ソードアート・オンライン‐黒の幻影‐
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第1章 群像のフーガ 2022/11
4話 咎の重み
「むぅ………もうちょっとだけゆっくりしたかったのにー………」
「だからって、邪魔をするのは悪いだろう」
むくれるヒヨリを連れながら、広場の適当な位置に立つ。
確かにヒヨリの言う通り、キリト達の傍にいても別段これといって咎められはしなかっただろう。だが、それでも彼等が二人でいた事には意味があるはずだ。そこに入り込んでしまっては邪魔にしかならないのだろう。
実際に、俺達が去った後にも会話をしている姿が見えた。あの重苦しい雰囲気からして恋仲にある者同士の会話とは考えにくい。恐らく、キリトしか知り得ない彼女の一部分があってこそ、彼だからできる会話だったのではないか。その会話の内容は知り得ないが、そこに俺たちがいては決して手の付けられない内容だったのではないか。………それら全ては所詮推論でしかないが、少なくともあの会話は、行きずりの俺達には関わろうにも遠過ぎるのだ。
「………そうだね。また今度お話しよっと」
「そうしろ。流石にあれが最後とは思えないからな」
ヒヨリも納得したところで再度時間を確認すると、既に会議の開始予定時刻を3分ほど過ぎていた。
開始時刻が経過するにつれて参加者の緊張が弛緩してか、ざわめきは大きくなる。何の気なしに広場を見渡すと、およそ四十人弱はいるだろうか。PTの最大加入人数が六人、フロアボスに挑むならばそのPTを束ねた《レイド》を組む必要があるだろう。レイドの最大編入PT数は八個であり、つまり人数上限である《フルレイド》は四十八人となる。この頭数のままでボスに挑むならば、フルレイドに近い大部隊ができることになる。このまま誰も欠けなければ戦力は期待できるだろう。少なくとも、俺やヒヨリが前線に駆り出されるほど手が足りなくなるといった事態は、過度に悪目立ちしない限り有り得ないはずだ。
――――と、ここで広場の噴水の辺りから乾いた音が鳴る。ざわめきは収まり、代わりによく通る叫びが響いた。
「はーい! それじゃ、五分遅れだけどそろそろ始めさせてもらいます! みんな、もうちょっと前に………そこ、あと三歩こっちに来ようか!」
開始時間の遅れはさておき、さながらカリスマ講師の如き堂々たる声の主は、長身に金属鎧を纏った片手剣士だった。参加者に声を届ける配慮か、噴水の縁に助走なしでひらりと飛び乗る。見る限り、筋力、敏捷ともにステータスはかなり高いだろう。
そして、彼が振り向いたことで広場は再びざわめきを取り戻す。なんと高水準な各種ステータスのみならず、どうやら容姿という生まれ以てのステータスまで高いようである。まさに《勇者様》といった風情だ。おまけにウェーブしながら流れる髪はリアルの容姿では考えられない青色である。第一層において、頭髪用の色彩変更アイテムはレアドロップか、或いはそれを他のプレイヤーから譲り受けるかだが、当然のことながらドロップ狙いで狩りを行うなら並々ならない努力と根気を要するだろうし、譲り受けるならばそれに見合う対価も相当なものだ。この会議のために用意したというなら大した気合の入り様だと感心してしまう。
「今日は、オレの呼びかけに応じてくれてありがとう! 知ってる人もいると思うけど、改めて自己紹介しとくな! オレは《ディアベル》、気持ち的に《ナイト》やってます!」
爽やかな笑顔に合わせて、ユーモアも持ち合わせた《勇者様》改め《騎士様》の自己紹介に広場が沸く。口笛や、ディアベルを茶化す軽めの野次などが飛び交い、実にフレンドリーな空気が漂っている。
実際にはジョブシステムのないSAOにおいて《騎士》などという職業はないのだが、これも要は気分だ。金属鎧に身を包み、戦いの際には活躍するであろう左腰に佩く大振りの直剣と背中のカイトシールドの外見はまさに騎士だ。流石に自称するだけはある。
「さて、こうして前線で活躍してる、言わばトッププレイヤーのみんなに集まってもらった理由は言わずもがなだと思うけど………」
茶々が静まったのを見計らって演説を再開した騎士様は、街並みを見下ろすようにそびえる巨塔――――第一層迷宮区を指差して続ける。
「………今日、俺たちのパーティーが、あの塔の最上階へ続く階段を発見した。つまり、明日か、遅くとも明後日には辿り着くってことだ。第一層の………ボス部屋に!」
再び広場がざわめく。驚愕の意思の籠った喧騒は、やはり階段発見の早さによるものだろう。
アルゴの話だと、現在の迷宮区探索の進捗状況は「やっと十九階に到達した」という内容だった。それも情報を仕入れたのは昨日の事である。上層階に向かうにつれて出現するモンスターのレベルも当然のことながら高くなっていくため、探索は階を進むにつれて慎重さを増すものだが、彼の言葉が本当だとするならば、到達したその翌日にはその階層が突破されてしまったことになる。いよいよもって《勇者様》だったのではと疑問を持ってしまう。
余談だが、アルゴから情報を仕入れる際はヒヨリに代わりに聞いてもらうと、彼女の扱う情報の価格が百パーセントOFFで手に入る。アルゴ曰く「あんな無邪気なコに『オネーサンありがとう!』って言われるとお金なんて取れないヨ………」だそうだ。流石に申し訳ないので、結局は七〇パーセント程度を支払うが。
「……みんな驚いてるけど、それってすごいことなのかな……?」
ただ、そんな騎士様の快進撃も、ヒヨリには首を傾げてしまう内容だったのだろう。
かくいうヒヨリも、SAOでのダンジョン探索の経験者だ。茅場晶彦によるデスゲーム宣言の直後、はじまりの街を二人で抜け出して、隠しダンジョン《セティスの祠》に向かい、その試練を見事に攻略したのである。ただ、あの時は俺自身が内部の構造を知っていた事もあり、マッピングを省いて階段へまっしぐらに進んでいた――宝箱は点在するものの、それほど有用なものは入っていないため割愛してしまった――ために攻略自体は一週間で終了した。ヒヨリに戦闘を教えていたり、レベリングを行っていた時間の方が長かったくらいである。そのこともあり、ヒヨリは手探りの探索の厳しさを知らないでここまで来た。
「地図もない場所で目的地を探し出すのって大変だろ? あの騎士さん、それをたった一日で見つけたんだってさ」
「す、すごい!?」
そして騎士様の――――というより、努力したであろう人間の名誉のためにも、この上なく分かりやすい例えで教えてやる。同じ立場だったら、多分ヒヨリは来た道すら戻れなくなるだろう。騎士様がやってのけた事は、ヒヨリからすれば魔法にも等しい芸当なのだ。
「一ヶ月。ここまで、一ヶ月もかかったけど……それでも、オレたちは示さなきゃならない。ボスを倒し、第二層に到達して、このデスゲームそのものがいつかきっとクリアできるんだってことを、はじまりの街で待ってるみんなに伝えなきゃならない。それが、今この場所にいるオレたちトッププレイヤーの義務なんだ! そうだろ、みんな!」
直後、広場に喝采が轟く。今まではごく少数だった拍手が急に数を増し、騎士様の爽やかながら強い意志の籠った雄弁を讃える。それだけ、彼の言葉はこの場に集まったプレイヤーの心に響いたということだろう。かくいう俺も、これほどに非の打ち所のない高潔さは見たことがない。それにボスを倒すことで、クリアできることを証明できれば、現時点ではフルレイドに満たない人数だったとしても、今後はさらに参加を希望するプレイヤーが増えるだろう。最下層で燻り続ける閉塞感を打破することこそが何より皆に希望を齎せることを知っているからこそ、この騎士様はまとめ役を引き受けたのかもしれない。
そして俺達も、この戦いに助力できるなら――――
「ちょお待ってんか、ナイトはん」
低い声が、沸く喝采と俺の思考を止めた。
前の人垣が割れ、その中央に取り残されたかのように立っていたのは、小柄でありながら筋肉質な体格の男だった。とくに身を乗り出してまで見るつもりもなかったが、毬栗を思わせる個性的な髪型が目に映る。
「そん前に、こいつだけは言わしてもらわんと、仲間ごっこはでけへんな」
いきなり出てきて横柄な物言いに、広場は先程の喝采とは対極の形で騒ぎ出す。俺自身も「別に仲間ごっこがしたいわけじゃない。ごっこ遊びなら余所でやれ」と心の中で吐き捨ててしまったくらいに、この男への第一印象は悪い。
だが、そんな不躾な乱入にさえ、ディアベルは想定の範囲内とばかりに余裕の笑顔を崩さない。
「こいつっていうのは何かな? まあ何にせよ、意見は大歓迎さ。でも、発言するならいちおう名乗ってもらいたいな」
「……………フン」
毬栗頭は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、噴水の前まで進み出て振り向く。
「わいは《キバオウ》ってもんや」
名乗り、男――――キバオウは広場全体を睥睨した。
何かを探すような視線は俺達を通り過ぎて………一瞬どこかで止まったかと思うと、それも気のせいだったかのように視線を戻し、ドスの利いた声を広場に響かせる。
「こん中に、五人か十人、ワビぃ入れなあかん奴らがおるはずや」
「詫び? 誰にだい?」
キバオウに場所を譲るように噴水の縁に移動していたディアベルは、俳優のそれと見紛うかのような仕草で両手を持ち上げる。そちらには一切の視線もくれることなく、キバオウは憎悪を込めて吐き捨てた。
「はっ、決まっとるやろ。今までに死んでいった二千人に、や。奴らが何もかんも独り占めにしたから、一ヶ月で二千人も死んでしもたんや! せやろが!!」
怒号が、ざわめきを殺した。
この毬栗が何を言わんとしていたのか、何を憎んであの場に立ったのか、この場に居合わせたプレイヤーが――――それこそ、ヒヨリも含めて全員が理解したのである。
「――――キバオウさん、君の言う《奴ら》とはつまり………元ベータテスターの人たちのこと、かな?」
ディアベルの表情からも今までの爽やかな笑顔は消えて、代わりに厳しい表情を浮かべつつ、その核心を確認する。
「決まっとるやろ」
つまらない事を聞くな。と言いたげにディアベルに一瞥くれると、キバオウは続ける。
「ベータ上がりどもは、こんクソゲームが始まったその日にはじまりの街から消えよった。右も左も判らんビギナーを見捨てて、な。奴らはウマい狩場やボロいクエストを独り占めして、ジブンらだけぽんぽん強うなって、その後もずーっと知らんぷりや。………こん中にもちょっとはおるはずやで。ベータ上がりっちゅうこと隠して、ボス会議の仲間に入れてもらお考えてる小狡い奴らが。そいつらに土下座さして、貯め込んだ金やアイテムをこん作戦のために軒並み吐き出してもらわな、パーティメンバーとしては命は預けられんし預かれんと、わいはそう言っとるんや!」
糾弾が途切れても、誰も言葉を返さなかった。
内心では、こんな物言いは根本的に間違っていると叫びたかった。なぜなら、死にたくないのならはじまりの街から外にでないというだけで安全は確保されるのである。そこから一歩踏み出したのならば、そこからは自己責任であらねばならない。確実に回避出来る死を誰かの責任に転嫁するのは、そもそもお門違いなのである。
それにもし仮に、あの日、お前が俺をベータテスターだと突き止めて《セティスの祠》の所在を俺に吐かせていたら、何が変わったというのだ?
俺にダンジョンを案内させ、ベータテスターだからとボスドロップ品の《フロウメイデン》や発掘品の《レイジハウル》を、《コート・オブ・アヴェンジャー》を、強化素材を奪い、金を奪い、それらを手に入れたあとはどうするのだ?
結局、お前の嫌った《ぽんぽん強うなったベータ上がり》とステータス上の差異がなくなって、どうなるのだ?
――――そうなった時、誰がヒヨリをこの世界から救ってくれるのだ?
………だが、言い返せなかった。今、ヒヨリを守っているのは俺だから。いや、彼らが俺の装備を剥ぎ取っても、この役目は俺の全てだから。
………今、声を挙げれば、ベータテスターと知られれば、それによる危害は俺のみではなくヒヨリにも向けられるから………
「………違うもん………見捨ててなんか、ないもん………」
――――ふと、隣から濡れかけた幽かな声が聞こえた。
見ると、ヒヨリは俯きながら震えていた。目に溜めた涙が零れそうで、とても見ていられないような悲痛な表情だった。
「………そろそろ、腹が減ったな。戻るか」
俯くヒヨリの頭をワシャワシャと撫でてやる。自分でやっておいて言うのも憚られるが、結構乱雑に撫でてしまった。とりあえず謝るのは後にするとして、もうこの会議に残ろうにもメリットはないだろう。肩を震わせるヒヨリは、しゃくりあげながらも何とか頷いて答えてくれるのを確認すると、広場の外までヒヨリの腕を引く。
最後にもう一回だけ広場を確認すると、大柄でスキンヘッドの黒人男性らしき姿がキバオウと対峙していた。この位置からではもう様子を窺い知ることはできないが、どうせボスの情報など奴等には皆無なのだ。そもそもボス攻略会議と銘打ちながら、結局最後はベータテスター狙いの《たかり》紛いの糾弾なのだから始末に負えない。
………いや、それではあの騎士様が悪いようではないか。と、思考を巡らすのもそこそこに切り上げる。
「明日は一日休もう………そういやこの街にさ、結構旨い店があるんだけど、明日行ってみないか?水っぽい焼きそばみたいな変なのだけど、なかなかイケると思うからさ………」
さっきから無言のヒヨリが気になり、なんとかしようとあらゆる話題を振ってみるが、全く反応はない。ただ鼻を啜ったり目を拭いたりしながら隣を歩くだけである。こんな時、あの騎士様の《話術》スキル――――当然、システム的に存在しない――――が羨ましくてならない。
「そうだ。そのケープ一着だけだと洗濯できないもんな。防具屋とか見に行くのも………って、そもそも洗濯必要なかったっけ――――………ヒヨリ?」
不意に、無反応だったヒヨリが手を握ってきたために思わず名前を呼んでしまった。
「………ごめんね。少しだけでいいから………」
このまま握ってて、とヒヨリは続けた。
………全く、俺は本当に気の利かない幼馴染だと、痛感してしまう。
「迷われると困るからな。このまま帰るか」
「………うん」
ヒヨリには身に覚えのない恐怖で辛い思いをさせてしまった事を悔やむ一方で、この糾弾は本来、俺に向けられるべきだったのだとも思う。
………俺はヒヨリの言う通り、あのキバオウの言う《ビギナーを見捨てたベータテスター》とは違う。ヒヨリを守りながら、共に強化しながらここまで辿り着いたのだ。だからこそ、他の《自分だけを守っているベータテスター》よりも罪深い。なぜなら、ヒヨリだけを守るために他のすべてのプレイヤーを、はじまりの街に置いてきてしまっているのだから。
動機はどうであれ、進む意思のあった新規プレイヤー達が文字通り右も左も判らぬまま奮闘し、そして死んでゆく最中であっても、俺はヒヨリを守り続けた。彼等と同じ新規プレイヤーを個人的な理由で区別した。
大数の中において、ヒヨリという存在も単なる1に帰結する。俺はつまり、他の二千が消えてゆくのを無視しながら、一を守り続けたのだ。それが俺の背負うべき罪。《一人の為にその他を切り捨てた罪》だ。
この罪は、俺にのみ刻まれるべきだ………
後書き
「スープ焼きそば五人前、四皿はそっちの女の子に出してくれ」
「あいよ!」
「………食えるか?」
「グスッ………食べぅ………」
………はい、ボス攻略会議回は如何だったでしょうか?
前半の騎士様こと《ディアベル》パートと、後半の毬栗頭こと《キバオウ》パートで空気がガラッと変わってしまいました。個人的には《ベータテスターとしての燐ちゃんの苦悩》が出せればと思ったのですが、そのためにキバオウさんには汚れ役を演じて貰わざるを得ませんでした。スタッフ一名、心より御礼申し上げます。
「なんでや!なんでわいが嫌な奴みたいになっとんねや!」
………さて、次回からは一話完成ごとに公開していきたいと思います。そのため、今日(2014.12/17現在)発見した《下書き》なる機能を使っていきたいと考えています。もしかしなくても更新スピードは落ちますが、文章を書くスピードは相対的に変動していないので、大丈夫だと思います。
ではまたノシ
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