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不可能男の兄

作者:葛根
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第一章



「ガっちゃんユーキ君見当たらない?」
『何よ。浮気?』
「違う違う。皆がユーキ君行方不明だから見かけたら連絡頂戴だってさ」
『喜美が動いてないから、総長も後悔通りの前にいるわね。ユーキの事は知らないわ』

マルゴット・ナイトは配送物を見ながら話す。

「生徒会宛に"絶頂! ヴァージンクイーン・エリザベス初回盤"ってあるんだけど、これ頼んだのソーチョーだよね」
『朝に最後のエロゲだって言ってなかったかしらあの男』

ソーチョーの言う言葉を信じるならそうだろうけど。
まあ、信じちゃだめだよね。
この配送物どうしようかな。

「あ、セージュンだ」

ツイてる。生徒会宛だから、セージュンに渡せば終わりだ。

「バイトか?」
「ううん、ナイちゃん正業。セージュンはどうしたの?」
「ああ、三河の帰りなんだ。それでまあ、学校の方、後悔通りの方に行って色々と調べて見ようと」
『? ナイト? 正純が来てるの? だったら夜の事とその荷物落ち着けちゃいなさいよ』

分かってるなあ。

「夜?」

セージュンが首を傾げている。
物のついでだ。

「ええと、セージュン、ソーチョーが学校で夜に"幽霊探し"しようって。夜八時に階段のとこ」
「さっき、酒井学長にもいわれたんだけど……生徒会の人間が皆それでは示しがつかないだろう」

真面目だなあ。
ユーキ君が来るって言えば来るかな。

「うちは村山だから、夜に奥多摩に行こうとしたら夜番の番屋を通る事になる。そうしたら父にも迷惑がかかる」
「暫定議会の偉い人だっけ。大丈夫、ユーキ君に何とかしてもらいなよ」
「? どういうことだ?」

どう答えればいいだろうか。
ユーキ君に夜番の番屋を飛び越してって頼めば行けると思うけど。
その場合、セージュンは抱きかかえられるかおぶられる事になるんだけど、ネタになるね。
ユーキ君に頼めば断らないだろうし、セージュンも何だかんだ言って来そうな気がする。
だから、問題はないよね。

「じゃ、これあげる。生徒会宛の荷物だよん」
「何故、こんなものが生徒会に……」
「とりあえず持って行って。今だと丁度ソーチョーが後悔通りの近くにいるかもしれないし。あと、ユーキ君見かけたら連絡頂戴ね。今、行方不明らしいから」
「ユーキが行方不明?」

そんなに驚かなくても。
あー、でもセージュンはユーキ君の放浪癖を知らないかあ。
最近は真面目に学校に通ってたからね。

「うん。そうだなあ、後悔通りでソーチョーに会っておくといいよ。明日の話題についてこれるから」



マルゴット・ナイトはレースに参加するために飛び立って行った。
言いたいことだけ言われて行ってしまったな。
荷物を預かってしまった以上、後悔通りに葵・トーリがいるかもと言っていたので、正純は後悔通りへと足を向け歩み始めた。



ニ人の男に相対するのは一人の男だ。
一人の男の手には荷物が抱えられていた。
荷物を持つ男、葵・ユーキは、"魔法《ケルト》少女バンゾック"の絵がプリントされている被り物をニ人の男に渡す。
ニ人の男はおもむろに荷物を広げて、

「コニたん、これは良いものだ」
「ノブたん、そうだね。これは良いものだね」
「今夜8時、図書室の担当ですので」

弟の代わりに変装コスを渡す。
品川商工会の小出の爺さんに、浅間の父親、文具店のシェーダー夫妻と多種多様の人に荷物を受け渡して、これで最後だ。
弟の頼みごとを無碍に対応する。

「ユーキ殿は何をなさるので?」

コニたんが聞いてきた。

「妹の喜美に顔が似ているので女装します。喜美がニ人で気味が悪いって正純がいいそうですけどね」
「そ、それは録音か録画を頼んでもいいのか?」
「正純が"幽霊探し"に参加するのであればしますけど、花火の方に行くと思いますよ」

ノブたんがものすごーく残念そうにしていた。

「しかし、ユーキ殿が女装とは、これははっちゃけてますなー」
「普段真面目だからまさか脅かす側に俺がいるとは誰も思わないでしょう。そういう事です。ええ、トーリの発案ですよ。まあ告白前夜祭としては良いサプライズだと思います。迷惑がかかるのはクラス連中だけですので」
「ああ、驚いて泣き叫ぶレアな正純が見れれば良いのだが。花火の方だろうなあ。残念だ……、誠に遺憾である」

地面に膝を付き、握った拳でバンバンと地面を叩く様は心底悔しい、という感じである。
見るに耐えないという感じではないが、そこまで悔しがるような事でも無いと思う。

「物のついででなんですが、頼みごとがあります」
「なんでしょうか?」

コニたんが我に帰っていた。

「俺を匿って下さい。夜までクラス連中に見つかるわけにはいかないので」
「サプライズ演出の為に必要、ということですな」

話が早い。
このニ人は暫定議会の人間だ。
ならばこそ、隠れる先には適切だ。
暫定議会に繋がりがあるのは正純くらいだが、正純は暫定議会に顔を出すことはない。

「ええ、お願いできますか?」
「いいですとも、今後もご贔屓にして頂けるならば」
「正純の活躍記録を影で我等に送るという重責を続けてくれるのであれば承諾しようではないか」
「その程度であれば……。いいですよ」

友達を売るというよりは、成長記録を撮って親に届けるという感じなので罪悪感はない。

「先に向かうが良い。私たちは……寄るところがあるのでな」



武蔵アリアダスト教導院に伸びる階段の上に葵・喜美は座っていた。
彼女は階段に座ったまま、頬杖をついて弟のいる学校敷地外の自然区画の先、後悔通りの前に視線を向けていた。

「愚弟なんだから、怖くなったらいつでも戻ってきていいのよ」

そう、呟いた。

「ユーキは行方不明だし、愚弟を見守るのは賢姉の役目よね」

ユーキは何をしているのだろう。
どうせくだらないことだと、喜美は思う。
しかし、

「兄ラブの妹を放置しといて、他の女の所にいたら赦さないわよ……!」

視線の先、トーリが動いた。
だが、突然クネクネしたり、反復横跳びを始めたり、街灯の柱でポールダンスをしていた。

「トーリは何やってんの? アレ。新種の遊び? あと、ユーキは今日サボりよね?」
「フフフ、先生。学食で酒飲んでたって聞いたけど? ユーキはサボりみたいね。朝、朝食が作りおきしてあったけど今日ユーキの姿は見てないわね」
「説教が必要かなー。まあ、サボりの為の点数稼ぎはしてるから注意くらいになりそうだけどね」

普段、真面目だからこういう時に有利になるのよね。

「女教師と兄生徒の禁断の関係にならないようにしてよね」
「ハハハ、ないない」

笑いながら手櫛《てぐし》で髪を整え始めたオリオトライに喜美はそれでは髪が傷むと、懐から取り出した櫛《くし》でオリオトライの髪を梳《す》いていく。
ニ人が眺める先、トーリが街頭の柱に上り、最高地点で立っているトーリに、

「頑張れ頑張れ」

オリオトライが言った。
それは、トーリに向けられた言葉であった。

「フフ、先生は愚弟の味方になってくれるの? それとも愚弟に惚れてるの? やめときなさい、惚れるならユーキにしなさい。でも、本気で惚れたら私は嫉妬するわっ! 嫉妬!」
「何言ってるのかわからないけど、少なくとも先生のクラスの皆に対しては絶対に味方だから」

学生間抗争には関われないけどね、と言った。

「んー? アレは正純か。変なとこ抜けるわね」
「あの副会長、何のつもりかしら?」

後悔通りを目指しているみたいだけど、副会長は誰か探している様にも見える。

「まさか、ユーキでも探しているんじゃないでしょうね。それは無駄よ」
「どうして?」

オリオトライが疑問を喜美にぶつけたのだが、

「だって、ユーキは隠れんぼで誰にも見つかった事無いもの。ユーキ自身が出てくるまで見つけ出すのは難しいわ。エンジョイ隠密ね!」

喜美の答えに、オリオトライはまともな答えを期待してはいけないと思ったのだ。



三河郊外、木造の室内に男たちの声が響いていた。
松平四天王の内、三人が揃っていた。
その中に女が一人、本多・忠勝の娘である本多・二代は父親たちが酔っ払い、既に同じような話が三回ほど続いていた。
改めて紹介をしてもらって、まもなく酒井忠次から教導院へ誘いを受けたのだが、答えはすぐには出せない。
それを父親である本多・忠勝が告げた後に、

「安芸まで行って戻る際だが、ソコから先は好きにしろと言ってある、誘うならそこでしろ」
「好きにしろって、まあ、好きにするけどさ」

酒井忠次は父親には興味がなく、その娘である本多・二代に興味があると言った。
……有り難い話だと思う。それに、懐かしい名を聞いた。
本多・正純。中等部以降、あまり顔を合わせていない相手で御座る。

「ダ娘君と同じで、加速術式使って近接戦闘得意な奴いるんだけどさ。これがまた扱い難くてねえ。手合わせしてみると面白いかもよ」
「はあ……」
「あ! ああ! アレか! 酒井が殿にマジ怒られされた原因の!」
「あれ? 何で知ってんの? 機密事項のはずなんだけどねえ」

父上は知っているようだが、拙者はそんな御仁知らんで御座る。
三河警護隊の総隊長である拙者が知らず、酒井学長や父上が知るという事は、相当上の人物達しか知らない事実で御座ろう。
ならば、口出しせぬのが得策。

「珍しく殿が褒めてたからな。良く出来ましたでしょう的な褒美で無罪放免にするために我も少し動いたしな」
「へえ、殿先生がねえ。だったら俺がマジ怒られしたのって何だったんだろうね」
「知らん」

そう言って、父上は笑い酒を飲む。豪胆な父上で御座る。



「む、迷ってはないよなあ」

後悔通りへと行くために近道したのだが、森の中なので景色の移り変わりがよくわからなくなってきた。
ユーキに一度連れてきて貰った事があるが、やはり一度しか通ったことのない道のりを行くのは浅はかだったか。
……思えばユーキはよく側にいてくれる奴だよなあ。
知ってか知らずか。
ユーキに聞いた事はないが、多分知っていて私の側にいるんだろう。
有難い話だが、一応男として振舞っている以上クラス連中の一部外道にネタにされてなければいいのだけれど。
後悔通りを調べる事で皆の方へと踏み込む事で、ユーキに対しても踏み込めるのだろうか。
いかんな。依存では無いと思うが、ユーキの事を考えることが多くなっている気がする。
最近、ユーキとニ人きりになるとどうも落ち着かなくなってきている。
これが、どのような感情なのか、流石に理解はしているが心では理解できていない。
未熟なのだろうか。それとも男性化が中途半端だったために、踏み切れないのか。
どうなのだろうな。



正純は無事に後悔通りに辿り着く。
そして、そこで父親である本多・正信に合い、後悔通りの意味を知る。
葵・トーリと後悔通り。
後悔通りの主――。
夜に教導院で前夜祭をやるから来ないかと正純は誘われたが、父親の前で体裁を保つ為に花火の方に行くと言った。
その時、正純は見ていなかったが、本多・正信は若干、肩を落としていた。
――葵・トーリが殺した、ホライゾン・アリアダスト。
それが、明日で丁度十年。
正純は、どうして葵・トーリ達が笑っていられるのか、それが分からなかった。



夜、武蔵アリアダスト教導院の昇降口に集まった人影の中、一人立っているのはシロジロだ。

「トーリとユーキは来てないが、間違いなく無駄金使って何か仕込んでいる。ユーキも結局は見つからなかったが、トーリに加担しているだろう。こちらとしてはその意を汲んで、"幽霊探し"に行く前に怪談などしておこうか。無料で」
「シロ君、ユーキ君が東君の情報買ってくれて、大人しくしてるって言っときながら品川商工会付近で目撃情報あったけど結局見つからなかったからって"幽霊探し"に加担してると思うのはどうかと思うけど……」

ハイディが眉尻を下げて言う横、浅間が手を挙げた。

「結局、ユーキ君は見つからなかったんですね。点蔵君なんか普通にココに来ているって言うのに……」
「な、何で御座るか! その視線!」

皆の視線が点蔵に集まった。
……忍者の癖に全く忍んでないよね。
……自己主張の強い忍者もいたもんさね。
皆の内からいくつかの声が聞こえて点蔵は崩れ落ちた。

「点蔵君は置いておいて。実は、……ちょっと皆に気をつけて欲しいんです」
「何を?」

ハイディの問に、浅間がうん、と頷いた。

「怪異で、最近、"公主隠し"の神隠しが起きているの」



浅間が告げた"公主隠し"に対して皆は沈黙した。
だが、少しの間を置いて声を発した者がいる。ネシンバラだ。

「――まあ、基本的には、昔の都市伝説だよね。最近になって復活してきてるみたいだけど。僕達が小さい頃から三河、武蔵でも幾度かあった、もしくはあったとされるという噂が都市伝説としてあるもんだから、作家志望としてはネタ用に個人的に調べてきたんだ」

ネシンバラは展開した術式鍵盤《キーボード》を叩いている。
幾つもの表示枠《サインフレーム》を宙に作り、

「調べるとわかるんだけど、意外と昔のメジャーでさ、図書館にも昔の子供向けの本にもあるね。"公主隠し"じゃないけど、"公主様"ってのが出てくるのが、三十年くらい前から幾つかあった」
「ネシンバラ、無料で説明出来るか?」

シロジロの促しに、ネシンバラは頷いた。

「これとか解りやすいかな。公主様という人影が、子供を攫ったり、町に落書きを残すんだって」

幾つかの表示枠を皆に見せるように反転表示して、

「極東では、最近だと去年に一件起きてる。……皆は知ってると思うけど。本多君が武蔵に来たのは、母親が"公主隠し"に遭ったからだって」

皆が静まる中、喜美が騒いでいたが、その横に座っている浅間がネシンバラの方を見て深く頷いた。
浅間はハナミを呼び出し、表示枠を宙に出した。

「"公主隠し"は、普通の神隠しとは違います。普通の神隠しは、空間を創る流体が乱れ、その裏側に入ってしまうだけだから、消えた人間の存在は消えないんです。術式を使えば、御霊や身体、身に着けていたものの存在から位置を追えます」

しかし、

「"公主隠し"は、――全部消えてしまい、戻ってこない。魂も身体も、持ち物も、完全に消えてしまう」



「おお! 兄ちゃんマジで姉ちゃんそっくりだな!」
「カツラまで用意してたからな。胸は詰め物入れて何とかなったし、結構イケてる?」
「イケてる、イケてる。じゃあ、俺は行くけど、後は適当に驚かせてくれよな!」

双子とはいえ、男と女の違いはある。
しかし、葵・ユーキと葵・喜美は似ている。
身長は若干葵・ユーキが高いが、身体は男にしては細身である。
その為、女装をするには適切な身体であったのだ。
時折、葵・トーリが女装をする際に多くの男が騙されてしまうように、葵・ユーキもまた、女装すると劇的に似合うのであった。
それは、誰が見ても葵・喜美であり、ニ人が揃えば同じ人間がニ人いるという矛盾が生じる。
それが、葵・トーリが発案した驚かしのタネである。



「――はい、というわけで、図書館到着ですよ」

という浅間の声に、三つの人影は頷いた。
影の一つ。レンチを担いだ直政が、うんざり顔で、

「どうだいアサマチ、霊視の無いあたしらにゃいても大物以外は見えないんだけど」

彼女の横で、持ち込んできた練習用従士槍に除霊の札を貼っていたアデーレも吐息混じりに、

「ですよねー……。ラップ音とか、そいういう解りやすいものだといいんですけどねー」
「そ、それは、ちょ、こ、困ります。音は……」

最後の人影である鈴が慌てて答えた。
暗い廊下の曲がり角、そこに女がいた。
女装した葵・ユーキだ。

「む。"木葉"に反応です」

浅間が緑の瞳を向ける。
同時に、弓を構えて廊下の曲がり角に射撃した。

「――アレ?」

首を傾げる浅間に、直政は無言。アデーレは慌てて、鈴はその女の正体を見破っていた。

「な、何? 何です?!」
「外れた……。というか、避けられました」
「あ、ゆ、ユーキ君……?」
「アサマチの矢を避けるなんて芸当できるとなると、ユーキだろうさね」

何気に、あの辺にいたモノを除霊しましたね。ユーキ君は。
アレを持ち込んでいるとなると、制裁はいつも以上に痛いものになるでしょうね。
しかし、私の矢は避けられましたね。相変わらずの回避率です。
もっと弓の腕を磨いて射撃できるようにしないと……。

「ユーキ君。怒らないから出てきなさい、ってもういない?!」
「ユーキさん何気に足速いですからねー」
「まあ、アレもトーリの仕込みだろうさね。さっさと図書室入ろうか……」

女の子の格好してましたけど、誰も言わないので無視していいんですよね。
ユーキ君が女装するとは、アデーレ達も考えたくないんでしょう。
ええ、そこにいるはずのない喜美がいたと一瞬驚きましたけど、鈴さんのおかげですね。



校舎内から爆発にしか聞こえない音が響いている。
……浅間や、ナイトが暴れてやがるなあ。
シロジロあたりが、また頭を悩ますだろう。また身内の恥で金が掛かるとか思ってるんだろうが、まあ何だかんだ言って対処してくれるはずだ。

そろそろ潮時だろう。

「一体何の騒ぎだこれはあ!」

窓の外、教導院の外枠に観客が見える。
それに、武蔵王であるヨシナオが現れたのだ。
怒られて終わるか、逃げた後怒られて終わるか。
どちらにしても怒られるが、なんとかなるだろう。
これは告白前夜祭。
明日からは、色々と変化があるだろうが、やっぱりいつもどおりになるはずだ。

「あー、あ、ヨシナオ王が鈴を泣かしたか……。トーリも気付いて何か叫んでるし、そろそろ幽霊探しはおしまいだな」

しかし、不意に鈴がその泣き声を止めた。
誰もがえ? と鈴に視線を向ける。
鈴が開いていた口を緩やかに閉じた。

「何だ?」

鈴が両の耳に手を当てている。
何かを聞いている?

「おい、麻呂どけよ! あと、伏せろ! ベルさんの邪魔だ!」

トーリの指示に、ヨシナオは戸惑ったが、しかし皆と同様に身を低くした。

「トーリめ、ポイント稼ぎか?」

いや、鈴の耳に絶対の信頼を預けているトーリが彼女の行動を邪魔しないようにしただけだ。
鈴は頬の涙を拭いもせず、左右に耳を傾けた。
そして、

「あっちか……」

開けた窓から左舷方向を見る。
そちらは東側で、そこにあるのは各務原の山渓だ。
夜の今、あるのは漆黒の底無い空間だ。
山渓の向こう、南側には三河の町があるはずだが、武蔵からは山が陰になって町の光を見ることは出来無い。
だが、不意に闇が壊れた。
暗がりの中、照らす光が生まれた。
発火の光。炎だ。
各務原の山、峰の上に、焔の形が一つ生まれたのだ。
遅れて、遠雷に似た音が聞こえてきた。
それは、

「爆発音……。しかも、デカイぞ?!」

事故か、事件か。
それとも――。



幽霊探し解散前に、本物の幽霊が出たことによって、大騒ぎになった。
それによって、俺の女装の印象が薄れた気がした。
なので、女装を解除して元のいつもどおりの格好に戻った。

「何? ユーキ。もう私の真似は終わりなの?」
「ああ、あまり引き伸ばしても冷めるしな」

それに、

「なんだか変だ」

闇の中ただ一つの焔が不安を煽るように燃えていた。



『今日、先生は、地脈炉が良い感じに暴走しつつある三河に来ていまーす』

武蔵の艦上、宙に出現した表示枠《サインフレーム》から元信の嬉しそうな顔と声が発生した。
松平元信が用意した花火とは、地脈炉の暴走による、三河消失。

「通し道歌が、末世をかけたテストに出る?」

葵・ユーキは一人、松平元信の言葉を咀嚼する。
松平元信の愚行を止めるために、三征西班牙《トレスエスパニア》所属、第一特務の立花宗茂が現場にいた。
松平元信と立花宗茂の問答は続いている。

『危機って、面白いよね?』

――元信は言った。
考えることは面白い。
考えないと死んだり、滅びたりする。
それを解決するために考えろ。
もっとも面白い危機。
それは、

『末世だ。――この世の滅び。それは、全世界の生徒に対する最高のエンターテイメントだよ』

末世。松平元信は、全世界の人間を生徒として、彼自身が先生であるように。
全世界に向けて課題を設問する。
末世を覆せるかもしれないご褒美。

『大罪武装《ロイズモイ・オプロ》を全て手に入れたならば、――その者は、末世を左右出来る力を手に入れる』



小難しい話は置いといて、話を整理しよう。
大罪武装は九つある。
全竜《リヴァイアサン》は既に存在しており、大罪武装はその材料として人間を使用している。
大罪武装は人間の感情を部品としている。
自動人形、P-01S。ホライゾン・アリアダストの魂が、"嫉妬"の大罪武装"焦がれの全域《オロス・フトノース》"そのものである。
九つ目の大罪武装の在処は、葵・トーリの想い人であるホライゾン・アリアダストにある。
そして、極東に大罪武装はあってはならない。
紡ぎ出される答えは簡単だ。
ホライゾン・アリアダストが大罪武装ならば、それを処分する大義名分がたった今できた。
だから、

「――愚弟!?」

葵・トーリが、彼なりの全力で走りだしていた。
皆が聞こえた事実に息を飲み、顔を見合わせていた中で、それにいち早く気付いて動いたのが葵・トーリだった。
続いて一瞬遅れて気付く者がいた。

「愚弟! ユーキ! アンタ達どこ行くの?!」

葵・トーリの後を追う葵・ユーキ。
葵・ユーキは一瞬だけ、行動が遅れた事に激しく憤怒していた。
馬鹿な弟の癖に、行動力はある。
葵・ユーキは、色々と考えすぎていた。
松平元信の考えを読もうとしたり、今後の事を考えてしまったり。
彼は、愚直な行動ができる弟が少し羨ましかった。
ただ、惚れた女の為に。
わずかに迷ったが、後悔通りを弟は通り抜ける為に走る。
その後ろ、弟の背を見守るように、兄は追いつく。



「走りながらで良いから聞けよ」
「ゼェゼェ――。兄ちゃん、何だよ」

葵・ユーキと葵・トーリは並走していた。

「簡単に言えば、世界中に預けられている大罪武装は、ホライゾンの感情を利用して作られたものだ。それを手に入れようと世界が動くかもしれないが、通神《つうしん》と、さっきの放送を聞く限り、ホライゾンは聖連に連れて行かれることになるだろう」

葵・トーリは全力で走りながら聞く。

「聖連は大罪武装の確保と言っていたが、正直連れて行かれた後はどうなるかわからん」

葵・ユーキの考えでは、ホライゾン・アリアダストは大罪武装として聖連に使われる可能性が高いと考えていた。もう一方で、やはり、武蔵在住の彼女が大罪武装という理由で処分してしまうかもしれないとも考えた。
松平元信の言った事が事実ならば、彼女は三河君主の娘であり、同時に大罪武装である。
いずれにしても聖連に取って、面倒な存在になるため、ホライゾンを処分する可能性が高いのだ。

「聖連に連れて行かれるにしろ。世界中にホライゾンが大罪武装だと知られた以上、告白は難しくなったぞ。元々告白が上手く行くかはわからなかったが……」
「ハァハァ、ヒデェな、兄ちゃん。ゼェハァ」
「覚悟を決めろよ……」

ホライゾンに告白する。
昨日までとは状況が変わった。

「い、言われなくても、ハァハァ。初めから俺は、ゼェハァ。覚悟決まってるぜ!」



空に揚陸艦が浮いており、まさにホライゾンが連れて行かれる処だった。

「ホライゾン!」

ギリギリ、間に合った。
眼前には、十数人に囲まれる本多正純と、ホライゾン・アリアダストがいた。
……ホライゾンを連れて行く為の部隊の人間か。正純は花火を見に行ったはずだが、ホライゾンと居合わせた、という感じかな。
聖連に連れて行かれるホライゾンを引き止めていないという事は、正純の判断はそう言う事だ。

「葵兄弟……!?」



正純は見た。
商店街の方から走ってくる数個の陰。
先頭の葵兄弟と、その後ろには同級生である、ウルキアガ、ネシンバラ、ノリキが見えた。

「ホライゾン……」

聞いた。
葵・トーリが先程、P-01Sに向けてホライゾンと叫んだ。
そして、葵・ユーキも離れている私に聞こえる音で言った。
ホライゾンと。
今日、私は多くの事実を知った。
……お前達は、気付いていたのか?
P-01Sがホライゾンだという事に。
……それでも、何故その呼び名をどうしてすぐに使える?
まるで、昔から彼女がホライゾンだと解っていたような、そんな呼び方だと思う。
……何故だ?
その答えを拒否するように、付近の警備についていた者達が葵達に駆け寄ろうとした。
だが、隊長格が立ち塞がるように腕を広げた。

「待て! 近寄るな!」
「武蔵総長兼生徒会長が三河主君の娘に挨拶に来ただけだよ。これからよろしくってね」

葵・トーリの横にいた葵・ユーキが声を上げた。
役立たず、無能とは言われても権限は存在する。
……巧い牽制だが、どうもできないぞ。どうするつもりだ。葵・ユーキ。

「そうそう。ほんの少しの時間でいいんだ。道、空けてくれるかな?」

葵達の背後にいたネシンバラが道を空けろと声を上げる。
その声に応じるように、ウルキアガとノリキが隊員達に割って入る。
ニ人は左右に広げ、道を造る。
葵達と私達の距離はおおよそ十メートルを切った。
そして、葵・トーリがこちらに手を伸ばしたとき。

「む」

葵・ユーキが動いた。
瞬間、彼を除いた四人が空から降ってきた影によって一斉に叩き潰された。
それは、K.P.A.Italiaの隊員たちであった。
身につけた軽装鎧や、頭部防具の奥に見える顔は、誰も彼も二十代や三十代に見える。
自分達とは体格も違えば、腕や足の運びが違う。
巨漢であり、魔神族並の筋力を持つウルキアガですら、四人がかりで関節を押さえ込まれ身動きが取れない状態だが、動けたのは縛めを外したノリキと拘束を回避した葵・ユーキだ。
ノリキは、左右の腕に鳥居型の紋章を表示し、K.P.A.Italiaの隊長格に打撃を叩き込んでいた。
一方、葵・ユーキは地上に降りた隊員達の拘束を避けている。

「……軽い打撃だな」

一言と共に、ノリキの身体がくの字に折れた。

「後は、一人か。――聖連の指示により、場の権限を移譲して貰いたい!」
「ホライゾンを連れて行くつもりだな」

葵・ユーキは数名の隊員相手に逃げながら隊長格の男に言った。

「それ以上、動くな!」

葵・トーリを押さえていた隊員の内、一人が叫んだ。
彼の右腕を捕らえていた隊員だ。彼はその腕を背中側に曲げ、軋ませ、押していく。
肩を抜く気だろう。動きに躊躇いはなく、一気に行くつもりだ。

「ユーキ……」
「正純……」

それ以上の抵抗は止めろ。
でないと、弟達がひどい目にあうぞ。
……目で伝えたつもりだ。言葉では間に合わない。

「――降参」

彼は両手を上げて降参のポーズを取った。
もう、この場の権限は聖連の預りになっている。
これ以上の騒ぎは、聖連の指示に対して極東が従わなかったという結果に至ってしまう。
それが、葵・ユーキにも分かったのだろう。
聖連側の動くな、という命令に、素直に従った。
現状では違反はない、と思う。

「無意味なことだと判断出来ます」

ホライゾンの声で、静寂が訪れた。
葵・ユーキを押さえようとしていた隊員も動き緩やかになり、彼は緩やかに拘束された。
私がホライゾンに貸した本は、指導者や政治家の言動などの示したものだ。
それを彼女は読み切った。
そして、学んだのだ。
指導者や政治家がこのような場合どのような対処をするのかを。

「つまり、本に書いてあるようにすれば宜しいのですね。過去のパターンに学んで」

彼女は、本に書いてある最善の判断を行うつもりだ。

「率直に申しまして、指導者としてホライゾンが急ぎ確保されればこの騒動は生じなかったはずです。このような騒動で、ことを長引かせるのが得策とは思えませんが?」
「では、この騒動は何故起きた? この男達と知り合いではないのか?」

隊長がホライゾンに聞いた。
ホライゾンが答える前に、葵・ユーキが口を挟んだ。

「俺達はただ、三河君主の娘に媚を売りに来ただけさ。将来の為に顔を覚えてもらえれば有難い」
「ふん。そう言う事か……」

私の父を同じような事を言った。
……彼女の将来など、あると言えるのか?!

「今のチャンスを逃すと、今後は聖連を通さないといけなくなるからな……まあ、無理なら諦めるしかないか……」
「――Tes.」

隊長が、葵・ユーキに応じてホライゾンを連れて行くよう指示した。
媚び売りのチャンスを与えた。だから、これ以上騒ぐな。
そういった感情がこもった返答に聞こえた。
だが、地面に押さえつけられた葵・トーリが、

「ホライゾン……!」

抵抗して、頭をあげようとしていた。
それを、隊員達が慌てて押さえつける。

「聞けよ、ホライゾン。俺は――」

そこまで葵・トーリが言ったとき、私の視界の端でK.P.A.Italiaの隊員が舌打ちと共に右手を掲げた。
彼は、指を構えて鳴らそうとしていた。
それが鳴らされたら、葵・トーリは――。
それをされた後、葵・ユーキは――。
……まずいぞ!
葵・トーリが傷付けられたら、確実に、葵・ユーキは動くだろう。
最悪、この場で抗争が起こる。
思った瞬間。父のささやきが聞こえた。

「知っているか。ホライゾン・アリアダストが元信公に轢かれた原因は、一人の少年との喧嘩だったそうだ。喧嘩から逃げ出した彼女が轢かれ、少年はそれを救おうとして救えなかった。その少年が誰なのか解かるか?」

ああ、解るとも。
今ならば解る。
その少年が、今ここに来てまた届かない事も。
今、葵・トーリが肩を抜かれれば彼の負傷になる。
そして、葵・ユーキは動くだろう。
それは、問題を生むことになる。
聖連の決定に対して、極東側が逆らい、さらに抗争する証拠《きっかけ》となる。
そうなれば、聖連と極東の争いになる。

「正純……」

葵・ユーキの声が耳に届く。
彼の目。
弟が目の前で傷付けられたら、流石に黙ってはいられない。
だから、お前が、弟を止めろ。
その瞬間。私は飛び出した。

「黙ってろ馬鹿!」

K.P.A.Italiaの隊員がこちらの動きに気付いたが、遅かった。
葵・トーリの顔面を蹴り抜く。
格闘を得意としてないが、流石に無防備な顔面に蹴りが思い切り入れば気を失う。



『――これより授業を始めまぁーす』

次の瞬間。新名古屋城が爆発、消滅した。
そして、三河は新名古屋城を中心として消滅した。
消滅の大きさは直径数十キロに及んだ。

翌明朝。
各国が動き出し、三河に来訪していた教皇総長イノケンティウスが聖連の臨時代表として判断を下した。
それは、今回の事件によって三河を失わせた松平家に対し、責任を追求するというものであり、内容としては松平家の取り潰しと代理襲名の決定と、三河が隠し持っていた大罪武装を聖連に奉還するものであった。
三河君主の子である自動人形の魂と同化した九つめの大罪武装の奉還。
彼女の魂を三征西班牙(トレス・エスパニア)の審問艦にて分解。
そして大罪武装を取り出す。その意味は、彼女の自害を意味した。
なぜならば、自動人形は魂を壊されれば死ぬからだ。



作者からの伝言
アニメから入った人は原作購入をおすすめします。
それが最善の判断だと思います。――以上。
配点:(布教)
 
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