提督の娘
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第六章
第六章
「マックソードか」
まず思ったのはその名についてだった。
「何処かで聞いたような気がするな」
この時はこう思っただけだった。しかしそれは後になってわかることだった。
暫くしてまたパーティーが開かれた。今度は中将主催ではなく日本の海上自衛隊の招待によるものである。ダスティはそれに呼ばれたのである。
「また呼ばれるなんてな」
「基地の将校は全部呼ばれてるんだよ」
やはり共にいたウィルマーが彼に笑顔で応えていた。
「当直以外はな」
「またそれは随分と大勢呼んだものだな」
「もう立場が全然違うからな」
ここでウィルマーが言及したのは立場であった。彼等は今基地の近くのホテルの舞踏場にいる。そこはかなり広く天井には豪奢なシャングリラが幾つもある。それは今のイギリス海軍では借り切ることはかなり難しい、そうした見事な会場に大勢を呼んでのことだった。
「かつては東洋の小さな島国だったが」
「今では世界第二の国家か」
「そうさ。向こうの三大国の一国さ」
この場合での向こうとは太平洋のことである。彼等は大西洋にいるが日本がいるのは太平洋である。だから向こうと言ったのである。
「アメリカ、中国と並んでな」
「ロシアも入れれば四つだな」
ダスティは同期の言葉に合わせて述べた。言いながら白いテーブル掛けがかけられたそのテーブルの上を見る。そこにあったのは寿司であった。あまりにも有名な日本の料理だ。小さく柔らかく握られた米の飯の上に生の魚が置かれている。他には蕎麦や手ぷらがある。如何にもといった和食が揃えられ日本の酒もある。イギリスのオードブルや酒もが完全に日本に負けてしまっていた。
「とにかくでかい国になったんだな」
「それに対して我が国は」
ウィルマーの顔も声も自嘲が入った。
「落ちるところまで落ちてこんなホテルの立派な部屋なんか」
「借りられないな」
「本当に変われば変わるものだ」
ウィルマーの自嘲めかした言葉は続く。
「かつては世界のリーダーだった我が国がな。しかも今は不況だ」
「不況は日本も同じだろうに」
「体力が違うさ」
それが全く違うというのだった。そしてそれは事実であった。日本とイギリスでは体力が全く違う様になっていた。イギリスから見れば日本は不死身と言ってもよかった。
「全くな」
「それもそうか」
「そうさ。我が国は何時死んでもおかしくないが」
「日本は死なないか」
「向こうはどう思ってるか知らないけれどな」
あくまでイギリス人としての言葉であった。イギリスから見た日本を語っているのである。
「全然大丈夫だよ」
「昔はこっちは大丈夫でも日本は死にそうになったけれどな」
「立場も逆だ。今や向こうはイギリスが何個も入るだけ大きくなった」
「やれやれ。よくもまあ巨大になったものだよ」
日本についてその大きくなってしまった有様に唖然となっていた。そのうえで箸で手に取って食べようとする。しかしそれが存外に難しかった。
「これが箸か」
「難しいな」
見ればウィルマーもその箸の使い方にかなり困っていた。右手の指でその二本の棒を使おうとしているがそれがかなりであった。
「日本人は簡単に扱っているのにな」
「慣れたものだな」
見れば彼等とほぼ同じ黒と金色の軍服の日本人達は実に簡単にその箸を使っている。しかもフォークも平気で使ってイギリスの料理も口にしていた。誰一人としてどちらも使えないといった日本人はいなかった。
「あんなに簡単にか」
「使えるんだな」
そのことに驚きを隠せない二人だった。
「これが今の我が国と日本の違いか?」
「我々はフォークしか使えないが彼等は箸も使える」
こう話していく。今は日本人達を見ながら。
「かつてはこっちがずっと大きかったのにな」
「今じゃ下手したら見向きもされない位だからな」
こんな話をしながらも何とか箸を使おうとする。しかしやはりそれは難しい。それ困っているとだった。不意にそこでまた彼女が来たのだった。
「落ち着いて使えばいいですよ」
「貴女は」
「はい、また御会いしましたね」
サエコだった。にこりと笑ってダスティに言ってきたのである。
「こんばんは」
「はい、こんばんは」
恭しく彼女に一礼してみせたのだった。
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