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クルスニク・オーケストラ

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第七楽章 コープス・ホープ
  7-8小節

「ごきげんよう、ミラ=マクスウェル様」
「……まだいたの」
「わたくしどもには使命がありますから。まだこの地を離れるわけには参りません」
「使命?」
「はい」

 ジゼルは他意など欠片もないといわんばかりの笑顔だ。実際、ないんだろうが。

「そういう君こそ、こんな寂しい場所で何をしてるんだ?」
「あなたたちには関係ない」
「あるとも。なあ?」
「ええ。だって我々の今回の『使命』は、貴女のお姉様の異常を取り除くことですもの」
「――は。どういう意味よ」

 ここで初めてマクスウェルがマトモに俺たちと目を合わせた。

「お姉様は変わったんじゃありません? 例えば、元は優しかったのに、急に冷たくなったとか」

 マクスウェルの顔からざあっと血の気が引いたのが、ここからでも分かった。

「何でそれを……そ、それは、私のせいで目が視えなくなったから」
「何かがお姉様を操ってると思いませんか?」
「姉さんは大精霊! 操るなんて無理よ!」
「貴女もご覧になったでしょう。ミュゼ様の体に取り憑いたモノを」
「……あれは何なの?」
「あれは時歪の因子(タイムファクター)。世界の歪みを集約したものです。生き物にも憑依することがありますの。そうなると、憑依された者は自我を塗り潰されてしまいます」
「自我を? じゃあ、姉さんがああなったのは、その時歪の因子ってモノのせいなの?」

 マクスウェルは、信じられないが心当たりはある、というふうを浮かべて剣を下ろした。下ろしたことに自分で気づいていない。

「そうだ。時歪の因子に取り憑かれた以上、君の姉さんは一生あのままだ。君に笑いかけることも、君に優しくすることもない」
「そ、んな……一生? 何とかできないの!?」
「残念だが、アレは憑いた者と一体化する。殺さず剥がすことは不可能だ。時歪の因子を壊すということは、君の姉さんを殺すということだ」

 マクスウェルは剣を落とした。完全に戦意喪失したな、これは。

「時歪の因子を完全に壊せるのはわたくしどもだけです」

 ジゼルは懐から白金の時計を取り出し、変身してみせた。

「! それは、大精霊の……!?」
「他の者がやると、時歪の因子は別の方に憑いて、貴女と貴女のお姉様のような悲劇を引き起こすやもしれません。時歪の因子を破壊して、世界の歪みを消し去ること。それが、わたくしどもの使命ですの」

 ジゼルが変身を解いた。

「姉さんを……殺す気?」
「はい。――使命を至上として生きてきたあなたには、申し上げるまでもないことかもしれませんが、わたくしどもは課せられた使命には誠実で在りたい。そう思うからこそ、こうして貴女に打ち明けましたの。このまま冷たいお姉様の下で心を殺して生きるか。お姉様に引導を渡す役を任せてもらえるか。わたくしどもに提案できる選択肢はその二つです」

 マクスウェルは沈黙した。長く、長く。
 やがて、ぽつりと呟いた。

「――――考える時間をちょうだい」

 ああ、マトモな人間のマトモな答えだ。

 マクスウェルは俺たちに背を向けて社に入っていった。


「どうするんだ、この後」

 隠れてた階段を続々と登ってくる、ルドガーと、その仲間たち。

「彼女の返答待ちです」
「何でわざわざこんなまどろっこしい真似したんだ? 上手く丸め込めなかったとは思えないぞ」
「こら、アルヴィン」
「よろしくてよ、レイア様。――確かにアルヴィン様のおっしゃる通り、強行することも、騙して加担させることもできました。ただ、わたくしがそれを善しとしないだけ。ユリウス様はいつもわたくしのワガママに付き合ってくださってましたの」

 笑いかけられたんで、苦笑を返しておいた。

 こういう奴なんだよなあ、ジゼルは。非効率だし、非能率的だ。何度注意してもやめやしなかった、頑固な部下。これで、もしマクスウェルが姉を守るために刃向ってきても、それさえ真っ向勝負するんだよな。

「さて! 時間が空いてしまいましたね。ここで待っていてはミラ様のお邪魔になってしまいそうですから、一度降りましょうか」
「また階段~」
「ナァ~」
「エル様、登る時はおんぶしてさしあげますから。ね?」
「ジゼルがそーゆーなら、いいけど」
「ありがとうございます」

 ジゼルはエルと自然に手を繋いで階段を降りて行った。まるで歳の離れた姉妹だ。ルドガーが子供だったら同じ提案ができたんだが。やれやれ。

「何てゆーか……エージェントって子守りの分野でも強いんですねえ」
「美女で段取り上手の子守り上手ねえ。引く手数多だろーよ」

 ――引く手数多ならそもそもエージェントになんてなれない。骸殻による世界の破壊なんて、必要としてるのはクラン社くらいなんだから。ある意味で、一機能特化の烙印を押されてるに等しいんだが。まあ、言うまい。それはともかく。

「ジゼルが美女、というのは訂正の余地があるぞ。あれはメイクしてるからそう見えるだけだ」
「そうなんですか?」
「そうとも。ノーメイクのジゼルは………………残念だぞ」
「溜めて言うことがそれかよ!」
「異性のスッピン知ってる関係!?」
「頼むから若者の情操教育によろしくない話すんなよ~」
「確かに美女だと男としては嬉しいが、ジゼルは美人でなくてもいいぞ俺は」

 場が凍りついた。
 何でだ? 確かに化粧を落とせば外見的魅力も落ちるが、別に目を覆うほどでもなし。メイクの下に隠れた隈やらこけた頬やらについて定期的に説教しないと、あいつはいつまでも休もうとしない。

「あとヴェルも」

 同じ理由で。

「もっと意外な名前出た!!」

 意外と言われても。ジゼルは部下でヴェルは同僚。どちらも気安い仲の後輩なんだが……だめだ。聞いてないな。ええい、もう好きに誤解しろ、面倒臭い。 
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