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白鳥の恋

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第五章


第五章

 その二人を中心としてのリハーサルも進む。リハーサルが終わると皆疲れ果てていた。しかし二人だけは別であった。
「それでですね」
「はい」
 すぐに二人で舞台についての話になるのだった。
「ここはこうした方がいいですね」
「そうですね。その方がエルザに相応しいと思います」
 肩を寄せ合い話し合う。朝から夜までそうして二人で話し合いお互いの役を作っていった。何時しか二人はそのままローエングリンとエルザになっていた。周りはそのことにも気付くのだった。彼等は言う。
「仲がよくなるのはいいことだけれどな」
「けれどな」
 ここで否定の言葉が加わるのは仕方がなかった。何故ならローエングリンだからである。
「ローエングリンは結ばれない恋だからな」
「実際の二人は別だろうな」
 そう考えるのだがそれでも二人はいつも一緒にいる。話すのは舞台のことだけだがそれでも一緒にいることには変わりない。だから周りも気にするのであった。
「くっつかないか」
「役と一緒ならな。そうなるよな」
「そうか」
 それを聞いて残念に思う者もいた。それを声にも出す。
「それは残念だな」
「けれどそうなるだろ、やっぱり」
 ローエングリンはエルザに己の名を聞くなと告げる。しかし彼を憎む者達に唆されたエルザはそれを聞く。そうして彼からローエングリンという名と別れを告げられた彼女は悲嘆のあまり息絶えてしまう。それがローエングリンの結末なのである。
「ローエングリンそのままならな」
「あの二人はそのまま舞台の二人なのか」
「さてな」
 こう言われるとはっきり答えられる者はいなかった。完全にそうなっているかどうかはそれこそ二人に言わせれば不充分ということになるとわかっているからだ。 
 今の二人には周りの声は入らない。しかし舞台から離れても話すのはローエングリンのことばかりで。そこには恋の話も当然ながら混ざるのであった。
「ローエングリンは愛を望んでいたのではないでしょうか」
 バイロイトのレストラン。今そこで二人は食事を採っていた。クラシックで落ち着いた雰囲気の店の中でドイツ風のジャガイモ料理と肉料理、それにワインを口に入れながらの話であった。見ればアーダベルトもエリザベータも同じメニューを頼んで食べていた。
「愛をですか」
「私はこう思うのです」
 こうエリザベータに答えるのであった。
「だからこそ別れを惜しんでいた。違うでしょうか」
「確かにそうですね」
 そしてそれにエリザベータも頷くのであった。同意であったのだ。
「あの時ローエングリンは心から別れを悲しんでいた」
「そうです」
 エリザベータのその言葉に頷く。
「悲しんでいた、愛していたのはエルザだけではないのです」
「二人は共に」
「だから。私は思うのです」
 これはアーダベルトの心からの言葉であった。
「二人が結ばれれば。よかったのにと」
「ですが結ばれる運命にはなかった」
 それがこのローエングリンの悲しみの理由なのだ。ローエングリンは他の世界、聖杯の城モンサルヴァートから来た異邦人でありエルザのいる人の世界、ブラバントにはいない。だから二人は結ばれる筈がなかったのだ。しかしこの世界に今いるローエングリンとエルザはどうなのか。
「二人が同じ世界にいれば」
「結ばれましたね」
「はい、きっと」
 アーダベルトは言うのだった。言葉と共にふとあることに気付いた。
「そういえば」
「どうされましたか?」
「今の私達は同じ世界にいますね」
 気付いたのはそこであった。
「同じ世界に」
「ローエングリンの世界に」
「そうです」
 彼女の今の言葉に頷いた。
「同じ世界にいます。それはローエングリンの世界でありながら」
「この世界でもある」
「こう言うと何かよくわかりませんね」
 自分でそれをあえて言う。確かにそれはあい矛盾するものであった。
「ですがそうだと思います。この世界は一つではなく複数の世界が重なり合っているのではないでしょうか」
「複数の世界がですか」
「ですから」
 彼はまた言った。ワインを一口含んでから。
「あの世界では決して二人は結ばれませんね」
「はい」
 これはもうわかっていることだ。モンサルヴァート、つまりこの世界ではない場所から来た異邦人であるローエングリンがブラバント、こちらの世界にいるエルザと結ばれる筈がないのだ。しかしである。運命はそうであっても心はどうなのか。それが問題なのであった。
「ですが心は」
「心はどうなのでしょうか」
 エリザベートはアーダベルトの話に入り込んでいた。身こそ乗り出してはいないがそれでも話に入り込んでいるのは事実であった。
「心は結ばれていました」
 アーダベルトの答えは決まっていた。
「心は」
「それでしたらその心が結ばれた二人であることが大事なのですね」
 この時エリザベータは自分の言葉はローエングリンの世界だけでのことだと考えていた。しかしそれは違っていた。だがそれには自分では気付いていないだけであった。
「ローエングリンは」
「そうです。結ばれていたとしても離れなければならない」
 話はそこであった。
「その悲しみがあの作品のテーマの一つです」
「まさにロマン主義ですね」
 そこまで話を聞いてそれを感じるのだった。
「ローエングリンというのは」
「そう思います。ですから私も」
 アーダベルトは今度はエリザベータのその言葉に応えた。
 
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