クロスゲーム アナザー
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第二話 夢の舞台……
前書き
次話から更新ペース落ちます。
校歌斉唱、ヒーローインタビュー、写真撮影、閉会式……それらが終わる頃には俺はクタクタになっていた。
床に鞄を置いて座り込んだ俺は近くにいた東に聞いた。
「ふぃ〜。もう死んでもいいかぁ、東?」
先発と延長を含め12回を一人で投げきった俺はもうクタクタで体力の限界だった。
「ダメだ。お前にはまだやることが残ってるぞ」
東がそう言ったが何の事を言っているのかはわからなかった。
「あん?」
「月島青葉を思いっきり抱きしめろと言ったろ」
確かに言ってたな……。
俺が黙って下を向いていると中堅の千田が面白がって騒いだ。
「だからぁ!
そんなことをしたら思いっきり引っ叩かれるって、なぁ、赤石?」
赤石に振ったが赤石は無言だった。
「なぁ、中西?」
千田は次に三塁手の中西に降ったが中西も無言だ。
球場から学園に戻る為のバスの前には大勢の人だかりができていた。
乗降口の隣には彼女、月島青葉の姿があった。
俺は大勢が見ている目の前で青葉を抱きしめた。
青葉は抱きしめられてからすぐに俺から離れようとして、俺の頬を叩いた。
_____バチン。
青葉がおもいっきり俺の頬をビンタしてから叫んだ。
この時、千田が俺達を指差しながら「みーろー」などと笑いながら言っていた。
「あんたの事は大っ嫌いって言ったでしょ!」
「ああ、知ってるよ」
今まではここで騒いで喧嘩して終わってた。
でも今なら言える。
「たぶん」
俺が思っていた本当の気持ちを……。
「世界中で一番_____」
俺が次の台詞を言う前に青葉が倒れかかってきた。
『ウソついてもいいか?』
「ずっと……ずっと、大っ嫌いだったんだから!」
『いいよ』
「……知ってるよ」
「あ〜ん」
青葉が号泣した。
普段人前では泣かない青葉が人前で泣いた。
俺が泣かした。
「ど、どうなってんの?」
千田の疑問に答えたのは月島四姉妹の長女、一葉姉ちゃんだった。
「青葉を泣かせられるのは……若葉とコウちゃんだけだよ」
高校野球選手権大会、北東京大会。
優勝。 星秀学園。
クロスゲーム……『接戦』を制した俺達だが俺達の夏はここからが本場だ!
数日後。
俺達は、俺と青葉は甲子園に向かう為に、駅前で待ち合わせをし、二人でホームにならんだ。
『2番線お下がりください。まもなく電車がまいります』
きっとこの時も2人とも同じ事を思っていたんだろう。
すべてお見通しだったんだ。
若葉(ワカちゃん)を亡くした悲しみの大きさも、楽しかった思い出も、どんなに意地を張ってもウソついても…
ずっと前から……
やっぱり嫌な奴だ。
世界中で一番___
嫌な奴だ。
電車は東京駅へと向かい。
新幹線に乗り換えた。
西へ、西へと移動して……。
夢の舞台がある町に辿り着いた。
それから俺は……。
宿舎に荷物を置くと、軽く練習をした。
その日の晩はよく眠れた。
夢の中に若葉と青葉、赤石や中西……それと東も出てきた。
翌朝目覚めるとなんの夢をみていたのかはよく覚えていなかった。
抽選会が始まると赤石キャプテンは抽選のくじ引きで初戦から強敵を引き当てた。
公式練習では…
星秀が誇る名投手コーチである青葉から新しい変化球の握りを教わったり、東の打撃投手を務めたりして軽く汗を流した。
一、二球、ムキになって思いっきり投げたがセンターまで飛ばされた。
宿舎での生活では特に問題はなく……理事長が訪ねてきて前勝会という名目で酒盛りを始めたのを見ていた……いつも通りに過ごした。ただ外に出ようとしたら、ファンの女の子に迫られたり、怒った青葉に追いかけ回されたりした。良くも悪くもいつも通りの……そんなつかの間の日常を過ごしていた。
甲子園大会が開幕し、今日、開幕一戦目が星秀学園の甲子園初試合だ。
相手は甲子園常連校、VL学院。
高校通算60本塁打を誇る強打者。
松尾大介率いる名門校だ。
先攻は相手側。
相手は初出場の俺達を完全に見下していた。
レギュラー陣が3人しか先発メンバーに入っていなかった。
舐められている。
試合前に東がこう言った。
「叩き潰すぞ!
完封しろ!」
「プレイボール!」
審判の試合の開始を知らせる掛け声が響くと俺は夢の舞台のマウンドから相棒の赤石のミットに向けて甲子園第一球目を投げた。
「ス、ストライク!」
一球目を投げた直後、応援席は騒然とした。
第一球目の速度が表示されたが球速は157km/hと表示されたからだ。
コースも厳しい外角低めいっぱいに決まりまさに打てない理想の直球を投げてしまった。
で……現在。
8回表。VL学院の攻撃。
スコアボードには9点差がついていた。
7回までにVL学院が打ったヒットは0。
この日、俺は絶好調でヒットはおろか、四死球一つもなく8回もマウンドに登った。
焦った相手側は7回からメンバーをベストメンバーに替えたが遅かった。
俺の真っ直ぐを打てる奴は一人もいなかった。
松尾はファールで粘ったが俺の真っ直ぐに空振りし、ノーヒットのままベンチに戻った。
電光掲示板には俺の真っ直ぐの球速は最速159km/hと表示されたようだが俺は打者に集中していた為、どのくらいの球速を出していたのかは試合後までわからなかった。
8回表も三者連続三振でしとめてベンチに戻るとマネージャーの大久保がタオルを渡してきた。汗を拭き終わるタイミングでスポーツドリンクも差し出してきた。本当に気が利く奴だ。
ここまでヒットも四死球もなし。エラーもないからあとアウト三つ取れれば完全試合の達成だ。
「無死一、二塁で東か……」
星秀の攻撃は四番の東に託された。
東は今日は敬遠2、左翼に本塁打を2本放っている。
キン___とかん高い打撃音が鳴り響くと白球は中堅の遥か頭上を越えて応援席も越え、場外へと消えていった。
推定150m越えの特大アーチが放たれた。
相手投手はがっくり肩を落としている。
点差は12点差に広がった。
もうほとんど決まりかけている試合だ。
赤石と俺は敬遠されて下位打順は抑えられて交代となったがまだ油断はできない。
「野球は9回二死からが本場……たら、ればを言ったら終わりだ」
そう自分に言い聞かせ最後の仕上げをする為にマウンドへ向かう。
「喜多村……楽しめよ」
東がそう言って守備位置の一塁に入っていったが一番楽しんでるのは東だと思った。
本当に楽しそうにプレイをしている。
変わったな。二年前の野球留学生だった時とは完全に別人だ。
そんな事を考えながらマウンドに立つと赤石が声をかけてきた。
「なあ……ここなんだよな?」
「はあ?」
「舞台は超満員の甲子園」
若葉が見た夢……。
「まだだろ?」
俺はそう言っていた。
「まだ、超満員じゃねぇよ……」
俺はアルプススタンドの方を見つめながら答えた。
「俺が投手でお前が捕手……舞台は超満員の甲子園!
超満員ってやっぱり……」
「そうだな……」
甲子園が完全な終着点ってわけじゃない。
俺の終着点は若葉が見た夢の舞台だ。
超満員になるにはやっぱり……。
「勝つぞ、赤石」
「勝とうぜ、コウ!」
『コウが投手で赤石君が捕手。
舞台は超満員の甲子園!
あっ、そうそう中西君もいたわ』
そう若葉が言っていたと青葉から最近聞いた言葉が俺の脳内で浮かんだ。
まるで今そこに、若葉がいるような感覚で……。
「さあ、後アウト三つだ!
しまって行こう!」
赤石の檄により俺達、星秀野球部員一同は気合いを入れた。
さあ、あとアウト三つだ!
九回表。
先頭打者は、VL学院7番手。
初球。内角低めに直球を投げた。
「ストライク!」
見逃しでワンストライク。
2球目は外角高めに投げた。
ボール球かと思われた白球は打者の手元で鋭く落ちてストライクゾーンに入った。
「ストライクツー」
あっと言う間に追い込んだ。
次は……。
それか。
赤石のサイン通りに振りかぶって指示されたコースに思いっきり腕を振り下ろして投げた。
俺が投げた直球は外角低めいっぱいに決まり相手は見逃し三振をした。
「ストライク!
打者アウト!」
あと、アウト2つだ!
次の打者には徹底的に内角攻めをして、最後に外角に鋭く落ちる変化球を投げて空振りさせた。
アウトは残り一つ。
次をノーヒット、無死四球、無エラーで抑える事ができれば夏の甲子園史上初となる開幕完全試合達成だ。
「あ〜緊張するな〜」
あまり緊張はしていないがそう言って身体をほぐす。
打席に相手の投手が立ち試合が再開された。
ポポンとテンポよくなげてたった2球でストライクを二つ取ると最後も直球を外角低めいっぱいに投げた。
思いっきり腕を降って投げた球は白い閃光のように、目で追えない速度で捕手のミットまで到達し、かん高い良い音を響きならした。
夏の甲子園初の完全試合を達成した瞬間だった。
翌日の朝刊にて。
『星秀キタ!喜多村光速160km/h!』
『史上初!星秀、夏の甲子園初完全試合達成!』
『四番、東!開幕3HR!8打点!』
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