてその名を呟いた。

 「ここは――」

*****

 それは偶然か必然か、同じ情報が違う場所にいる二つのチームにもたらされた。

 「「石川町の女学院……?」」

 一つはパーキングエリアの地下で。もう一つはすでに到達した場所で。彼らは同時に自分達が目指すべき地点の名を口にしたのだ。

 与えられた情報と作戦自体が敵の罠だという事実を知らないまま、殺し屋達は自らの足で茨の道を歩き出したのだ。 
 

 
後書き
もう少し街の固有名詞を抑えられたら……改善点はいろいろあります。
今年は小説においても現実においても、人生が大きく変わった年でした。それはもう、2年よりも前のことなど塗り潰してしまうぐらいに(笑)
2015年も細々とこのサイトで生きていきますのでよろしくお願いします。

 
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