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ソードアート・オンライン‐黒の幻影‐

作者:sonas
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1部 Aincrad:activation
序章
  はじまり

 突進後に制動で硬直するイノシシ型のモンスターの脇腹を、横薙ぎの剣が捉える。
 攻撃モーションに入る瞬間に片手剣の単発技《ホリゾンタル》のモーションを準備し、相手が攻撃に飛び込んでくれる構図を作り出す。こういったカウンター的な動作は、相手の攻撃モーションの威力が上乗せされて通常の状態で発動するスキルよりダメージが増加したり、一時行動不能化(スタン)状態にして隙を作れたりと、着実なアドバンテージを得ることができる。この技術を《反動加算(リコイルアディション)》と、誰かが言っていた気がする。

 与えたダメージの分だけ手応えはしっかりとあったが、肉を斬り裂いたような生々しい感触はない。交戦していたモンスター《フレンジー・ボア》は砕けたガラス細工のような音と破砕したポリゴン片となって宙に溶けていく。次いで現れるリザルトウインドウが出現し、先の戦闘から得られた経験値、素材、コル――――この世界における設定上の貨幣の名称――――といった戦利品が文字となって単調に並んでいた。

 これまで体験したことのない戦闘への感動。今までのコマンド操作だけの無味乾燥なゲームとは大きく逸するなかで、でもやはり足りない気がするのは罰当たりなのだろうか。
 戦闘は五感全てで実感できるのに、戦利品を得るこの瞬間は妙な味気無さを感じる。およそ十年前に流行っていたとあるゲームでは、倒したモンスターから剥ぎ取るモーションを行うことで素材を得るというシステムがあったらしい。そういう細かさがあっても面白いだろうけど、手先の器用さで得られる素材の良し悪しが決まってしまうのも差別的なのだろう。バランスとは難しいものだとつくづく考えさせられてしまう今日この頃である。


「はぁ、はぁ……お願い、ちょっとだけ休憩しよ?」
「いや、お前はもうちょい頑張れ………」



 息を切らしながらの提案に、もう溜息しか出ない。冗談抜きで頑張ってもらいたいが、駄々をこねられるのも面倒なので、あらかじめ用意しておいた瓶詰の水を持物(ストレージ)から取り出す。
 PTを組んでいるため、俺の視界内のHPバーの下に重なる位置に彼女のHPバーと名前が表示されているが、HP自体に大きな消耗はない。純粋に本人の疲れである。五感を駆使するという特性上、疲労を感じてしまうのもVRMMOの完成度故かも知れない。


――――女性アバターの名前は《Hiyori》


 デザインに惹かれたという理由で選んだ細剣を装備し、180センチメートルはあろうかという女性にしては度を越した長身にスレンダーな長身に銀の長髪、切れ長の碧眼の凛としたクールビューティなアバターであるが、中身は天然でへたれな為に悪い意味でギャップがすごい。恐らく、当人が憧れる理想の女性像(外見限定)とはこういった姿なのだろう。身長を僅かに抜かれ、言い知れぬ敗北感が心の片隅にこびりついて離れないが、この際つまらないプライドはかなぐり捨ててしまおう。


「ありがとう燐ちゃん!」
「リアルの呼び名出すな」


 ただの水で目を輝かせるクールビューティに水を押し付け、片手剣を鞘に戻す。
 それにしても二人だけだから良いが、街中で本名で呼ぼうものなら折檻だな。もしやらかしたらこの辺りで一番キツいダンジョンにソロで探索させよう。それがいい。


「はわ!? ごめんなさい、スレイドさん!」
「いきなり敬語使うんじゃない」
「うぅ、だって、外国の人みたいな名前だし、慣れてないし………」
「お前のが顔変わり過ぎだわ。俺は測定したキャリブレーションのデータをそのまま反映してるから変わったのは名前だけだってのに」


 相方を窘めつつ、俺も近くに腰を下ろす。
 この付近のモンスターは粗方狩り終えてしまったので、湧出(ポップ)を待つのにも丁度良いと自己完結させる。他の狩場に行きたいという本心は、そこで狩りをしているであろう他所様への配慮という尤もらしい理由で溜飲することにした。


「………あ、みてみて。あの人すごいよ! 燐ちゃんみたいだよ! 上手だね!」
「ああ、あれは《慣れてる》奴の動きだな」


 話題はエキセントリックな方向転換を見せ、やや離れた場所で狩りをする黒髪のプレイヤーへと移る。
 相手にしているのは俺たちと同じフレンジー・ボアだ。あちらは俺みたいなカウンターを狙うのではなく、最低限の回避を交えながら攻撃モーションの開始前と終了後の硬直時間を狙っての攻撃。初歩的ではあるが確かに洗練された動きは戦闘慣れしている印象を受ける。


「あの人、お腹大丈夫かな………」
「一応、痛覚は遮断されてるからな」


 そして、慣れないうちは手痛い洗礼をもらうこともしばしばある。無駄のない動きでモンスターを狩る黒髪の男性プレイヤーの傍らで、股座に突進の重い一撃を受けた赤い髪の男性プレイヤーをみたヒヨリは心底不安そうに見守っている。同じ男として、あれには同情せざるをえない。
 ……となると、あれはベータテスターが初心者にレクチャーしているのだろう。離れている為に会話は聞き取れないが、それなりに楽しそうにやっているようだ。


「やっぱり、燐ちゃんと同じべーたてすたーって人なの?」
「だろうなぁ。意外と近くにいるもんだ」


 確か初期出荷分の一万台は瞬時に完売したらしい。そういった意味ではこの天然へたれが如何にしてその激戦の勝者となったのかは気になるところであり、目下の話題よりも気になる論点ではあるが、それはいつか別の場所で聞くこととしよう。
 さて、ベータテスター自体が現在SAOをプレイしている一万人に対して千人、十分の一である。ベータテスターには初期生産在庫の中から割り当てられたテスト用のキットが無料で支給され、気前の良いことにキットはそのまま無償提供されることとなった。このサーバーで現在SAOにログインしているプレイヤーは単純に考えると最大で一万人。そのうちの十人に一人の割合のレアものを見ていることになる。特に感慨深いものはないのだが、割合的に珍しい部類に入る事象なのかもしれない。


「お話とかしないの?」
「話す理由がない」


 同じベータテスターだからといって積もる話があるということは決してない。殊に俺に至っては碌にPTも組まず単独で行動していたために知り合いと呼べる相手もいないのである。興味もない相手に無理に会話しに出向くほど無駄な真似はしたくないし、苦手だ。何より楽しんでいる最中に水を差すのも申し訳ない。


「そっか。じゃあ、続き始める?」
「いや、もう夕方だから一旦落ちる」
「落ちる? えっと、ここから?」


 残念ながら、崖から飛び降りてログアウトするという斬新なゲームを俺は知らない。


「………一旦、現実の部屋に戻る」


 このやりとり一つで先が思いやられる。せっかくの一時をお守で潰されるのは鼻持ちならないが、こいつと仲良くなってくれるような聖人君子様が現れればすぐに押し付け……いや、PT(パーティ)を組んで励んでもらいたい所存だ。
 そして時計の時間は午後五時二十五分。すっかり拘束されてしまっていたようである。見たい番組と夕飯を考えれば、口惜しいがキリの良いタイミングだと思う。


「んー、私もお風呂入ってからもう一回戻ってこようかな?」
「風呂早っ」
「だってすごい列だったからねー。立ちっぱなしで汗かいちゃったんだから。じゃあ、またあとで………あれ?」


 メニューを覗き込んだまま、ヒヨリは首を傾げる。
 ログアウトのボタンが分からないのか何度か上下にスライドさせたかと思いきや、挙句の果てには裏側を覗きだした。ボケでやったのなら百点満点なのだが、他人の視線があれば知り合いと思われたくないと思うほど間の抜けた姿勢である。


「どうした? ログアウトはメインメニューの一番下だろ?」
「燐ちゃんどうしよう………ログアウト、ないの………」


 そんな落し物でもあるまいし、と軽くぼやきながらメニューを開きなおす。ベータテスト中ですっかり慣れたウインドウ、間違えるはずもない。


「ほら、これ……だ、ろ………?」


 感覚に染みついた動作のみでログアウトボタンをタップしようとするも、確かにログアウトボタンはない。いや、正確にはログアウトボタンの部分が空白になってしまっていたといった方がしっくりくる。ベータテストでは確認されなかったバグだ。GMコールも一切の反応がない。運営との回線まで遮断されているのか?


「なんだこれ………」
「燐ちゃん! あれ!」


 街の鐘が鳴り響くなか、急にあわただしくヒヨリが騒ぐ。そして、その原因もすぐに理解できた。
 草原で狩りをしていたプレイヤーが、いきなり青い光の柱に飲まれて消えてゆく異様な光景。やがてヒヨリや俺の足元からも光が噴き上がるように生成され、為す術もなく飲み込まれてしまっていた。 
 

 
後書き
SAOの原作や周辺作品の中では相手の攻撃のモーションに合わせてカウンターを入れる描写はなかったように思えますが、申し訳程度のオリジナル要素ということで入れてみました。

感覚的にはクロスカウンターみたいな、相手の動作による質量の移動に対してこちらの攻撃をぶつけることで生じた衝撃がダメージにプラスされたり、それによる脳震盪の再現にスタンがとれたりというイメージでしょうか。

原作でも高度に応じて落下ダメージが発生するようなことをどこかで見た気がしたので、位置エネルギーが反映されるなら運動エネルギーが反映されてもいいじゃない。ということで認識していただければ幸いです。



ではまたノシ 
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