エクシリアmore -過ちを犯したからこそ足掻くRPG-
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第十五話/SIDE-F わたしを全部あげていい
/Fay
ベッドの上で上半身だけ起こして、ぼんやり窓の外を眺める。うん、今日もいい風吹いてる。
拝啓。エルお姉ちゃん。……いつもの、届かない、心の中の手紙。
――ガンダラ要塞であちこちケガしちゃったフェイは、シャールのお屋敷にゴヤッカイになってます。ずーっとベッドの上でたまにタイクツなんだけど、そんな時はドロッセルさまが来てくれて、色んなお話してくれるの。
「六家というのはね、〈創生の賢者〉クルスニクの子孫が興したと伝えられているの」
今も。おふとん虫のフェイのために、ドロッセルさまが教えてくれるのは、リーゼ・マクシアで「六家」って呼ばれる家の成り立ち。
「王家のファン。ローエンの生家のイルベルト。ル・ロンドのフェルガナ鉱山を擁するズメイ。バーミア峡谷の先の鉄工都市バーニャ。トラヴィスは……何年か前に不審火でお家の方々が亡くなられて断絶状態なのよ」
「ドロッセルさまとクレインさまのシャールも六家だよね」
「ええ」
「みんなおんなじクルスニクのお弟子さんだったんでしょう? どうしてファン家が王様のおうちになったの?」
答えてくれたのはドロッセルさまじゃなかった。
「ファン家の先祖が六弟子の中でリーダー格だったからだ」
イバルだあ。お見舞いに来てくれたのかしら。でもそれって、叛乱軍のお仕事の時間を割いて来たってことよね。
イバルがガンダラ要塞でどんなお仕事してるか知らないけど、わたしに会いに来たせいでパパを忙しくさせてたらどうしよ……
……そうなの。今はパパもイバルもみんな(実家に帰っちゃったアル除く)、クレインさまが起こした「叛乱」のために、ガンダラ要塞でイロイロお仕事してるの。
フェイもお手伝いしたいけど、パパは「マクスウェルのネームバリューだけあれば充分だ」って。だからこうしてフェイだけお休み中なんだけど。
「あら、イバル、いらっしゃい。フェイのお見舞い?」
「まあな。お前の父親は……その、やることがあるから来れなかった」
イバルって、ウソ、下手くそ。アルを見習いなよ。
「イバル。さっきの話、どういうこと?」
「クルスニクが興した村を侮るな。ニ・アケリアには六(りく)家(け)より詳細で正確な記録なんぞいくらでもあるんだ」
「獣霊術以外に歴史もオベンキョーしてきたの? イバル、エライ」
ぱちぱちぱち。
ちょっと赤くなったイバルは、大げさにセキ払いして説明してくれた。
「クルスニクの六弟子は、〈家〉や〈貴族〉の体裁が整う前は、一の弟子ファンをリーダーに活動していたんだ。それが時代を経て、王位という明確な形を得て、今日に至るわけだ」
「まあ、そういうカラクリでしたの。案外カビ臭い謂れだったのね」
……ドロッセルさまの発言ってたまにアブナイ。イバルもあんぐりしてるよ。
「ところでイバル、さっきフェイに伝えることがあって来たと言ったわよね」
「あ、ああ」
イバルは気まずそう。よその家庭事情に深入りしたってイイコトないんだから、わたしとパパのことも知らんぷりしちゃえばいいのに。無関心でいてくれないトモダチが出来たのは、喜ぶべきかな?
「戦略上の都合でア・ジュール王に会いに行くことになった。俺とお前の父親が先行してア・ジュール入りして、首都カン・バルクで謁見手続きを取る。シャールと執事はギリギリまで外部交渉で粘って合流する手筈になってる。その時にお前もシャールと執事に付いてア・ジュールに来るように。それがお前の父親からの伝言だ」
さらに3週間ほど経って、わたしのケガは大体治ったので、クレインさまとローエンと一緒に出発することになりました。
「完治じゃないから無理は禁物よ。具合が悪くなったらすぐお兄様かローエンに言うこと。いい?」
「はい。ドロッセルさま。今日までたくさんお世話してくれて、ありがとうございました」
ぺこり。腰を折ってお礼。
「そんなもう会えないような言い方しないで。旅路の無事を祈ってるわ。必ず帰って来て」
次にドロッセルさまはローエンの前に立った。
「少し前にア・ジュールの沿岸が攻め込まれたばかりと聞くわ。くれぐれも気をつけて」
「もったいないお言葉です、お嬢様。行って参ります」
そして最後にクレインさまの胸に飛び込んだ。クレインさまも絹のヌイグルミを抱くみたいにやわらかくドロッセルさまを抱き留めた。
「すまないね。留守の間は苦労をかける」
「気をつけてね、お兄様。死なないで。必ず私のもとへ帰って来てください」
「ああ、必ず帰るよ。僕の可愛い妹。カラハ・シャールの宝物」
ドロッセルさまは頬に、クレインさまはおでこに、お互いにエアキスを贈り合う。本当にお互いに想い合ってる兄妹なのね。
お姉ちゃん……どうしてるかな。何だか急に、お姉ちゃんの顔が見たくなっちゃったよ。
〈オリジンの審判〉が終わって、因子化も治った。ルドガー・パパとあっちのみんなと幸せに暮らせてるといいけど。
わたしたちはカラハ・シャールの最寄りのサマンガン海停から船に乗った。これからイラート海停へ行ってシャン・ドゥを目指すの。
イラート海域の空って、ふしぎな空の色なの。昼と夜が一緒にあって、境界線で分かれててね。お姉ちゃんにも観せてあげたい。
ホントに。お姉ちゃんと―― 一緒に観られたらよかったのに。
今はまだ世界のどこにもいないエルお姉ちゃん。いつかルドガー・パパとママの間にあなたは産まれてきてくれるでしょうか? わたしはまたお姉ちゃんに会えるのでしょうか?
「フェイリオさん」
「っ、クレインさま」
潮風でバタバタする髪を押さえてふり返る。
「気分が悪くなったりしてない?」
「ヘーキ。フェイ、船、強い」
「よかった。……すまないね」
ふえ? 何が?
「戦略上の都合とはいえ、ヴィクトルさんと引き離してしまって」
ああ、そのこと。
わたしはマクスウェルってことになってるから、「パパ」って呼んでるパパは、「お父さんみたいに尊敬してる人」って意味で使ってる、ってウソついてる。今だけ、わたしとパパは父娘じゃない。
……父娘だった時なんて、一度もないけどね。
「いいの。わたしが付いてったら、パパに雑念が入っちゃう。あちこち兵隊さんでピリピリしてる時に、それはよくない。パパにも、一緒に行くイバルとエリーにも。わたしがいないなら、パパは万全。ちゃんと仲間を守ってあげられる。だからわたしはパパの近くにいないほうがいいの」
「どうしてそんな言い方……」
だってホントのことだもん。
「わたしがちゃんとパパと話せるようになったのはつい最近。それまではパパ、お姉ちゃんばっかり構って、わたしには見向きもしなかった」
「精霊にも姉妹の概念があるのかい?」
「あるよ」
ミラさまとミュゼみたいに、同じ精霊に造られたとかね。
「わたしはあの家にいない空気の子。お姉ちゃんだけがパパのタイセツでトクベツだった。お姉ちゃんはパパのウンメイノヒトだったから」
「ヴィクトルさんが…どうしてそんな、姉妹で差をつけるような扱いを」
「わたしが、余分に産まれてきた子だから」
よかった。思ったよりすらすら言えた。
「今はわたししかいないから気にしてくれるけど、ここにお姉ちゃんがいたら、わたしは後回しにされてる。それくらいパパはお姉ちゃんをアイシテルもん」
クレインさま、何も言わない。重い話だもんね。何も言いたくなくなって当たり前だわ。
「クレインさまのお父さんとお母さんは……」
あ! しまった。フェイの馬鹿。ガンダラ要塞で言ってたじゃない。クレインさまとドロッセルさまのお父さんお母さん、あの王様にシュクセイされたって。
「ゴメンナサイ」
「謝るようなことじゃないよ。一緒に生きた時間は確かに人より少ないかもしれないけれど、僕もドロッセルも幸せだった時間を覚えてるから」
やっぱり強いな、この人。最初から強い人ってうらやましい。
フェイはバカだったから、たくさん失くしてから、ようやくちょっとだけ分かるようになった。それだって〈ジュード〉に手伝ってもらってだった。
「でも、今思えばその時からだった気がする。『このままじゃ終わらない』と思うようになったのは。いつか必ずあの王に一矢報いてみせると。その時は僕も子供だったから、そう思うことの意味すら分かってなかったけど」
「あの王様のこと、昔からキライだった?」
クレインさまは船べりに両腕を突いて苦笑した。
「――ナハティガルが王である限り、いつまでも民の苦しみや悲しみは断ち切れない。だから決起した。かといって、僕の指導者の資質なんて、ナハティガルにさえ及ばないだろう」
「クレインさま、王様にならないの? じゃあ、ラ・シュガルは……ア・ジュールにあげちゃうの?」
王様、つまりガイアスに。わたしたちのいた歴史では、王様がリーゼ・マクシアの最高権力者だった。だったら〈ここ〉じゃあガイアスと戦わなきゃいけないのかもしれない。
あのすごくすごく強かった王様にクレインさまが攻め込まれたら――わたし、歴史が狂っても、クレインさまの味方するかもしれない。
「今すぐじゃない。国には正しい指導者が必要だ。ア・ジュール王は最たる適任者だろう。だが問題ばかりの国を丸投げするわけにはいかない。せめて国内の中央集権や統治機構をどうにかしてから、ふさわしい人に王位に就いてもらいたい。いつか誰かに渡すために――僕はラ・シュガル最後の王になる」
さいごの、王。
とてもとても深く澄んだ響きのコトバ。ずっと先を見据えるまなざしが、なんだか急に遠く思えて。
「クレインさま!」
「ん?」
「わたし、わたしね、クレインさまのためなら、わたしのマナを全部あげてもいいと思ってる」
「え!?」
「フェイはマクスウェルだけど、デキソコナイのマクスウェルだけど。でも、今のフェイはクレインさまのものだから。この体も、この力も、ぜんぶ」
間が空いた。ヘンな子、って思われた、かなぁ…?
待ってると、クレインさまは少し笑って、わたしの片手を持ち上げた。
クレインさまはそのままわたしの手の甲に、キスを、した。
どくん、と。大きく、なんだか飛んでっちゃいそうなリズムで、心臓が、鳴った。
「出来損ないなんかじゃない。僕にとって君はまぎれもない『精霊』だ」
「フェイが……精霊?」
「君は僕ら人間が精霊の加護を求める時にこそ舞い降りた。だから、ありがとう、フェイさん。今この時、僕の傍らにいてくれて」
――はじめて。
はじめて、居てもいいって、言われた。フェイを要るって言ってくれた。
クレインさま、クレインさま、クレインさま。
ローエンがクレインさまを呼んでる。クレインさまは行っちゃった。
一人で潮風をどんなに浴びても、熱くて、あつくて、堪らなかった。
後書き
フェイのほうにもフラグが立ちました。よかったねクレイン。
六家のくだりは完璧に妄想ですので信じないでくださいね。
ページ上へ戻る