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美しき異形達

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第二十九話 旅のはじまりその四

「あと息子は二人ね」
「旦那さんは一人だよな、やっぱり」
「二人いたらまずいでしょ」
「ああ、大いにな」
「その主人も狼だけれど」
「いい狼なんだな、先生の旦那さんは」
「狼というよりは熊だけれどね」
 外見の話にもなる。
「うちの主人は」
「熊か」
「ええ、羆よ」
 熊は熊でもだというのだ。
「北海道生まれでね」
「北海道が羆の生息場所ですよね」
 裕香もここで言う。
「確か」
「そうよ、日本で羆がいるのは北海道よ」
 本州や四国、九州にいるのはツキノワグマだ、羆よりも小型で幾分か大人しい。とはいっても熊は熊である。
「凶暴だから気をつけてね」
「熊殺しは難しいか」
「実際にやるには命懸けよ」
 先生は威勢のいい笑顔で言った薊に真剣な顔で返した。
「というか貴女でもね」
「死ぬか」
「羆は相当に強いから」
 通称羆嵐という事件すら起こっている、北海道開拓時代に村が冬眠しそこなった羆に襲われ多くの犠牲者が出た事件である。
「下手に手を出したら駄目よ」
「そうか、じゃあな」
 羆と闘うことになれば力を使おうと思った薊だったが力のことは言うわけにもいかずそれは黙っているのだった。
 そのうえでだ、先生にこう言うのだった。
「銃でも持って行くよ」
「銃を持つには色々と資格があるから」
「そこも勉強してか」
「そうしてから銃を持ってね」
 そして、というのだ。先生も。
「羆を退治しに行くのよ」
「わかったよ、その時はさ」
「先生もその北海道に戻るから」
「旦那さんの実家にか」
「ええ、夏休みにはね」
「先生も夏休みあるしな」
 このことは生徒と同じだ、とはいっても教師や職員の夏休みは生徒のそれよりも期間は短いものになっている。
「その時にか」
「先生の実家はこちらだから」
 神戸だ、だから休暇中に戻ることはないというのだ。
「夏休みにはそちらに戻るわ」
「北海道ですか、いいですね」
 裕香は先生の言葉を聞いてしみじみとして言った。
「羆はいますけれど」
「ええ、とはいっても主人の実家は函館だから」
 五稜郭が有名だ、もっと言えば海の幸の宝庫である。
「羆はいないわ」
「函館ですか」
「そう、あそこに行くのよ」
「じゃあ海の幸食べ放題ですね」
 裕香もこのことを言う。
「いいですね」
「そうね、毎年楽しんで来るわ」
「そうして来て下さいね」
「それで貴女達もよね」
「ああ、たっぷり楽しんで来るぜ」
 にかっと笑ってだ、薊は先生に応えた。
「土産ものは奈良県のマスコットのグッズでいいよな」
「先生あのマスコットはいらないわ」
 にこりと笑ってだ、先生は答えた。
「他のをお願いね」
「あっさりと答えてくれたな」
「先生あのマスコットはゆるキャラとは思っていないのよ」
「ゆるキャラじゃなかったら何なんだよ、あれ」
「妖怪よ」
 先生は薊にはっきりと答えた。
「そうとしか思えないわ」
「確かにそうだよな」
 先生の言葉にだ、薊も納得している顔で頷いた。
「あのマスコット妖怪にしか見えないな」
「そうね、先生はじめて見た時からそう思っているわ」
 妖怪、それに他ならないとだ。 
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