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戦国†恋姫~黒衣の人間宿神~

作者:黒鐡
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二十二章
  下山城×長尾勢行軍中

「行っちゃったか。それより典厩様。今日は光璃様の良人殿の妾殿と、このような辺境にどのようなご用件で?」

「兄上が二人に挨拶をしやがりたいそうですが、代わりに兄上の妻が」

「ほほぅ」

「ふぇぇ・・・・?」

「そちらには正体は見抜かれてませんと思いますが、こちらは見抜いておりましたよ。それに改めて挨拶がしたいと言ったのは本当です。あ、挨拶が遅れましたが私の名前は沙紀と申します。隊長、織斑一真の妻の一人でここでいうなら側室です」

「側室!こちらでは全然掴んでいない情報だよ」

「それはそうでやがる。普段は上空にある船にいると言うでやがるから」

「船?今日は聞き慣れない言葉が多いねぇ。側室にドウターに織斑一真の正体も」

「一二三も名乗るでやがる」

「そうですな。我が名は武藤喜兵衛一二三。下山城代を務めておりまする。気安く一二三とお呼びくだされ。そしてこちらが・・・・」

「山本勘助湖衣晴幸、と申します」

「で、こちらが・・・・」

「ええと、本多平八郎殿と、榊原小平太殿ですね。春日山での見事な手際、拝見させていただきました」

「・・・・それも知ってるです?」

「私の手際というと、空様をお助けした時の?」

「はい。その後の春日山攻めの撤収の見極めも」

「それは・・・・ありがとうございます」

「一二三だけではなくて、湖衣も来ていた事は知っていました」

「は、はぁぁ・・・・」

春日山攻めや歌夜が本隊側に戻った所も知っているとは。ですが、こちらの情報は一切なさそうですね。

「して、良人殿の側室は我らの顔を見たいという事は、早速、新しい愛妾候補でも見に来たのですかな?」

「いえ。単に下山にいる者はどういう者たちかというので、見てきただけです」

「それで一真様は気になったわけですか。それより一真様は?」

「もう少ししたらこちらに戻ってくるということです。今回は長期戦だったので」

「そういえば、一真様が行ったときは昨夜でしたね。お疲れですね」

「そういうことです」

それに武藤喜兵衛って確か真田昌幸だったはずですね。武藤家の養子と聞いていましたし。山本勘助については不明なところが多いですが、松葉が言ってた通り甲斐の片目とはこの事だったのですね。

「なんですかな。私の事をじっと見て」

「いえ。武藤喜兵衛という名前をどこかで聞いた覚えがありましてね。あとはそちらの湖衣とは仲が良さそうで」

「なるほど。湖衣とは付き合いが長いからね。・・・・それにしても典厩様。此度の急なお越し、新たなお屋形様のお披露目というだけではないのでしょう?」

「相変わらず聡い奴でやがりますなー」

「聡くなければ生きて行けなかったのが我が家ですから。・・・・して、理由は?」

「下山から駿府までの地図の進捗を確かめるように、姉上から言われたでやがりますよ。どうでやがりますか?」

「既に出来ております・・・・と言いたいが、細かい所はまだ半分ほどです。清見関あたりを越えると厳しい」

「なるほどでやがりますな・・・・」

「しかし、いよいよという訳であれば、急がねばなりませんね・・・・して、大義は?」

「今兄上が、色々と策を講じてやがりますよ」

「ふむ?」

「一二三ちゃん・・・・」

「・・・・そうだね。いつまでもこうしてこのような場所で立ち話も何です。ひとまず、下山にでも行きましょうか」

それだけ言うと、一二三は湖衣を引き連れるようにして荒れた道を歩き出した。

「あれ?二人とも、馬はないですか?」

「ないよ。もともと鬼の群れを追って山中を駆けてきただけだからね」

なるほど。諜報としては腕もいいし、足もという訳ですか。

「なら、夕霧たちの後ろに乗っていくでやがりますよ」

「では甘えさせて頂きましょうか。そうだ、湖衣は側室殿の後ろに乗せてもらうといい」

「はい・・・・・」

「では典厩様。お願い致します」

「かしこまったでやがる!沙紀さん、綾那、歌夜!」

「あっ、待つですよっ!」

「もぅ、二人とも・・・・!」

「捕まっていてくださいね」

と言って沙紀の後ろに乗った湖衣。そして全速力で夕霧に追いつこうとした。まあゼロの本気は夕霧さえ振り払うことが出来るくらいの速さだったのか、夕霧も本気を出して来ましたけど。そしてすぐに減速して同じスピードにしましたが。そして下山城に着いたのは夕方でした。

「そんなわけで、駿府屋形の軒を借りた母上が、いつの間にやら母屋を乗っ取りやがったわけです・・・・」

「ふむ・・・・」

「やはり・・・・そうだったのですね」

私たちが着いたあとに、駿府屋形の異変について語っていました。

「やはりと言いやがるのは、一二三たちも知ってやがったでやがりますか?」

「まさか。鬼のやつらもなかなか狡猾にて、諜報もうまくいっていませんでしたから・・・・これは完全に推測です」

「東海一の弓取りと謳われた義元公ならいざしらず・・・・家を継いだばかりの氏真公が、果たしてそこまで鬼を使いこなせるものかとは、常々疑問に思っていましたから」

「・・・・それが確信に変わったのは、春日山で氏真公にお目に掛かったときでしたがね」

「やはりですか。鞠さんの蹴鞠興行を見ていたのですね」

話によりますと、隊長のも大好評ではありましたが、鞠さんの蹴鞠も大好評だと聞いています。全部のお客さんについても、隊長たちは把握していませんでしたが、我々は空から見ていましたからね。それなりに把握はしていました。二人がごく自然に野武士の振る舞いをしていても、こちらは気付くでしょう。

「綾那さんのお猿の格好も、凄く良かったです」

「おおーっ!やっぱりお猿、大好評だったです!沙紀さんは知っていたです?」

「ええまあ。だいたいは把握しておりますよ」

「小波があの衣装をまだ持っていたら、後でやってあげるのですよ!」

「流石にこんな所までは持っていないでしょう・・・・」

「(持っておりますが)」

「(そうですか。綾那には悪いですが、持っていない事にしておいてください)」

「(はぁ・・・・)」

なぜこのようなときに持っているのでしょうか。というより貴重な句伝無量をこんなボケで使わないでほしいですね。

「ただ、分からないのは駿府屋形から逃走した氏真公が、なぜ良人殿と共に居るか、っていう事だ」

「それこそは縁ではと思いますが」

「ふむ・・・・縁や偶然というには出来すぎている気もするが・・・・良人殿はいったい何者なのかな?」

「何者ですか。織斑一真であり、全てを創ったと言われている創造神と言ったら分かりますでしょ。それに私の夫でもありますから」

「日の本に渦巻く鬼の災厄と歴史の流れ。その全てが一真様の来訪に重なるように始まり、そして一真様に集約されている気がします。創造神というのはホントだったようですね」

「集約ですか・・・・」

それは光璃様も言ってましたね。隊長が発端で、同時に終端であると。それは私たちで言えば、外史の始まりと終幕と言った感じですね。それにこの外史の終幕は決まったも同然ですし。

「私もそう思いますし、実際神様なわけなのですから特別な存在というのは決定事項なのでしょう」

「綾那もそう思うです」

「であればそう思いたいですな。それより皆様方は、下山にお泊りということで宜しいのですかな?」

というふうに城の中に通された私たち。隊長はもうお疲れのようで、今夜は船で寝るそうです。なので、私は今夜と明日はこのままいることになりました。それにしても今回のドウター戦は待機が長かったと思ったらゲートが何回か出現して1万体出てきての戦闘開始。そして私たちが進んでいくと、倒したと思ったらゲートが出現という感じだったと聞きます。

「では、こちらへどうぞ」

旅の装いと解いた皆さんと一緒に一二三の案内でやってきたのは下山城の一室でした。

「で、下山近辺の様子はどうでやがります?」

「どうもこうも。相変わらず散発的に鬼どもが現れては、それを退治しているだけ・・・・というのが現状ですよ」

話題は場所を変えても、そのままでしたけど。下山にその先の駿府に関する情報が中心になっていますが、その情報は劣化した情報のようですね。

「明日以降は地図作りに力を傾けることになりますが、恐らくは駿府よりも安全な、山側から俯瞰したものを作るのがせいぜいでしょう」

「ふむぅ・・・・面倒でやがりますなぁ」

「殊に最近は、鬼の動きも賢くなってきているからね」

「変化?」

「まとまってきた、というのかな。今まではてんでバラバラな動きだったのが、統率が取れてきたように思えるんだよ」

「・・・・なるほど」

「おかげで、下山に戻ってすぐの戦いでは、典厩様達にもご迷惑を掛け申した」

そういうことですか。隊長たちが海津に寄ったときには、湖衣たちは引き上げた後だったと。偵察に来てた一二三も同行という事ですか。

「まあ、あれは春日たちの気も引き締まったようでやがりますから、構わんでやがります。・・・・知らせも早かったおかげで、被害もなかったでやがりますしな。ですが、春日達の話でも、あの包囲を抜けてきた鬼達は、いつもと変わらないようでやがりましたよ。ただ強化された鬼であったと聞いたでやがりますが」

「ええ。末端の鬼は相も変わらず愚鈍なままですが、その時の鬼が強化した鬼というのは聞いていませんな。今問題なのは・・・・」

「上に知恵のある指揮官が付いた、ということですか」

「まさしく。今までは烏合の衆でしかなかった鬼どもの上に、組頭が付き、兵として動くようになった・・・・という感じだね」

「となると・・・・・」

「組頭がついたとなると、物頭、そして侍大将役を担う鬼が出現するのも時間の問題ですね」

「越前と同じく、組織化されてきていますね」

「武田にとっても良くない卦だけれど、かといって大恩ある今川相手には大義がなければ動けない。そして・・・・大義を手に入れるためには、北を刺激するしかない、か」

「・・・・越後ですか」

隊長や鞠さんを手に入れるためには・・・・ということでしょうけど。

「痛し痒しでやがりますよ」

「まぁ、そこも解決しそうだけれど」

「今はいない一真様のお力なのです!」

「そう。長尾と武田のお屋形様を恋人にした、天下御免の妾状を持つ男・・・・織斑一真の存在が、長尾と武田の確執も一挙に解決!・・・・となれば良いんだけど」

「なればよろしいのですが。・・・・光璃様と美空様の確執は夕霧にも聞きましたけど、それは果たしてどうなるか、というところですね」

「そこは一真様の手腕に期待しよう」

「まあ隊長なら、何とかしますでしょ」

一方一真隊の者たちは。

「くひゅっ!」

「どうした、幽。風邪か?」

「はてさて。一褒め二腐しと申しますからな、おおかた一真様あたりが、それがしがどなたやらの我が儘に振り回されておらぬか案じてくださっているのではないかと」

「ふふん。主様ならば、まずは余が幽にいじめられておらんか案じてくれるであろうて」

「失敬な。それがしが主をいじめよるなど、そんな畏れ多い事をするはずがないでしょうに・・・・」

「ぬかせ」

戻って下山ではまだ話し込んでいた。

「いずれにしても、越前の二の舞になる前には何とかしたい所だね。退き口は金ヶ崎だけで十分だ」

「・・・・越前の事、知っているです?」

「うちは先代から草の真似事が得意な家でね。今も吾妻衆を仕切ってる関係上、情報が入ってきやすいんだ」

「吾妻衆といえば、武田の草衆の一つですね。三つ者や歩き巫女と違い、小波も実体がよく分かっていない様子でしたか」

「その一つの頭目でもあるのですよね。一二三さんは何者です?」

「ふふっ。見ての通りの者だよ」

「ではそう言う事にしておきますか。・・・・真田昌幸さん」

「・・・・どこでその名前を聞いたのかな?」

「私たちの歴史とでも言っておきましょうか」

これは事実ですけどね。私をジッと見ているようですが、情報は常に更新しておりますし。それにこの前小波さんが言っていた真田家のに預けられている、吾妻衆。というキーワードでこの人が真田昌幸だと確信しましたけど。

「けど、鬼の一部にせよに知恵が付いてきたのは厄介でやがりますな。兄上たちが金ヶ崎で一杯食わされたのも、それが原因でやがりましょう?」

「まあそうなんですけどね。鬼が地中からの奇襲攻撃をしてきましたから。ですが、我々の力で何とかなりましたが」

「地中から、か。・・・・それは確かに、暴れるだけの連中からは考えられない動きだね」

「あの、皆さん、お食事の準備が出来ました」

「おおー、苦労でやがりますぞ、湖衣ー!」

「ではこちらに運ばせましょう」

一二三の合図に従って、侍女たちが次々と膳を運んでくる。

「おおー・・・・・」

目の前に置かれる膳には、ご飯に山菜の炊いたものに、程よく焼かれた鮎が一匹と、山菜らしい汁物が付いていました。

「これは、一二三と湖衣には随分と気を遣わせてしまいやがりましたな・・・・」

「下山で典厩様にお会いするのも久方ぶりですからね。少しは見栄は張りますとも。それと沙紀さん。屋根裏に控えている妾殿の分も用意させている。呼んでいただいて構わないかい?」

「・・・・それはありがとうございます。小波さん」

「はっ」

「というわけですので」

「・・・・ご命令とあらば」

「じゃあ、命令ということで」

「・・・・御意」

「軽い命令もあったものだね」

「小波は恥ずかしがり屋だから、そう言われないと席に着かないですよ」

「ふぅん。なら意外と湖衣と気が合うんじゃないか?」

「わ、私はそこまででは・・・・!」

「ははは。まあそれはいいとして、宴を始めましょう」

「そうでやがりますな。折角の食事が冷めてしまうでやがりますよ。あと兄上はどうされてやがりますか?」

「現在船でお休み中です。寝ないで一晩任務をしたわけですから」

とそんな感じで言いました。寝ずの番というのはこういうことかと隊長も言ってたと。そして夕霧の声に従い、食事が始まりました。和やかな空気の中、私も茶碗を取ってご飯を口に運ぼうとしましたが・・・・。

「・・・・・・・・」

箸でつまんだご飯は黄色く、口に入れると癖の強い匂いが飛び込んできますがこれはいったい?

「沙紀さん、飯の匂いが気になりやがりますか?」

「別にそういう訳ではないのですが・・・・」

「ふむ。ほうとうやお焼きも俗すぎるだろうと思って、米を炊かせたのが徒になったかな?そちらの方が良ければ、明日の朝にはそちらを用意させるけど」

「そう言ってくれるのなら助かります。船ではいつも白米でしたので。隊長なら慣れていると思いますが」

「確かに他の国に比べたら、甲斐の米は美味しくないからね。特に尾張や美濃の米に慣れていれば、それはきついだろうけど。船だったか。尾張や美濃でも違う米なのかい?」

「甲斐は米が採れづらいでやがりますし、新しい米はすぐに商人に売って銭に替えやがりますからな。沙紀さんも兄上と同様に別の世界から来たと言ってたでやがる」

だとすれば、口に入るのは古い米や雑殻が多くなるということですか。玄米なら慣れていたのですが、ここまでとは。

「ですが、麦は獲れるのですね」

「米よりは育てやすいですから。潤沢にあるとは言えませんが、それでもこのお米よりは手に入りやすいですよ」

「そう・・・・こんな米でも、甲斐ではごちそうなのさ」

この膳に運ばれてきたときに夕霧の反応を見れば、私たちの前に並べられているお膳の中身がどれほどの意味を持つのは、料理好きな私でも分かります。

「・・・・ありがとうございます」

「気を使わずとも良いでやがりますよ。躑躅ヶ崎館でも、普段はほうとうや雑穀ばかりでやがりますからな」

「であれば、明日の朝はそちらで」

「そう言って頂けると幸いです。礼ということで、これはいかがでしょうか?」

とまあ好き嫌いはないのですが、こういう所で気を使わせるのは悪いので。私たちがいつも食べている米を米俵にして部屋のところに置きました。それは隊長が創造して創った新米に米俵を創って空間から出させました。隊長もさっき起きたところで、会話を聞いていましたからね。

「これはこれはありがたい。どうやって持ってきたのですかな?」

「これは隊長の力の一つである創造の力です。そして船からここまで運んだのは扉を開いたからですよ」

「綾那はお鍋が大好きですよ!」

「ふむ。ほうとうを鍋と言う意見も初めて聞いたが・・・・まあ、似ていると言えば似ているか」

「普通に食べていましたが、どういう立ち位置なのでしょうか?」

この時代のほうとうは、所謂山梨のほうとうとは違うと思いますね。野菜が多くて、小麦で作った団子とも麺ともつかぬものはほんの少ししかありませんね。小麦が貴重という事なのでしょうけど。ちなみにほうとうとは山梨県(甲斐国)を中心とした地域で作られる郷土料理として聞いています。小麦粉を練りざっくりと切った麺を、野菜と共に味噌仕立ての汁で煮込んだ料理の一種であるとフリー百科事典に書かれていますね。

「どういう立ち位置と言われても・・・・」

「ほうとうはほうとうでやがりますからな」

「そうだね・・・・。飯の代わりでもあり、おかずの代わりでもある。・・・・汁も兼ねているね」

「ほうとうだけで十分ということですか」

「そういう食事だよ。まあご馳走というわけではないから出して良いものかちょっと迷ってね」

「味噌は美味しいのです!」

「そうね・・・・。それに、この鮎もとても美味しい」

「ですですです!これ何です?塩っ辛いけど、お塩じゃないです」

鮎はいつもの塩焼きではなくて・・・・・。

「これは醤油ですね。薫が作るように言ってたと隊長が」

「山国の甲斐で塩の無駄遣いはできませんから。余裕があるときに味噌と合せて、醤油も作り置きして使っているんです」

「おや、そちらはお気に召しましたかな?」

「・・・・これは美味しいですね。同じ料理人としては、どういう風に作られているとか気になりますが。この山菜料理も美味しいです」

「綾那、鮎食べるの久しぶりです!」

「詩乃さんに食べさせてやりたいですね・・・・」

水が良いのか環境が良いのかは分かりませんが、この鮎や山菜は美味ですね。隊長が作るともっと美味しくなりそうですし、華琳さん辺りだと研究しそうですね。

「まったくでやがりますよ。本当に手間を掛けさせるでやがりますよ」

「鮎も貴重な食材ですか?」

「鮎そのものは、その辺の川に泳いでいるから、米ほど貴重な品ではないね。まあ、海のように網を放り込めばいくらでも獲れるわけじゃないけど。貴重というならこの米俵さ」

「すごいでやがりますよね・・・・海」

「やはり海は欲しいのですか・・・・」

「当然でやがります!塩も湊も、甲斐にも信濃にもないでやがりますからな・・・・。それこそ、信濃統一以上の武田の悲願でやがりますよ」

「・・・・でも駿河はいらないです?」

「今川には借りが多すぎでやがりますよ」

「同盟があったからですか?」

「それはあまり関係ありませんね。以前同盟を結んでいて、それが解消されたから戦う・・・・というのは、枚挙に暇がありませんし」

「越後が敵対国である以上、塩の輸送路は駿府か相模経由でやがりましたからな。特に義元公には色々便宜を図ってもらったでやがりますよ」

「では、今は・・・・」

「駿府は使えないから、もっぱら相模だね。・・・・今日沙紀さんが通ってきた街も、身延道といって身延山詣でや塩商人の通る道として賑わったものだそうだけど・・・・」

「・・・・そうなのですか」

「氏真公の時代になってから、徐々に旅人も減っていったそうだけど、私がここの城代として入った時には、ご覧の通りだよ」

「一二三の来る前に、鬼が・・・・」

「恐らくね。戦や政に大きな不安があると、農民の逃散も珍しくはないものだけど・・・・駿河ではそれすらもなかったというのは気味が悪い」

「・・・・・・」

「・・・・と、暗い話になってしまったね。典厩様、明日はどうなさるおつもりで?戦勝祈願に、身延山詣ででも致しますか?」

「それも悪くないでやがりますが、明日は躑躅ヶ崎に帰りやがりますよ。今はいない兄上をいつまでも連れ回していやがると、姉上が拗ねやがりますからな」

「承知致しました。お屋形様には地図の件はそれなりに順調である事と、下山はひとまず無事だとお伝えを」

「ひとまず?」

「・・・・こちらの動きが速ければ無事だったで済む。けれど相手に先手を取られたら、どうなるか分からない。まあ、今の所は私と湖衣の二人で大丈夫さ」

「何かあれば早馬を出します。その時は後詰めをお願いしますね、典厩様」

「任せておくでやがりますよ!」

「そういえば、夕方の鬼は一二三が一人でやったのですか?」

「そうだね。それがどうかしたかい?」

「あの短時間で鬼を倒すなんて、どうやったのか気にはなります。まあドウター相手は別ですが、お家流でも持っているのですかな?」

「ははは。普通に戦っていたら時間が足りないからね。私のお家流は一撃必殺。放つ。すると相手は死ぬ」

「やはりあの一瞬で鬼どもを倒したのは、そのような奥義が・・・・」

ふむ。そういうお家流もあるのですかね。少し怪しいような気がしますが。で、少し話を聞きましたが、お家流ではなく体術と剣術だそうで。

「いや、あれは明らかに・・・・」

「いえ、その程度なら隊長もできますよ。体術や剣術や槍術とかで」

小波さんが驚く様子でしたが、隊長も出来ると言ってますし。あとは得意な射撃ですかね。

「私としては、良人殿が気になるところではある」

「隊長ですか?」

「織田、足利、果ては長尾に我ら武田。多くの権力者やその周囲の要人を取り込む力こそが、そこらのお家流よりもはるかに超絶的だよ」

「ああ・・・・」

「確かに・・・・」

「それで、ちょうどここにまだその影響を受けていない子がいるんだけど、一真様を呼んでほしいんだ。で、それを試してみてもらえないかな?」

「えええええええっ!?ちょっと、一二三ちゃん!?」

「だってそうだろう。松平の三人はとっくに虜だし、典厩様も随分と影響を受けていらっしゃるようだ。だとすれば、この中で一番影響を受けていないのは湖衣に決まっている」

「は、はぅぅ・・・・」

「むぅ・・・・」

「一二三自身で試してやればよいでやがりますよ。ここにはいない兄上ですが、沙紀さん。兄上は今」

「隊長は今仕事中ですから、呼んでも来ないですよ」

「私がその術に掛かっては、中立な物の見方が出来なくなるではありませんか。ですが、良人殿は仕事中というのはどういうことですかな?」

「隊長は今回の戦いでの報告書を見ているので。今回は一晩中戦ったり、待機していましたから」

「なるほど。ではそれについてはまた今度と言う感じで、次に気になるのは、お屋形様との閨の話かな」

「ぶーっ!」

湖衣は思いっきり吹いてしまったようで、まあそれは仕方がないというか。

「だ、だって・・・・・・けほ、けほっ」

よっぽど意表を突かれたのか、湖衣は小さく咳込みながら片方の目だけ涙を浮かべているけど。私の口から語るのかな~。それはそれでこちらが困るのですが、第一私は側室で光璃様は愛妾。閨では光璃様の初めてをもらったと聞いてますが。

「大丈夫ですか?」

と声をかけたら大丈夫と言っておりましたけど。一方一真隊のメンツはというと。

「・・・・・・・はぁ」

「どうかしたの?一葉ちゃん」

「鞠か。・・・・主様はどうしておるかと思っての」

「一真だから、きっと元気にしてるの。あと鞠が気になるのは今回出たドウターだけど」

「ふむ・・・・。それは確かに。今までで一番大きなドウターであったか」

「でしょうな。それに恐らく今頃は、甲斐の山々の珍味にでも舌鼓を・・・・。それとドウターと一緒に降りてきた人型のも気にはなりますなぁ」

「美味しいもの、いいなー。鞠もみんなと食べたいの。確かにあの人型のは気になるの」

「後は連れていった四人と毎夜毎夜懇ろに・・・・」

「あの四人、羨ましいのぅ。余も混ぜて欲しいぞ」

「鞠も一真と一緒がいいー」

「みなさーん。ご飯の支度、出来ましたよー」

「苦労。今夜は何じゃ」

「お鍋です」

「わーい!お鍋なの!」

「また鍋か・・・・」

「変わり映えしなくてすみません。一真様だったらいろんな料理を作ると思いますけど、今日は猪のお肉が手に入ったので猪鍋ですよ」

「ほぅ」

「・・・・牡丹が牡丹を」

「何ぞ言うたか」

「・・・・いえ別に」

「仕留めたのは梅ちゃんですよ」

「・・・・なんじゃ。牡丹を仕留めたのも牡丹か」

「一葉ちゃん、ひどいのー」

「まあよい。猪も山の珍味には違いない。少しは余らも主様を見習って、楽しむとするか・・・・」

で、朝になりました。昨日のお風呂も寝るのも皆一緒でしたが。ただここの風呂の使い方を知らなかったので、歌夜さんに教えてもらいましたけど。あと昨日の一葉様たちの会話は聞いてたと言ってましたね。いつの間に盗聴器を仕込んだのでしょうか。と思ったのですが仕込んでいないとの事。なんでも風の精霊や近くにいる神仏の類たちが報告をしていたと聞きました。

「それでは、一二三。世話になったでやがりますな」

「いえいえ。こちらこそ、新米のをもらってですが、何のお構いも出来ずに申し訳ない」

今日は昨日みたいには早くありませんでした。隊長曰く昨日は朝の4時か5時に叩き起こされたと言ってましたね。それで軍師組は残ったわけですか。

「新米は隊長からの贈り物です。こちらこそお土産までありがとうございます」

私のISの中には、林檎の入った包みを量子化して入れてある。小波さんから言付かった、詩乃たちのお土産です。

「なに。それこそお気になさらず。朝も土産も、有り物ばかりで申し訳ない限り。今度は良人殿と宴がしたいですな」

「そうですね。今度は隊長自身がここに来るかもしれません。それに湖衣のほうとうも美味しかったですし」

「はわわっ!気付いたのですか?いったいどうやって?」

まあそこは我々の技術と言いたい所ですね。実際作っていたところを偵察機で追って見ていましたし。それに本当なら昨日は隊長が、歌夜と綾那と一緒に寝るはずでしたが結局今も仕事中とのこと。合流は私たちが躑躅ヶ崎館に帰ったあとですね。そこには桜花がいるはずですし。

「さて。そろそろ出発するでやがりますよ」

「そうですね。躑躅ヶ崎に帰ったら・・・・どうしますか」

「夕霧たちが躑躅ヶ崎館に着きやがる頃には、たぶん越後からの使者も戻ってきやがるはずでやがりますよ」

「そうですね。その時には隊長も戻っていると思われますし、そこから次の策を考えるのが上策ですね」

理想としては使者と一緒に鞠さんも来てくれたら有難いですけど、昨日の一葉様の会話を聞くにそれはないですね。越後に戻るか、国境辺りで迎えとなるか。そう考えますと鞠さんが来る前に下山城で駿府の様子を聞けたのはちょうどいいタイミングということになります。

「みんな元気にしてるですかねー?」

「順調に進むと良いですね」

「ですね。・・・・まずはそこからです」

美空様が変に拗ねたりしない限り、力を貸してくればいいのだけれど。

「・・・・越後の虎猫は一筋縄ではいきやがらないと思いやがるですよ」

「そうだね。良人殿を攫ったことの根に持っているだろうし、それこそお屋形様が祝言挙げた事についてもヘソを曲げかねないだろうね」

「やはりそこが気になりますか」

「・・・・武田と長尾は色々根が深いですから」

「飛び加藤なき軒猿がいかに精彩を欠くと言っても、良人殿がお屋形様と祝言を挙げた話は、さすがに越後に伝えているだろうしね」

「確かにそうですね。ですがいくら美空様とはいえ、むかつくからいきなり戦を仕掛けてくるとは・・・・・」

「典厩様ー!」

思わないと言おうとしたらあれは確か兎々ですかね。何かあったのでしょうか。

「典厩様ー!」

「兎々!こんな時間にどうしたでやがりますか!?」

「越後勢が信州に向けて行軍を開始という報が届いたのれす!急ぎ、躑躅ヶ崎館にお戻りくらさい!」

「あーあー。噂をすればなんとやら、だね」

「・・・・マジですか」

美空様は何を考えているのでしょうか。隊長もその事については、既に伝わっていますね。一方行軍中の長尾勢はというと。

「御大将ー。荒川伊豆守、お味方八百を率いて合流したっすー」

「そう。なら、予定通り隊列に編成なさい」

「了解っすー」

「飯山からは川か」

「はい。皆、あまり得意ではありませんが、大量の物資を運ぶには水路を使った方がやはり有利ですから」

「・・・・それにしても、このようなゆったりとした行軍で良いのか?」

「急ぎの行程じゃないから構わないわよ。海津の一徳斎の所に茶を呼ばれに行くわけにもいなかないんだし、もっとゆっくりでも良いくらいだわ」

「しかし、まさか余が直々に出向くことになるとはな」

「私だって、別に好きで何度も何度も出向いているわけじゃないわよ」

「御大将。準備できた」

「なら、総員出陣するわよ!目指すは、川中島!」

「全軍、行軍開始っすー!」

ということらしいでした。この事は偵察機で聞いたとかで。私たちはやっと躑躅ヶ崎館に帰ってきました。

「やっと帰ってきましたか」

「疲れたですぅー・・・・」

下山を出て、今度は身延道をひたすら北上。ようやく躑躅ヶ崎館にに着いた私たちを迎えてくれたのは薫でした。

「皆さん!お帰りなさい。あとその人は?」

「この人がさっき言ってた沙紀ですよ。沙紀、お帰り。隊長は?」

「ただいま、桜花。隊長は今寝ているわよ。報告書を確認してたら今日の朝になったって。だから、隊長の代わりにと。あと桜花もよ」

「この人がお兄ちゃんの側室の一人ですか。私は『薫ですよね?』え?何で知っているの?」

「隊長が教えてくれましたから。夕霧と兎々は?」

「もう随分前に帰ってきてるよ。馬はってあれ?いない」

おそらく隊長の仕業ですね。で、薫と桜花と一緒に部屋に戻りました。詩乃さんも雫さんも待っているそうで。というか小波さんはいつ帰ってきたのでしょうか?そこが不思議です。なぜ馬で帰ってきた私たちがヘトヘトで、同じルートを走ったはずの小波さんが元気なのでしょうか。歌夜と綾那の馬を預けてから、私たちは隊長がいたとされている部屋へと向かいました。

「それにしても、発言後の冗談がまさか実現になるとは・・・・」

「けど、綾那でもこんなことしませんよ?」

「ですよね~。綾那は絶対にしませんよね」

綾那は直感と感情で動くタイプです。素直な分、深部のところまでを一瞬で見抜いて動く。最悪、反射的に動こうとしても、第三者の一言でブレーキはかかります。それが正しければ感覚で瞬時に判断しますから。タチが悪いところは、本質を見抜いた上でのブレーキしないで、そのままアクセルを踏み続けるタイプでもあります。 
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