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うみねこのなく頃に散《虚無》

作者:蛇騎 珀磨
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第一の晩 (2)

 1986年10月4日。六軒島、薔薇庭園。

 港から続く小道を駆け上がる影が4つ。先陣を切って薔薇庭園に足を踏み入れたのは、最も幼い少女だった。


「うー! 真里亞がいっちばーん!」


 その後ろから年頃の少年少女、最後はやや太り気味の青年が遅れて辿り着いた。更に、その後ろから大人たちが続く。久しぶりに会えてはしゃぐ子供たちに、それぞれ思い思いの言葉を口に出していた。

 そんな彼らを出迎えるのは、薔薇庭園と1人の使用人。
 華奢な体格の少年。その少年が頭を垂れ歓迎の挨拶を済ませると、ただ1人首を傾げた少年に、真里亞が紹介を始めた。


「戦人、戦人。嘉音だよ。嘉音はね、紗音の弟なんだって」

「へぇ。嘉音くん、っていうのか。俺は戦人。よろしくな」

「はい...よろしくお願い致します。では、僕は他に仕事がありますので失礼します」

「あ、おい......」


 戦人の呼び止めに応じることもなく、嘉音は足早に去って行く。
 横から、少女...朱志香がフォローするくが、戦人は気にしていない様子で諭した。

 それからは、子供たちと大人たちで分かれて行動する。数年参加していなかった戦人は、真里亞と一緒になって走り回った。そこで紗音とも再開し、雲行きが怪しくなってきた為にゲストハウスへと引き上げたのだった。


「あれ? 真里亞は?」


 ふと、後ろを振り返ると真里亞の姿が無かった。
 きっと母の楼座の所だろう、と結論が出て、再びゲストハウスへと足を運んだ。




 数時間後。雨風は激しくなり、窓の外は真っ暗だった。
 ゲストハウスにある通称いとこ部屋には、戦人、朱志香、譲治の3人が居た。カードゲームで戦人が1人勝ちしている真っ最中だ。


「紗音ちゃんも嘉音くんも来ればよかったのにな」

「無茶言うなよ。今年は使用人が少なくて手が回らないんだ。紗音も嘉音くんも遊んでる暇は無いってさ」

「確かに、今年は少ないね。以前は、あともう3、4人はいたと思うよ」

「ふーん...」


 コンコン。
 ノックの音に返答すると、扉の向こう側から嘉音の声がした。食事の用意が済んだ為、本館の食堂へ来てほしいとの事だった。
 3人が支度を始めると、扉の向こう側にいた嘉音が顔を覗かせ、キョロキョロと辺りを見渡す。どうしたのか尋ねると、少し焦りを見せた。


「真里亞様は、御一緒ではないのですか...?」

「いいや。俺たちは楼座おばさんと一緒にいると思ったから」

「楼座様が、皆様と一緒だろうから...と」

「なんだって!?」


 互いに顔を見合わせ、最悪の事態を想像してしまう。
 急いでゲストハウスを飛び出し、全員で真里亞を探し回った。その際、同じく真里亞を探す楼座と会い、最後に見たという薔薇庭園での捜索が始まった。
 数分後、白い傘をさす真里亞を見つける事が出来た。

 真里亞曰く、傘はベアトリーチェから借りた物であるらしい。嬉しそうに話す姿を見ながら、戦人も朱志香も譲治も楼座も、本気にはしなかった。



 夕食が済み、食後のお茶を楽しむ皆を凍りつかせたのは、真里亞が取り出した1枚の封筒。それには《片翼の鷲》が描かれ、当主の指輪の封蝋が押されていた。
 誰が尋ねても、真里亞は「ベアトリーチェに貰った」と答えた。いくら聞いても埒があかない、と秀吉の提案で手紙の内容を読み聞かせてもらうことになった。


「じゃあ読むね、うー!

『拝啓、右代宮家の皆々様方。
 私、右代宮家 顧問錬金術師を務めますベアトリーチェと申します。長年、契約の下 右代宮家に仕えて参りましたが、先刻 金蔵様より契約の終了を受け、これを受理致しました。
 よって契約に従い右代宮家の財産や家督は全て回収させていただきます。右代宮家の全財産は私の物となるのです。
 ですが、金蔵様は皆様にもチャンスをお与えになりました。内容は以下の通りです。

【契約条項】
 六軒島のどこかにある隠し黄金を探し当てた者を次期当主と認め、ベアトリーチェは財産を回収する権利のを失う。

 隠し黄金の在処は、我が肖像画の碑文にて記してあります。
 では、今宵がいい思考論争の夜になることを祈って。

追伸
 明日、客人を招いておりますので手厚い歓迎をお願い致します。

《黄金のベアトリーチェ》』......」


 スラスラと文章を読み上げた真里亞が満足気に顔を上げた。
 誰かが噴き出したのをきっかけに、その場にいる全員が笑い声を上げた。手紙の内容と、それを信じる真里亞の幼さを嘲笑う。


「手の込んだイタズラだな。誰が思いついたんだ? どうせ、戦人なんだろ?」

「何言ってんだよ親父。俺たちは真里亞を探すまでずっと3人でゲストハウスに居たんだぜ? 親父たちの誰かじゃねえのか?」

「馬鹿言え。こちらとちゃ、兄弟仲良く話し合いの真っ最中だったぜ。親族じゃないとなると...使用人の誰かじゃねえのかい?」


 名乗り出る者はいない。全員が顔を見合わせて、首を傾げる。


「......え?」

「お、おいおい。全員違うって言うつもりかよ」

「もしかして...じい様、とか? ......なあ、真里亞。俺にもその手紙をみせてくれよ」


 この場に居る者じゃないとすると、残っているのは未だに書斎から出て来ていない金蔵のみ。
 真里亞は、大好きなベアトリーチェから貰った手紙を快く戦人に渡す。その内容が変わるわけもなく、金蔵の筆跡かどうかを確認したいと騒ぐ大人たちに手紙を奪われた。

 封筒も封蝋も、金蔵が使用する物と同じであると確認され、筆跡は違うと分かり、大人たちの顔色はしだいに悪くなる。


「この、客人てのは何なんや。蔵臼義兄さんは知ってはるんでっか?」

「分からん。だが、これは早急に親父殿に聞かねばなるまい!」


 大人たちは食堂を飛び出して行く。出遅れた楼座と子供たちと使用人が取り残された。静かになった食堂は、その広さ故にガランとして更なる沈黙を醸し出している。
 楼座は、戦人たちにゲストハウスへ戻るように告げ、他の大人たちの許へと向かった。

 ゲストハウスへの向かう道。
 浮き足立って歩く真里亞に、不思議そうに戦人が声をかけた。


「どうしたんだよ。やけにご機嫌だな」

「まだ内緒。明日になったら分かるよ! きっひひひひ...」

「へ、へえ...」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 10月5日。
 外は相も変わらず曇天。やや小降りとはいえ、雨は止む気配さえない。そんな早朝の風景を眺めながら、夏妃は溜め息を吐いた。

 廊下に出て、違和感を感じ取る。
 いくら早朝とはいえ、静か過ぎた。使用人たちは何をしているのか...。夏妃の眉間に深いシワが刻まれる。


「まったく......」


 昨夜の手紙の件で寝不足気味。無理矢理付き合わされた使用人がいたのかもしれない。だが、そんなことは関係なく突っついてくる者もいる。この親族会議の日は、いつも以上に気が抜けないというのに...。


「おはようございます、奥様」

「源次ですか...。何かあったのですか? 他の使用人たちはどうしたのです?」

「それが......どこにも姿が見えません。旦那様と南條先生もいらっしゃいませんでした」

「主人もですか!?」


 こんな早朝からどこに?
 夏妃の疑問に答えるように、源次は屋敷中を見回ったことを告げる。そして、礼拝堂に不思議な魔法陣が描かれていたことも...。


「あの礼拝堂は、お義父様が造らせた大切なものと聞いています。誰の仕業なのかは分かりませんが、これはお義父様への侮辱に値します。
それで...中は確認したのですか?」

「礼拝堂には鍵が掛かっておりましたので、使用人室のキーボックスを確認したところ、このような物が」

「これは!?」


 懐から取り出されたのは、昨夜の手紙と同じ物だった。違うのは手紙の内容。

 『我、少女の籠の底にて眠る。』


「何ですかこれは。少女とは、誰のことです?」

「少女なら、朱志香ちゃんか真里亞ちゃんじゃなぁい?」


 癖のある話し方、声。夏妃の頭痛が酷くなる原因の一つ。絵羽の嫌味混じりの挨拶を受け流し、夏妃は手紙を見せた。


「昨日の手紙と同じ物みたいね。...やっぱり、本人たちに確認するべきだと思うわ。特に、真里亞ちゃんはね」


 絵羽の言う事に同感する。
 真里亞は一度、ベアトリーチェを名乗る誰かに手紙を貰っている。もしかしたら、その時に鍵を貰っていたかもしれない。


「源次。人手を集めて礼拝堂へ向かいなさい。私は、ゲストハウスに行って確認してから行きます。絵羽さんも、同行をお願いできますか?」

「ええ」


 源次は、秀吉を引き連れて礼拝堂へ。
 礼拝堂の扉には、落書きにしては程遠い魔法陣が描かれていた。

 夏妃は、絵羽と共にゲストハウスへ。
 既に起床していた楼座、朱志香、譲治、戦人に事情を説明し、真里亞を起こして確認する。
 真里亞は、満面の笑みでそれを肯定した。


「うー! 真里亞、手紙持ってるよ! ベアトリーチェがね、言ったの。明日、誰かが取りに来るから持っていなさい、って。はい!」

「同じ手紙...」


 その中身は、一本の鍵。まさしく、礼拝堂のソレだった。



◇◆◇◆◇◆◇◆



「なるほど。そこで、6人の死体を発見するに至る、と...」


 いつもの空間。ゲーム盤を前にして、ベアトリーチェ、戦人、俺の3人で囲む。


「あ、因みに聞いておくが、6人は...蔵臼、南條、熊沢、紗音、嘉音、郷田、でいいんだよな?」

「妾に復唱要求か?」

「正しくゲームを進めたいなら、応じた方が身のためだと思うがな」


 『こんな世界』で死にたくはないだろう?

 そんな俺の微笑に、ベアトリーチェは苦笑で返す。
 戦人は不思議そうに首を傾げた。


「よかろう。応じようぞ。
【礼拝堂の6人は、蔵臼、南條、熊沢、紗音、嘉音、郷田である。】」

「礼拝堂の中を確認したのは誰だ」

「【源次、秀吉、絵羽の3人だ。】
夏妃は、蔵臼の死体を見た後ずっと泣き続けておったわ」


 ふむ。なんとなく見えてきたな。
 何故、留弗夫と霧江は参加しなかったのかが気になるところだが...。


「[青]を使用。
[死体発見時、留弗夫と霧江は参加していない。理由として上げるなら、6人を殺害後その場に留まり内側から鍵を掛け、死体発見の混乱に乗じてその場に紛れた。]」

「残念でしたあ!
【留弗夫と霧江は、死体発見時までずっと自分たちの部屋の中にいた。】
妾の施した結界によって、留弗夫と霧江は部屋から出られなくなっていたのよ!」

「あっそ......」


 ま、そうだろうな。結界云々は無しにしても、【赤】で言った事に偽りは無い。【赤】は真実のみを語る、だ。

 さて、この後から俺がゲーム盤を引き継ぐわけだ。
 どんな盤上にしてやろうか......。 
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