剣の丘に花は咲く
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第十四章 水都市の聖女
プロローグ 赤い記憶
前書き
第十四章始まります。
―――赤。
―――朱、赫、紅……アア、真ッ赤ダ。
―――粘ついたドロリとした感触が、嫌になるほど生々しくて。
ツンとした鉄錆に似た匂いが、泥のように鼻の奥に張り付いて剥がれない。
息を吸う度、生臭い苦い味が口中に広がる。
飲み干した空気が肺と胃を通り、臓腑を巡り身体を満たしていく。
呼吸するたびに込み上げる吐き気を口を押さえて無理矢理押さえ込み。全身から間断なく吹き出る汗が、まるで身体の上を這い回る蛞蝓のようで、寒気と怖気が何時までも晴れない。
視界が歪み滲んでいるのは、止まらない涙のせいだろうか。水に引き伸ばされた赤い絵の具のように、視界に薄い膜が掛かり、赫の色を僅かに緩ませる。
ドクドクと、自分の胸から聞こえる鼓動と同じリズムで、流れ出る命の音が耳に届く。
赤い水溜りが、広がって……。
―――ウソ、ダ。
あの人の、崩折れ地に伏した身体を赤く染めている。
―――コンナノハ。
目から―――
―――アリエナイ。
―――鼻から
―――コンナノハウソダ。
耳から―――
―――ダッテ。
―――口から
―――ダイジョウブダッテ。
穴という穴から血を垂れ流しながら。
―――イッタンダカラ。
わたしの目の前で死んでいる。
自身の血で全身を染めて死んでいるあの人の傍には―――
―――シヌハズガ。
長い槍を手にした―――黒衣を着た老人の姿が―――。
「―――ああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁッ!!!」
自分の叫び声で目を覚ます。吐き出した分の酸素を取り戻そうと、激しく呼吸を繰り返し、夏場の犬のようにぜぇはぁと舌を出し必死に呼吸をする。目に映るものが白黒にしか見えない。思考が纏まらず、ただ千々に分かれた思考が意味のない言葉を羅列する。
しかしそれも、何とか息が整ってくる頃には、大分落ち着きを取り戻していた。
上半身だけ起き上がらせた姿で、辺りをゆっくりと見渡す。
視界に広がるのは青々とした広い草原。小高い丘が幾つかあり、その向こうには森だろう木々の姿がと山が見える、が。
人工物の姿は―――ない。
自分の記憶に似たような風景の姿は―――ない。
全く見覚えのない場所にいることを理解すると、苦虫を噛み潰した顔を両手で覆い大きくため息を吐いた。
「はぁ……ニダベリールじゃないことは間違いないわね。ったく、あの蛮人。あれほどわたしで実験するなって言ったのに聞きやしない。ああっ本当に苛々するっ!」
地面を蹴飛ばす勢いで立ち上がると、顔を左右に軽く振って気分を入れ替える。幾分か思考がクリアになるが、胸の奥でヘドロのように蠢く何かは晴れる気配はない。
あの夢を見たあとは、数日はこういう気分になる。
あれから一年近く経ったというにも係わらず、全く変わらない。
これを解決する方法はわかっている。
方法は二つ。
どちらも簡潔明瞭―――わたしが死ぬか、奴を殺すか。
―――いや、方法は一つだけだ。
奴を殺す。
それは絶対だ。
「っ、今はそんな事を考えている時じゃない、か。待っていれば、あいつがその内迎えに来るとは思うけど何時になるかは分からないし……一応野営の準備だけはしておこうかしら」
ため息混じりに周囲を見ながら歩き出す。幸いにして短剣や革袋等ある程度の手荷物はある。森や川もあるようだし、数日ならば何ら問題なく過ごせるだろう。
「まずは何より水ね」
足の向かう先には細い糸のように見える川の姿がある。
歩き出したその時、視界の端に赤い何かがチラリと見えた気がした。
「ん?」
顔を向け目を凝らしてみると、いくつも見える丘の中、小高い丘の上に何かが見える。
「……人?」
ポツリと呟くと同時に、懐から短剣を取り出した。取り出した短剣を握り締める。距離があるとはいえ、警戒すべきである。遠く見える人影は、明らかに猟師等ではない。遠すぎて詳細なところはわからないが、どうやら鎧のようなものを付けているようにも見える。この見るからに山奥で、何故鎧を?
不可解である。
もしかすると、人ではないのかもしれない。
人のように見えて、人ではないナニカを、自分は知っている。
悪魔と呼ばれる化物どものことを。
人の姿でありながら―――人ではないあの悪魔ならば―――。
「……殺られる前に―――殺る」
短剣を握り直しながら、口元を歪める。
湧き上がる戦意に反応するかのように、左手に刻まれた文字がぼんやりとした光を放つ。
浮かび上がる文字は、とある言葉でこう書かれていた―――ガンダールヴ、と。
後書き
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