うみねこのなく頃に散《虚無》
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第二の晩 (1)
さて。そろそろ、ゲームを再開するとしようか。
だが、その前に...。
「なあ、戦人。その髪飾りは妹のだろう? 何故、お前の手にあるんだ」
「妾が説明してやろう!!」
「お前には聞いてない。黙って座ってろ」
「............」
焼けたペンチでぶちぶちと...とでも言うつもりだったんだろうが、俺が聞きたいのはそんなことじゃない。
この戦人が、どの『世界』から来たのか。
俺の狙い通りに選ばれた戦人なら、その髪飾りは手に入れていないはずなのだ。だが、現に戦人はそれを手にしている。...どういうことだ? ミスったか?
「お前、縁寿を知ってるのか!?」
「...ん? あ、ああ。それで、それはどうしたんだ?」
「これは、縁寿から預かったんだ。あいつだけ直前で来れなくなったからな。“縁寿の代わりだと思って連れてって”...ってな」
よかった。ミスってなかった。
「じゃあ、さっきの[青]は分からなかったんじゃないか?」
「いや。【赤】も[青]も、ベアトから説明を聞いてはいた」
「......。お前は、どこまで知っている?」
確実にミスった。
目の前にいる奴は、俺の選んだ戦人とは違う。どこで照準がズレてしまったのか...。
俺は、その後に戦人の口から聞かされたことに耳を疑った。
この戦人は、【赤】も[青]も知っている。それだけではない。ノックスの十戒も、ヴァン・ダイン二十則も知っていた。
ありえない。
そこまで知っていて、何故解けない? こいつは、何がしたいんだ。
「ベアトリーチェ。今まで【赤】で宣言したことを、もう一度確認させろ。戦人に説明したこと、全部だ!」
「う、うむ...。
【赤は真実のみを語る。】
【礼拝堂の鍵は一本しか存在しない。】
【マスターキーは五本しかない。】
【六軒島には九羽鳥庵という隠し屋敷が実在する。】
【1967年の六軒島の隠し屋敷に、人間としてのベアトリーチェが存在していた。】
【六軒島に19人以上は存在しない。】
【右代宮 金蔵は、全ゲーム開始時以前に死亡している。】
【この島には18人以上の人間は存在しない。】
......以上だ」
以上? 戦人の出生については【赤】で語ってないのか。
.........ああ! 完全にしくじった!
ここは、俺が予定していた『世界』じゃない。戦人だけじゃなく、全てがズレている。
だから、ロノウェもワルギリアもいない。干渉出来ない。
面倒くせえ......。
「ま、いっか」
俺は、目的が果たせればそれでいい。むしろ、[青]も十戒も二十則も理解出来ているなら、退屈凌ぎのゲームも少しは面白くなるだろう。
「では、今までの【赤】を踏まえて...。俺のゲーム、存分に楽しんでくれ」
俺の初手。動かすのは、俺自身の駒。
場所は、厨房。俺の駒の周りには、絵羽、楼座、真里亞の駒。
◇◆◇◆◇◆◇◆
視界が元に戻る。
身動きが取れない。どうやら、柱に括り付けられているようだ。
......ああ。思い出した。
結局、真里亞に懐かれはしたものの他の親族には不審がられ、最低限動ける程度に両手両足を縛られた。
俺が缶詰めだけでは腹に満たらず「厨房でおにぎりでも作ってくる」と申し出たところ、懐いた真里亞が付いて来ると聞かず、保護者の楼座と護身術が使える絵羽が同行することになった。
それで柱に括り付けられ、目の前では絵羽と楼座のおにぎり創作合戦が繰り広げられている。
「狼さん。ほら、真里亞も作ったの。食べさせてあげるね、うー」
「おー。また立派なモノを......」
身動きが取れない俺のために、真里亞が自分で作ったおにぎりを差し出す。が、大きいな。一口では無理だ。
砂遊びなんかで覚えたであろう塊。大きく口を開きかぶり付く。
うん。塩辛い。
そして、中には何の味も...強いて言うなら、米の味しかしない。
まあ、初めてならこんなものだ。
「旨い旨い。......だが、惜しかったな」
「うー?」
「真里亞、これを作る時に呪文は唱えたか?」
す
「呪文? うー...。唱えてない」
真里亞は肩を落とす。
まあ、そう落ち込むな。教えてやるから...。
「まだ米は残っているか?」
「うー。少し残ってる」
よし。それを使おう。俺は、その米を使うように促す。
真里亞は、その小さな手に納まるくらいの米を乗せ、俺の指示に合わせておにぎりを作っていく。大体形になってきたところで、一旦手を止めさせる。
「そこで呪文だ。“おいしくなれ”...これだけだ。ほら、握ってみろ」
「うー!! おいしくなぁれ♪おいしくなぁれっ♪」
「さあさ、想像しなさい。あなたの生まれ変わる姿を、思い浮かべてごらんなさい」
俺と真里亞の間に黄金の蝶が現れる。今はこの小さな一匹しか呼び出せないか。まあ、正式に引き継いだわけでは無いし、真里亞のおにぎりの大きさなら、このくらいが丁度いい。
それに、楼座はまだ魔女の真里亞を認めてはいない。戦人には劣るが、彼女も毒素の塊には変わらない。絵羽は魔法を忘れたかつての魔女。どう反応するか分からないな。
どうやら、創作合戦も決着がついたようだ。
大きめの皿に、山のように盛られたおにぎりの数はほぼ同じ。というか、そんなに作って誰が食べると思ってるんだ。
冷静に戻った2人が、申し訳なさそうに俯いた。
「ママ、見て。狼さんと作ったの。食べて、食べて!」
「......ま、真里亞。ママが食べていいの?」
「うー!」
小さな手に、小さな丸いおにぎり。俺が持っている食べかけの大きなおにぎりを見て、楼座の表情が穏やかになる。
娘の女の子らしい行動に安堵しているようにも見えた。
「おいしいわ。ありがとう、真里亞」
「本当!?」
「ええ。とってもおいしい!」
楼座が笑うと真里亞も笑顔になった。
さて...問題は、この山盛りのおにぎりたちをどうするか。流石の俺でも、いっぺんにこの量は気が引ける。...無理ではないが。
いい雰囲気の親娘をそっとしつつ、俺を括り付けていたロープを解いた絵羽に広間へ運ぶことを提案する。育ち盛りの奴もいるし、と二つ返事で了承した。
広間へ運ぶと、皿の大きさと山盛りのおにぎりに爆笑が起こった。
作り過ぎだろ!と皆が口を揃えて言う。作ったのは俺じゃない。だが、ここはあえて黙っていよう。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「おい、ベアト。アイツは何だ?」
「ん? なんだ戦人。ローが気になるのか?」
「アイツは...どんな奴なんだ」
“そういうのは、本人に聞いたらどうだ?”
「......なんだ。まだ始まって間もないだろう。何が不満だ?」
「い、いや...」
「............」
イライラするな。一発くらい殴っとこうかな。
いや、それよりも、この世界に干渉しようとしている彼女たちを迎えるのが先か...。
空間が歪に捻じ曲がり、そこから2人の少女が現れる。
1人は、黒に白いフリルの付いたドレス。猫のような黒くて長い尻尾には、赤いリボンと鈴が飾られている。
もう1人は、ピンクのドレスにポップな小物を張り付けており、活発さが見て取れる。
「なんでアンタがここにいるの!?」
「なんでアンタがここにいるのよ」
全く同時に叫ぶ。それは、悲鳴にも聞こえる。
相手が誰だろうと悪態を突くところは変わらないな。
「おいおい。お前ら、いつからそんな口がきけるようになったんだ?」
面と向かって悪態を突けるようになったとは思えないが、これは喜んでいいのだろうか。
2人の顔色が悪くなっていくのは、俺のせいか?
「ごめんなさい。貴方、ついさっき旅立ったばかりだったから驚いてしまったのよ。ラムダはともかく、悪気は無いわ」
「ちょ、ちょっとベルン!? わ...私だって、悪気があったワケじゃないわよ。まあ、せっかくベルンとイチャイチャしてたのに邪魔された感は否めないけど...」
嘘つき小娘どもめ......。
昔だったら、問答無用で虜褥の刑だ。だが、本音も織り交ぜていたから許してやろう。寛大になったな、俺。
「お前らの時間軸と俺の時間軸にはズレがあるのは説明しただろう。お前らが言う、さっき旅立ったのは300年前の俺だ。しかも、この世界は全てにズレが生じている。言うなれば、全てがイレギュラーな世界だ。
...さて、お前らに注意事項がある。これは俺のゲームだ。邪魔をしたら、お前らを消す。おっと...盤上が動いたみたいだな。
じゃ、俺は戻る。戦人、しっかり考えてくれよな」
やや早口で伝え、俺はゲーム盤に戻る。
その最中、戦人たちの会話が耳に届く。
「アイツは、何者なんだ?」
「神様よ」
「悪魔よ」
◇◆◇◆◇◆◇◆
盤上に戻ると、何人か居なくなっていることに気が付いた。
留弗夫、霧江、秀吉、源次の4人か。
「なあ、戦人。今、ここにいない奴らはどこに行ったんだ?」
「親父と霧江さんは自室。源次さんと秀吉おじさんは見回りに行ったぜ。今はバラバラにならない方がいいって言ったんだけどよ」
「...ふーん。じゃあ、留弗夫のを貰うか」
「貰う? 一体、何を...」
「タ・バ・コ」
2本の指だけでジェスチャーしてみせる。
戦人から、1人で行かせるわけないだろ、と釘を刺された。
「当たり前だ。留弗夫たちが泊まってる部屋知らんからな。誰か、案内してくれ。......あ、真里亞は留守番な。あと、朱志香と絵羽も」
「えー。狼さんと一緒にいくの。うー!」
「ダメだ。朱志香も真里亞もレディだろ。絵羽はタバコ嫌いだしな。これでも、俺なりに気を使っているんだ」
メリケンサックを隠し持っているとはいえ、俺に適うわけはない。真里亞とて、理由は同じようなものだ。
一同から疑心に満ちた視線を送られるが、それに一々ツッコミを入れる漫才趣味は持ち合わせていない。早く、誰か答えてくれ。
「じゃあ、僕が案内するよ」
「兄貴...」
「何か不満があるかい?」
にこりと微笑む瞳の奥に、残酷さを織り交ぜた冷酷さが滲み出る。その矛先は俺。それも、俺以外には感じさせないという代物だ。
「いいや。じゃあ、エスコートを頼む」
「お手をどうぞ」
皮肉の言葉を受け取り、ロープで縛られた手を差し出す。譲治は手を取らずにロープを掴み、歩き出した。
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