剣の丘に花は咲く
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第十三章 聖国の世界扉
エピローグ 狂気の王
前書き
これにて第十三章は終了―――次回からは第十四章……色々な謎が解けたり増えたりする……かも?
ガリア王国首都リュティス。その中心である王宮ヴェルサルテイルの四方にある四つの花壇。それぞれに位置する方角の名を付けられた花壇の中でも、最も美しいと詠われる―――南薔薇花壇。
二キロ平方メートルの土地には、数万本の色とりどりの薔薇が咲き乱れている。その中でも特に目が惹かれるのは、空に広がる青の如き蒼い薔薇。
王族の青髪から名付けられたその名は“ラ・ガリア”。
ガリアを象徴する花である。
品種として、青い発色が固定するまでに掛けた費用は、文字通り桁違いであり、小国の運営費にも匹敵する程。
その蒼い薔薇が咲き誇る中に立つのは、一人の偉丈夫。
ロマリアの教皇に“狂王”と呼ばれ、自他国からは“愚王”と呼ばれる男―――ガリア王ジョゼフ。
一人ジョゼフは花壇に立ち、咲き誇る蒼い薔薇を満足気に見つめていた。ジョゼフにとって、退屈な日常の少ない癒しのうちの一つが、この花壇を眺める事であった。
だが、今はそんな薔薇が目に入らない。
何故―――いや、それは分かりきっている。
「エミヤ―――シロウ」
名を呟くと、胸の奥がざわめき、言いようのないナニカが湧き上がる。
これは―――何だ?
熱い炎のようでありながら、冷たい氷のようにも、また、そのどちらでもないこれは―――。
怒り? 悲しみ? 苛立ち?
これは無くなった筈の感情なのか?
―――分からない。
「―――っ」
一体何に対するものなのか、自分でも分からないままぎりっと歯ぎしりをする。
耳に―――奴の声が聞こえる。
『人が本当に幸せだと感じた時―――』
何故、そんな言葉が蘇る。
一体自分は何に拘っているのか。
気が付けば、手塩に掛けて育てた筈の青い薔薇を忌々しげに踏みにじっていた。
足元で薔薇が潰れ、青い汁が靴底を汚す。
「―――荒れておられますね」
「何の用だ」
音もなく現れた影に、しかしジョゼフは驚いた様子も見せず、淡々とした様子を見せる。
深くローブを被り現れたのは、士郎たちと何度も対峙した虚無の使い魔―――ミョズニトニルンであった。ローブの隙間から覗く赤い唇から言葉を紡ぐ。
「ヨルムンガンドが十体完成したとの報告がありました」
「……そうか」
顎を小さく引き頷いたジョゼフに対し、ミョズニトニルンは数瞬躊躇った後、口元を微かに苦々しげに歪ませた。
「―――それと、アレも同じく準備は出来ております」
「アレか……だが使えるのか? アレはもはや魔道具とは言えん。だが、人とも呼べん―――化物だぞ」
「……最近は、話が通じるようになっていますので、利用することは不可能ではありません」
狂王と呼ばれる男が口にした化物との言葉。それは嫌悪と忌避を多分に含みながら、確かに恐怖と呼ばれるものもあった。苛立たしげに花を蹴りつけながら、ジョゼフはミョズニトニルンに背中を向けた。
「好きにしろ」
「はい」
これで話は終わりだとミョズニトニルンに背中を向け一人星を見上げていたが、何時までたっても動こうとしないミョズニトニルンにジョゼフは訝しげに問いかけた。
「……何だ?」
「―――何を……お考えでしたのかと」
「なにも―――……いや、そうだな……あの男のことを考えていた」
ミョズニトニルンの問いに反射的に否定の言葉をあげそうになったジョゼフだった、顎に手を当て口を閉じると、改めて口を開いた。
だが、その口から言葉が発せられる前に、ミョズニトニルン自身から応えた。
「……エミヤ―――シロウ」
「そうだ」
「……」
頷くジョゼフを見ながらミョズニトニルンは目を細める。瞳に映すのは、満開に咲く花々ではなく、一人の男の姿。何度も敵対した男である。だが、未だまともに正面から戦ったことはない。何故ならば、勝てないからだ。普通に考えれば、いくら強くとも敵は一人。無数の魔道具を使用できる自分ならば、人形等の大群により磨り潰し打ち破ることは不可能ではないはずであった。
だが、当初考えていそんな企みは、男の馬鹿げた戦力を目の当たりにしたことで霧散した。
バカ正直に正々堂々と戦って、三万の軍勢に打ち勝つような男をどうにかすること等不可能だ。だからこそ、ミョズニトニルンは様々な謀略と絡めてにより士郎を亡き者としようとした。
しかし、その効果は全くと言っていいほどない。
あいも変わらずあの男は今も生きている。
「…………っ」
湧き上がる屈辱と苛立ちに、眉間に皺を寄せるミョズニトニルンが、気を取り直すように小さく深呼吸しながら自分の主を再度見上げる―――が、
「ジョゼフ、さま?」
思わず、戸惑った声を上げてしまう。
背中越しに僅かに見えた主の横顔が、まるで―――泣いているかのように見えて。
「なんだ?」
「い、いえ……何でもありません」
こちらに向けられた主の顔には、何ら悲しみの色は見えず。勿論、その目に涙の姿はなかった。向けられる訝しげな視線から逃れるように、ミョズニトニルンは顔を伏せた。
「―――余のミューズよ……お前は―――」
「……何か?」
『お前は―――』の続きを待てれども来ないことから、ローブに隠された眉を曲げながらミョズニトニルンが問いかけてみる。
だが、ジョゼフは何も語らず、ただ黙し続けていた。
再度、尋ねようと、ミョズニトニルンが口を開こうとする、が。
「―――詮なきことか……気にするな」
「………………」
首を横に振りながらため息混じりの声を漏らすジョゼフに対し、ミョズニトニルンは出そうになった声を飲み下し小さく頷いて返した。
それを横目に、視線を薔薇園へと戻したジョゼフは、突然両手を大きく左右に開く。
「―――それでは、始めるとするか―――“戦争”を」
まるでどこぞのオーケストラの指揮者のように両手を広げるジョゼフ。
高らかに、宣言するように大きな張りのあるバリトンで、世界よ聞けとばかりに大きな声で―――。
「得るためではない、ただ殺すための戦争を―――」
声を一旦止め、大きく息を吸ったジョゼフは、高らかに宣言する。
おおきな、おおきな声で、狂気の色を混ぜ合わせた声で―――。
「さあっ殺そうッ! 男を女を、老人を子供を、平民を貴族を、兄弟を―――そして神さえもッ!! 全てを殺すために、世界を殺すためにっ!! この世のあらゆる善なるものを踏みにじり汚し尽くす為にっ!!」
胸を―――心臓を―――心を握り締め―――天を仰ぎジョゼフは叫ぶ。
「神よっ! おおっ神よっ! “虚無”という名の力をおれに与えた神よっ!! 貴様が与えた力でおれはお前を殺そうっ! 全てを滅ぼし尽くし、この世の全てが消えた時―――」
天を握りつぶさんと掲げた手を、震わせながら目の前に下ろしたジョゼフは狂気に彩られた声を一転させ。
「―――おれの心は動くのだろうか……」
その心のように平坦な声が溢れる。
「シャルルよ。お前をこの手にかけた時より動かないこの心が動くだろうか……“虚無”―――ははっ、なんと皮肉なことか。その名の通り、おれには何もない。何もないからこそ何も感じない。憎しみも、怒りも、悲しみも、喜びも何もかも……だが―――ああ、だが、おれはここにいる。血の流れる身体を持つ人間としてここにいる―――ッ」
低く頭を垂れるように段々と下がっていた頭がピタリと止まり―――伏せていた顔から覗く口元が裂ける。
空に広がる青空に似た髪を振り乱しながらジョゼフは顔を勢いよく上げると、哄笑と共に叫ぶ。
「だからこそっ!! だからこそおれは泣きたいっ!! ああっ、この空虚な心が震えるのならばっ! おれは何でもしようっ! 尊きものを汚し、美しきものを踏みにじり―――世界さえ滅ぼそう」
歪み捻れた意志に形作られた叫び。
死に際の狂った狗の吠え声のようなソレは、濁ったへどろのような臭気さえ感じさせる。
空を望む鳥のように、両手を翼のように広げたジョゼフの吐き気を催す声が、天へと昇り世界へと広がっていく。
「全てが滅びた世界の終わりで―――ああ……おれは悲しむ事が出来るだろうか……人として……泣くことが……」
ポツリポツリと溢れる言葉の狭間、身体を震わせ天を仰ぐ、狂い歪んだジョゼフの脳裏に―――あの男の言葉が蘇る。
『―――人が本当に幸せだと感じた時に浮かぶ笑顔は、な。見ている者も幸せにするんだ』
―――なあ、シャルル。
『兄さんが王になってくれて、本当によかった―――』
―――お前は本当に……。
後書き
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