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FOOLのアルカニスト

作者:刹那
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捨てきれぬ情

 
前書き
ちなみに原作では桐条鴻悦の目的は、シャドウを利用し「時を支配する力」を集め、「時を操る神器」の建造です。最終的に「滅びの招来」へと目的がシフトしています。
しかし、もしこれが分かっていたとしたら、葛葉をはじめとして裏の勢力が黙っていないだろうということで、表向きの理由として「不老不死」としています。原作では悪魔も葛葉をはじめとして裏の勢力も存在しない設定なのかもしれませんが、本作では存在すると言う設定なので、桐条の情報工作が巧みであり、かつ真の目的は極一部の者しかしらなかったということで、卜部達がミスリードしているのも意図的なものです。  

 
 「たいしたもんだ…」

 八神透夜と名乗った元実験体の少年の作り出した惨状に、卜部は驚嘆した。
 互いの自己紹介をおえ、一服した後に場所を地下の修練室に移して行われた八神透夜の異能の確認。 
 少年はどこからかカードを取り出し、それを握りつぶす。同時に蒼い光と共に顕現する『ペルソナ』という異能。卜部が用意した的を火球を放って次々ともやし、最後には複数の的を同時に燃やし尽くして見せたのだ。

 「『ペルソナ』、聞いてはいたが、大した異能だ。成人すると遅かれ早かれ使えなくなっちまう不完全な異能だっていう話だが、十分すぎる力を持ってやがる……。こりゃあ、少し考え直さんといかんか?」

 卜部は『ペルソナ』という異能を知ってはいたが、ペルソナ使いと会うのは初めてである。成人以降は使えなくなる異能など彼らの業界では、あまり評価されないものであるため、彼自身そんなにたいしたものではないと思っていたが、見ると聞くとでは大違いである。
 熟練のデビルサマナーである卜部であっても、魔法は使えない。魔法を使えるのは、異能者という限られた者だけである。それを『ペルソナ』を介してとはいえ、間接的に使うことできるのだ。年齢制限があることを差し引いても、強力な異能と言えよう。
 ましてや、それをなしたのは前世の記憶があるとはいえ、5歳児なのだ。驚くなと言う方が無理があろう。しかも、アナライズしてみたところ、少年の力量はLV5。常人の限界がLV10であることを考えれば、覚醒して間もないというのに、明らかに常軌を逸した力の持ち主であった。

 「これが暴走したというなら、あの現象も分からないではないか……」

 「理解してもらえましたか?」

 「ああ、あの時の現象は、初顕現で制御できなかったゆえの力の暴走というわけか?」

 「恐らく、そうだと思います。気づいたら、シャドウは燃え尽きてました。どうにか、必死で脱出したら、研究員は皆倒れ伏してましたから」

 「しかし、『ペルソナ』がこれ程のものなら、連中だって対策くらいしてたんじゃないか?あそこでは『人工ペルソナ使い』を作りだすことが目的だったんだろ?」

 「はい。ですが、知っておられますか?あの施設に集められた100名の孤児の内、すでに90名が死んでいることを。その殆どが適性がないものだったらしいです。運良くペルソナを発現できた者もいたようですが、薬物投与されていたせいかいずれも制御できず、暴走した挙句、自らのペルソナに殺されるということが起きています」

 「なんだと?9割方死んでたのかよ!なんつう効率の悪さだ。お前らみたいな年代の餓鬼共に薬物投与までしてやがるとは、正気の沙汰じゃないな。胸糞が悪くなるぜ……。
 うん、待てよ?ということは、お前は薬物投与を受けてないのか?」

 「はい、適性がないと思われたみたいで、投与する薬物がもったいないみたいなことを言ってましたね」

 「だが、実際には大当たりだったわけだ」

 記憶を思い出すかのように語る少年に、卜部は皮肉気に笑う。

 (90人も犠牲を出しておいて、当たり外れも分からんとは、こりゃあ実用化の可能性は低いな。その命の結晶ともいうべき『ペルソナ制御薬』も常用すれば、命にかかわるほどの劇薬だ。ペルソナを無理矢理目覚めさせられた『人工ペルソナ使い』にとって、コントロール出来ないペルソナを制御するために必須の物だというのにな。量産されたら脅威だとも思ったが、効率が悪すぎて論外だな。いかに桐条といえど、無限に人をよういできるはずもなし。報告書の修正は必要ないか)

 一方で冷徹に計算する卜部だったが、それは実際にはミスリードや見過ごした点を多々含んでいる。透夜に適性が全くないのは事実であったし、研究所にとって『人工ペルソナ使い』は前段階に過ぎず、その最終目的は『対シャドウ兵器』(その中に人工的にペルソナを使用できる兵器『アイギス』も含まれる)の製造であることなど。とはいえ、卜部の結論が全くの外れというわけでもない。確かに実用性は乏しく、効率もわるいことは否定できない事実であった。

 「よし、ご苦労さん。上に戻るぞ」

 「はい」

 先を行く卜部の背中を見上げながら、心中で深々と安堵の息を吐く。

 (どうにかうまくいった。『トウヤ』も見せずにすんだし、ベルベットルーム様々だな。『ホテイ』が使用中にランク2になったおかげで『マハ・ラギ』を使えたからな、あれでどうやら、暴走状態なら不可能ではないというふうに思ってもらえたみたいだな……。
 なんとなくだが、相手が信用できるかどうか確信できるまでは、『トウヤ』は見せない方がいい気がするからな。この人はあの『ウラベ』かも確認できてないし、仮にそうだったとしても、ファントムソサエティにいた人だからな。抜けた後ならともかく、抜ける前なら組織に引き渡されてもおかしくない。一応の恩人とはいえ、あちらにも思惑あってのことだし、ある程度の警戒は必要だ。それに……)

 卜部はは背中を向けているが、警戒は解いてないのがはっきり分かるし、透真の背後にリャナンシーが配されているのも、いざと言うときは挟撃して、封殺するつもりなのだろう。信用していないのはお互い様であった。

 (しかし、これからどうなるんだか……。透夜の糞叔父が透夜の戸籍をそのままにしているとは思えないし、仮に放置されていたとしても、桐条が何らかの措置をしている可能性が高い。つまり、戸籍もなけりゃ財産もない今の俺は、死人同然というわけだ。まあ、元々死んだはずの人間だったんだから、お似合いと言えばお似合いか……)

 透真は心中で自身のおかれた状況を鑑み、その滑稽さを自嘲した。

 「どうかしましたか?」

 知らず知らずの内に考え込んで、透真は足を止めていたらしい。気づけば、後ろからリャナンシーが彼の顔を覗き込んでいた。

 「……い、いえ、ちょっと施設や残された孤児達はどうなったのかと思っただけです」
 
 間近で見る鬼女の人外の美しさに息を呑む透真。『妖精の恋人』の異名を持つだけあって、その美しさは魔性と言っていいレベルであった。隠し切れぬ動揺をあらわにしながらも、どうにか誤魔化そうとうする透真。

 「あの施設は封鎖された。実験体である孤児達も、各地の施設に分散されたらしい。どうも、あそこでの実験は断念したらしいな。まあ、あれだけの不祥事を起こしたんだ。いくら桐条とて、完全な隠蔽は不可能だし、表裏関係なく追求されることになるだろうからな」

 いつの間にか戻ってきていた卜部がつまらなさそうに言う。

 「そうですか……。俺のしたこともあながち無駄じゃなかったことですよね?」

 透真は、正直、透夜以外の孤児に思い入れはないが、残された孤児達が少しでも生き延びられるなら、それは喜ぶべきことだろう。

 「さて、それはどうかな?確かに一時的には生き延びられたかもしれんが、連中はきっと同じ事を繰り返すだろう。そして、あの施設にいた孤児は全員が売られた子供だ。戸籍も抹消され、下手をすれば名前すら奪われている者すらいたんだ。もう、普通の日常を送るなど不可能だろう。たとえ、運良く生き延びても碌な事にはならん」

 生きながらにして、死んでいるようなものだと吐き捨てるように言う卜部。

 「そうかもしれません。ですが、それでも生きていて欲しいと思います。死は絶対の終わりです。死ねば、何もできないのですから……」

 透真のその言葉には幼子とは思えない実感と重みがあった。卜部やリャナンシーがかける言葉をなくすほどに。

 「余計な時間をとらせて、申し訳ありません。早く戻りましょう」

 そんな両者に対し、殊更に明るく透真は声をかけたのだった。







 「どうしたもんかね……」

 卜部は作成済みの報告書を見直しながら、ある一文を修正すべきか悩んでいた。

 「あの子の処遇についてですか?」

 「ああ、そういやあの小僧は?」
 
 「覚醒したばかりの異能を使ったせいで疲れたのでしょう。今はまた夢の世界です」

 「たくっ!野郎のために頭を悩ませているていうのに、いいご身分だぜ!」

 卜部は毒づきながら、何度目か分からない報告書の文面の見直しを行う。
 卜部が迷っているのは、己が所属するファントムソサエティへの報告書に、透真のことをどう記載するかだ。透真その存在自体は記載しなければまずいが、その生死についてまで明らかにするべきか、彼は迷っていたのである。

 件の昏睡事件の原因たる実験体である少年の生存を知れば、組織は間違いなく身柄の引渡しを求めてくるだろう。そうなれば、少年は破滅だ。良くて奴隷、悪ければその能力の解明の為に、生きたまま解剖され、標本にされる可能性すらある。いや、十中八九そうなるだろう。
 これがある程度、いい年した大人だったら、卜部は迷いなくその生存を報告しただろう。なにせ、虚偽の報告がばれれば、己だけではなく愛する妻子まで危険が及ぶ可能性があるのだ。そんなリスクを背負ってまで助けてやる義理ははないのだから。
 
 しかし、今回の相手は前世の記憶があるとはいえ、5歳になったばかりの子供であり、しかも完全な被害者だ。いくらダークサマナーに身をやつし、悪党を自認する卜部でも躊躇せずにはいられない。
 さらに、卜部の根はお人好しであり、ダークサマナーというヤクザな稼業をやりながら、家庭を持っていること自体、彼が人としての情を捨て切れていない証左であった。ましてや、時期も悪すぎた。自身の血を継ぐ子供が生まれたばかりであり、どうしようもない感傷を抱かせる。何の罪もない子供の血で穢れた手で我が子を抱けるとは、彼には思えなかったのである。

 実際のところ、悪党を自認し悪徳に身をやつす『卜部広一朗』という男は、悪党でありながら、人としての情を捨て切れぬどこまでも人間らしい中途半端な存在だったのだ。

 「組織への義理・身の安全を考えるんなら、あの小僧を差し出すべきなんだろうがな」

 「ウラベ様はそれをよしとされていないのですね……」

 リャナンシーは、苦悩する主をどこまでも愛おしく思う。彼女が心からの忠誠を捧げているのは、悪魔召喚士としての力量だけが理由ではない。むしろ、その苦悩しながらも進む意思とその生き様にこそ魅せられていた。

 「今まで散々殺しといて、今さらなんていうのは分かってるさ!だがよー、どうにも(あいつ)や娘の顔がちらついちまう……。くそっ!情けないにも程があるぜ!」

 「よろしいではありませんか。人の情とは捨て難きものです。たとえ偽善であっても、それでウラベ様が心穏やかに過ごせるなら、私達は支持します。それがどのような結果をもたらしたとしても、御身の傍に、御身のために戦いましょう」

 「リャナンシー、俺は……!
 そうだな、俺にはお前達だっている。それにばれると決まったわけじゃねえ。なんだったら、このセーフハウスから出さなきゃいいんだ。生きてさえいればいいと言ったのは、あの餓鬼自身だ。文句はいわせねえ!」

 長年の付き合いである献身的な仲魔の言葉に卜部は迷いを振り切り、原因となった実験体について生存を死亡へと修正し、報告書を完成させたのだった。




 桐条鴻悦素行調査及び桐条の秘密研究所を中心とした集団昏睡事件に関する報告書

  桐条鴻悦の目的は『不老不死』或いは若返りの類が目的だと思われる。その為に、『シャドウ』と呼ばれる怪異(悪魔ではない)を集め、その力を利用する計画。今回の事件の原因となった秘密研究所では、この『シャドウ』を制圧する為の戦力として、『ペルソナ』の異能力者を人工的に作り出すことが目的としていた。
 拉致した研究員を魅了して聞き出した情報によれば、覚醒の為の実験体として、全国各地から買い集められた4~10歳の孤児100名を使用していたようである。孤児院を隠れ蓑に地下の実験施設で実験を行なっていた。その実験は、実験体に限界までの薬物投与をした挙句、『シャドウ』と密室状態という極限状態におかれ、覚醒を促すという人体実験であった。
 もっとも、この成功率は非常に低く、100名のうち実に90名が死亡している。この死亡者のうちには『ペルソナ』に覚醒した者も、極少数いたようであるが、投薬による無理矢理な覚醒のせいか、自身の異能を制御しきれず、『ペルソナ』に殺されるという事態を招いたとのこと。結果、『ペルソナ制御薬(詳細については別途添付資料を参照)』なるペルソナを制御するための薬を製造に成功するが、本薬は劇薬であり、常用は命に関わる程のものである。ただでさえ、成人以降消滅するという異能者である『ペルソナ使い』をさらに使いにくいものにしており、たとえ量産実用化されても脅威にはならないと考える。
 しかも、本事件の原因となったのは一人の実験体であるが、適性皆無とされていた者であり。それが今まで最大の覚醒をし、その『ペルソナ』の暴走した結果が件の集団昏睡につながった模様。報告者自身もこの暴走に巻き込まれたが、あくまでも深い眠りをもたらすだけのものであり、物理的な破壊力は皆無であったことを特記しておく。ちなみに回復も魔法で容易であったことから、相応の実力者なら抵抗も十分に可能であったと推察される。
 また、本事件を起こした実験体は、自らの能力の暴走によって死亡している。今回、暴走が表に出たのは、実験体の魂をも消費するほどの暴走であったからだと思われる。これ程の適性がある実験体を愚かにも適性なしと判断し、使い潰していることから、本実験は非効率で実現性は低いものと言わざるを得ない。戦力化が万が一可能になったとしても、我等にとって脅威となる程の戦力を得ることはできないと断言できる。

  以上から、桐条鴻悦並びに桐条グループに対する調査の続行の必要性を認めず。本報告書をもって、調査を打ち切ることを進言する。

               報告者:卜部広一朗 
 

 
後書き
[スキル解説]
マハ・ラギ:高温の炎で敵を焼き払い、高温と酸欠を引き起こす(敵一列に火炎属性小ダメージ)
 
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