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クロスゲーム アナザー

作者:コバトン
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第一話 あの夏

 
前書き
ハーメルンで連載中の作品と同じものです。 

 
クローバー。

マメ科の多年草。
___江戸時代、オランダ船が荷詰用に用いたことから、
和名、ツメクサ(詰草)


四つの葉は幸福をもたらすという____



「久々に来たな……」

俺、喜多村 (きたむら)(こう)は久しぶりに神宮球場の前に来ていた。
今は1月。寒い真冬の季節で身体中が冷える。
青葉とここで待ち合わせている。





神宮球場を見上げ俺はあの夏、あの日の事を思いだした。




あの夏、俺は、俺達はここ神宮球場で暑い、暑い戦いを経験した。






半年前。




第⚪️⚪️回全国高校野球選手権大会。北東京大会決勝戦。



この日、俺達はこの決勝で竜旺学院(りゅうおうがくいん)と戦い延長戦までもつれ込んだ。


12回裏 2ー1。

星秀学園(せいしゅうがくえん)1点リード。

竜旺学院の攻撃。二死一塁。(ツーアウトイチルイ)

「ミシマ!ミシマ!ミシマ!」

「あと一人!あと一人!あと一人!」

両校の応援が混ざり合い、ブラスバンドの曲の音もよくわからなかった。
いや、たとえ静寂な環境でも何もわからなかっただろう。
額や手足に大量の汗が流れる。
炎天下の中、グランドで、マウンド(ここ)で、ずっと野球をしている。
グランドの後方には、この二年半ずっと苦楽を共にしてきた同級生(クラスメイト)や後輩がそれぞれの守備位置で守っていてくれている。
ベンチにはプレハブ組時代からお世話になっている前野(まえの)監督やマネージャーの大久保が見える。
グランドの、俺から見て正面。
捕手(キャッチャー)を務める大柄の選手に視線を向けると俺の相棒である赤石 修(あかいしおさむ)がサインを出して構えた。

「……わかってるよ」

小言を呟きながら正面でバットを構える最強の強打者(スラッガー)三島敬太郎(みしまけいたろう)を見つめる。

考え事をしながらでは打たれる。
集中しないと決められる。
このクラスのバッターに挑むなら自身の最速(・・)の球を投げないと……。
チームメイトの強打者、東 雄平(あずまゆうへい)に挑む時のように全力投球をしないといけない。

そう思い俺は手に握る白球に全ての力と想いを込めて投げた。


この青空の中、この球場のどこかのスタンドで応援している野球大好き少女、月島青葉(つきしまあおば)と今は亡き俺の幼馴染で初恋の相手、月島若葉(つきしまわかば)への想いを込めて。


1球目は外角高めに入りストライクを捕った。
三島は様子みの為か見逃した。

2球目も全力投球。俺が今投げられる全力の直球(ストレート)を投げ込んだ。
球は高め内角よりに外れボールとカウントされた。
電光掲示板には158km/hの表示が出た。
俺が今日投げた最速の記録とタイだ。

応援席からは驚きの声が上がっている。
延長12回で158km/hだ、驚かれても無理はない。
だけど俺は納得していなかった。

158km/hでは駄目なんだ。

彼女と青葉と約束したからな。

赤石がボールを投げ返しながら打席の三島と何か話している。
会話の内容までは聞こえないが……きっと、今何球投げてんのかわかっているのか?
とか言っているんだろう。

3球目。外角低めいっぱいに直球(ストレート)を投げ込んだが、キィーンと球にバットが当たった甲高い音が聞こえ、白球は一塁線に飛んだ。
わずかに切れてファールになったが危なかった。少しでも甘く入っていれば本塁打(ホームラン)になっていてもおかしくはなかった打球だ。
さすがは超高校級の打者。《天才》三島敬太郎。
人の顔を、どうでもいい奴の顔は絶対に覚えない東がたった一度会っただけで覚えたほどの奴だ。
その才能は間違いなく『超高校級』だ。
電光掲示板に視線を向けると158km/hと表示されていた。
さっきと同じだ。
今と同じ投げ方では駄目だ。
もっと速く。もっと足のステップ幅を広く。
制球(コントロール)よりも今は、今だけは(・・・・)速さ(スピード)を。

4球目外角低め際どいコースを狙ったがボールになった。

5球目。真ん中高めに外れてボールカウントになった。
さっきよりも制球力は落ちた。
これでフルカウントだ。

この一球で勝負は決まるか。
打たれて逆転か。
相手側のベンチ前では竜旺のエース。及川卓郎(おいかわたくろう)がピッチング練習をしている。
次の回、13回表の俺達の攻撃に備えているのか。
やはりセンパツ優勝投手は違った。
先程、俺に本塁打(ホームラン)を打たれたのにもかかわらずまだ投げようとしている。
並大抵の精神力(メンタル)ではない。
三島が打つ事を信用しているのだろう。
こっちに最強の四番、東がいるように彼らには目の前相手、三島敬太郎(絶対的な四番打者)がいるのだから。


お前達の思い通りになんかさせてたまるか……。

俺は、俺達は甲子園に行く!
それがグランドに立てない、マウンドに上がれない、月島青葉との約束で……。

『舞台は超満員の甲子園!』……今は亡き月島若葉が最期(・・)に見た夢なのだから。





全ての想いを込めて、俺は手に持つ白球を捕手(キャッチャー)赤石のミットめがけて投げ込んだ。
放った球は白い閃光となって赤石が構えるミットに収まった。



「ボ、ボール!」

審判は迷いながらそう告げた。



無情にも際どい球はボールとカウントされ、三島は四球で一塁へ走っていった。
三島は球に手を出さず、一歩も身体を動かさずに見逃した。
三島の出塁により二死一、二塁となった。
際どいコースを狙い過ぎたか……。

今、投げた球は間違いなく今日最速だった。
電光掲示板を見るが球速表示は表示されなかった。


三島を打ち取れなかったが、まだ試合は終わっていない。

次の打者(バッター)をツーストライクに追い込むと最後の一球を投げる為に大きく振りかぶった。


球を放る直前、脳内に決勝戦当日の今日の朝、早朝のグランドで青葉に言った言葉が思い浮かんだ。

『嘘ついてもいいか?』

素直じゃない俺がそう言うと、普段は俺と似ていて素直じゃないのに青葉は『いいよ』と言ってくれた。
だから俺は遠慮なく()をつかせてもらうことにした。


『甲子園に行く!』




青葉直伝の力みのない流れるような理想的なフォームから剛速球がミットめがけて放たれた。



『160km/h出す!
そして___』



打者は空振りし放った球は赤石のミットに収まった。


やった。
俺は思わず両手を上に広げてバンザイをしてしまった。

『星秀学園甲子園初出場!』
実況はこの時そう告げていた。





青葉に言った最後の嘘……。


『月島青葉が一番好きだ!』


その言葉を思い出しながら俺は試合終了のサイレンを聞いていた。
 
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