戦国†恋姫~黒衣の人間宿神~
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十七章 幕間劇
心の天秤
今は夕暮れになっていた。俺は冥界から戻ってきてから小波を探していた。理由は小波と一緒に食事をするためだ。二条館の戦のあとに約束をしてからは、出来るだけ皆との食事の場に出ようとしていた。
なのに、一乗谷から越後に来た時からはまた姿を見かけなくなったかだ。
「まあ、これを思い出したのは冥界で閻魔たちと一緒に宴をしてたときに、思い出したんだけどな。忍びといえば影の仕事だからな、暗闇で思い出したんだけど。いないなら呼ぶまでだ」
で、肝心の小波を探していたら、風の精霊があっちにいると教えてくれたので行ってみた。雑木林に進んでいくと、小波の気を感じたからビンゴだった。まあ、小波の好きそうな場所を探せば分かると思ったわけだ。そして、林の奥に行くといたいた。
「木陰にいるな、さすが忍者と言っていいのかな」
小波は倒木に腰を下ろしていた。怪我はしてないと思うけど、どうしたんだろうな。
「まだこちらには、気付いていなさそうだな」
この前と同じシチュエーションだったけど、今度は大丈夫だろう。あの時は変わり身の術だったし。
「さてと、リベンジしようか」
俺は気配を消してから、近づいて行った。そして。
「小波」
手を肩に乗せる。今度は丸太の感触ではなく、小波の肩だ。
「はい」
小波は動じず、驚かず、振り返らず。
「あら?この前みたいに驚かないのか?」
この前とは違う反応だったけど。
「ご主人様だと分かっておりましたゆえ」
小波は振り返り、肩越しに俺を見上げた。
「そうか?」
「はい」
小波じゃ立ち上がり、俺に向き直って頭を下げた。
「気配を消してたけど、それもお家流なの?」
「いいえ、違います」
小波は小さく首を振る。
「なら、どうして俺だと分かった?」
「歩き方や足音にもよりますが、主にその・・・・匂いで分かります」
匂いね、もしかしていつも船で風呂に浴びるからなのか。ボディソープの匂いで分かったのかな。
「なるほどな。それで、いつから分かるようになったの?俺の匂い」
「はっ。一乗谷で抱き着かれたときです。一瞬ではありましたが、この独特の匂いはご主人様か黒鮫隊の皆さんしかしないものですから」
「独特か。俺が毎日風呂入ってるから、体洗うときに使う物かもな」
「それにあれは、ご主人様だけの特別な匂いがあり、それを嗅ぐと落ち着くのです」
うっとりとした表情で、大きく息を吸い込む小波。この子の新たな一面を見た気がする。
「それより身体の調子はどうだ?何ともないか?」
「何ともございません。それに、自分がもっとしっかりと敵の位置を見極めていれば、犠牲は免れたのですが」
「いや、あれは小波のせいではないし、俺もまさか地面から来るとは思ってもなかったからな」
もしかして、敵の発見を遅れたから食事来なかったのかな。それにあれは誰の責任はないことだ。地の精霊が教えてくれなかったら、もっと被害は出ていたし黒鮫隊のおかげでもある。あと小波のお家流もな。
「全てが小波のせいではない。それに小波の活躍もあって、ここまで来れたんだから。一緒に食事に行こう」
まあ、一乗谷での活躍は小波のもあるけど。神の力を使っての回復なども俺がやってきたからな。医療知識と経験もあるけど、神の力の一つである回復をやっちまえば手っ取り早いし。黒鮫隊医療班がいたらやってないけど。殺菌消毒も現代では当たり前なんだけど、ここでは魔法のように見えるかもしれないしな。回復もそうだけど。
「そうですね。それにあの時私は奥義を使ったあとなのに、一気に回復しましたし。またいつでも、戦場にて身命投げ打つこと叶います」
「一応言っておくが、それ神の目の前じゃないと思って言ったつもりか?なら言っとくが、例え死のうとも俺の目の前では絶対に死なせない。あとは、簡単に命を捨てようとすることに腹が立つ。命を大事にしないと、俺や他の神もそう言うだろう」
「・・・・・・・・」
「俺達は死ぬために戦うのではなく、生きるために戦うんだ。小波も命を大事にしろ」
「・・・・・・・・」
小波は困った顔になる。一つは俺が神仏の類なのか、簡単に捨てることができると言ってしまった後悔。もう一つはなんだろうな。
「ご主人様の命令はいつもとても難しい・・・・」
「なぜだ?生きてくれということが、難しいのか?」
「・・・・・・・・」
小波は黙っていたが、まあいいだろうよ。答えはもう分かっていると思うし。
「さてと、皆が待っているからな。一緒にご飯食いに行こう」
「あ、あの・・・・」
「んー?皆には言えない話でもあるの?」
「・・・・・(コクッ)」
「それが終わったら飯に行こうな」
「・・・ありがとうございます」
といって、小波の隣に座った。何だろうな、大事な話とは。
「・・・・・・」
しばらく黙っていたが、小波は思い切るように深い息を吐く。
「・・・・ご主人様。葵様・・・・松平衆は次の戦、春日山城攻めには参戦致しません」
「その事なら、歌夜から聞いたが」
歌夜からの話で何となく分かっていたが。
「金ヶ崎の退き口で、大きな痛手を喰らったからしばらくは兵を休ませいたい、だろう?」
「・・・・・・」
「本当の理由は戦力の温存だろう?」
「・・・・(コクッ)」
「けど、それで責めるわけにはいかんさ」
「・・・・・・」
「このあとは何が起こるか分からない戦だ。どんな大将でも備えはしておくと思うが。葵や女狐じゃくて悠季ぐらい頭の回転が早いのなら、なおのことだ。その代わりに、松平衆の主戦力である、小波、綾那、歌夜を預けてくれたわけだし」
「それも・・・・・」
小波の表情が曇る。
「どうした?」
「自分たちは遠ざけられたのかもしれません」
「遠ざけるか。確かに葵の考えは見えてこない。忠臣とはもう見えないということか?」
「はい。葵様の目にはそのように映っていないのかもしれません。自分たちはご主人様の近くに居過ぎたようです」
「ふむ。小波たちは葵を裏切るとは思えないな」
「私も同感です。自分や歌夜様に謀反気などございません」
「それは、俺がよく知っていることだ」
「葵様はわずかな虞れにも備えて手を打たれる慎重なお方です」
そういうことだったな、葵は、いずれは徳川家康になるやつで史実では狸親父だ。葵が今まで生きてきてから、考え方は不明だけど、葵はもうこの先を見ているつもりなんだろう。
「葵が目指す世は、武ではなく学問による治世、戦のない平和な世なんだろう?」
「御意。自分や歌夜様、綾那様は謂わば刀。戦が終われば無用の長物。むしろ危険な刃となります。ともすれば葵様は自分達が戦のうちに斃れる事を望まれているのかも」
「仲間を簡単に切り捨てるとは見ていないが、まさか」
「この日の本の未来、大義のためにはそれが出来るお方。そして、自分は松平の草にございます。葵様に死ねと命じられれば、この命すぐにでも捨てる覚悟にございます」
そう言い切ったあと、俺は小波を抱きかかえていた。
「ご主人・・・・様・・・・?」
こうしていたら解決になるかどうかは分からない。今にも崩れそうな小波を見ていたらこうなっていた。
「だからさ、何度も言わせるな」
「・・・・!」
「頼むから、簡単に命を、死ぬとか言うな。小波は葵の家来なのかもしれんが、同時に一真隊の一員なんだぞ。この前言ったろ?俺と葵に均しく忠義を誓うと」
「は・・・・はい・・・・」
「なら、俺の願いも聞けるだろう?」
「う・・・・うあ・・・・」
小波の指が俺の袖を握りしめる。
「う・・・・う・・・自分は・・・・どうしたらいいのか・・・・分かりません。ご主人様は・・・これまで自分が教えられて来たことと、逆さまばかりお命じになります」
「逆さま?」
「草の本分は主のため死ぬこと。その草に対して生きろという命じる主などいませんでした」
「一応、神の性分だ。こちら側から命を与えているんだ、目の前でその命が消えるのはよくないことだ。だから、小波のことも失いたくないという事もだ」
「・・・・うぅっ」
「小波・・・・」
多分だけど、小波は俺と葵の考え方が違うからパニックを起こしているのだろう。葵は簡単に命を捨てる者だが、俺は違う、生きて未来を切り開けと簡単に命を捨てるなとな。あと忠誠の強さでその相剋も深いだろう。
「たぶんだけど、俺と葵は矛盾はしていないだろう。どっちも小波を大切にしている。葵は小波を捨てたりはしない。この戦が終われば、葵は小波を迎えに来るだろう」
「・・・・うぅ」
「大事な主人なんだろ。小波が信頼しないでどうするよ」
「・・・・(コクッ)」
「戦え、でも死ぬために戦うのではなく生きるために戦え。それで、戦が終われば一緒に笑ってくれ」
「・・・・う、うぅ・・・・」
「・・・・俺も葵も小波に望んでいるものは同じはずさ」
そうなってほしいのだが、実際はそうでもないかもな。家康がずるがしこい。実際は家康の家臣の本多正信らしいが。
「・・・・はい・・・・」
ちぎれそうなほど握りしめていた小波の力がわずかに緩む。
「でもな・・・・」
「・・・・?」
「もしも葵が返せと言ってきても、返さないからな」
これは本気だ。葵が見限られるという事を前から察知している。
「そ、そそ、それは・・・・」
とか言いながら、笑みを浮かばせてからずっと抱き着いた。
「少しは落ち着いたかな?」
「はい・・・・」
「話してくれてありがとうな」
「・・・(ふるふる)」
草の小波が情報の重要さが分からないはずがない。それでもと、松平衆の内情を語ってくれた。きっと悩みに悩んだ選択だったのだろう。
「大丈夫だ。例え、春日山城攻めが終わって、この戦が終わったあと対立するならば、俺が守ってやるから。それにこの先の未来のことはそういう奴に任せた方がいい。それと俺達は目の前のことをやればいいこと。ただ、それだけだ」
落ち着いた小波に対してこれまでの話をおさらいする。
「小波や綾那と歌夜がいてくれる。それだけでいい。俺だけではなく、一真隊の皆がそう思っているはずだ」
「もったいない・・・・お言葉です」
「これからも、ずっと、力を貸してほしい」
「はい・・・この命捨てじゃなくて、その、頑張ります」
「それでいい。ふふっ」
言いつけを守ったご褒美に、そっと背中を叩く。
「あわわ・・・・・」
「それにしても、小波にはろくな褒美を与えていないような気がするな」
ため息が出る、わざとだけど。
「そんなことはありません。立派な褒美を頂戴いたしました」
「もしかして、あの木彫りのこと?」
「・・・(コクッ)」
「あんなのよりもっとちゃんとした褒美を与えたいんだが」
ただの木屑から作ったから、プライスレスな感じだが。
「いいえ。あの品は家宝として服部家代々に受け継いで・・・・」
「あれでいいならそれでいいんだけど。小波の働きに見合う褒美を与えたいんだ。小波は欲しい物ないの?」
ストレートに聞いてみた。これしかないと思ってな。そしたら、このまま抱き着いていて、俺の匂いのだとよ。なので、このままにしといた。小波は匂いフェチのようだ。俺の匂いをかがせて置いてから、空を見るといつの間にか夜になっていたのだった。
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