フェアリーテイルの終わり方
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
十二幕 これからはずっと一緒だよ
7幕
前書き
妖精 の 最期
「お姉ちゃん、キレイ」
フェイもまた劇的な変化を遂げたというのに、幼い体を蝕む時歪の因子化だけは変わらず進行し続けていた。
「っ…フェイ!!」
エルは蜜色の髪を振り乱してフェイを抱き締めた。長い腕。小さくなったフェイがすっぽり納まる両腕。
「ヤダ、ヤダよ! エル、せっかくオトナになれたのに。お姉ちゃんしててもおかしくなくなったのに! こんな終わり方ヤダぁ!」
「そんなふうに言っちゃだめだよ。コレが一番キレイで、一番ヤサシイ終わり方なんだから」
「ちがうよ! フェイはエルの妹だよ!? エル、フェイを時歪の因子なんかにしたくない!」
ほとほと、とエルに抱かれたフェイの両目からいくつも涙の粒が流れ落ちる。でもそれは決して恐怖からではなかった。
「ダイジョウブ。ちょっとコワイけど、イタイの慣れてるから。ちゃんと最後の時歪の因子になって、パパとメガネのおじさんと、世界中の時歪の因子化してる人、治してあげるね」
エルがフェイを抱く力がぐんと強くなった。苦しいのに、息ができないのに、この上ない幸福感が胸に溢れた。
上手く言えない言葉に替えて、小さくなった手を姉の背に回した。
『マクスウェル、これが人なんだね』
「ああ。きっと人は、どんなことでも成せる」
「――信じがたいほど愚かなこともな」
クロノスがカウンタードラムに入り、オリジンと並んだ。
『そうだね。でも、そんな魂の“負”こそ、人間の力そのものなんだ』
オリジンは魂の“負”と瘴気の関係の真実を説く。そして、この〈審判〉が何を見定めるためのものだったのかを明かして――顔がみるみる黒く染まるフェイを見下ろした。
『でも、示し続けなきゃ意味がない』
「――はい。僕たちも証明し続けます。ルドガーやエル、ユリウスさんや、フェイのように」
ジュードは胸に拳を当てて宣誓した。その手には、リングにしたネックレス。ミラとの誓いだけでなく、フェイからの小さな祈り。フェイはほんのちょっぴりの優越感にひたった。
『じゃあ、君たちの願いを叶えよう。――――全ての分史世界の消去を!』
オリジンが四本の腕を掲げると、カウンターから凄まじい光が迸り、天で弾けた。
燦々と光が降り注ぐ。
ああ、これでようやく終わったのだ。
「エルさんのことは心配しないでください」
「わたしたちが付いてるから!」
「約束します」『約束するよー』
それなら安心だ。何せここにいる人々は世界統合を成した英雄たちだ。エルの将来は明るい。
「ルドガーのことも心配しないで。これから先は何が起きてもルドガーの味方をするって約束する。今度こそ創るよ、『ルドガーの親友』として在り続けられる世界を」
「ジュード……」
「こいつらが過保護にならないよう、俺も見張っててやるからさ」
「一番、過保護になりそうなくせに」
ミュゼに言われてアルヴィンは苦笑いを浮かべた。
「もうお前は卑怯者ではない。胸を張れ。志を貫いた、勇気ある娘よ」
よかった。終わってしまう前にガイアスに認められて。これでフェイは間違った卑屈さや卑怯さと向き合っていける。それがほんの数秒後に終わる生でも。
「君のおかげで、また使命を果たすことができた。感謝する、フェイリオ・メル・マータ」
フェイは無言で首を縦に振った。あの日堕ちていった〈ミラ〉を、もう悪夢に見ることはないだろう。
「……フェイ。何か欲しいもの、あるか?」
「ほしい、もの?」
「何でもいい。俺とエルにしてほしいこと、ほしいもの、ないか。あったら全力で叶えるから」
「何でもいいの?」
エルもルドガーも半泣きで、それでも力強く笑ってくれた。
だから、フェイも遠慮しないで気持ちを告げた。
「うたって?」
――カナンの地に二つのハミングが流れる。
ルドガーとエル、二人の声を重ねた歌。
証の歌。会いたくてたまらない相手への想いを込めた歌。
クルスニクに伝わる、こころうた。
ヴィクトルは一度もフェイのために歌ってはくれなかった。だから、一度でいいから聴いてみたかった。他でもないフェイだけのために奏でられる、そのメロディを。
しかも今は、未来の父だけでなく、大好きな姉も一緒に歌ってくれている。
何て、幸せ。
『さようなら、人と精霊たち。また会う日が、今日より少しだけ、いい日でありますように』
重厚な音を立ててカウンタードラムが閉じてゆく。ミラもミュゼもすでに去った。その間もルドガーとエルの歌は続く。
999999を示したカウンターが回る。
カウント、000000。オールリセット。
白光が炸裂し、フェイ・メア・オベローンだった因子は粉々に砕け散った。
光が晴れた時、ルドガーとエルの間に横たわっていたフェイは、いなかった。
可能性の中の、もう一人の愛娘。エルがパートナーなら、フェイはルドガーにとってまぎれもない「我が子」だった。守り、慈しむべき娘だった。
「フェイ――」
エルが、今は彼女のものになったフェイの体を両腕で抱きしめる。ルドガーも、成熟した少女となったエルを強く抱いた。
鼓動がある。体温がある。この体をエルが生かす限り、フェイは生きている。
「長い間独りぼっちにしてごめんね、フェイリオ。これからはずっと一緒だよ」
後書き
オリ主の犠牲と共に、審判は終わりを告げました。
ルドガーかエル、どちらかが欠けなければクリアできないストーリーで、両方を生き残らせるにはどうすればいいか。
考えて、考えて、考えて。
これが作者が選択した世界です。
ページ上へ戻る