雨宿り
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第十一章
第十一章
「にわか雨すらないな」
「そうか」
「とりあえずそんなところだ」
ここまで話してそのうえで携帯を畳みなおして懐の中に入れた。
「それでも鞄の中には入れているか」
「傘か?」
「それは入れたままにしておくんだな」
じっと紅の目を見て言葉だった。
「あの折り畳み式の傘は」
「世の中何があるのかわからないからな」
加藤の今の言葉は少し以上に広いものだったがそれでも事実ではあった。
「だからな。鞄の中にな」
「そうしろ。それでいい」
「今のままでな。まあ何時降るかわからない」
今度の加藤の言葉は随分と達観したものだった。高校生にしては大人びたものだったがそれを自覚するということは特になくさらに話す。
「持っておくな」
「季節は人間の心と同じなんだよ」
紅にしろこの辺りは高校生離れしている。しかし彼もそれは特に気にしてはいないようである。
「気紛れなものさ」
「気紛れか」
「何時どう変わるかわからない。注意しておけよ」
「ああ」
「そして備えあれば憂いなしだ」
紅はこうも言った。
「いいな。備えあればだ」
「その何時変わるかわからないことにもなんだな」
「ああ。だから傘もな」
「わかってるさ。持っておく」
笑って紅に話す。その笑顔は少しくだけたものだった。
「何かあった時の為にな」
「そうしておけ」
こんな話をした三日後のことだった。加藤がまたあの本屋に向かおうとしていたその時だった。空模様がいきなり変わってきた。
「!?」
加藤は上を見ていると不意に雲一つない澄み切った青空に雲が出て来てそれが忽ちのうちに空を覆ってしまうのを見た。またその雲が随分とどんよりとして黒いものだった。
「まさかな」
この時はまだ天気予報を信じていた。ところが。
本屋に入るその時になるともうはじまってしまった。雨が降り出したのだった。
「あんれまあ」
その雨を見た本屋のお婆さんが少しばかり驚いたような声を出した。
「雨になってきたよ」
「早くないかい?」
お爺さんも店の入り口の漫画雑誌を整理しながら店の外を見て言う。
「こんなに早く降るなんて」
「天気予報はあてにならないねえ」
お婆さんはカウンターからその窓の外を見ていた。
「全く」
「その通りだよ。けれど有り難いねえ」
「そうだよねえ」
何故かここでお爺さんもお婆さんもこんなことを言い出すのだった。加藤は店に入りながらその話を聞いていてどうにも妙な感触を抱いていた。
「雨が降ってくれたら」
「お米がねえ」
「米か」
ここでやっと二人が何を言いたいのかわかったのだった。
「お米はお水がないと駄目だからねえ」
「人間お米がないと生きていられないからねえ」
「そうだな。まずはそうだな」
彼も老夫婦の言葉に心の中で頷きながら少年漫画のコーナーに向かった。するとその隣の少女漫画のコーナーにまた彼女がいた。
「ああ、今日はそこにいたのか」
「ええ」
御木本は彼の言葉に静かに頷いて答えたのだった。
「ちょっと。漫画も」
「少女漫画はな」
加藤はここで素直だった。
「興味はないけれどな」
「ないの」
「読んだことはないな」
これまた正直な言葉だった。
「こう言ったら何だけれどな」
「男の子だから?」
「まあな」
その通りだった。少女漫画を読まないというにはそのものズバリの返答だった。実際のところ性別で読む漫画はかなり区分される。本はどれでもそうであるが。
「それでな」
「そうよね。やっぱり」
御木本もそれで納得した顔になり頷いた。
「私も。男の子の漫画は」
「それは仕方ないな」
加藤もまた言った。
「まあそれでもだ」
「何?」
「漫画は読む」
少年漫画や少女漫画といったいささか細かいジャンルをどけた言葉だった。
「漫画もか」
「そう。漫画もなの」
「ああ。読む」
「小説だけじゃないのね」
「そっちもな」
二人共話をしているうちに少しずつくだけた笑顔になってきた。そのうえで話すのだった。
「それで漫画だけれど」
「何?」
「少女漫画だけれどどんなの読むんだ?」
こう御木本に尋ねるのだった。
「それで。どんな漫画が好きなんだ?」
「そうね。とりあえずだけれど」
目を右斜め上にしてそのうえで考える顔になって答えてきた。
「コメディーも好きだし。恋愛ものも」
「恋愛もか」
「ホラーも好きよ」
こうも答える御木本だった。
「そういったのもね」
「結構色々読むんだな」
加藤はその話を聞いてそのまま思ったことを述べた。
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