素直は恥ずかしい
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第一章
第一章
素直は恥ずかしい
「ちょっとそこの君」
「僕のことですか?」
「そうよ、貴方よ」
廊下に棘のある女の子の声が響く。見ればそこには背の高い見るからに気位の高そうな女の子がいた。制服はアイロンがあてられ奇麗なものである。スカートは学校の校則通りの丈で膝が隠れている。ソックスも黒で適度なもの、ワンポイントですらない。その容姿も黒いロングと今時あまりないものである。顔はまあ奇麗な方だ。目鼻立ちは流麗で女優にでもなれるかも知れない。プロポーションもいい。胸も大きく愛想のない制服からもはっきりと浮き出ている。だが非常に残念なことに。どうにも厳しい感じだった。そのせいで彼女はとても付き合いにくい、近寄りにくい印象が漂っていた。
「ちょっと何、それ」
「何って」
「その肩に担いでいるものよ」
彼女は言う。言われている少年は何か女の子みたいな顔をしていて背もこの厳しい女の子と同じ位である。男なら普通といったところであろうか。だが完全に女の子の剣幕に気圧されて小さくなっていた。そんな状況で女の子の言葉を受けていた。その肩にあるものは。
「これ、剣道の防具ですよ」
「それはわかっているわよ」
これ位流石に誰でも知っていることである。剣道の防具袋とそれを担ぐ為の竹刀袋、これを見たことのない者もそうはいないだろう。当然この学校でもそうである。この学校には剣道部があるからだ。この少年は見ればわかる通りその剣道部に所属しているのである。
「けれどね」
「けれど?」
「少し古いんじゃなくて?」
「そうでしょうか」
少年はそれを受けて自分の防具袋を見る。
「別にそうは思わないですけれど」
「古いのよ、ボロボロじゃない」
女の子は無頓着な声の男の子にそう言い返した。
「そんな古いの担いでたら我が校のイメージに悪いでしょ、すぐに何とかしなさい」
「あの、我が校って」
「貴方、私を知らないの?」
キッとして少年を見据える。
「知ってるも何も」
少年は戸惑った声で答えた。グイ、と顔を前に出してきた女の子の勢いに押されて身体を後ろに反らせていた。
「生徒会長さんですよね」
「そうよ、三年C組斉藤若菜」
まずは自分から名乗った。
「知ってるわよね」
「はい、それで風紀委員長で」
「そういうことよ、だから言うのよ」
肩書きを聞くだけで複雑な立場であることがわかった。
「その防具袋、何とかしなさい。いいわね」
「わかりました」
生徒会長兼風紀委員長に言われては仕方がない。彼はそれに頷くことにした。
「わかったらいいわ。それで」
「何ですか?」
「貴方、名前は何ていうの?」
「僕の名前ですか」
「そうよ。見たところ一年の子みたいだけれど」
「ええ、そうですけど」
彼が一年なのは何となく雰囲気からわかることであった。
「一年B組の佐々木健次郎です。部活は」
「あっ、それは言わなくてもわかるわ」
流石に防具袋を持っていてわからない筈もなかった。
「剣道部よね」
「はい」
「じゃあ近いうちに剣道部に確かめに行くから。いいわね」
「あの、わざわざですか?」
「そうよ。当然でしょ」
若菜は相変わらず胸を反らせて言った。
「本当に約束を守っているのかどうかね」
「厳しいんですね」
「風紀委員長は厳しいものなのよ」
眦をきつくしてこう述べてきた。
「それも言わなくてもわかるでしょ」
「はあ」
「わかったならすぐに行動に移しなさい。いいわね」
「わかりました」
こうして健次郎は防具袋を買い換えることになった。二人の廊下でのこのやり取りから数日後。若菜は本当に剣道部にやって来た。
「あれっ、斉藤じゃないか」
背の高い学生が彼女に気付いた。剣道部は丁度体育館の一角で稽古をしていた。そこに来たのである。
「今日そっちはいいのか?」
「ええ、ちょっと生徒会の関連で来たから」
どうやらこの二人は同じ学年で知り合いらしい。やり取りは対等なものであった。
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