銀河英雄伝説3巻本(落日編)
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まえがき
友人が、興奮した面持ちでおれの家に駆け込んできた。
「田中芳樹先生の未発表作品の生原稿をゲットしたぞ!」って。
友人の差し出す紙束をみると、最初の1枚目には、クセのある独特のペン字で、
「銀河英雄伝説 第三巻 落日編」
とある。
はて?
銀英伝の未発表原稿?
「なんだよ、それ」
「だから、田中先生の、未発表作品の生原稿」
紙束を受け取ってパラパラとめくってみると、ヤン、ラインハルト、フレデリカ、ヒルダ、シェーンコップ、……、なじみのある名前が次々と登場する。銀英伝の物語の手書き原稿であることはたしかなようだ。それにしても……。
「おかしいだろ、未発表の生原稿って。
銀英伝って、とっくに完結してるじゃん。
それでも、もし本物の直筆の生原稿なら、レアもののお宝なのはまちがいないけどさ」
「いや、ただの直筆生原稿じゃないぞ!まちがいなく、これは未発表作品だ。ほれ、ここを見てくれ」
友人が興奮気味につつく箇所をじっくり見てみた。
ん?
「第三巻 落日編」?
あれれ。たしか落日編って、本編第10巻じゃなかったっけ?
そして第三巻は、雌伏編で……。
友人は、続けていう。
「まあ、とにかく読んでみてくれ」
ざっと読んでみた。
内容は、まぎれもなく銀英伝の物語だった。
おれの知っている雌伏編とも落日編ともことなる物語だった。
ガイエスブルクの襲来も、皇帝誘拐事件も、ロイエンタールの反乱もない、まるでダイジェスト版のようなストーリー。
2巻の直後から始まり、1冊分の文量で完結してしまう落日編。
「……どう思う?」
「どう、といわれてもね。お話としてはそれなりにできてると思うけど……。3巻で完結っておかしいじゃん。いかにもニセモノくさい」
読者諸氏もご承知のとおり、銀英伝の原作は、本編10巻、外伝5巻の、全15巻で構成されている。
「いや、田中先生ご自身が、“もともとは全3巻の構想だった”って語ってるんだぜ?」
「本当かよ」
友人によれば、ツノカワ文庫版のあとがきに、田中先生はこんなことを書いているという。
銀英伝は、もともと全三巻の構想で書き始めた。ところが2巻まで刊行されたところで、あまりの大人気っぷりに、出版社は急遽、巻数を大幅に増補するよう要請、その結果、全10巻+外伝という構成に変更することにした…と。
ただし、おれの手元にある銀英伝は、いちばん最初のトクマ・ノベルズ版(全10巻+外伝4)と、宋元SF文庫版の外伝第5巻だけ。だから友人の言葉が真実かどうかは確かめられない。
「それにしても、これ本当に田中先生の直筆原稿なのかね?」
「おう!それは間違いないぜ」
古書店を営んでいる友人は、古紙回収業者に伝手をもっており、いままで、再生パルプの原料になりかかった貴重な古書籍とか、作家の手書き原稿などをいくつも発見、救出した実績をもっている。むろん友人はその種のお宝を、今度は好事家に高く売りつけて、生計のたしにしているのである。
友人は、この原稿は、東京都内にある田中先生の仕事場から出た反故紙のなかから発見されたものだ、と力説した。
「しかしねえ……。田中先生の署名もなにもない。もし万一仮に、これが本当に田中先生の仕事場から回収されたものとしても、もしかしたら銀英伝ファンが田中先生に送りつけた“ぼくの考えた最強の銀英伝”のたぐいかもしれないじゃない?」
「いや、この筆跡を見てみろ。これは、まちがいなく田中先生の筆跡だ!」
「そうかなぁ……」
おれの手元には、1989年の夏に福井県の「だるまや百貨店」で開催された田中先生のサインセールで入手した、直筆サイン入り「マヴァール年代記」1・2・3がある。高校3年生の夏休み、3日間だけ受験勉強を放りだし、友人とふたり、都内から、上越新幹線線・北陸本線経由でかけつけたものだった……。
本の見返しには、先生が書いてくれたおれや先生ご自身の名前、1989年8月16日の日付、「だるまや百貨店にて」などの文字に、篆書体でほられた「田中芳樹」の朱印などが、20年以上たったいまでも鮮やかに輝いている。
しかし、それらの文字を、「第三巻 落日編」の原稿の文字とをくらべてみても、おれにはよくわからない。
「それでだ」
友人はいう。
「この作品は、ぜひ世にでるべきだ」
「それで?」
「おれ、Webサイトやブログ関係よくわからない」
「うん、それで?」
「君に入力と公開を頼んでいいかな?」
「作者名は誰の名義で?」
「むろん、田中芳樹先生だ。“田中芳樹先生の、銀英伝の未発表原稿を一挙UP!!”って」
「ダメ!ダメダメダメダメ!」
「……なんで?」
「きまってるじゃん!これが田中芳樹先生の手書き原稿だなんて、お前が思ってるだけじゃん」
「いや、これは間違いなく田中芳樹先生の自筆生原稿だよっ!さっきも説明したとおり……」
「いや、もうその解説はいいよ。それに、万一、ホンモノの原稿だったとしても、先生ご本人はご存命なんだから、勝手に公開なんかしたら問題じゃん。とっくの昔に死んでる明治・大正の大文豪の原稿じゃあるまいし」
それに、田中芳樹先生は、銀英伝の作品世界について、つぎのように述べておられる。
ここでぜひ申し上げておくべきことがあります。それは、私が、書かれざるストーリーに哀惜と未練をいだいている以上に、現にできあがった作品世界に愛着をもっている、ということです。
〜トクマ・ノベルス版第5巻あとがき〜
こんないかがわしい原稿を田中先生の名前で公表するなんて、田中先生と銀英伝に対する冒涜にほかならない。
そんなことにかかわるなんて、まっぴらごめんだ。
「でも……。この名作が、このまま埋もれてしまうなんて……」
友人は、うずくまってむせびなきはじめた。
「わかった、わかった。じゃあこうしよう。インターネット上には、アマチュアたちが“ぼくの考えたもうひとつの銀英伝”を公開できる場所がいくつもある。そこに、お前が書いた二次SSとして投稿すればいいのだ」
「いや、そんな田中先生の埋もれた未発表作品をおれの名前で投稿なんて……」
「”ホンモノの未発表原稿”だってこだわりを捨てられないなら、おれは協力しないぞ」
「……わかった。それでいい」
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私、尾張三郎が本作品をこの暁に投稿させていただくに至る経緯は、ざっとかいつまんで述べると、以上のとおりである。
この物語は、私、尾張三郎、友人の伊勢トモノリのいずれが書いたものでもない。
友人は田中芳樹先生本人の原稿だと信じ、
私自身は姓名不詳の銀英伝ファンが書いたと考える手書きの文章を、
私、尾張三郎が入力し、
田中一郎のペンネームにより、2次SSとして投稿したものであることを、明らかにしておきたい。
後書き
2014年10月30日(補)
私、尾張三郎は本作の投稿にあたり、「著者・田中一郎」として文面に全責任を負い、「らいとすたっふルール2004」に、誠実に準拠します。ですから、ここにこれから投稿していく物語は、ただ手書き原稿を忠実に入力してそのまま投稿するのはなく、場合によっては、必要に応じて書き換えたりすることがあるかもしれません。
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