クルスニク・オーケストラ
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第六楽章 呪いまみれの殻
6-4小節
「だって、じゃあ、ホントウのジゼルはどこにいるの?」
「……、え?」
本当の――わたくし?
わたくしはここにいるのに、どうしてそんなことを聞くの?
《さすがお子ちゃまは核心を突くのが上手い。――替われ、ジゼル。代わりに説明してやる》
! ちょ、待ってくださ…!
「《そうだなぁ。ちびちゃんの言う通り、こんなんじゃ「ジゼル」はどこにもいないも同然だわな》」
遅かった。わたくしと交替した《レコードホルダー》が、わたくしの口でしゃべり始める。
「あんた……ジゼルじゃ、ない、のか?」
「《トワイだ。トワイ・リート。この体の持ち主、ジゼル含むリート家のご先祖様ってやつだ。ヨロシク頼むぜ、現代の《鍵》の子よ》」
《トワイ》お爺様は、ふてぶてしく足を組み、両手をベンチの背もたれに預けた。今だっていつだって、他人をナメてかかるような仕草やポーズ。ああ、間違いなく《トワイ》お爺様ですわ。
「《分史世界は何も現在の時間軸で再現されるもんじゃない。現に俺は今から100年以上前の人間だ。その分史世界で俺は俺の末裔に壊されて、こいつの頭に居座ることになったってわけだ》」
《トワイ》お爺様が指でとんとんとわたくしのこめかみをつついた。
「《俺だけじゃない。バラエティには事欠かねえぜ? まず断界殻で閉ざされたリーゼ・マクシアから道標を回収するために、泣く泣く分史世界を故意に増やした少女の記憶。精霊を資源にしようと捕獲に来た連中にただ一人挑んで逝った巫子の記憶。精霊信仰が消えゆく時代に、国を挙げて追われた末に一族を滅ぼされた長の記憶。“鍵”であるゆえに利用され尽くしてなお何も求めなかった無欲な少年の記憶。俺みたいな、100年以上前の亡霊の記憶。今言った分以外にも、俺の可愛い末裔はココに「記録」してるんだな》」
「――集合的無意識」
ミス・ロランドが指で顎を摘まみ、呟いた。
「しゅーごー……むいしき?」
「レイア、何ですか? それ」
「ん~、ちょっと説明が難しいんだけど……要するに、世界に無数に生きてる個人の心は、実は心の底で全員繋がってる、ってとこかな?」
「《ジゼルについちゃあ、その説明で合ってるぜ、お嬢ちゃん。俺も、どいつもこいつも、ジゼルに取り込まれた時点ですでにジゼルの下位意識だ》」
そう。だから手放せない。無視しろと言われたって無視できない。
《彼ら》の想いは、わたくしの想い。
《彼ら》の祈りは、わたくしの祈り。
《彼ら》の憎しみと絶望は、わたくしの憎しみと絶望。
リドウ先生はそんなわたくしをよく「混ざってる」と評しますけれど。
「《で、だ。おちびちゃん。今、ジゼルに「どこにいるの?」って聞いたな。俺が答えてやるよ。正解はな――ここにいる。俺たちが、《シゼル》だ》」
《彼ら》は、わたくし。
それが答えよ、エルちゃん。
「ご納得頂けまして?」
「わっ、ジゼルだ」
ポーズを女らしいものに戻して、エルちゃんに笑いかけてみた。驚いて引かれちゃったけれど。
「なんか……ややこしいんだな」
立ち上がる。ルドガーと距離を詰めると、ルドガーは一歩下がった。失礼ですわね。
「《クルスニクの鍵》である貴方は、挑んでは敗れ続けた《彼ら》にとっては最後の希望。《審判》を終わらせるかもしれない、文字通りの『鍵』。こんな指導係に怯えて辞めるなんて、できればしないでほしいのですけれど」
「や、辞めるなんて誰も言ってない!」
そうね。エージェントであることは、貴方にはアイデンティティですものね。
そして貴方が辞めない限り、エルも――本物の《鍵》もワンセット。
大丈夫。「本当のわたくし」がどれだけ塗り潰されたって、クルスニクにハッピーエンドを、という祈りがある限り、大丈夫なのよ。
例えいつの日かわたくしが「わたくし」でなくなってしまっても。
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