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ウルトラマンゼロ ~絆と零の使い魔~

作者:???
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妖精亭-フェアリーズハウス- part4/ルイズ頑張る

ルイズはアンリエッタより、任務を請け負った。それは市街地にて聞き及ぶ、貴族の平民たちに対する横暴な噂の真偽を調査するというものだった。しかし資金が足りないと我儘を言ったルイズが、資金稼ぎのために慣れないカジノに触れたせいでせっかくアンリエッタが苦労して集めた資金がすべてパァに。食い扶持も寝る場所もなくさまよったところ、魅惑の妖精亭の店長スカロンに宿の提供と引き換えに、店の手伝いをすることになった。
ある意味好都合ではあった。酒場となると、客同士の会話がさまざまな情報をもたらしてくれることだってある。よくRPGにて街の人間から物語を進めるための重要なヒントを得られる、なんてことがある。現実でそれができたら、一文無しスタートも同然だった今回の任務も意外と円滑に進めて行けるかもしれない。
けど、現実はそう甘くないのだった。ルイズは客の無礼講な態度に怒って手を上げてしまい、ハルナは予想外のドジッ娘キャラを発揮して失敗の連続。
現在、ハルナは人差し指を割ってしまったビンで切ってしまい、休憩に入ったついでに切り傷の治療をすることにした。
スカロンが提供してくれた部屋は、そこしか空いていなかったとはいえ、そんなによろしい部屋ではなかった。毛布と布団と枕ガチャンと三人分そろっているが、蜘蛛の巣が天井に張っており、埃も結構たまっている。寝る前に窓を開けて掃除をする必要がある。ルイズは文句のオンパレードを披露したものである。正直、その気持ちは分からなくもないので、せめて提供する前に掃除くらいしてほしかったものである。
まあ、文句を言うよりも手の怪我を治療することからだ。ジェシカが言っていた通り、ベッドの傍らの机に救急箱が置かれていた。化膿する前にさっさと治療してしまおう。ハルナは救急箱をあけた。
ふと、ちょうど机の前の壁の窓から、月の光が差し込んでいることに気が付く。窓を開けると、美しい輝きを放つ双月が彼女を照らしてくれていた。
「………」
……が、その時の彼女は様子がおかしかった。虚ろな目で月を見上げるだけで、美しいと感じることもなくその場で立ち尽くしていた。彼女の人差し指の先から流れ落ちる血が、床にしみ込んでいった。
窓から外を虚無感のある目で見上げる彼女の姿は、何者かの視界の中に映っていたことは、誰も知らない。


ハルナが休んでからも、ルイズは頑張った…つもりでいた。とにかく頼まれた仕事だけでもこなそうと必死こいたのだが、今一つ成果が上がらない。ある客は「僕はそのぺったこんこな胸が好みなんだぁ」とか「ガキんちょを働かせているのか」など癇に障る言葉を言い放ち、ルイズはそれを聞いた途端怒ってワインを客の頭から浴びせたりビンタを食らわせたりで、客も客だがルイズの客への対応は最悪だった。当の本人だって、姫からの任務をこなすためにもまず目の前の仕事をこなせるようになるのが望ましいとは思っていても、彼女のプライドがいちいち邪魔をして一向に仕事がはかどらない。
その一方でサイトはジェシカと会話していた。
「ねえ、あんたとルイズって兄妹って言ってたけど、まっさらな嘘でしょ?」
「い、いや…正真正銘の兄妹デスヨ?」
台所にて、隣でエプロンをつけて皿を洗うサイトにジェシカは耳元でささやきながら訪ねてくる。結構好奇心の強い少女のようだ。彼女のわくわくしている笑顔がその証だ。しかし一方で胸がシエスタクラスのサイズなど、女としての魅力も強かった。
「髪と目の色も、顔立ちだって全く違うじゃない。信じる人なんていないわよ」
「う…」
「大丈夫よ、誰にも言わないって約束したげるから。あたしにだけこっそり教えてくれる?」
「い、いや、あの…こんなところで油売ってていいのか?」
言葉を詰まらせながらも、サイトはせめて自分たちが何の目的でここにいるのかを悟られないよう、何とか彼女と距離を置こうとした。
「別にいいのよ。あたしスカロンの娘だし」
「…はい!?」
サイトは思わず手にとった皿を離してしまった。しまった、このままでは割ってしまう!手を伸ばそうとするがすでに遅し、皿は床に落ちていく。
『ウルトラ念力!』
だが、ここでゼロがフォローを入れてきた。サイトの右手を使い、自分の一族特有の超能力の一端を使った。ほんのわずか一瞬だけ、皿が宙に浮いた。その一瞬と落ちていく皿を拾い上げようとした手の俊敏な瞬発力により、かろうじて皿を床に落ちる前にキャッチすることができた。
「ふ、ふう~、危ねえ危ねえ」
額の汗を拭って皿を水洗いし、付近でふき取っていると、ジェシカが肘で小突きながらサイトに言ってきた。
「ねえ、一瞬だけ浮いてなかった?」
「さ、さあ…?気のせいだろ」
苦笑いを浮かべるサイト。今のゼロのさりげないフォローはありがたいが同時に自分たちの正体について危なっかしくもある。とはいえ、それ以前に驚かされる事実があったが。何せジェシカは美少女だ。その父親が、よりにもよってあのオカマ店長だとは。確かに同じ黒髪と黒い瞳だけど、遺伝子はいったい何をやっているの、と思わざるを得ない。
「ふ~ん…?」
ジェシカはほとぼりが収まる気配のない好奇な目を向け続けていた。この少年は面白くて興味深い奴だ。
「最近、手紙でもあの娘がはしゃぐわけだ」
「え?」
「ううん、なんでもない。それより手を動かして!お店が忙しくなるのはこれからなんだから」



結局、ルイズはその日もらえたチップは一枚もなかった。それどころか、サイトとハルナが最初の失敗で皿やビンを割ってしまった分から給料を差し引かれてしまい、もらったものと言えば『請求書』。あれだけ恥ずかしい思いをして働いたというのに、逆に金を払えと!文無しだから金は払えないため給料から差し引かれたのだが、納得できるはずもない。一緒に働いている女の子たちはきっちり給料をいただいていたのに。すでに閉店した妖精亭のテーブルに腰掛け、ルイズは目くじらを立てていた。
最悪なことだらけだ。しかもさらに最悪だったのは、この日よりにもよって、学院でいつも通りメイドとして働いているはずのシエスタがこの店にやってきたことだった。
「まさか、サイトさんたちが叔父さんのお店で働いているなんて思ってませんでした」
思いもよらない形で想い人と再会したシエスタは驚いていた。そういえば、タルブ村に行く直前にシエスタと会話した際、彼女は叔父がこの街で店を営んでいるとは言っていたが、それがまさかあのスカロンだったとは…遺伝子マジで何をやってるんですか!?と二度目の突込みを入れた。……待てよ?シエスタって、確かフルハシさんの子孫なんだよな?………ってことは!!
(…フルハシさん、あなたの子孫は立派に生きてますよ…ええ、実に『立派』に…ふふふ…)
そう、ジェシカとシエスタはともかく、立派に男としての路線を外れて立派になった子孫が一人いるという事実に、憧れさえ抱いた母の亡き元同僚に涙ながらに思いをはせたサイトであった。運命とは時に厳しいものだと思い知らされた。
「でも、学院にも戻らないまま一体どうしてここで働いてるんです?ミス・ヴァリエールとハルナさんまでご一緒みたいですし…」
「それは、えっと…」
サイトは言葉を濁す。お姫様から任務を与えられたということはルイズのためにも明かさない方がいい。
「そういえば、ここ最近この付近の街で不穏な噂をよく耳にするんです。チュレンヌっていう貴族様の兵に逆らうと、新種の毒に侵されてしまうとか…」
まして、シエスタが今口にしている不穏な噂話の真偽を突き止めることも任務を果たすための条件にして、この店で働くこともそれまでの食い扶持稼ぎと客から事件に関する情報を手に入れるためでもあった。無関係なシエスタにこのことを明かすわけにはいかない。
「い、いや…その………!」
「メイド、それはあんたには関係ないわ。言っておくけど、このことは店の人たちにも内緒にしておきなさいよ」
「関係ないだなんて、そんな…!」
ルイズが会話に入ってきて、この任務のことを悟られまいとするためにシエスタにそう返してきたが、対するシエスタは不満だった。
「ミス・ヴァリエールはいつもそうです。サイトさんを酷使するだけ酷使して!たまにはお休みをサイトさんにあげたっていいじゃないですか」
「い…いいのよ!こいつは私の使い魔なんだし!」
「使い魔?本当にそれだけなのかしら…?」
恋する女はライバルに過敏、シエスタはルイズの意図をすでに見切っていた。
「な、何よ!何が言いたいわけ?怒らないから言って御覧なさいよ」
「そうですねえ…ミス・ヴァリエールのサイトさんを見る目…な~んか怪しいなあって思ったってだけです」
それにしても今日は暑いですね、と付け加え、シエスタはわざと服の胸元をはだけさせ、ハンカチで汗を拭う。わざと色気を振りまき、どこか余裕をかましているような言い方にルイズはカチンとくる。メイドにまで馬鹿にされている。サイト・シュウ・ハルナに続き、シエスタにまで馬鹿にされている。これでは貴族の…私の権威が地に落ちる一方だ。
こっちは貴族だ。自分だってそのくらいは…と真似をして自分も胸元をはだけさせて汗を拭ったが…シエスタの二つの山と異なり自分にあるのは、関東平野のような景色。…負けずと対抗意識をむき出しにしたのが間違いだった。ルイズは悲しくなった。
「そうそう、サイトさんって大きい方がお好きだったんでしたっけ~」
さらに調子着くシエスタは口を押えてぷっ、と笑った。ま、貴族とはいえ体も心も子供ですもんね…と小声でわざとらしく呟く。シエスタは貴族相手に物怖じしないサイトとの出会いで、大人しかった当初とは打って変わって豪胆さを身につけていた。
「うぎぎぎぎ……」
ルイズは今すぐにでもこの店もろとも目の前のメイドを木端微塵にしてやりたくなった。
「ねえサイトさん、どうせなら私のような大きい女の子の方が…」
とサイトに意見を求めたが、
「「っていない!!?」」
テレポートでもしたかのように、いつの間にかサイトは姿を消してしまっていた。ルイズもこれには驚いたが、次の瞬間二階からサイトの声が響いてきた。
「お、おいハルナ!?」
ハルナ、の名前を聞いてルイズとシエスタは一気にある激情に駆られた。まさか、自分たちが目を離している隙に、あの女がサイトを!?こうしてはいられない、二人は直ちに二階へ駆け上がった。いくらあの女がサイトと同郷だからって、一線を越えることまでは許容できない。ルイズもいかに地球からサイトを無理やり呼び出してしまったとはいえ、そのあたりまではさすがに許すことはできなかった。男女の付き合いってものには手順があるんだから!とは頭で思っていたが、実際やはりサイトを取られたくないという乙女の意地だった。
「くおおおおおおるあああああああ!!なにやっとんじゃワレえええええええええ!!!」
今の叫びはどちらに当てはめたらいいのかもわからないくらいドスの効いた怒鳴り声だった。
「び、びっくりした…脅かすなよ!!」
ルイズとシエスタが扉を開いた瞬間、部屋にいたサイトはびっくりして身震いする。
「はぁ、はぁ…サイトさん、今ハルナさんの名前を呼んでましたが…」
「そ、そうだ!二人とも、ハルナの様子がおかしいんだ。さっき様子を見に来たらいきなり倒れてきて…」
頭に血が上っていたためよく見えていなかったが、頭を冷やしてよく見ると、彼女はベッドに寝かされていた。顔色は悪く、苦しそうに息が荒くなっている。シエスタが寄ってハルナの額に手を当てると、額が熱くなっていることに気が付く。
「あら、大変ですね。熱を出しちゃってます」
「熱だって!?」
シエスタの診断にサイトは声を上げる。さっき手の切り傷を負った時に菌が傷口から入り込んだとか?いや、発病する速度が速すぎる。
『おそらく、地球から異世界への環境の変化に、彼女の体が追い付いてなかったんだな』
なぜ病気なんかに、と思っているサイトに、ゼロがさりげなくハルナが病を発した理由についてひとつの仮説を立てた。なるほど、自分がそうじゃなかったから気が付かなかったが、まさか発熱するとは思いもしなかった。
「ご、ごめんなさい…なんだか、体があちこち痛くて、だるくて…力が入らないんです」
ベッドから力なく声を漏らしてきたハルナ。
「とりあえずパジャマに着替えさせておきましょう。サイトさんはジェシカを呼んできてください」
「あ、うん」
シエスタに頼まれ、サイトは部屋を後にしようとすると、ハルナがサイトに声をかけてきた。
「ごめんね、平賀君…」
「いいって、ハルナは無理にしゃべるなよ。病気が悪化するかもだからさ。スカロンさんにも、病気のことは言っておくから」
「うん…」
サイトはジェシカとスカロンにハルナの病状を伝えに部屋を後にした。その時、彼女たちのいた部屋の、開けっ放しになっていた窓から夜風がひゅおおお…っと吹き込んでいた。



その後、スカロンの提案でハルナは仕事を休ませ、別室にて病状の回復に専念させることにした。看病は次の日まで休みのシエスタがやってくれるそうで、今は店の奥にあるジェシカの部屋にハルナを休ませた。
しかし、ふと気になることが一つあった。ハルナの言っていた「体のあちこちが痛い」。発熱なんかでそんな病状が起きるのか?それに、この言い方は女性の体を傷物にしてもいいという不遜な言い方に聞こえるかもしれないが、さっきだってけがを負ったと言っても、人差し指に軽い切り傷を負った程度。何かがおかしい気がした。
だが、そんな疑問を追及するまもなく、ハルナが休んでも翌日から仕事が始まる。ルイズは尻を触られたりなどのセクハラをされたり、貧相な胸や子供っぽいルックスを指摘された怒りで相変わらず客をぶっ叩いたりワインをぶちまけたりして怒らせてしまい、ついにはカウンターの傍で見学するようスカロンに言われてしまったのだった。よく妖精さんたちの仕事ぶりを観察していくように、と。
渋々ながらもルイズはカウンターに立ち、期間限定の仕事仲間たちの仕事ぶりを観察した。
さすがにこの店で働き続けていたこともあって、彼女たちは完ぺきにこなしていた。ジェシカもだ。客の大半が男なのだが、客は男性の身という制約があるわけではないので、時には女性がやってくる場合だってある。彼女たちは決して笑顔を絶やさず、客の愚痴や悩みも聞いてあげたり、時には相手をほめたたえ、時に体を触ろうとする客の手をそっと優しく触れて触れさせない。匠の技だった。おかげで彼女たちのチップはどんどん積み上げっていく。
あんな風にできるわけがない…。立ってるのも辛くなり、ルイズは部屋に戻った。
スカロンが貸してくれた部屋は屋根裏部屋。埃やら蜘蛛の巣やらが張っていて、ホームレスでもないかぎりこんな場所に住みたがるはずがない。
しかも客はどいつもこいつも無礼でデリカシーのない奴ばかりだ。胸がないからぺったんこだの実は男じゃないのかとか、散々言ってきてくれる。平民なんかになんでガキだのミジンコだの言ってくる。おかげでワインをぶっかけたり、手を出さないようにしても蹴りが出てきたり、足が出ないようにしても手が出てしまったり、ならば両方とも封じてしまえばいいと思うと、その場でひきつった笑みを浮かべたままで酌をすることもできず、突っ立ったまま。結局チップなんて一枚も貰えやしない。
「もう嫌…」
任務以前の問題だ。早く学院に帰りたくなった。ルイズは屋根裏部屋のベッドに腰掛けながら泣きじゃくりだした。
「なんでぃ娘っ子。湿っぽく泣きだしてらしくねえな」
「…あによ、あんたには関係ないじゃない」
ルイズを見かね、部屋の壁に立て掛けられるデルフがさやから顔を出してきた。
「どうして私がこんな目に合うのよ…私は公爵家の三女なのよ!それに虚無に目覚めたメイジなのよ!なのに、街で平民のために給仕してやるなんて…おかしいじゃない!もっとこう、私の魔法で怪獣をやっつけるとか、そんな派手な任務があるんじゃないの!?」
「はぁ…」
ルイズの喚きに、デルフは呆れてため息を漏らす。
「な、なによそのリアクションは!私が何か変なこと言ったというわけ!?」
「あたりめえだろ。お前さんがカジノで、お姫さんがくれてやった金をすったからこうなっちまったんだろうが。自分でやらかしといてもう忘れたのかい?」
「…う」
「それによ、お姫さんのご厚意でもあるんだぜ?友人として大事にしてるお前さんを、ましてや怪獣を殺してこいだなんて危ない任務を与えてやれるなんて、寧ろそれが友人に対する対応かって、俺っちだって疑っちまうぞ」
「…」
確かに、そういう見方もあるだろう。友人を死地に追いやる人間など、友人の意味を履き違えているともとれる。そもそも怪獣がどこにいて、いつどのような形で現れるかどうかを知る手段なんてこの世界にはないし、そのための技術を生み出すにはいったいどれだけの時間が必要となるのか見当もつかない。でもルイズとしては、たとえどんな危険な任務でも快く引き受けたかった。そうしてもらえないと、まるで自分のことを信用してくれていないのではと、姫の自分に対する感情を疑ってしまいそうになるのだ。
「それに、お姫さんはお前さんを信用してこの仕事を任せたんだ。そのために平民に交じって情報収集。宮廷内の連中から頼めそうなやつがいなかったから、お前さんに仕事が飛んだんだ」
「でも、だからって…」
ルイズはむすっとしていて、それでも納得してくれる様子がない。
「何もしてなくても、誰かが飯食わせてくれるもんだろうさ。けど平民ってのは、きちっと下らない仕事だってこなしておまんま食っているのさ。
相棒を思い返してみろよ。文句こそ言ってはいるけどちゃんと言われたことはきちんとこなす気概があるんだ。それに引き替えお前さんは…」
「…」
それ以上は言わずともわかる。いつもならぼろ剣のくせに説教するなと言うものだが、デルフがおちゃらけ度無の声での説教に、ルイズは言い返せなかった。さらにデルフは続ける。
「それに付け加えっけどよ、お前さんさっき怪獣をぶちのめすっていうのは簡単さ。けど、お前さんの今の精神力で、タルブん時みたいなでかい爆発、起こせるかい?いや…無理だろうさ」
「なんでわかるのよ」
「わかるさ。俺は元々初代ガンダールヴの剣だった。あまりにも昔過ぎて記憶が戻っちゃいねえが、虚無のことなら目覚めたばっかのお前さんよりも知っているつもりだぜ。
普通四代系統ってのは一日寝ときゃ次の日には精神力が全快する。けど虚無の場合はちと違う。四系統には休んで回復する精神力の量に限度ってもんがあるが、虚無はほぼ無限まで溜め続けることができる。そして溜めこんだ分を一気の放出することができるってわけよ。だからタルブの時みたいに、威力も他の系統とは比較にならねえこともあるのさ。
だがそれが同時に虚無の欠点だ」
「どういうことよ」
「溜めこんだ分、空っぽになるまで一気に消費しちまうのさ。今のお前さんの精神力じゃ、あの時と同じ『爆発(エクスプロージョン)』を唱えても、花火程度の威力しか出せないってことよ。それにお前さんの体に負荷もかかっちまう。下手すりゃ寿命も縮む。
力を過信したまんま怪獣相手に一人で飛び出しちまったら、それこそあの盗賊の姉ちゃんの時の二の舞になっちまうぜ」
確かに、こいつはやけに虚無のことに詳しい節があった。説得力は、そこら辺の奴の虚言よりもずっとある。
「役に立たないじゃない…」
でも、仮にデルフの言うとおりだったら、四代系統の魔法よりも使い勝手の悪い系統だ。
「ないよかマシだろうが。寧ろお前さんに命と魔法をくれたブリミルに感謝しとけ。もちろん、お前さんを助けてくれてる相棒や、この店に雇ってくれたオカマ店長によ」
「…わかったわよ。大人しく皿を洗うし、酌もしてやるし、もう殴りも蹴りもしないわ」
一応、口だけでもルイズは我慢をすることにしたが、すぐに不安に駆られた。
「でも、このままチップひとつ稼ぎきれてないんじゃ、任務どころじゃないわね…どうしたらいいんだろ…」
無策に仕事を続けても、またいずれ我慢の限界が来て客に手を上げてしまう展開になる。サイトはともかく、今の自分はハルナも保護している身だ。ろくな食い扶持もないままでは任務を続行することもできない。
「ねえ…ボロ剣。仕方ないからあんたに尋ねるわ。由緒正しい公爵家の三女が尋ねてるんだからありがたく思いなさい」
「なんでい」
寧ろ感謝するべきは尋ねる側にある、とは敢えて言わなかった。羞恥も混じっていて、言いにくそうにしながらもルイズはデルフに尋ねる。
「あの犬は私をそっちのけで他の女の子にばっか走るわよね。つまり、認めたくないけど…あの犬は私よりも他の女に魅力を感じて目移りしちゃうってことよね。
だから…私になくて他の女にある魅力を述べて見なさい」
やはりとても相談する相手への態度じゃないが、デルフは敢えて何も言わない。剣だから図太いのか、それとも長く生き続け過ぎて大人だからかはわからない。
「そうだねぇ…まずは、あの村娘(シエスタ)だな。料理ができる」
「料理なんて注文すればいいじゃない」
「男ってのは家庭的なもんが好きなんだよ。そのあたりだと、裁縫が得な女もな」
「私だってできるわよ。母様に教わったことあるから」
「へえ…」
「な、何よ?」
「暇つぶしにマフラーを作っていたら、出来上がったのはお前さんが苦し紛れにセーターと呼ぶヒトデの布きれじゃねえか。あの村娘と腕比べしたら天と地の差もあるってもんよ」
感情表現はもちろん、手先も不器用なルイズだった。実は趣味は裁縫と公言したことがあるが、ルイズの裁縫の腕前は絶望的だった。
「顔はまあ、相棒だって魅力を感じるぐらいのもんだな」
「ふふん、でしょでしょ」
ヴァリエール家の女は、美人揃いだとはよく言われるものだ。裁縫の腕前を指摘されたときはがっかりしていたくせに、美貌を褒められて鼻高々にルイズはない胸を張る。
「けど、村娘だけじゃねえ。あのジェシカとかいう給仕の娘っ子にも、ハルナって娘にも愛嬌がある。男は自分を大事にしてくれる女にならデレデレしたくなる。ああ、俺はこんなにも愛されてるんだぁって。けどよ、お前さんは笑顔よりもキレた顔ばっか露わにしてねえか?」
「……」
思えば、自分はほぼ毎日怒っている。寧ろそんな日がないと思えるくらいだ。別に笑顔を浮かべられないほど無愛想じゃない。寧ろ笑顔に魅力があると自負している。けど、魔法学院に入学する前は魔法の才の無さを指摘されてばかりで、一人ぼっちでいることもあった。学院に入学してからは学友たちからも馬鹿にされ続け、笑顔よりも逆上した回数が多い気がする。サイトが現れてからは、あいつが他の女の子に目移りするたびにやきもきさせられてイライラしてばかり。そりゃ、訳も分からずキレまくる小娘より、常に優しく接する女の方がいいに決まってる。でも、ルイズは思う。少しはあのバカ犬はご主人様の気持ちを考えてほしいものだ、と。サイトは恋愛経験がまるでないので呆れるほどの鈍感ボーイでもあったのだ。たとえ本人が認めなくても、ルイズがサイトを意識し始めていることに全く気付いていない。
「それに…後あの三人(シエスタ・ハルナ・ジェシカ)はお前さんにない武器がある」
「…あによ」
「胸」
「人間は成長するものよ」
「…お前さん、何歳になる」
「16よ。十分大人の女なんだから」
「…ああ、もう無理。期待するだけ無駄無駄無駄ァ!!…だな」
もしデルフが人間だったら、ここにシエスタやジェシカもいたら、きっとぷっと噴出していたに違いない。
「…そう、それが遺言ね」
ルイズは顔に影を作ると、エクスプロージョンの呪文を唱え始めていた。
「わ、わかったわかった!!俺っちが悪かったから!!」
弁解するデルフだが、ルイズはさらに呪文を唱え続ける。いくら長生きしすぎたからって、デルフは自分の命が消えると死への恐怖に駆られてしまう。
「け、けどよ、なして『あの犬』を惹きつける話なんだ?惹きつけるのは客だろ?客」
ルイズはそれを言われてハッとする。客を惹きつけチップを稼ぐための相談をしていたつもりだったのに。さっきまでなぜかサイトをメロメロにする相談をしていたことに気付いた彼女は顔を真っ赤にする。
「わ、わわわかってるわよ!た、ただ…あの犬が私じゃなくて他の子にばっか目移りするようじゃ、客を私の魅力で惹きつけることだってできないからよ!!」
なるほど、客よりまずサイトを誑し込ませることができないようじゃ、数多の客に自分の魅力をわかってもらえない、と言っているつもりのようだ。事実それは間違っていないが…。
「素直じゃないねぇ」
「溶かすわよ!」
デルフにもうさっきのルイズの怒りへの恐怖はなかった。刀身が震えていることから、人間でいう腹を抱えて笑いを必死にこらえていることだろう。
「ま、まあ…そうだな。お前さんは貴族だろ」
「ええ、そうよ!由緒正しきヴァリエール公爵家の!」
「んならよ、出せばいいのさ」
「出すって何をよ」
「高貴さ、ってもんだ」
「高貴さ?」
「そう、貴族じゃねえあの娘っ子たちにはない武器だ。貴族のお嬢様らしい大人しめの物腰やらオーラとか、そいつをフルに使ってみろよ」
高貴なイメージを使う…要するに、貴族の令嬢らしく物腰柔らかに相手と対応してみろと言うことなのだろう。後は、なるべくプライドが先出るあまり客に暴力を振うようなことがないようにすればいい。
そうすれば……。
『ルイズ…俺はやっと気づいたよ!俺の傍にこんなかわいい子がいたなんて!』
『ふ、ふん、今頃ご主人様の魅力に気づいたの?今更遅いのよ!
…って何よ!こ、こら…だめよそんなところ…犬のくせに変なところ触らないで!
で、でも…一生私に仕えることを誓って土下座してワン!って吠えたら…許してあげなくも…ないわよ?』
『ワン!』
ルイズは口元を押さえて笑い出す。そうだ、自分には下々の街娘にはない高貴の出であるが故の魅力があるではないか。それを発揮することさえできれば、あんな馬鹿犬を夢中にさせてやることなんてわけないんだから!見てらっしゃい…ぐふふふふ…。
…ッと言った感じで妄想に浸りながら笑うルイズに、デルフは不気味にも思えていた。
(やれやれ、虚無や怪獣退治のことよか、恋の方に気を取られがちかよ…)
そんなふうに傍らにいるボロ剣(今は新品同様の名剣に生まれ変わってはいたが)が自分のことをそんなふうに見ていたことも気づくこともないまま、ルイズは最高にハイッ!な気分に浸りながら部屋を後にしたのだった。



一方でサイトは、熱を出したハルナの様子を見に来ていた。客に熱が映る可能性があるので、なるべく控えてほしいとジェシカが言っているが、それでも心配なのでこうして見舞いに来てしまう。
「ハルナの病状はどんな感じ?」
サイトが看病をしていたシエスタに尋ねる。
「しばらく安静にしていれば元の体調に戻ると思います」
「そっか…」
「ごめんね、平賀君。迷惑かけちゃって…シエスタさんも、せっかくご親戚に会いに来たのに私なんかを看病してくださって…」
ベッドに寝かされているハルナが、二人に謝ってきた。サイトやルイズに保護してもらっている身の自分も、主にサイトの役に立ちたくて、敢えてルイズの起こした資金不足状態に巻き込まれたこの状況を受け入れたというのに、そんな自分が病気で倒れるなんて本末転倒だ。
「謝ることなんてないって。ハルナは一緒にいるだけでも安心するんだし」
「そ、そうなの…?」
一緒にいるだけで…と言われ、ハルナの顔が染まってしまう。シエスタは想い人の口からそのような言葉が、自分じゃない別の女に吹っかけられたことに一瞬形相が険しくなる。
「シエスタ、ありがとな」
それに気づかず、サイトはハルナの看病を引き受けてくれたシエスタに礼を言った。
「え、ええ…サイトさんのお願いですから断れるはずもないですし…」
サイトに礼を言われてしまい、湧き上がった嫉妬の感情が無理やり手で地面に押さえつけられたような感覚を覚えた。こんなふうに言われてしまうと、喉にため込み過ぎるあまりすぐにでも叫びたい文句を飲み込んでしまう。サイトさんは酷い人だ。私をこれだけ夢中にさせておきながら…とシエスタはちょっと愛憎を混じらせた。同時に危機感を覚える。
ルイズが客の前に、まず手始めにサイトの心を手籠めにしようと考えていたことも露知らず、肝心のサイトはハルナの方に傾きがちになっている。キュルケ?いや…あの人は遊び感覚があるから除外だ。ライバルが少なくとも二人確定しているから、積極的にアプローチしなくては!
「そ、そうだ!」
シエスタはふと、あるアイデアを思いつく。
「今のサイトさんたちはお金に困っているんですよね!?だったらサイトさん、ハルナさんに代わって私がこのお店で働きます!」
突拍子もなく堂々と言ってのけたシエスタに、二人は目を丸くした。
「え?でも…シエスタは学院でメイドの仕事があるだろ?」
そうだ、学院での仕事をそっちのけにして、自分たちのためにハルナの穴埋め役をさせるわけにいかない。姫からの極秘任務のことを悟られる可能性だってあるし、もしもの時の危険が伴う。シエスタを巻き込むわけにはいかない。
けど、ちょっと惜しいなあ…なんて思ってたりもする。この店で働くということは、つまりシエスタも必然的にジェシカやこの店の女の子たちが着る妖精さん衣装を着ることになる。際どいキャミソールを着込み、ちらりと見えそうで見えないスカートの下の桃源郷、そして揺れる柔らかい双丘…。
『サイト、変な妄想立ててねえでシエスタに断っとけよ。あの子まで巻き込んじまった果てに危ない目に合わせたらどうするんだよ』
思わず顔がにやけ始めるサイトに、ゼロが一言注意を入れてきた。真のウルトラマンに目覚めて以来、なんか妙にゼロの方がサイトにいろいろ指摘するようになってきている気がする。
『そ、それはわかってるんだけど…う…ぬぬ…』
捨てがたい、非常に捨てがたい!!ここでシエスタの眩しい姿を捨てるには、かの『悪質宇宙人メフィラス星人』から、「地球をくれるならシエスタの天下一かわいくて色気たっぷりの姿をあげよう」と言われて、それを断って地球を選ぶほどの覚悟を試されているほど迷った。
『いや、迷ってんじゃねえよ!』
ゼロは、もしここにハリセンが用意されていたら容赦なくサイトの頭をぶっ叩きたくなるほど、サイトに鋭い突っ込みを入れる。わかっている、ゼロのいいたことはもちろん自分だってわかる…だけど…捨てがたい!めちゃくちゃシエスタの妖精コスは捨てがたい!!
すると、部屋に妖精衣装のジェシカが入ってくる。
「サイト、気持ちはわかるけどそろそろ仕事に戻って頂戴。仕事が滞るから」
「気持ちがわかる!?ジェシカ…お前にはわからないだろ…かわいい女の子の擬人化ゼットンクラスなコスチューム姿を捨てることは、俺にとって…!!」
「…いや…何の話してんの…?」
『…ゼットンクラスってなんだよ…』
いや、おそらくものすごい、という意味でかの『宇宙恐竜ゼットン』の名前を使ったのだろうが、知っている人が聞いても意味不明すぎるたとえだった。証拠に、いきなり変なたとえを吹っかけられたジェシカは怪訝な顔をして首をかしげている。
「そろそろ仕事に戻っててくれって言いに来たのよ。あなたがハルナの様子を見に行ってる間に、皿がだいぶたまり始めてるんだから」
「え、あ、ああ…そっちか…」
自分は今なんて馬鹿なことを考えていたのだろう。額の汗をどこからか出したハンカチで拭きながらサイトは己の煩悩を反省した。サイトとしては、唯一の同郷の女の子の面倒は着きっきりで見ておきたかった。けど、自分たちは仕事をもらっている身だから、いつまでもこうしてはいられない。
「サイトさんったら…お望みだったらいつでも着て差し上げるのに…」
一方でシエスタは両手で頬を包み込んでクネクネしている。ハルナはというと、毛布に顔を画しながら、サイトを白い目で睨んでいた。
「…平賀君のエッチ」
今のサイトの馬鹿らしい発言に、フォローのしようがないほど軽蔑したようだ。ショックを受け肩を落としながらも、サイトは仕事に戻って行ったのだった。



一見平和なひと時を過ごしているとも見えた。しかし、その裏で…すでにこの世界を狙う者たちの意思が、トリスタニアの街に広がり始めていた。
「はぁ…はぁ…!!」
ある日の夜中、10代半ばに見受けられる可憐な栗毛の少女が、息を弾ませながら必死にチクトンネ街の夜道を走り続けていた。彼女は追われていた、今時分を追い続けている影から一秒でも逃れるために。少女はとにかく走り続けた。自分でも驚くほど長い時間走り続けた。立ち止まって一息大きな息を吐き、後ろをふと振り返る。後ろには誰もいない。よかった…自分は逃げ延びることができたのだ。少女は安心して胸をなでおろす。しかし、それは誤った認識だった。もう一度進行方向へと振り返ると、彼女の安心の笑みは一気に恐怖の顔へと一変した。
「きゃあああああ!!」
腰を抜かした彼女はその場に尻をついてしまい、立つこともできない。目の前にいたのは、最近噂になっていたチュレンヌの雇った少年だった。彼は少女の腕を乱暴につかむ。
「いや!離して!!離してよ!!」
少女は必死にもがいてその手を振りほどこうとするが、少年の力はとても人間のそれと思わせなかった。まるで自分の手首が鉄製の手錠にかけられたかのような圧迫感があった。少年は少女の抵抗をうっとおしく思ったのか、少女の腹を殴りつけて彼女の意識を奪い去った。別に命を奪うつもりではなかったようだ。でも、それでも少女が嫌がるほどのことが目的だったのは確かだ。少年は少女を担ぐと、夜の街の中へと消えて行った。
それは、偶然にも街を警戒していた銃士隊の女性隊員たちに目撃された。彼女たちは今の影を逃がすまいと追っていく。
謎の影は思った以上にすばしっこく、次から次へと屋根を飛び移っている。女一人を担いだままでだ。銃士隊は、メイジ殺しともうたわれているアニエスによって犯罪者メイジとの戦闘に備えた訓練も行っているため、相手が魔法を使っているか否かは見るだけでわかるようになっている。今の少年は、魔法を使っていなかった。フライやレビテーションの魔法を使わずに家の屋根から屋根へと飛び移り続けている。応援を呼びながら、彼女たちは影を追跡し続けていると、街の中に建っている一件の屋敷の門前にまでたどり着いた。少年の影は確かに屋敷の柵の向こうへ跳び、そのまま消えた。おそらくここに逃げたのだ。銃士隊員の一人が、門の傍らに立っている門番の一人に声をかけた。
「失礼しまう。ここに女性をさらった少年が策を飛び越えてここに入り込んだのを目撃しました。ここの屋敷の主殿に入ることを許可していただきたい」
「……」
しかし、門番はシカトをこいていた。
「聞こえないのですか!ここを通していただきたい!」
「…あのな、ここを貴様らみたいな平民を通すと思った?ここはこの区域の徴税官であるチュレンヌ様のお屋敷だ。下賤な平民は絶対通すなと仰せつかっている。さあ、わかったらとっとと帰れ!さもないと捕まえるぞ!」
門番は一方的に言い放ち、銃士隊隊員たちに槍を突きつけ、あっちにいけと妙に過敏に追い払おうとした。仕方ない…あまり騒ぐと屋敷の主もこちらを黙って見過ごさなくなる。彼女たちは一度ここは退くことにした。せめてアニエス隊長に報告しておこう。隊長がもしここにいたら、自分たち同様絶対にこの屋敷の主を見逃さないはずだから。
それは今から数日前、チュレンヌの起こした事件とほぼ日数が変わらない日のことだった。 
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