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ラストダンス

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第一章


第一章

                    ラストダンス
 これでお別れだ。そう思った。
 俺達は別れることになった。理由は何かお互いよくわからない。気が付いたら言い争いばかりするようになってそれで遂に別れることになった。よくある話なんだろう。
 別れるのはダンスの後でとなった。仲間うちでのパーティーの場所、俺達は二人でそこに出席した。
「一緒に行くのもこれで最後ね」
「そうだな」
 俺は彼女に応えた。そう思うと寂しいし切ないが今になってはもうどうこうすることも出来ない状況だった。
 だが最後に一緒に踊ることは決めていた。本当に最後だ。俺達はそれまでは一緒にいることにした。
「ねえ」
 波がかった赤茶色の髪を後ろで束ね小粋な赤いドレスを着た彼女が俺に声をかけてきた。
「はじめて会った時のこと、覚えてるわよね」
「ああ」
 俺はその言葉に答えた。忘れる筈がなかった。
「こうしたパーティーの場所だったよな」
「そうよ」
 彼女もそれに応えてくれた。二人で何か無性に懐かしい気持ちになった。
「覚えてくれていたのね」
「忘れるわけないだろ」
 俺はこう返した。
「来るつもりはなかったのよ、あの時」
 彼女はふと言った。
「気分が乗らなくて」
「そうだったんだ」
「そうよ。それでも出たけれど」
「で、俺と会ったと」
「運命だったんでしょうね」
 彼女はその時のことを思い出しながら述べた。
「きっと」
「そうだろうな」
 俺もそれに応えた。
「だから会って」
「ええ。それで付き合って」
「そうだったよな」
 また思い出してきたがそれがやけに悲しい。
「色々あったよな」
「そうよね。本当に色々」
 今まであったことが全部思い出される。今思うと一瞬のことだったけれど永遠のことだったようにも思える。それが不思議だったけれど自然に思えた。
「けれどそれも終わりね」
 彼女は辛い声で述べてきた。
「今日で。全部」
「ああ」
 終わるきっかけは些細な言い争いだった。それが大きくなって遂に別れることになった。馬鹿なのは俺だったのか彼女だったのか。そんなことはもうどうでもよかった。俺達が別れることは事実だったから。それを今思い出しても考えても仕方のないことだったのだ。
 二人で寂しく、辛い顔をしていると周りの連中が声をかけてきた。皆俺達のことは知りはしない。
「よお、もうすぐだぜ」
 その中の一人が俺に声をかけてきた。
「ダンスな。準備できてるよな」
「一応な」
 俺は答えた。
「できてるぜ」
「そうか。じゃあ今日もノリのいいダンス頼むぜ」
「あんた達二人のダンスが一番いいからね」
「期待してるわ」
 皆そう声をかけてくれる。俺達のことは知らないで。言おうと思ったがどうしても言えない。それが辛くもあった。
「そろそろか」
「そろそろね」
 俺達は顔を見合わせて言葉を交し合った。
「行くのは」
「準備、いいわよね」
 彼女はこう声をかけてきた。
「もう」
「ああ、勿論だよ」
 俺はそれに言葉を返した。迷いのない言葉で。
「何時でもいいぜ」
「そう、何時でも」
「別れるのはな。もう何時でもな」
 言葉を出す度に口の中が苦くなる。喉の奥が痛くなるようだった。もうすぐ別れの時間がやって来る。俺達の最後の時間が。ダンスで全てが終わる。それは本当にもうすぐだった。
「よし、じゃあいよいよはじまりだ!」
 誰かの声が聞こえてきた。
「踊ろうぜ!いいな!」
「よし!」
「気持ちよくな!」
 皆それに応える。応えていないのは俺達だけだった。
「じゃあ行くか」
「わかったわ」
 彼女は俺の言葉に短く頷いた。最後の時が遂に来た。彼女の顔は青くなっていた。多分俺の顔もだ。ラストダンスだ、今俺達はそれに向かった。
「御前等も踊るんだよな」
「勿論じゃないか」
 俺は友達の一人に笑ってこう返した。
「だからここにいるんだろ?」
「そうだよな」
「そうだよ」
 答えはするがその理由は言わなかった。とても言えなかった。
「だからな」
 俺の言葉は少し辛いものが入っていたかも知れない。気付かれたかも知れないと怯えた。
「踊るぜ。気持ちよくな」
「ああ、今日も見せてくれよ」
 その友達は俺の言葉に笑顔になってきてまた言ってきた。何も知らなくて本当に楽しそうだった。少なくとも今の俺とは全然違う気持ちなのがわかる。
「頼むぜ」
「わかったよ。じゃあ」
「ええ」
 俺が声をかけて彼女がそれに応えた。こうして踊りがはじまった。ごく普通のチークダンスだ。けれどこれは俺達にとっては最後のチークダンスになる。それを噛み締めながら踊りはじめた。
 踊りの間俺達はずっとお互いの顔を見ていた。これで最後だ、そのことをくどいまでに噛み締めながら。時間は無限なようであっという間のようで。踊っている間にまた今までのことが思い出される。思い出したくないのに記憶は思い出される。不思議な気持ちがまたする。けれどそれも終わってしまう。時間は常に動くものだからだ。踊っているうちに遂に時間が終わってしまった。

 
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