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エクシリアmore -過ちを犯したからこそ足掻くRPG-

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第四話 想い、轟々と(前)

/Victor

 ニ・アケリアを徒歩で目指す上で、必ず通らねばならないのがキジル海瀑だ。
 海の瀑布と言うだけあって、滝のように水が海へと流れ込んでいく風景は、エレンピオスにはなかった壮観だ。

 エリーゼが特に目を輝かせて、海瀑のあちこちを見回している。まるで小動物だ。

「ここで休憩しよう。エリーゼ。好きに見て回るといい。ただし、私の目の届く範囲でな」
「はいっ」
「アルヴィン」
「へいへい。人形姫の護衛しろってんでしょ。今回のご主人サマは人遣いが荒いこって」

 走って行くエリーゼをそれでもちゃんと追いかける辺り、アルヴィンも心得ている。

 ん? どうした、フェイリオ。何だその視線は。お前もエリーゼのように、休むなり探索するなり好きにすればいい。

 フェイリオは何も言わず、私に向けていた目をふいと逸らして歩いて行った。何だったんだ?


 適当な岩に腰を下ろす。

 ――そういえばここでも〈道標〉を回収するために分史世界に入ったことがあった。
 あの時、「エル」を助けるために付けた腕の傷は、10年経った今でもしっかり残っている。常に長袖でいたから、エルもフェイリオも知らないだろうが。


 “大切なら守り抜け。何に替えても”


 何に替えても、守る――つもりだったのになあ。

「ヴィクトルっ」

 と、感傷に浸っている時ではなかった。おかえり、エリーゼ。アルヴィンも。

「楽しいかったか?」
『あのねー! 見たこともないお花が咲いててねー。キレーな貝が水の中いっぱいだったのー!』

 それは何より。エリーゼの、浅黄色の髪を撫でてやって、気づく。

「エリーゼ。髪が乱れている」
「えっ? あ、あ、その」

 小さくても女。外見がおかしいと指摘されれば照れもするか。微笑ましい。

「座って、こちらに背を向けなさい。直してやるから」

 エリーゼは言われた通りに座った。浅黄色の髪を掬って手櫛で梳かす。そうだ。この際だから髪型を思いきり変えてしまうのもいいかもしれないな。

 目元を隠す前髪をなるべく横に持ってきて。ひとまとめにした髪を何でまとめるか――そういえばここまでの道中、行商人から気まぐれに買った品があった。あれを使うか。

 よし、と。これで完成だ。

「できたよ、エリーゼ」
「わあ――っ」

 水面を覗いたエリーゼから歓声。これでもエルの髪を何年も結ってきたんだ。まだ腕は衰えていないぞ。

 浅黄色のオールアップヘア。これで目鼻立ちははっきり見えるし、大人びたイメージも出せる。

『可愛い~! エリー、超カワイイよー♪』
「はいっ。ヴィクトル、ありがとう、です」

 どういたしまして。小さなお姫様のお気に召したようで何よりだ。

「オッサン、オッサン。いいのかよ。アレ。エリーゼにやっちまって」

 その呼び方はやめろ。否が応にも年齢を意識して空しくなる。
 それに、抗議するほどエリーゼに似合わないとは思わない。あの簪は――

「フェイにやるつもりで買ってたんじゃなかったのか?」
「なぜフェイリオに?」
「や、何で、って」

 たまたま目について、気まぐれで買ったモノだ。どの人間に贈ろうが私の自由だ。

 君影草の簪。君影草はスズランの別名。花言葉は「幸福が帰る」。
 親の死、人身売買、人体実験、村八分。数多去った君の幸福が、少しでも早く帰って来るように。――ふむ。気まぐれのつもりだったが、エリーゼに似合うと思って手に取ったのかもしれないな。

「ダンナはフェイリオの髪結ったことないってこと?」
「ない」

 特に手を入れてもいなかったから、小さい頃は伸び放題のボサボサだったな。エルは身繕いにアレコレ手を加えたが、フェイリオは完全に放置していた。

「じゃーさ。せっかくだからここで初イメチェンさせてみちゃえば? エリーゼみたいにさ。絶対化けるぞ、あの素材は」

 ふと思いつく。私が覚えている幼いフェイリオの容姿はエルと酷似していた。なら。

「フェイリオ、来なさい」







 /Fay

 パパに声をかけられて、とてとてと、何も考えずにパパの前に立った。

「座りなさい。こちらに背を向けて」

 ? パパ、何がしたいんだろ。とりあえず言われた通りの体勢で座ってみた。
 そしたら、パパの手がフェイの白い髪を多めに掬った。
 ふ、ふわわ、なに!?

「フェ~イ。よかったなあ。パパがエリーゼにしたみたいにヘアメイクしてくれるってさ」
「え!?」

 思わずパパをふり仰いだ。

「前を向いていろ」
「は、はいっ」

 パパが? え、パパだよ? お姉ちゃんならともかく、フェイには絶対こんなことしなかったパパが? フェイの髪いじってくれてる?

 どうしよう。ドキドキしすぎて心臓ぱーんってしちゃいそうだよぉ。


「できたぞ」

 ……よ、よかった。心臓、無事だ。

 水面をのぞきこむ。どんなのにしてくれたのかな。どきどき。
 水鏡に映ってたのは、――わたしだけど、わたしじゃなかった。

 水の向こうにいたのは、わたしと同じ歳になったエルお姉ちゃん。

 分け目も結い方もお姉ちゃんと同じ。わたしがお姉ちゃんの髪型を真似たんじゃなくて、お姉ちゃんが私と同じ髪と目の色になっちゃったみたい。

 ふり返る。パパの、「わたし」を素通りする、いとしげなまなざし。
 お姉ちゃん。あなたはずっとこのまなざしをヒトリジメしてたのね。

「ん? フェイ、どこ行くんだ」
「ちょっと歩いてくるだけ。気にしないで。アルもエリーもちゃんと休まなきゃだめだよ」






 /Victor

 フェイリオが岩から岩へと飛び移って見えなくなってから、エリーゼがおずおずと近くに来た。

「あの、ヴィクトル…聞いても…いい、ですか…」

 ふっと笑む。膝を叩いて手招きする。エリーゼは顔を輝かせて膝の上に載った。エルにもよくしてやったのが思い出される。

「何だい、エリーゼ」
『あのねー。ヴィクトル君はフェイ君がキライなの?』

 ……またストレートな。これがエリーゼの心の声か。子供は残酷というのは「エル」たちで痛感していたが。

 嫌いなのか、か。改めて考えた事はなかったな。
 元の世界で生きていた頃は「キライ」だった。憎んでいた。フェイリオさえ産まなければラルは生きていられた。出産前から告知されていた。産めばラルが死ぬと。

 二人目の子など要らないから君に生きてほしい。子供はまた作ればいい。――かつてジュードたちに言われて怒り狂った言葉を、今度は私が妻に言い聞かせていた。
 だが私がどう訴えてもラルは聞き入れず、フェイリオを出産し、死んだ。

 フェイリオは「いる」だけで私にラルの死を突きつける。固まるはずの心のかさぶたを永遠に引っ掻いて血を流させ続ける。

「――――ああ。そうだな。きっと俺はフェイがキライなんだろうな」
「フェイが、ヴィクトルに悪い事した、ですか?」
「したんだ。それ自体はフェイの意思ではないが」

 ラル、君に問いたい。君は何故自分が死ぬと分かっていてフェイリオを産んだ? 私にはエルだけでいいと君には打ち明けていたのに。産まれてくるのはエルだけのはずだったのに。

「なあ、ダンナ。フェイの奴、どこまで行ったんだろうな。帰り遅すぎねえか?」
「そうか?」

 立ち上がる。と、同時に重いものが岩場を揺らす振動を感じた。
 揺れの源は、一人の大男。私やアルヴィンの1,5倍はあろうかという大男。

「ジャオ…? 何でこんなとこに」
「知っているのか、アルヴィン」
「あー……一応な。有名だぜ? ア・ジュール王の守護四戦士の一角。〈不動のジャオ〉」

 そのジャオがエリーゼを認めるのと同時、エリーゼが私の後ろに隠れた。

「おぬしらがエリーゼを連れ出しおった輩か! さあ、娘っ子、村に戻ろう。そやつらと共にいることなどない」
『イヤーーーーーーー!! ヴィクトル君庇ってー!』

 はあ。やはりこういう展開になるのか。

「貴方とエリーゼはどういう関係なのだ」
「その子が以前いた場所を知っておる。彼女が育った場所だ」
「ではエリーゼを引き渡せば彼女を故郷へ連れて行ってくれるのか?」

 ジャオは答えない。答えられるはずがない。このエリーゼには帰る家も待つ親もないんだ。せいぜいハ・ミルへ連れ帰る程度だろう。

 後ろにいたエリーゼがスーツの裾にしがみつく。見捨てないで、と訴える若草色の瞳。

「そんな顔をしないでくれ。私が君を放り出すわけないだろう」
「!!」

 ジュードとミラという主要人物を欠いている今、これ以上の欠員は出せない。エリーゼ、アルヴィン。そして後に出会うであろうローエンとレイア。正史に外れる展開は起こさせない。

 しゃがんで、エリーゼにおぶさるように言う。エリーゼが背中に飛び乗ったところで、エリーゼを背負って立ち上がる。

(で、ダンナ? ここ、どうやり過ごすよ)
(エリーゼはまだ本格的には戦えない。私たちだけでは厄介だ。道中でフェイリオを拾って、ニ・アケリアまで逃げ込むぞ)
(あいよ)

 3、2、1――――走れ! 
 

 
後書き
 続きます。 
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