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クルスニク・オーケストラ

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第七楽章 コープス・ホープ
  7-10小節

 短いブラックアウトを経て、わたくしたちが立っていたのはニ・アケリア参道。正史世界の、ね。

「もど、った……?」
「これで分史世界が消えたのか?」
「はい。滞りなく」

 ルドガーが刺すべきトドメをわたくしが刺したのは、ちょっとした失敗だったけれど。

「なんなの、今の」

 ……ああ。やはり来てしまいましたか。

 ルドガーの時計の一件でおおよそ予想がついていたとはいえ、現実を見据えるのは勇気が要る。
 分史世界のミス・ミラは、立ち上がってルドガーに詰め寄られました。

「本当に姉さんを殺したの!? 今のは何!? 何が起こったか説明してよ!」

 ルドガーはわたくしをふり返る。目で助けてくれと訴えている。……弱いわね。わたくしも。
 いいわ。部下の不始末を引き受けるのも上の役目だものね。

「お姉様を殺したのはわたくしどもです。同時に、あなたが住んでらした世界――自然も街も人も、全て消滅しました」
「……は? じゃあ今、私が立ってるここはどこなのよ!」
「本物の世界。――申し上げたでしょう? あなたが暮らしていた世界は、誰かが見ていたただの泡沫の夢だと。あなたはその夢の住人に過ぎなかったのだと」

 ミス・ミラの拳が頬に炸裂した。歯を食い縛っていたから血は出ずにすんだけれど。

 よろしいんですよ。殴って気がすむならいくらでも。もう慣れっこです。今回のようなパターンは初めてでしたが、分史世界の真実をその分史世界の人間に告げた時に、殴られたことは何度かありましたもの。


「なるほど。それで連れが増えたわけだ。かなり興味深いな」

 この声――リドウ先生! それにC班の全員と、イバル。後ろには、Dr.マティスたちまで。

 Dr.マティスとエリーゼちゃんとローエン閣下は、ミス・ミラの姿を認めて、三者三様に驚いてらっしゃる。

「お疲れ、ユリウス『元』室長。《道標》の回収、ご苦労」
「お前と話すほうが疲れる」

 久々のお二人の仲良しゲンカ、ごちそうさまですわ。

 ルドガーが持っていた《道標》を、失礼ですが、掠め取る。そしてユリウス室長の横を抜けて、リドウ先生に《道標》を渡した。

「確かに。――これでようやく一歩前進だ」

 ええ。わたくしたち骸殻エージェントにとっては、大きな一歩ですわ。

 C班のベンジャミンが空かさず、持っていたアタッシュケースを開けた。リドウ先生がそこにカナンの道標を置くと、ケースを閉じてベンジャミンは下がった。

 代わりに残るトリストラム、ヴィンセント、チャーリーが出て、全員で室長を囲んで銃を構えた。

「兄さん! ――何でだよ!」
「こいつは我が社においても重要参考人だからな。それと、もう一人。貴重な証人も」

 リドウ先生が目を流したのは――佇むミス・ミラ。
 他の子たちは室長を押さえるので手一杯。となれば。

「イバル。お行きなさいな。イバル?」
「う……はい」

 イバルは苦々しさを隠さず、ミス・ミラの前まで歩いて行って、双剣の片方を抜いてミス・ミラに突きつけた。

「ミラ様も……ご一緒願います」


 ――《……ラさまに》


 え?


 《ミラさまに、剣を、向けた》


 この声……わたくしの声じゃない! 油断した! 《道標》は無機物だから《レコード》はないと思ったのに。
 まずい。このままじゃこの《レコードホルダー》に体を使う権利が、移、る……

「《よしなさい、無礼者!》」

 体がわたくしの意思とは無関係に、ミス・ミラとイバルの間に割り込んだ。

 手が。勝手にイバルの剣、それも刀身を掴んでいる。握り込んだ拳の中でいくつもの裂傷が出来て血が流れるのを感じる。痛い。手を離したいのに。

「《どうしてよ…! 何でお前がミラさまに剣を向けるの!》」

 この《レコードホルダー》は、ミス・ミラとイバルを知っている。違う。ミス・ミラとイバルに生前親しかった人々を重ねている。
 《悲しくてたまらない》。涙が勝手に流れる。精神が《レコード》にシンクロする。《二人でずっとミラさまを守って行くんだって誓ったのに》――

「ジゼル・トワイ・リートっ!!」

 ッッ!! ……あ、ああ…せんぱいが、よんで、る…

 やっとイバルの剣から手を離せた。
 手が痛い。それ以上に急激に意識を揺り戻されたショックに吐き気がした。息が荒くなって、気持ち悪さにしゃがみ込んだ。

 やってしまった、仕事中なのに。《レコード》の持ち主に成り切ってしまった。

 ふいに肩に大きな掌が触れた。顔を上げる。後ろから室長が肩を掴んでらした。

「自分が誰か分かるか?」
「わた、わたくし、は…ジ…ジゼル…、エージェント…分史対策室…ユリウスせんぱい、の、部下…」

 室長は安堵を浮かべた。これで何度目でしょう、この人にこんな顔をさせるのは。
 自分が狂人だという自覚はあるし、それで周囲の目が胡乱になろうともう慣れました。ただ、室長をいつも不安にさせる自分だけはいつまでも受け入れられません。

「申し訳ありません……お見苦しい所をお見せしました」
「気にならない。慣れてる」
「……すみません」

 寄りかかるフリをしてユリウス室長に囁く。

(一度捕まったフリをしてください。ルドガーの《鍵》の力に疑惑が浮上しました。再調査の時間を下さい)
(……しかたないか)


「ハイハイそこー。いい加減ウチの補佐とベタベタしないでくれますー? も・と・室長」

 リドウ先生、ナイスタイミングですわ。

「ジゼルも。さっさと下がんな。主治医としてドクターストップね。今日の終了まで戦闘及びそれに類する行為を禁止する」
「――了解しました」

 ユリウス室長から離れて、少し出血が大人しくなった手を動かさないよう掴んで、ルドガーたちの側へと戻りました。
 そうしますと、Dr.マティスが治療すると申し出てくださった。ご厚意に甘えます。正直、かなり痛いんで。 
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