横浜事変-the mixing black&white-
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相手の出方を知っている両者に後ずさりはできない
前書き
いつもいつも長くてすみません。特にここからは終盤なので、視点が少し増えます。変に区切ると余計に話が分からなくなる可能性があるのでご了承ください。
日曜日 夜 横浜駅周辺
駅前から外れた横浜の歓楽街。中華街とはまた違う、地方都市ならではのネオン輝く街並みの中に彼らはいた。
「……おい、本当にこれであいつら来るのか?」
田村要は隣を歩く仲間に声を掛ける。彼ら――裂綿隊は皆一様に黒を基調とした服装で揃え、平然と街中を歩いていた。このまま『アイツ』に指定された通りの場所に足を運び、あとからやって来るであろう殺し屋統括情報局の殺し屋達を迎え撃つ算段となっている。後ろから自分達を追っているのも承知済みだ。ちなみに要はグレーのコートを羽織っているが、中は山垣学園の制服だ。
要に話しかけられた殺し屋は、特徴的な黒眼鏡の縁に手を掛けたポーズのまま答えた。
「今頃になって、まだそんな世迷い言垂れてんのかお前。これまで全部上手く言ってんじゃねえか」
「俺らもタダじゃ済んでないけどな」
「はっ、仲間意識でも湧いたか?ここに集まってんのは仮の集団だぜ?」
「分かってる」
『アイツ』によって招集された寄せ集めの殺し屋集団。彼らは殺し屋統括情報局という仕事の弊害を叩くために賛同してきた。
確かに『アイツ』の計画はこれまで狂い一つなく進んでいる。だが、その中で戦う者達は確実に減っている。要は自分周りの環境が少しずつ朽ちていくのを感じた。
――まあ、このクソメガネの言う通り、俺らは期間限定のチームだしな。プロの連中と戦ってんだから死んでも文句は言えない。
自分にそう言いきかせ、道に溢れる人々に視線をずらす。酔っ払った中年男達、きわどいドレスで通行人に呼び掛ける女、げっそりした顔で鞄を握るサラリーマン。彼らはみんな違うようで同じだ。外れているのは自分達の方なのだから。
確認のために自分の周りにいる連中を見てみる。雰囲気に堅苦しさがあるが、見た目はそれほど危険そうには思えない。だが、その判断が人を間違った方向に向かわせる。
「あ、あの!」
突然一人の女が要達の集団に話しかけてきた。全体に呼び掛けたと思しきそれに、隣を歩いていたメガネが温和な笑みを貼り付けながら応対する。
「どうされました?」
「え、えっと、皆さんはこれからどこへ行かれるのでしょうか?」
「貴女はそれを知ってどうするつもりなのですか?」
「え?えっと、その……私も連れてって欲しいなと思いまして……」
――は?あの女、何考えてんだ?
――この理屈のない展開、なんかイライラする。
いきなり声を掛けてきたと思ったら自分らと一緒に行きたいと言い出した。そんな出来事は今までなかったし、何より不自然だ。けれど周りに関係者はいなさそうだし、後方から自分達を監視している殺し屋達にこんな女性はいなかった。
女は周りの女性と比べて長身で、女性用のパンツスーツに身を包んでいる。スラっとしたモデルのような足や形の良い胸辺りがスーツ越しに浮かび上がっており、正装なのにどこか魅惑的だった。黒髪は肘辺りまで伸びていて、どれもが重力に逆らわず清流のように流れている。とても清楚で可愛らしい女性ではあるが、ほとんどの殺し屋は興味なさげな顔をしていた。要もその一人で、誰もが心中で呟いたであろう言葉を唱える。
――だって、俺より背高いんだもんな。
メガネが困った顔をして、女性に「すみません」と言った。
「我々はこれから仕事でして、貴女を連れては行けないのです」
「そ、そうですか……。じゃあ、お礼をすればいいですか?」
「お礼、とは?」
「えっと……身体」
――何ぃ!?
要が目を剥いて女性を見やった。その反応が全員同じだったのが癪だったが、今はそれどころではなかった。メガネはやや引きつった顔で何とか否定しようとする。
「あの、我々はそういった淫らなことは……」
「私、Eです」
「……メガネ、他の奴らの顔を見てみろ」
要は女性と話す彼の耳でボソッと呟いた。それを聞いた彼は周りの殺し屋達の方に首を捻り、驚き半分呆れ半分といった顔をした。そして吐息を漏らすと、女性に振り返って言葉を口にする。
「どうやら連れが貴女を歓迎しているようだ。ご一緒ください」
「はい!ありがとうございます!」
女性が本当に嬉しそうにその場で軽くピョンピョンする。その度に胸が上下し、男達はそれを見て感嘆を漏らした。要も危うく彼らと同じ反応を起こしそうになり、すぐ顔を背ける。
――俺は別にそんなことどうでもいいんだ。胸揉みたいとか、そんな考えは決してない。ない!
手で何度か頬を叩き、それから気色悪い同業者らに対してこう言ってやる。
「そこの人は後で回せばいいだろ。それよりも今は仕事だぜ、変態ども」
*****
同時刻 横浜駅周辺
ケンジ達チームBは駅付近の大通りを歩きながら、前方を行く裂綿隊を陰ながら監視していた。全員違う服を着ているが、中には共通して防弾チョッキを仕込んでいる。もちろん組織が手を結ぶ商社から買い取った正統な物だ。
ケンジはすでに何ヶ月も殺し屋をやっているが、こうした尾行の訓練は受けていない。過去に狩屋が「お前は尾行出来るような奴じゃねえからいいだろ」と言っていたのを思いだし、思わず笑ってしまう。
彼より少し前を行く赤島達は、さすがプロと言うべきか、目を敵に固定しながら身体を揺らり揺らりと動かして自然と人混みの一部と化している。ケンジはどうしても裂綿隊を意識してしまい、なかなか彼らのような動きが出来ない。そんな中、いつの間にいたのか、モヒカンが左肩近くで呟いた。
「お前、尾行初めてか?」
「はい。実は」
「だよな。後ろから見てて不審者に見えちまう」
「そんなに変ですか……?」
「まあ、気にすんな。そのために宮条が接触して気を逸らしたんだから」
彼はそう言って前方の敵達を数秒眺めた。そこにはパンツスーツを着た宮条が子供のように軽く飛んでいる姿があり、ケンジは目を丸くする。それから昨日の報告会議の事を頭の中でリピートした。
***
昨日の21時頃に例の新港埠頭で行われた殺し屋統括情報局の報告会議。そこでは大河内が前に言っていた作戦内容が明かされ、多くの意見が飛び交った。
最初に口を開けたのは赤島だ。
「最初に言わせてもらうぜ。阿久津さんはどうした?」
『阿久津さんは現在突発的な熱を出しており、自宅療養しています』
「へぇ。……本当かどうかは置いておこうな」
大河内の携帯から会議に参加しているのは高橋という本部の人間だった。これまで阿久津の声しか聴いた事がなかったので、とても新鮮に思えた。
赤島はまだ言いたい事があるようで、他の面子を差し置いて話し始めた。
「作戦についてだが、率直な話、これは危険だ。こちらが強襲っつー形で攻撃するのは分かる。だが、裂綿隊とヘヴンヴォイスは手ぇ組んでる可能性が高い。しかもその間に誰か仲介人がいるんだとしたら……こっちの情報は知られててもおかしくねえ」
『赤島さんの話はこれまでも仮定ばかりだ。我々が彼らの殺し合いに巻き込まれている可能性だってあり得るでしょう』
「尚更ダメじゃんかよ」
『これもまた仮定です。ですがヘヴンヴォイスは山下埠頭での戦闘に参加していません。あの作戦はこちらから仕掛けたものでしたが、味方なら裂綿隊の増援として駆け付け、我々を叩いていたハズでしょう。敵なら我々と共に裂綿隊討伐に参加していたでしょうし』
「……」
確かな根拠を言われ、ここで初めて黙った赤島。それを好機と見たのか、受話口の先にいる男はさらに言葉で畳み掛ける。
『そして本作戦は局長が立案したものです。本部にも殺し屋チームにも拒否権はありません。仮に彼らがグルだったとして、確実な情報の上に作られた本作戦は必ずや成功する事でしょう』
まるで台本でも読み上げているような声を吐き出す高橋。赤島はやや呆れた顔をして、溜息を吐いた。もう何を言っても無駄だと思ったのだろう。
そんな彼を見た大河内が、リベンジとばかりに高橋に問い掛けた。
「そもそも、ここ最近の任務はいつも以上にきな臭いです。裂綿隊はもともと横浜の一匹狼が束なって出来たチームである筈。つまり、誰かが彼らを招集したということです。それに輪を掛けるようにロシアから来たヘヴンヴォイスがいる。やはり彼らは殺し屋統括情報局を潰そうとしているのではないでしょうか。そうなると、赤島さんの言う通り仲介人がいても……」
『なら、どうして彼らはこんな中途半端な時期に我々を潰そうと目論んでいるのですか?それに、二つの勢力を纏めた仲介人はロシアの殺し屋とのツテがあるということになります。そんな強大な人間がこの街にいるとは思えませんが』
「……大河内」
赤島が静かに彼の名を呼んだ。その目は『これ以上は水掛け論だ』と訴えていた。
こうして作戦は決行される事になったのだが――作戦内容の一つに大きな問題点と危険が含まれているのは誰もが気付いていた。
「……ねえ、私を殺したいの?」
怨嗟の声でそう言ったのは宮条麻生。いつもの手入れが行き届いていない黒髪をくしゃくしゃさせながら、電話越しの高橋を殺すかの勢いで言葉を吐き捨てている。
「私がどうしてこんな恥ずかしいことをしなくちゃならないの?社会的に潰す気?それともこの世から本当に消し去りたいの?私が逆に貴方を殺せば文句はいらないのかしら?」
「……ま、まあまあ落ち着けって宮条。お前ならやれるって」
「いくら先輩だからって容赦しないですよ、赤島さん。私は嫌です」
赤島が宥めても、宮条はその事案に対して首を縦に振ろうとしなかった。
問題となっているのはチームBの作戦内容。彼らが敵と接触する前に、『宮条が敵の前に出てきて一緒に目的地まで向かう』という下準備のような手順が用意されていたのだ。しかしそれでは単に危険が伴うだけだ。そこで本部が考えたのが――
「……なんで私がサイズの合わないパンツスーツを着て胸を誇張しなければならないの?」
「そりゃお前、奴らが男だからだろ」
「……赤島さん、一度死にますか?」
普段は無口で感情表現も希薄な彼女だが、このときだけは誰よりも言葉を連ねていた。彼女は一蹴する度に何故か大河内を睨みつけ、彼は慌てて「僕が考えたわけじゃ……」と弁解する。そんな理不尽な絵が生まれていた。
高橋が受話口から説得しても、宮条は頑なに拒否した。あまりにしつこくなると投擲用のナイフを携帯電話に向けたりして、その度に赤島や法城が彼女を落ち着かせるために動いていた。
誰もが『作戦は延期か……』と考えていたそのとき、新たな人物が殺し屋達の描く丸い円に入り込み、形を簡単に崩した。
「なら、殺し屋世界ナンバーワン美少女の私、玉木鈴奈がその役割担ってあげよっか?オバサン」
「た、玉木……」
爆弾落としやがって、とでも言いたげな苦みを帯びた顔をする法城を完全無視し、宮条に嘲りの言葉をぶつけたのは鈴奈だった。彼女は円の内部で仁王立ちし、高校生とは思えない美貌を振り撒いている。
「オバサンじゃこの仕事は出来ないよねぇ。だって男を振り向かせるだけの色気がないもん!アハッ!ただのデカパイだっての!笑えるぅ~!」
刹那、思いきり地を蹴ったと思しき宮条が鈴奈に襲いかかった事で殺し合いに似た攻防が始まったのは言うまでもない。
***
――でも、あれがなかったら今ごろ作戦は崩壊してたかもね。
結局、鈴奈の口車に乗せられた形となった宮条は「ならアンタがメイクしなさい」と言って作戦を承諾。今こうして実行に移っている次第だ。
――あれ、玉木先輩ってなんであそこにいたんだろう?
彼女は神出鬼没で自由奔放な人間だ。誰かに誘導されずとも、あのような形で現れてもおかしくはない。そこでケンジは仕事に集中するために無駄なものを頭から取り除いた。
敵は宮条を周りに囲んだ状態で一定速度のまま歩き出している。方向からして、昨日の会議で阿久津が言っていた通りの場所に向かっているのだろう。やはり組織の力は凄いと感心しつつ、ケンジは彼らの姿を目で追っていく。
やがて裂綿隊は大通りを左に曲がり、その場から姿を消した。これも予想通りだ。あの先は車一台が通れるぐらいの小道になっている。彼らは道なりに建つパーキングエリアの地下へと潜っていく。そこを狙って閃光弾を投げ込み、敵の動きを封じる。あとは宮条と合流し、敵を一人残さず排除してしまえばチームBの仕事は終わりだ。
――……なんか軽い感じがするんだけど、気のせいかな。
――今までもこんな簡単には終わらなかったし……なんか不安だ。
仕事内容に違和感を覚えながらも、ケンジは先行する赤島達と同じく大通りから小道に流れた。一歩出てしまえばもう別世界で、薄闇の中に孤塔のようなビル群が立ち並んでいる。小道は勾配がぬるく、街灯が照らす先にパーキングエリアの無骨な緑色が見えた。すでに裂綿隊が地下に入ったのを確認し、赤島はふうっと息を吐いてこちらを見た。
「ここまでは予定通りだ。全員得物は持っとけよ」
赤島を先頭に殺し屋達が走り出す。一番後ろとなったケンジは腰にマウントしてある拳銃を一度見て、それを取り出した。狩屋に教わった歩き方を実践しつつ、赤島達の様子を窺った。
彼らはパーキンエリアの地下前で一度止まり、互いに目を配らせた。赤島は全員の態勢が整ったのを確認してから、疑問を交えた言葉を吐き出した。
「……正直、俺は今回の作戦も何か裏があるんじゃねえかって思ってる。中にいる宮条も心配だ。閃光弾の位置は絶対外すなよ」
ケンジや他の仲間達は一瞬の間もなく頷き返す。それを合図に、赤島が静かな声で戦闘開始の言葉を口にした。
「作戦開始だ」
どうしても消せない足音を無理に消すような足取りで、殺し屋達は暗闇の戦場へと飛び込んでいく。
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