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ソードアート・オンライン~神話と勇者と聖剣と~

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DAO:ゾーネンリヒト・レギオン~神々の狂宴~
  第二十一話

「がはっ……」

 壁に思いきり打ち付けた背中が、凄まじい痛みを訴えてくる。かすむ視界の先では、振るわれた光の刃に切り裂かれる、(ハクア)の姿が見えた。

 すこし視線を動かすと、果敢に矢をはなっている(ハクナ)。だが、その攻撃は、標的には決して届かない。

 ハクガ達は、たった十分にして――――

「どうしたの? もう終わり? そんなんじゃお父様は絶対に倒せないよ」

 不満げな表情を浮かべて立つ、この金髪の少女に完敗を喫していた。

 天宮皆徒と名乗った少女。彼女は、それらしい武装は一切していないのにもかかわらず、ハクガ達を圧倒的な力で叩き潰した。

 彼女の()()い瞳は、視界にとらえたものを金縛りにする力がある。

 彼女が一切の呪文を唱えずとも、突然出現した光の腕が、時には拳、時には刃となって、こちらを自由自在に攻撃してくる。

 彼女は、一切の本気を出していない。

 遊ぶように。

 心底つまらなそうに。

 ひたすら無情に、こちらを蹂躙するのみだった。

「なぁんだ。つまんないの……」
「どう、して……」

 ハクアが、ふらふらと立ち上がる。

「あなたのような、子どもが……」
「何言ってるの? 皆徒はお父様の娘なの。お父様とお母様が『そう創った』んだから、私は『皆徒』なの。私が強いのは当たり前。お父様が『そうあれ』って言って『創った』んだから、当然」

 謎かけの用なその台詞には、しかし文字通りの意味しか含まれていないのだろう。彼女の何一つ疑っていないような表情が、それを確信させる。

「皆、私の前にひれ伏すの。お父様がつけてくれた名前は、そういう意味。『皆徒』。『みんな、ともがら』。皆、私の眷属」

 そう言って、彼女は光の刃を繰り出す。斬りつけられたのは、ハクナ。

「きゃぁっ!」

 弓を取り落し、うずくまる彼女を見て――――ハクガの中で、何かが弾けた。

「よくも、妹を……!」

 普段のハクガからは、想像もつかない激怒。それこそが、少女のねらいだったことに、気が付かない――――

「お父様から聞いてるよ。あなた、そう言う性格なんだってね。もっと詳しいことを教えてくれたのは、私の友達だけど……『おいで、《グリモア》』」

 皆徒の声に導かれて、彼女の腕の中に何かが出現する。

 それは、巨大な本だった。横幅三十センチ、縦幅五十センチを超える、分厚い本。その表紙の中央には、一つの()()色の水晶がはまっていて、まるで目のように動いている。

 それが、ハクガを捉えた瞬間――――

『よう、坊主。久しぶりだな』

 喋った。

 その声が、ハクガの脳裏を刺激する。

 どこかで――――間違いなくどこかで、聞いた声。

『おいおい、忘れちまったのか? 矛盾の御子の”陰陽”。”陽陰”の嬢ちゃんもいるのか。どうやら『戻れた』ようだな』

 《矛盾の御子》。その言葉で、思い出した。

 ハクガは驚愕で目を見開く。

 この声は――――かつて鈴ヶ原の家に出入りしていた、《精霊系自在師(いのうつかい)》の声。

 だが、彼は黒いローブに身を包んだ、将官のような姿をしていたはずだが――――!?

 どこかで――――《白亜宮》の何処かで、再会するのではないかと思っていた。だがまさか、彼が本になって登場するとは夢にも思わなかった。

「なぜ、あなたがここに……?」
『決まってんだろ。ここが俺の家だからだ。おりゃぁ主殿からお嬢のお目付け役を命じられててね。お前らの前から消えたのはその指示が降りたからだよ。『ここ』と『むこう』と『あっち』じゃ時間の流れが違うからな。どんだけ経ってんのかと思ったら……意外とだったな。お前は凛々しくなったし、嬢ちゃんは美人になった』

 記憶に在る声と同じ声で、本の姿になった《精霊系自在師》の男はハクガとハクナを讃える。そこには確かな優しさがあった。

 しかし直後、彼は冷徹な声になって続ける。

『だがまだだ。お前らはまだ弱い。その程度でお嬢を、ついでに主殿をぶっ倒そうと思ってんだったら、甘すぎるとしか言いようがねぇ。いいか? お嬢はな、主殿が手塩にかけて育て上げた、最強の《神格》だ。奥方の実力は寒気がするほどだが、主殿の《脚色》がそいつを上回った。まったく、話しが逆だっての』
「何を……言って……」

 ハクアが立ち上がり、弓を引く。放たれた矢は、しかし半透明の障壁のようなものに阻まれ、皆徒には届かない。

『おいおいおい、あぶねぇなぁ姉さん。おりゃぁこの坊主どもと話してんだ。ちと黙ってな。
 おい、お嬢』
「むー。私のほうが指示出すんだよ? まぁいいや……『SS強制発動【魔法】、”オリジンマジック”の領域を閲覧、《天球儀(ラグナライズ・ジ・エンド)》を行使します』」
 
 皆徒の口から、機械的に祝詞が紡がれていく。浮かび上がった魔導書が自動的に開き、その上に立体魔方陣を展開する。十の丸と、それを結ぶ線で構成された魔方陣。
 
『了解。セフィロトシステムによる高速真言展開開始――――演算終了。照射』

 一瞬で魔方陣の全ての円が光輝き、皆徒の周囲を光の輪が囲んでいく。そして――――

 ――――ハクアの頭上に、真黒い球体が出現した。

「なっ……!」
「えい」

 球体は落下して――――ハクアを、言も無さげに飲み込んだ。

『きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!! あああ! ひあぁぁぁぁぁっ!!』

 漆黒の球体の中から、苦しげなハクアの悲鳴が聞こえる。恐らくだが、凄まじい激痛が彼女を襲っているのだ。

「先生……!」
『ふむ……ある意味でプロパガンダになったか。見たか? 俺の本来の役割は、異能者なんかじゃなくて魔導書なんだよ。どーせ生真面目な坊主のことだ、さっき思ったんだよな? 『なんで人間だったはずなのに本なんかに』、とな。つまりこういうことだったワケさ。
 《精霊系自在師》にはな、こうやって、『使われること』を前提にした異能もあるんだよ』

 初耳である。

 そもそも、《自在式(いのう)》の片端をかじった程度のハクガには、専門的な知識があるわけでは全くない。自分の家に頻繁に出入りしていた自在師が、そんな技能を持った存在だったとは、知らなくても当然である。

「《天球儀(ラグナライズ)》はね、本当ならシーニア一族しか使えないんだけど、グリモアは特別に使えるんだよ」
『そういうこった。わりぃな、坊主。嬢ちゃん。お前らには、ここで消えてもらうことになるわ』

 ぞくん。

 ハクガの背中を、何か凄まじい悪寒が這いずり回る。

 これから繰り出される《ナニカ》は、想像を絶する存在だ――――そんな確信が、ハクガを捉えて離さない。

「お父様がね、使っていいって言ったの。だから、これ、使ってあげる。
 『――――《惟神》――――
     《絶対唯一神(YHVH)

  我に逆らう者に、雷を』」

 起動の直前、ハクガはせめて、とハクナに駆け寄って、彼女を抱きしめた。意味があるとは思えないが、彼女を、守らなくてはならないと。

 そう、なぜか思って。
 

 真っ白に染まる視界。それが、ハクガが二度目の《白亜宮》で、最後に見た光景だった。



 ***



「おぉぉぉおおお!!!」

 コクトの刀から、吹雪が漏れ出ではじめる。

 《冥刀・(イテツキ)》のエクストラ効果である氷ダメージ追加。それを、持ちうるスキルと六門魔術を使って、ひたすら最強化した、コクトの切り札。

 この一か月の間に、シミュレーションステージでひたすら鍛え上げた、対《白亜宮》用の剣技。

 前回この場所に来た時に――――コクトは、《七剣王》を名乗る少女たちの筆頭、ホロウ・イクス・アギオンス・スプンタマユに完膚なきまでに敗北した。

 どれだけ早く動いても、まるで何事もなかったかのように先んじて動いてくるホロウ。早さがウリのコクトは、それに全く対応できずになすすべもなく切り刻まれたのだ。

 あれから、どうやれば奴に勝てるのか――――それなりに、コクトは研究した。

 敗因の一つは、《コクト》というアバターの、彼が先手を取れない場合に対する弱さだ。スピード系のスキルや技術を極め、常に先手を取れるようにカスタマイズされた彼のAGI型ビルドでは、『必ず後攻』という状況に対応できない。薄い防御の上から切り刻まれて敗北だ。ウサ耳を隠す動作も、こちらが速くなければ起動しないので、ホロウには効果を発揮できなかった。

 ほかにもさまざまな要因はあったが、その中でも最大はやはりこの『後攻に対する耐性の低さ』だ。ならばどうするべきか――――

 考えた結果に生み出されたのが、『後攻であっても繰り出せる剣技』だ。

 以前ウォルギルとの戦いのときに編み出した《吹雪返し》は、やはり先攻であることを前提にした剣技だ。さらに都合の悪いことに、生みだされるべき剣技は、『後攻前提』ではなく、『後攻であっても繰り出せる』剣技でなければならない。

 つまり、コクトがはやくても、遅くても、絶対に打てる。そんな剣技でなければならないのだ。

 結果として――――コクトは、その《解》に辿り着いた。

 あらゆる魔術とスキルを斬撃に上乗せすることで、『どんな剣技でも強化する』という、必殺の《戦術(タクティクス)》を生み出したのだ。

 結局、剣技では無いが――――これなら、先攻/後攻を判別してからでも起動が間に合う。

 だから今回のように――――

 真正面からの攻撃でも、全く問題はなかった。

「――――っ!?」

 巻き起こった吹雪に後押しされ、凄まじいスピードでカズに肉薄するコクト。ぎらり、と光ったその刀身が、カズの胸に向かって突き出される。

 だが彼は諦め悪く、どこか楽器の音にも聞こえる、重厚な呪言を繰り出し始めた。

「『■■■……』」
「悪いな。《竜神真言(ドラゴニック・ワーズ)》は使わせない」

 コクトの周囲に立ち上っていた風が、カズの口に入る。言葉が乱れ、《竜神真言》が失敗する。

 これが、人間サイズの存在が使う《竜神真言》の弱点。巨大なドラゴンならば、風程度で言葉を乱されるなどほとんど気にしなくていい。だが、人間サイズならば、ちょっとした魔術やスキルでそれを妨害できるのだ。

「ゼェェェェィッ!!」

 鋭い突きが、疾ィッ!という風切り音と共に、カズを貫いた。

「……、……」
「……呼び出されさせたりしてすまなかったな。未来でまた会おう」
 
 次の瞬間。

 未来の世界から連れてこられた偽物のカズは、無限の炎となって消滅した。ふりかえれば、《イフリート》と戦っていた《ジークフリード》も消滅しているらしい。

「……やったな」
「ああ」

 近づいてきたラーヴェイと拳を打ちつけ合う。

「いやはや、全くみごとであった」

 その時だった。

 聞くのはやけに久しぶりに思える、芝居がかった口調の声が降ってきたのは。

 いつの間にか上空に浮いて戦いを見守っていたノイゾが、再び地上に降りてくる。

「貴殿らのその力、単純に敬服するよ。非常に愉快だった。ああ、私には貴殿らのように愛すべき弟子とでも言った者はいないのでね。実にうらやましいよ――――
 ああ、妬ましい。故に奪え。我が兄の意思の儘に」

 コクトとラーヴェイは、そのとき、奇妙な光景を見た。

 ノイゾの髪の色が、空のそれでも海のそれでもない奇妙な紺碧から、影のそれでも、闇のそれでもない漆黒へと変貌していく様を。

 真黒い意匠へと姿を変えたノイゾは、そこだけは()()いままの瞳を細め、口角を上げて血のように赤い舌をのぞかせ――――

「『十九八七六五四三二一〇(トオクヤナムイヨミフタヨ)
  いと尊き我が兄に、この誓いを捧げよう』」

 絶勝の祝詞が、紡ぎだされる。

「『その昔。この世を七日で作りし神は
  自らの子らがより強大な存在になることを知り
  其を妬んだ。
  
  その昔。壮麗な城砦をもつ戦神は
  小人の覇王が自らより財を持つことを知り
  其を羨んだ。

  遥か嘗て。誰より夫を愛する女神は
  その心が彼女に向いていないことを知り
  向かれている者達を妬んだ。

  これ即ち醜嫉の相也。

  神さえその法より逃るること能わず――――

  その名は《嫉妬(invidia)

  ――――《惟神》――――

    《嫉妬(invidia-envy)》』


 ずるり。

 何かが、ノイゾの背後から這い出してくる。

 それは、巨大な双頭の口縄(ヘビ)。片方は白の頭。もう片方は黒の頭。翼が生え、緑色の瞳をらんらんと輝かせている。

「ああ、羨ましいぞ、貴様ら――――『故に奪え、《リリス》、《レヴィアタン》』」

 一瞬で彼らの姿が見えなくなり――――

 気が付いたときには、大口を開けて、頭上にいた。

 喰われた、と思ったその時には。

 もうこの世界(六門世界)に、コクト達の意識はなかった。 
 

 
後書き
 はいどーも、Askaにしては早い更新の『神話剣』最新話です。
刹「でましたよ超デウスエクスマキナ的展開……もう何が何だかよく分からなく……」
 そもそも最初っから分からせようとは思ってない(キリッ←

 因みにここでどうでもいい情報。ノイゾの《惟神》だった《リリス》と《レヴィアタン》ですが、劇中では『彼ら』となっていますが正確には『彼女ら』です。だって二体とも雌だもん。
刹「……」
 それと、《天球儀》の中に激痛は満たされておりません。この中に在るのは『改変される』という概念だけ。何が起こっているのかは……皆様のご想像にお任せします。
刹「ちょっ……はぁ……もうこれは仕様だと思うしかないのでしょうか……」
 なんだ今更気が付いたのか刹那たん。
刹「」(ざしゅっ!
 ぎゃぁぁぁっ! 久しぶりにあとがきで斬られた!

刹「それでは(無視)次回もお楽しみに!」 
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