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FAIRY TAIL 星と影と……(凍結)

作者:天根
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幽鬼の支配者編
  EP.28 聖十大魔道の力



 世界は未知に満ちている。
 誰も踏み入れた事の無い未踏の秘境に、時間という荒波に消えた数々の歴史……この世界(アースランド)の人間なら誰でもその存在を知り、恩恵を受けている魔法という現象も、その根源は詳しくは分かっていない。

 袋の中に何があるのか――それは袋を開けてみなければ分からない。
 分からないからこそ、人は好奇心と探究心に身を任せて想像する。しかし、何千何万何億通りのその中身に関する仮説を立てた所で、それは推測の域を出ない。



 もし、もしもだ。
 袋の中身が、まったく想像だにしない物だったのなら…………その不安は、きっとこう呼ばれるのだろう。



 恐怖、と。



    =  =  =



「威勢の良さは買いましょう。楽しませてくれた礼です……少し遊んであげましょうか」
「抜かせっ!」

 ニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべて余裕を演じる幽鬼の主に、ワタルは右足を床に強く叩きつける。
 すると、二人より少し前の床が爆発、粉塵を巻き上げてジョゼの視界を遮った。

 “魂威・爆”――――ワタルが右足を踏み鳴らした際に床へ流し込んだ魔力を爆発させたのだ。

「まったく……人の家を壊さないでくださいよ」
「そりゃ失礼!」

 ワタルの掛け声と共に未だ晴れない煙から鎖鎌が現れ、辟易とした風に零すジョゼに向かって襲い掛かる。
 それを追うように、ワタルが粉塵から飛び出し走り込む。

「こんなもの……」

 何の面白みのない攻撃を、ジョゼはつまらなそうに魔力を集めた二本の指で弾く。
 ワタルは弾かれた鎌をキャッチし、右の鎌と合わせて切り掛かった。

「太刀筋は悪くないが、何の捻りも無い。それに……読めてるんですよ!」
「く……!」

 再び指でワタルの斬撃を受け流して彼の体勢を崩したジョゼはとっさに身をかがめる。
 その刹那、ジョゼの背後に現れた、一撃の威力と跳躍力を底上げする効果のある鎧、“黒羽(くれは)の鎧”に換装したエルザの剣閃が空を切った。

 ワタルの陽動に合わせてエルザがジョゼの後ろから奇襲……本来なら役割は逆なのだが、慣れない位置取りとは思えないほどに二人の連携の呼吸は合っていた。
 しかし、ジョゼには通用しない。
 だがエルザも然るもので、動揺を瞬時に消し去って追撃に蹴りを仕掛ける。

「はっ……」
「何!?」
「これもか……クソ!」

 しかし、鎧の効果で威力を増している筈のエルザの蹴りは嘲るようなジョゼに何の苦も無く掌で受け止められてしまい、流石の彼女も驚愕に目を見開く。
 ワタルは完璧なタイミングで仕掛けた奇襲がいとも簡単に破られて悪態をつきながらも、彼女のフォローにと、再び鎖鎌による斬撃を仕掛けた。

「フン……」
「なっ!? ……それなら――!」

 背中を見せているにもかかわらず、空いている方の手でワタルの手首を掴んで攻撃を防ぐジョゼ。
 後手で防がれるとは思っていなかったワタルは呆気にとられるが、それは一瞬だけ。
 掴まれていない方の鎌を手放し、魔力を集中させる。

「“魂威”!!」

 ジョゼの背中に掌底を叩き込み、収束した魔力を打ち込む。



 それは……炸裂した。

「うわああああああああああっ!?」
「な!?」

 だが、苦悶の声を上げたのはジョゼではなく、エルザだった。
 彼女の悲鳴と彼女の足を掴んでいるジョゼの手から見慣れた魔力の紫電が走っている事に、ワタルは一瞬とはいえ思考を停止させてしまう。

 当然、その隙をジョゼが見逃すはずがない。

「ほら、返しますよ!」
「ぐ……!」

 ジョゼは片腕で軽々とエルザを投げ飛ばし、呆然としていたワタルは彼女を受け止めきれず、勢いに負けて吹き飛ばされてしまう。

「こいつはおまけです」

 更に大きな隙を作った二人に対し、ジョゼは一瞬で膨大な魔力を集束して魔法弾を形成、まともに喰らえば一撃で意識を飛ばされそうなそれを投げつけた。

「(どうしてエルザに……? いや、それよりも……)クソ……!」

 よほどショックだったのか、ワタルは対処が遅れてしまう。
 だがそれでもとっさにエルザの身体を引き寄せて彼女と場所を入れ替え、魔砲弾に対する盾になった。

「ぐぅ……!」

 そして被弾。
 ワタルの呻きをかき消すように、意識が飛びそうになる衝撃と轟音が空間を包み、粉塵が舞い上がって簡易的な煙幕になる。

「ほっほう……よくあの一瞬で魔力の膜を形成できたものだ」

 感心の言葉と共に、ワンダフルとばかりに、パチパチパチと拍手をするジョゼ。
 そして煙幕が晴れ……

「まあ、無傷とはいかなかったみたいですがね」
「……よく喋るな……。大丈夫か、エルザ?」

 膝をつき、魔力弾が直撃した右腕を抑えながらも、ジョゼを睨んでいるワタルの姿が露わになった。
 咄嗟に形成した魔力の膜が功を奏したのか、右袖が破れて二の腕に刻んでいる黒いギルドマークが露出し、流れる血がそれを赤く染めているが、それ以外に大きな怪我は無い。

「これくらい、平気だ。ッ……ほらな」
「……そうか……」

 背後のエルザに声を掛けてみると、掴まれていた足に魔力の残滓が放電のように残っているが、意識ははっきりしている。
 激痛が走っているだろうに、気丈に立ち上がって見せた彼女に、ワタルはとりあえず安堵した。

 だが先程の現象は、二人に大きなショックを残していた。

「しかし、どういう事だ? どうして……」
「まさか……」

 余裕としか思えない――実際そうなのだろうが――ジョゼの態度に、エルザは痛みと疲労の色が濃い表情を歪めながら疑問を口にする。
 その対象は言うまでも無く、“魂威”を喰らっておきながら無傷のジョゼだ。

 自分の属性と同じ魔法や現象を食して己の力とする滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)という極めて特殊な事例を除き、魔導士の魔力の器というものは複数の魔力を受け入れる事は原則的に不可能である。
 彼らのように特別強い器を持たない魔導士がその禁を破れば、拒絶反応で身体を壊してしまう。流れ込む魔力が強ければ、致命的になってもおかしくない。
 “魂威”とは、その拒絶反応を利用して損害を与えるために編み出された技術なのだ。どんなに屈強な魔導士でも、それが魔導士であれば無傷はあり得ない。

 にもかかわらず、嘲りの笑みを隠そうとせず、悠然とたたずむジョゼにダメージは見られない。
 ギルダーツのように膨大な魔力量に任せて強引に防御した、という訳でもないようで、エルザは困惑していた。
 一方でワタルの方は脳裏にある仮説が浮かんでいたが……

「一つ、講釈を――――」
「お前、俺の魔力と波長を合わせて“魂威”を受け流したな?」
「……年長者の話は聞く者ですよ、“黒き閃光”」

 苦い表情で話を先取りしたワタルに、ジョゼは不快気だ。
 そんな彼に構わず、エルザは驚愕に目を見開いた。

「そんな事、可能なのか!?」
「最初の魔法で、彼の魔力の波長は大体把握しましたからね。純粋な魔力を打ち込むなら、把握も容易い」

 『最初の魔法』とは煙幕を作るために行った“魂威・爆”の事だ。
 たったそれだけで、ジョゼはワタルの魔力の波長を掌握したと、事も無げに言う。

 後は合わせるだけ、まるで赤子の手を捻るかのようなものだ、と嘯くジョゼに対するエルザの驚愕は至極もっともだ。
 迫りくる魔力に対して周波数を合わせ、歯車のように通り道となるなど、“合体魔法(ユニゾンレイド)”レベルのシンクロが必要になってくる。もはや、『不可能ではない』というレベルの技術だ。
 しかも、魔力が激しく交差する戦闘中という状況において、逐一自分の魔力を操作して受け流すなど、およそ現実的な対策ではない。
 躱した方がよっぽど早いし確実だ。


 間違っても、『合わせるだけ』などという簡単な事ではない。


「可か不可かは重要じゃない。実際に目の前でやられたら、信じない訳にはいかないだろう」

 とんでもなく高いジョゼの技術を見せつけられて苦虫を噛み潰したような表情をしながら、ワタルは立ち上がるが……

「(クソ、なんて魔導士だ……)」

 内心を占めるのはジョゼの力量と技術に対する戦慄だった。
 その手に持っている鎖鎌の鎖が絶え間なく立てている、カタカタという消え入りそうな金属音が、彼が理解した事への震撼を如実に表現している。

 その原因には、もちろん先程の事もあるが……別のものへの戦慄も含まれていた。

 通常、この世界(アースランド)の魔法は魔導士の体内の魔力の素である微粒子――エーテルナノの活性化によって発動される。
 ワタルはその特異的な体質から、エーテルナノの活性反応を感知する事ができ、それによって先読みを可能とするのだが……今回はそれが無かった。

 いや、まったくのゼロという訳では無い。
 活性化から発動までが、普通ならあり得ないほどに短かったのだ。

 ある程度の修練と習熟によってラグを短くすることはもちろん可能だが、それを反応できないまでに短くされた魔法は、優秀な魔導士が多く集まる聖十の試験でも見たことが無かった。

「(同じ聖十の“岩鉄”のジュラさんよりも短縮化されたラグ……これが、マスターと同じ力量を持つとされたマスター・ジョゼの力か)」

 自分はもちろん、蛇姫の鱗(ラミアスケイル)の聖十大魔道、ジュラ・ネェキスでさえも比べ物にならないほど洗練された魔法と、膨大な魔力。
 高い感受性を持つワタルには、決して動かず、ただそこに悠然とたたずむ山が敵意をもって自分を見下ろしているかのように思えた。



 敵の力量と技術は自分とは比べ物にならない。それこそ雲の上の存在に挑むようなものだ。
 ならば…………敵わないと諦めるのか?



「そりゃ有り得ねえだろ……!」

 後ろには帰りたい場所がある。隣には『力になりたい』と言ってくれた愛しい女がいる。
 そして、それらを脅かす敵が目の前で嗤っている。

『ならば、ここで退くのは有りえない』

 そう決意すると、ワタルは目を閉じ集中し始めた。

「有り得ない、ですか。まあ、余りの力の差にそう言いたくなる気持ちも分かりますが……駄目ですよ、認めなくちゃ」

 これが現実です。
 漏らした言葉と彼の瞑目を諦念と捉えたのか、歓喜の笑みを強くしてジョゼはそう言った。

 ルーシィの拉致失敗に始まり、魔導集束砲“ジュピター”の防御、“煉獄砕破(アビスブレイク)”の阻止――――計画の要所要所を悉く妨害してきたワタルが膝をつき、怖気ついている……ジョゼにはこの上なく快感だった。
 痛快そうに嗤うと、ジョゼは再び手に魔力を溜め始めた。

「これが聖十の魔導士――――貴様等など足元にも及ばない、住んでいる世界すら違う魔導士の力だ! 己の無力を嘆きながら、絶望のうちに死ぬがいい!!」

 そして解き放つ。

「ワタル、退け……え?」

 迫りくる、人を殺して余りあるほどの魔力に対し、エルザはワタルの前に出て“金剛の鎧”に換装、防御しようとしたが……その彼に、もっと後ろへと突き飛ばされた。

「ワタ、ル……?」

 一瞬が何倍にも引き伸ばされた時間の中、ジョゼの膨大な魔力の光が影を作ってよく見えないが……エルザには彼が笑っているように見えた。

「(私を助けるために? 私だけでも、って……?)」

 亡霊の叫びに飲み込まれようとしている彼の名を、エルザは絶叫した。



    =  =  =



 マカロフのいない今、ワタルとエルザは妖精の尻尾(フェアリーテイル)の柱的存在だ。
 旗印の片割れである彼を屠れば、未だ抵抗を続ける妖精たちはどんな絶望に暮れるだろうか。
 そして、間に合わない、届かないと知りながらも必死に手を伸ばして彼の名前を叫んでいる他方の片割れ――エルザは彼の屍を前にどんなふうに嘆くのだろうか。

 自分の力がワタルを殺し、エルザが絶望に泣き叫び、家と旗頭を一挙に失った妖精の尻尾(フェアリーテイル)が地に落ちる――――それを想像するだけで、勃起するほどに興奮と射精時にも似た快感がジョゼの全身を駆け抜けた。
 しかし……



「洒落臭ぇ!!」



 ジョゼが戦意喪失していたと思い込んでいたワタルを飲み込まんばかりに迫っていた魔力は、彼の威勢のいい叫びと共に振るわれた腕とまばゆい光とともに霧散した。

「は……?」

 より強い魔力で力任せに押し潰したのではない……ジョゼの魔法を根本から消滅させたのだ。
 『魔』を断つ『魔』――――その存在は海千山千のジョゼといえど予想外だったのか、太陽を直視してしまったかのように腕で顔を庇って目を細めながらも、呆然と驚愕を零した。

「ワタル! でもなんて事を……そんな状態でそんなもの使ったら……!」

 突き飛ばされたエルザは起き上がりながらも、彼の無事に喜色と安堵を浮かべて顔を緩ませたが、すぐに焦りの表情を浮かべた。

 エルザの知るそれ(・・)は魔力の消費が激しいなんてものではない。
 土壇場で“合体魔法”を使っての魔導集束砲からの防御、暴走するミラジェーンの“悪魔の魂(サタンソウル)”との激闘と鎮静化――――どれも、彼の魔力を大きく消耗させたのは疑いも無い。
 そんな状態でそれ(・・)を使えば、そう長くない時間で残る魔力を全て一気に使い切ってしまい、命に関わるほど重大な急性魔力欠乏症に陥ってしまう事は目に見えていた。



 それでも、ワタルはそれ(・・)を使った。



 ジョゼの魔法発動のラグはゼロに近い。よって感知はほとんど役に立たない。
 それに己の最も信頼できる武器、“魂威”も通用しない。


 自分の二つの武器がジョゼにはまったく通用しない――――だからどうした。

「今は退くべき時じゃねェだろうが」

 振り返り、慌てた表情で走り寄るエルザに笑いかける。

「戦うぞ、エルザ。とりあえず、あの喜色悪いニヤケ面に……一泡吹かせてやる!」
「ッ、……ああ、分かったよ。それがお前の意志ならば……私も応えるだけだ!」

 優しい笑みとは違う、大胆で不敵な笑みを浮かべるワタルに、エルザは内心の焦燥をねじ伏せた。
 退けば、今も必死に抵抗を続けている仲間たちや帰るべき場所までもが失われてしまう――――彼の目がそう物語っていたからだ。

「どんな手品を使ったのか知らないが、勇ましく、気丈で美しい……そうでなくては私自ら手を下す甲斐が無いというものだ!!」

 見るものを委縮させるほど凶悪で凶暴な笑みを浮かべ、再び膨大な魔力をまき散らすジョゼ。

「ったく、気持ち悪いんだよ……!」

 まるで腐った卵の匂いのように醜悪な魔力を感じ、込み上げる吐き気を抑えながら、ワタルは急激に抜けていく力と薄れる意識を必死に繋ぎ止め、光を制御し集束する。
 すると、鎌の部分に集まった魔力は、三日月を模した淡い白に輝く刃を形成した。
 元の鎌の数倍の大きさの光を宿した巨大な刃、その名は――――



「“魔女狩り”……勝負は此処からだ。行くぞ、ジョゼ!!」



  =  =  =



 戦闘開始の当初は、エルザが奇襲、ワタルが陽動の役割で戦っていた。
 今は戦術とポジションを入れ変え、足を負傷したエルザは“天輪の鎧”に換装している。
 彼女の援護を背に、ワタルは鎌の部分に光り輝く刃を纏わせた鎖鎌で果敢に切り掛かった。

「はあっ!」
「フン、鈍いな……」

 しかし、明らかに精彩を欠いていた刃はジョゼの左腕に纏われた魔力によって受け止められてしまう。

「さぁ、吹き飛べ!」
「うわっ!?」

 ジョゼの右腕を払う動作と共にワタルが立っていた床が爆発。
 なんとか間一髪で他方の鎌の“魔女狩り”で魔法を無効化する事に成功するも、衝撃までは消せずにワタルの身体はエルザの方に弾き飛ばされてしまう。

「纏めて消え――――チッ」

 二人もろとも攻撃しようと、溜めた魔力を打ち出そうとしたジョゼだったが、舌打ちと共に中断、その場から飛び退いた。

「ええい、何度も鬱陶しい真似を……」
「やらせないぞ、ジョゼ!」

 彼が今の今まで立っていた所には、魔法剣が何本も剣山のように刺さっていた。
 忌々しげに吐き捨てたジョゼはその原因――エルザを睨んだ。

 “天輪の鎧”を纏った彼女の的確なタイミングで降り注ぐ遠距離攻撃――といっても、魔法剣を浮遊させ、突撃させるだけの単純なものだが――は、時にジョゼの攻撃を妨害してワタルを守り、時に彼の攻撃に起点になっていた。
 自分が相手でなかったら、もう打ち倒されているだろう――客観的にそう断言できるほど、二人の連携は高度なものだったのだ。

「エルザ!」
「! ……ああ!」

 アイコンタクトと共に短く呼ぶワタルにエルザは頷くと、その体を魔力光で覆った。
 光が止むと、全身を黄色の鎧に身を包んだ彼女が姿を現す。
 投擲力を向上させる“巨人の鎧”だ。

 彼女は飛んできたワタルの片足を掴むと……

「はあああああああああああああああああああぁぁああっ!!」
「おおおらああああああああああああああああぁぁああっ!!」
「なっ!?」

 負傷していない方の足を軸に一回転し、ワタルの身体をジョゼ目掛けて力一杯に投げ飛ばした。

 鎧の効果で上昇した投擲力に加えて、ジョゼが起こした爆発の勢い、それに遠心力をも利用しての投擲のスピードは凄まじいの一言に尽きた。
 予想外の戦法も合わさって、ジョゼは驚くが……

「“(バツ)文字狩り”!!」
「く……なんと滅茶苦茶な……!」

 ワタルがまばゆい光を纏った左右の鎌を交差させて、文字通りXの字を描くように斬撃を放つと、ジョゼは危ういところで後ろに飛び退き、冷や汗と共に悪態をつく。

「これも、ダメ、か……」

 荒い息を吐きながら、意表をついても手傷を負わせられない事に悔しげな表情になるワタル。
 ジョゼとの戦闘が始まった時と比べると、深手は負っていないものの、すり傷や火傷、打撲など細かい傷ができている。全身がボロボロで、服も所々赤く染まっている事からも、ダメージが全身に溜まっている事が分かるだろう。
 だが、その全てがかすり傷であり、彼の戦意を折るには至っていない。

 しかし、重大なのは魔力の消費具合だった。
 魔力消費の大きい“魔女狩り”を発動してから、ますます疲労が濃くなっているのだ。



    =  =  =



「(おかしい……明らかに変だ)」

 “魔女狩り”の維持を解除して、膝に手をついて呼吸を乱しているワタルの傍に足を引きずりながら駆け寄ったエルザはある疑問を抱かざるを得なかった。

「(確かに“魔女狩り”の魔力消費は大きい。でも、幾ら元から消耗していたからといって、こんなに早く限界が来るほどじゃなかったはず……いったい何故?)」

 額に浮かんでいる滝のような汗と荒い呼吸は、彼の消耗具合が嘘でも幻でもない事をエルザに教えている。
 深手を負っている訳では無い、という事は、共にジョゼと戦って彼の様子を間近で見ていた事からも確かだ。
 一番大きな怪我は、この場に来る前――おそらくミラジェーンとの戦いで出来たものだろうが……それだって、戦闘に支障が出るほど大きなものではない。


 にもかかわらず……怪我の具合とは釣り合わないほどに、彼は消耗してしまっている。


 それが何故かは分からないが……今はそんな事をゆっくりと考えている暇はない。
 エルザは半分命令するように、辛そうに息をついている彼に声を掛けた。

「……やっぱりお前は下がれ、私が前に出る」
「その足じゃ……。俺は、平気、だ……まだ、やれ、る……」
「でも―――――」



    =  =  =



「(ええい、忌々しい小僧どもだ)」

 言い合いをするように二人が話し合っている間に体勢を整えたジョゼは、まともとは言えない戦法で、一瞬とはいえ冷や汗と悪寒を感じさせたワタルに強い憤怒を抱いていたが……同時に彼の冷静な部分が、自他ともに認める彼の優秀な頭脳を回して考察をしていた。

「(やはり、小僧のあの光は『退魔の光』で間違いないですね)」

 光が発現してからの幾合か打ち合いの中、ジョゼは観察に徹していた。
 それでも傷を負っていないのだから、対峙している二人の精神的勤労も凄まじい事になっている。

「(『退魔の光』……確か、東方の魔法を記した古い文献に名を残していた、魔を滅し邪悪を祓う光、でしたね。それにヤツが“魂威”と呼んでいるものは、純粋な魔力を打ち込み、体内でエーテルナノの拒絶反応を起こさせる技術か……)」

 どちらも魔導士の天敵と言っていい。
 “魔女狩り”の光を見た時、『触れてはいけない』と感じたのはこれか、とジョゼは納得しながら考察を続ける。

「(まるで、対魔導士に特化……いや、それどころか魔導士を殺すための存在といってもいいですね……ん?)」

 そこまで思い至った時、ジョゼはなぜか既視感を覚え、内心で首を捻った。
 どこかでそんな存在を見た事が、或いは聞いたことが無かっただろうか――――

「まさか、貴様は…………」

 その答えに至り、ジョゼがワタルを見て口を開いたその矢先……巨人全体がまるで嵐の真っただ中の船のように揺れたかと思うと、主にジョゼの魔法の余波によって凄惨な有様になっていた大広間の壁に亀裂が走った。



 そして、大広間……いや、巨人全体が、衝撃と轟音と共に真っ二つに割れて崩れ落ちる。中心に位置していた大広間も真っ二つだ。
 同時に上階で絶え間なく響いていた爆音と轟音が止み、元・大広間に静寂が満ちた。



「ナツだな」
「ああ、奴だな」

 戦闘の余波でこんなに滅茶苦茶に壊すのは、妖精の尻尾(フェアリーテイル)一の問題児以外に有り得ない、とばかりにワタルとエルザが間髪入れずに口を開く。
 二人の表情は、信頼している初めての後輩魔導士が勝利した事に対する歓喜で満ちていたのだが……

「ククク……よく暴れまわるドラゴンだ……ククク……」

 滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)同士の争いに自軍のガジルが敗北したというのに、ジョゼは失望も焦燥、それどころか怒りすらも見せず、ただ笑っている。
 その事に若干の薄気味悪さを感じながらも、再び“黒羽(くれは)の鎧”に換装したエルザは疲労の色が濃いワタルの前に出て切っ先をジョゼに向ける。

「おい、エルザ……」
「いいから下がってろ。ナツの戦闘力を甘く見ていたみたいだな。私と同等以上の力を持っている、という事だ」
「謙遜はよしたまえ、“妖精女王(ティターニア)”。君の魔力には素晴らしいものがある。この私と戦い、ここまで持ちこたえて見せた魔導士は君たちが初めてだ。それに……」

 そこで言葉を切ると、ジョゼは掌に一つの魔力弾を精製し、エルザに向けて投げつけた。

「こんなもの……ッ!?」

 速いには速いが、これまでの攻撃と比べれば遅いと言える速度だったため、エルザにはどうという事も無く、魔法剣で叩き落とそうとしたのだが……

「誘導式!? しまった……!」

 ジョゼが腕を動かすと、魔法弾は風にあおられる木の葉のようにエルザの剣の悉くを躱して浮遊し続け、彼女の後ろで動けずにいるワタルの左半身に直撃した。

「ガッ……!」
「ワタル!」

 彼自身にも原因の分からない消耗と疲労で動けないワタルはまともに喰らってしまい、爆圧で吹っ飛ばされてしまう。

「おやおや、辛そうですね。大丈夫ですか、“黒き閃光(ブラック・グリント)”? いや……」
「ぐ、ぅ……」
「大丈夫か!?」

 痛みに呻きながらも、エルザに支えられつつよろよろと立ちあがったワタルの左袖は破れていた。

 普段、癖のように握りしめている彼の左の二の腕には――――



「この世に多くの闇をばら撒いた義賊気取りの人殺し集団。世界で最も愚かで汚らわしい一族…………『星族』の末裔、と言った方がよろしいかな?」



 星形の入れ墨……ただの星なのに、見る者になぜか奴隷の焼印のような閉塞感と不快感を抱かせる証がそこに刻まれていた。


 
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