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不可能男の兄

作者:葛根
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プロローグ



――その日の朝はいつもと同じだった。



布団の中、異常な柔らかさと温もりを感じる。
全裸の、女がいた。
……葵・喜美。妹だった。
年齢的にまずいと思いつつも諦めている部分がある。
静かに布団から抜けだして、早朝の日課となっているランニングの為に着替える。
妹については、高価な抱きまくらだと思えば良い。
こうやって、たまに兄である俺のところ、弟のトーリのところと全裸侵入してくる。
今回の理由は、知らん。どうせ、怖い話でも聞いたんだろう。



妹と弟を起こさないように静かに部屋から家の外へと移動する。
体をほぐして薄暗い中、武蔵を走り始める。
走り始めてすぐに視線の先、三十メートル離れた所に金髪の色々と貧しい人物がいた。
それも、足元に犬を十匹位引き連れていた。
その光景を見れば、犬に追われているように見える。
しかし、走る脚は確かに地面を捉えており速度は俊足と言って良い。
……小さいからすばしっこい。
体ネタは、女性に対して失礼にあたるので思うだけにした。

「あ、おはようございます。ユーキさん、いつも早いですねー」
「おはよう。アデーレ。今日も元気だね」

犬は俺の定位置だと理解しているのか、アデーレの横に並ぶ際にわざわざ道を開けてくれた。
アデーレに並走して走る。

「ユーキさんと一緒に走るのも長いですよねえ。三年目くらいでしたっけ?」
「そうだね。確かそのくらいだったような。小等部はかけっこで、中等部は逃げ足で鍛えてたからね。いつも走ってる気がする」
「あー、巻き込まれ系ですもんねー。自分もそうですけど。クラスの中じゃユーキさんて結構常識人ですからね」
「身内がいつも迷惑かけてすまんね」

俺自身にも被害があるからなあ。
主に、兄だろ? 何とかしろよ、という感じで責任を押し付けてくるのだ。

「いえいえ、謝らないでくださいよ。昔からの事ですからみんなも諦めてるんでしょうね」
「それはそれで、ダメな気がする。鈴やアデーレだってまともな方だよな。正純は、新人だからな。それでも、一年で大分武蔵の芸風に慣れて来た気がするが……」
「そうですね。副会長も苦労重ね過ぎて色々とぶん投げてるんでしょうねえ。責任とか」
「そりゃ困るな。でも、正純に限っては何だかんだ言っても最終的には何とかするからな。正純と言えば、最近トーリが正純の尻を眺めてる時があるんだけど、ついにそっちの方に目覚めたのか?」

正純の歩き方からして、女の気がするが胸がないし、女性であった場合かなり失礼な事を聞くことになるからな。



「私に聞かないでくださいよー」
「悪い悪い。どうも、アデーレは話がしやすいから余計なことも話してしまうみたいだ。ほら、小動物的で懐いてる感じで可愛いし」

それは、褒められているんですかね。
嬉しいような、嬉しくないような。

「まあ、総長は馬鹿ですからねー。何も考えてないんでしょう」
「本能のままに正純の尻を眺めるとは、重症だな。殴って目覚めるかなあ」
「どうでしょうね。ますます馬鹿になるんじゃないですか?」
「馬鹿が一回りして正常になるかもしれないぞ」

ユーキさん本気ですねぇ。総長、ゲンコツで済めばいいですけど。

「私ではわかないので、試して見ればいいのでは?」
「アデーレって遠慮ないよね」

ユーキさんも遠慮ないですけどねー。

「走り終わったら朝飯食ってくか?」
「えー、と。どうしましょうね。あまり、たかるのも良く無いですからね」
「成長期だから遠慮するなよ。成長期だから、諦めるなよ」

何を諦めるなと。
それを言わないのがユーキさんらしいですけど。
付き合いは長いですけど、一番の謎はユーキさんは総長や喜美さんと暮らしているのにまともなんでしょうね。
クラスの中でも鈴さんの対抗馬としてストッパー兼ブレーキ役を兼ねて更に副会長と同じく真面目系と属性が沢山付いていると思う。
敢えて苦労を背負う様にしているのか、それとも素でやっているのか、どうなんでしょうね。

「朝飯、いただきます。……持ち帰りで」

以前の様に家で朝飯を食べると全裸の総長が現れたり、半裸の喜美さんが現れたりするので厄介なんですよね。



「なあなあ、兄ちゃん。"武蔵"さんのパンツ見たくね?」
「愚かな弟。やめときなさい。危険過ぎる……! 怒られるのはトーリだが、放置した責任を兄が問われるんだぜ。これ、大切だから覚えとけ」
「うんうん。わかったぜ。兄ちゃん。やるな、やるなの前フリだな?」

芸人だからしょうが無いと言い訳をしたいところだ。
武蔵の総長であるため無能と示す為に馬鹿な行動をするのと、パンツを覗きに行くのは全く持って何の関係性もない。
今のトーリの全裸も同じく無能の証明に不必要な格好である。
そもそも、聖連には不可能男《インポッシブル》と既に認められているのだ。
厄介なのは、俺に"武蔵"さんのパンツを見たくないかと聞いてきた事だ。
これは、俺は見に行くことを兄である俺に言ったぜと言い訳を作っているのだ。
俺、兄ちゃんには事前通達したぜっ! と声高らかにするに違いない。
放置したら当然のごとく外道達からは覗き犯を番屋に差し出さなかったと言われるだろう。
しかし、番屋は現行犯じゃないと捕まえるのは厳しい。
ならば、

「トーリ。"武蔵"さんは自動人形だ。だから、パンツなんて穿いてるわけないだろ……」
「え? マジで! ノーパンか? ノーパンなのか?! こうしちゃいられねぇ。どうあっても"武蔵"さんのスカートの中を見に行くぜ!」

悪は去った。
パンツを覗きに行くからスカートの中身を確認するに行動の目的を変換した。
常識人の俺としてはよくやった方だ。
実際、"武蔵"さんがパンツを穿いているかどうかなどしらん。
アレ? スカートの中身を確認するのと、パンツを見るのって結局あんまり変わらなくね?
まあいいか。"武蔵"さんには先に馬鹿がそっちにスカートの中身を覗きに行くよって知らせたし。
後は、番屋を待機させて現行犯逮捕だ。
俺には責任ないよな?
うん、ないはずだ。



表示枠《サインフレーム》を眺める自動人形がいる。
"武蔵"だ。

「どうしたの? "武蔵"さん。誰かこっちに来るのかな?」
「Jud.――。武蔵の総長兼生徒会会長がこちらに。ええ、私のスカートの中身を確かめに来ると、葵・ユーキ様より連絡がありました。――以上」
「へぇ。葵・ユーキ君がねぇ。彼も苦労してるんだろうねぇ。狂気度薄めだからね、葵・ユーキ君は……」

酒井忠次は薄い笑みを受けべて、一息ついて続けた。

「彼さぁ、初等部、中等部と結構ギリギリの出席日数でねぇ。高等部に入ってから落ち着いたけど。高等部以前の葵・ユーキ君は、ふらふら~と消えてね。どこ行ってたの? て聞くと、武者修行って答えるのが彼のテンプレ回答なんだよねぇ」

困ったもんだねぇ。と呟きながらも、酒井忠次は何かを知っている様だった。

「真面目系人物と思っていた葵・ユーキ様は実は不良だったんですね? ――以上」
「どうだろうねぇ。一応、成績はトップだし、根は真面目系だと思うよ?」

ただし、

「放浪癖があるけどね。世界を自分の足で回ってみたいって、武蔵に乗ってるだけじゃ不満なのかねぇ」
「酒井様の話を聞く限りで判断しますと、不満があると判断します。――以上」

酒井忠次は白髪の混じった頭をかきつつ、どうしたもんかねぇ、と呟くようにそう言った。

「去年の今頃だったかな。葵・ユーキ君さ、三河に乗り込んで番屋にとっ捕まって俺、偉い人にマジ怒られしたの覚えてる?」
「Jud.、三河当主の松平・傀儡男《イエスマン》・元信様からお叱りを受けたのを記憶しています。――以上」
「彼さぁ、無断で武蔵から降りた上に、実は"新名古屋城"の正門付近まで侵入しちゃってて、三河の自動人形に超包囲されて、「俺って自動人形にモテモテ?」とか言ったらしいよ。彼、真面目系なのにやっぱり、馬鹿だよね?」

武蔵は、少しの間、考えた。しかし、彼女は、

「酒井様がマジ怒られした理由が現在になって理解できました。葵・ユーキ様のハシャぎ具合は行き過ぎていると判断します。――以上」
「だよねえ。その時の言い訳が、道に迷っただからね。絶対に確信犯だったよなぁ。結果だけ言えば、彼の侵入は無かった事になってるし。"新名古屋城"建てたおかげで町中に怪異が溢れてるから、怪異に迷わされたって事にしろってなってさ。侵入じゃなくて、怪異による迷子って感じでね」

武蔵は酒井のため息を聞いた。

「そんな三河にいる昔の仲間から"十年ぶりに顔を出せ"って言われてるんだよね。三河中央部、十年ぶりに行って大丈夫かね?」



――1638年 少女 ホライゾン・Aの冥福を祈って 武蔵住人一同

高さ五十センチほどの、花の飾られた碑石のその表面の一文だ。

「……ホライゾン。今日も来たよ……。弟は相変わらずここに来れないみたいだけどさ」

石碑の前、一人の少年が立っていた。
茶色の短めに整えられ、首元辺りからは束ねられた髪が腰上まで伸びている。笑っているような目。男の制服に身を包む葵・ユーキだ。

「……未練たらしくホライゾンがいなくなってから後ろ髪だけ伸ばし続けてるけどさ。まさに後ろ髪を引かれる想いってやつ?」

……誰も聞いてないよな?

「一年前、お前に似た自動人形が武蔵に現れたよ。トーリなんか、その自動人形がホライゾンだって根拠のない確信を持ってるみたいだけどさ。俺は、馬鹿な弟の言う事を信じてやらないといけないじゃん? 
兄的に。だから、去年、ホライゾンの親にちょっとお話を聞きに行こうとしたけど、失敗したよ。お宅の娘さんに似た自動人形がいるんですけど何か知りませんかって、聞きたかったんだけどさ」

さすがに、無理だったな。
武器持ってたら襲撃だと思われるから無手で行けるとこまで行ったんだけど、十数体の自動人形相手に囲まれちゃどうにもならなかった。
とっさに迷子になっちゃったーっ! て大声で叫んで事無きを得たけど、二度は使えない大技だよなぁ。
その証拠に、

「今年も行こうと思ってたけどさ。酒井学長がマジ怒られしてさ、俺、三河に降りること禁止されちゃっててさ。どうしても降りたいなら許可を得るのと学長監視の元、一緒に行動するなら降りれるって、これってどういうことだろうね? 酒井学長ってホモなのか?」

あまり、考えたくない。さらに、手続きが面倒だし、三河の入り口までしか立ち寄れない。
それに、元信公に会えるわけでもない。
そして、表示枠《サインフレーム》には、臨時の生徒会兼総長連合会議の議題"葵君の告白を成功させるゾ会議"がネシンバラの提供で開催されている。
"武蔵"さんのスカートの中身確認でぶっ飛ばされて、"ぬるはちっ!"の初回限定を手に入れる為に並んでと、なかなか朝から忙しい弟だ。
泣きゲー卒業とは聞いていたけど、マジで契約結ぶつもりなのか。

「明日で、十年か……、区切りちゃあ、区切りだな」

――兄ちゃん、俺、ホライゾンに告りに行くわ――

誰よりも早くそれを聞いたのは俺だった。

――P-01Sは自動人形で、ホライゾンじゃないぞ。分かってるのか?――

――解ってるさ。だから、一年見てきた。ストーカーのように――

――捕まれよ。愚かなる弟。で、どうだった? ストーカーの成果は?――

――それがさぁ。別人なんだよ。でもさ、ホライゾンかどうかじゃなくて、いろいろ頑張ってる部分に惹かれちまってさ――

――もし、彼女がホライゾンなら、俺は、彼女に近づく資格もないって、思ってたわけよ。でもさ、段々と、いてくれるならそれだけでいいと思って――

――もし、彼女がホライゾンじゃなくても、何も出来ねぇ俺だけど、一緒にいてくれねえかな――

――一週間前くらいからソワソワしてた理由はそれか――

――さすが、兄ちゃんだ。うん。そろそろ十年。けじめつけねぇと――

「十年か。トーリは、振られるかもって微塵も思ってないのかな。まあ、振られたとしても、アイツの夢は、叶えてやりたいよな」

告りが成功しようが、失敗しようが、明日以降のやることは決まっている。
その為に出席点を稼いだのだ。ちなみに、今日は完全にサボりだ。
午前はともかく、午後は完璧なサボりだけど、まあいいか。
ノートはミリアムのを見よう。
外道連中に借りるよりはだいぶマシだ。

「じゃあな。また、来るよ。ホライゾン……」

碑石に別れの挨拶をして、俺は足を自宅へ向けた。



「そう言えば、去年ユーキ君が色々無視して武蔵から三河に降りて迷子になって聖連に見つかる前に保護されて色々無かった事になったけど、最終的に酒井学長がマジ怒られしたのって丁度去年の今頃だっけ?」
「Jud.、わざとらしくトーリ殿のエロゲーを三河方面にぶん投げて、あ、落し物しちゃったって壁走りして、大跳躍。そして、三河に侵入したで御座るな……。ぶっちゃけ、普段の真面目な様が擬態かと思ってしまうのは自分だけで御座ろうか?」

ネシンバラの問いに答えたのは、今しがた葵・トーリに上手く言葉に出来無い言葉を叩きつけられた忍者の点蔵だった。

「後で調べて分かったんだけど……、ユーキ君って、持ってるんだよね。激運を」
「フフフ、メガネ。ユーキがラッキーボーイって事くらい私は知ってるのよ? でも聞いてあげる。どういうこと?」

ネシンバラの言葉に反応したのは、喜美だ。彼女は髪を風になびかせながら、聞いた。

「愚弟のエロゲーは帰って来なかったけど、ユーキは帰ってきたわ。けど、いくら聞いてもどうやって帰ってきたのか、どこに行こうとしたか答えてくれないんだもの」
「えーと、どこに行こうとしたかは酒井学長辺りが知ってそうだけど、どうやって帰ってきたかは調べてわかったんだよ」

それは、

「三河の自動人形に保護されて、ユーキ君は荷物扱いで、三河から武蔵行きの搬送物に紛れ込ませて武蔵に帰投。後は知っての通り、荷物を酒井学長が受け取ってこの話は他言無用。聖連からの物言いがなかった件だけど、うん。単純に、監視役が居眠りしてたんだよ。
監視役が気付いた頃には何も異常はなかった。つまりは、元信公が何かしら裏工作でユーキ君の三河侵入を無かった事にしたんだね。その辺の理由は――、って、聞いてないよね!」

話のオチは監視役の居眠りだ。その辺りから、ネシンバラの話を真面目に聞こうとする人物はいなかった。

「監視役の居眠りだけじゃないんだ。部下の殆どが、集団食中毒で下痢。当時の監視体制は信じられないことにその監視役一人だったんだよ……。普通有り得ないよ、こんなこと」

どうやって、その事を調べ上げたのか聞くと長くなると長年の付き合いで理解している皆はネシンバラを無視した。

「有り得ないって、ユーキ君が当たり付きアイス買うと三回以上は当たり連続で引くからねー。商人としてはやりづらい相手よ……!」

ハイディは悔しそうに言った。

「ウチの神社でおみくじ引いても大吉以外出たこと無いですからね。ええ、私の記憶が確かならここ十数年は大吉連続記録中ですしね――」

浅間は記憶を辿って、途中で止めた。
何故なら、激運はラッキースケベにも適応されるからである。
質の悪い事に、ラッキースケベは事故であったり、女性側の不注意が殆どの為、怒るに怒れないのだ。
この前も、躓いて転びそうになったところを助けられたのだ。
その際に、胸を鷲掴みされたが、転びそうになったのを助けてくれた上に、相手に悪気はない。
ふと、見渡すと女性陣が若干顔を赤らめていた。
皆、ある意味被害者なのだ。

「――? こんなところで座り込んで、皆何してるんですの?」

女性陣の先、校舎側から声がした。
全員が振り向くと、校舎の入り口から、ニつの影がやってきた。
酒井忠次と、ミトツダイラだ。

「よう」

酒井が手を挙げて挨拶をした。



「学長先生、三河の中央、名古屋までいくのかよ? よく許可が出たな」

トーリが笑みを向けながら言った。酒井忠次は、苦笑気味に表情を作り言った。

「昔の仲間の呼び出しでね。――十年ぶりだ。酒飲んだら帰ってくるよ。最近の三河は鎖国状態で悪い噂があるから、それに、トーリの兄に俺が利用されて三河にまた乗り込まれたら今度は聖連に見つかるだろうしねえ。マジ、勘弁ね」

と酒井がそこまで入った時だ。シロジロが手を挙げた。

「酒井学長、駄賃を払うので三河の流通を見てきてくれませんか。――去年はユーキがついでに見てきてくれてタダで済んだのですが、今年はそうも行きそうにないので。今年は何故か物資を殆ど買わず、売りに徹してます。入港前に更に大量の売り込み提示がされたため、輸入業者が倉庫の取り合いをしている案配で」
「さっき、殿先生が"花火"とか言ってたがなあ。それと関係あんのかね。あと、駄賃はいらないからユーキ君を拘束しといてくれない?」

Jud.、とシロジロが言った。
酒井は少し安堵して、三河の話を終える為に話を変えた。

「――で、何か噂になってんだが、トーリ、お前さんが告白するとか何とか……相手は誰だい?」
「ホライゾンだよ」



山の中腹に木造の建物がある。
"各務ヶ原"と書かれた警備の番屋だ。
武蔵の陸港と下の市街を結ぶ東側山岳回廊の傍、山側の関所を見下ろす位置に設けられている番屋だ。
その番屋にニ人、長銃を抱えて椅子に座っている三征西班牙(トレス・エスパニア)の紋章を着けた赤い制服姿のニ人は、一人は山側を、一人は麓側を見ていた。

「――そう言えば、去年の今頃に幽霊がでたとか」
「俺の聞いた話じゃ百鬼夜行に人間が連れていかれて命からがら逃げ出したって聞いたけど……」
「怪異出まくってて、どれが真相で、どれが嘘なのかわかんねーなぁ……」
「俺が聞いた先輩の話じゃ、自動人形に囲まれた怪異が迷子になったとか訳の分からないこと叫んで消えたとか言ってたな」

二人は同時に一息吸って、ため息をはいた。

「今年は面倒事なきゃいいけどなぁ」
「そうですね」



山道、関所への道を酒井と正純は歩いていた。

「正純君はユーキ君が何か計画してるとか聞いてないよね? トーリが告るのに合わせて動きそうじゃん、彼」
「いえ、私は何も聞いてませんね。コクりの方も。大体、総長兼会長がいきなり告り予告の公言して教導院で騒ぐとか……。ユーキが、止めそうですけどね」

まだまだ、知らないことが多いなあ、正純君。

「どうだろうね。ユーキ君は正純君から見てどう?」
「どう? と聞かれても……。食事を恵んでくれたり、バカ達を叱ってくれる唯一の存在というか、なんというか……」

正純は少し、戸惑いつつも続けた。

「頼りになる奴だと思いますよ。ユーキが葵達の兄だというのが信じられない程に」

頼りになるか。

「まあ、普通はそう思うだろうね」



「ユーキ君さ、色々あって今は落ち着いた感じだけど、時々何考えてるのか手段を選ばない事あるから気を付けなよ」
「は?」

聞いた言葉を疑う。
酒井学長が、ユーキに対して気をつけろと言ったのだ。

「気を付けろと言われましたが、今のところユーキは正常だと思いますが」
「俺さ、――正純君もこっち側に来ると、面白いと思うんだよなあ」

酒井学長、よく意味のわからないこと言うんだよなぁ。
ユーキはまともな方だと思う。
いや、まだ私が知らないだけかもしれないが。
それでも、クラス連中の中では向井と同じくブレーキ役だと思う。
それに、副会長としての愚痴もよく聞いてくれる。
主に、馬鹿が馬鹿をやった時の後始末の際には手伝いしてくれるし、通神系のサポートもしてくれる。
副会長補佐として誘いたいものだが、何故か役職を嫌うからなあ。
その辺りの話を踏み込んでしたことがないのは、私が足りないからだろう。
皆の事を知るために、"後悔通り"を調べる予定だ。
その結果として、何か知ることが出来ればいいが……。



今年も去年同様で三河に乗り込もうと色々な方法を考えていたのだが、全ては白紙に戻ってしまった。
東君から経由してハイディからK.P.A.Italiaの教皇総長と、三征西班牙(トレス・エスパニア)の特務が来ると情報が入ったからだ。
流石に、聖連の目を誤魔化すのと特務の目を誤魔化すのは骨が折れる。
バレたら大問題になるだろう。
最悪、国際問題か聖連の圧力が強まってしまう。
それはまずいと思う。まあ、トーリの告白までは大人しくしていよう。
けじめを付けた後の方が大変だからな。

――皆の夢が叶う国を作る――

不可能男(インポッシブル)の弟が、不可能だと思われる夢を叶える。
何も出来無い弟。
ならば、何も出来る兄が必要だ。
だから俺は――。
馬鹿な弟の夢を叶えられる様に――。
――強くなろうと思った。
ホライゾンが死んだ時も、トーリが向こう側に行こうとした時も、喜美が泣いた時も。
俺は泣かなかった。
それが強いかどうかはわからない。
だけど、いずれ分かる時が来ると思う。



「そういや、今日はユーキの姿を見ないさね」

直政は右腕を、大型レンチの義腕としている。
その義腕に買い出しした紙袋を懸架していた。
直政に並ぶ様に紙袋を持った巫女服姿の浅間と鈴とアデーレがいた。
トーリの告白前夜祭として、夜に教導院で"幽霊探し"をする。
その為、右舷二番艦・多摩の表層部右舷側商店街で明日の打ち上げ用と、今日の幽霊探し用の買い物を終えた処で、直政はふと、思い出したようにユーキの事を口に出していた。

「そう言えば、早朝に一緒に走った後からユーキさんの姿を見てませんね」

始めに答えたのはアデーレだった。

「朝にトーリ君が"武蔵"さんのスカートの中身覗きに行くから、逃げたらズドンしといてって連絡はありましたけど……、私も今日はまだユーキ君の姿を見てないです」
「わ、私も、見てないよ」

浅間と鈴も続いて、ユーキの姿を見ていないと言ったのだ。
珍しい事もあるもんさね。
ユーキの傍には誰かしらいることが多いけど今日は誰もユーキの姿を見ていない。

「ユーキって、隠れんぼ異常に巧かったさね。地面に潜ったり屋根裏に隠れたりさ」
「そう言えばそうでしたねー。浅間さんが半泣きくらいで見つからないって言い始める時に現れてましたね」
「い、息を殺してるから、私も、見つけにくい、の」
「あまり思い出したくない記憶なので、勘弁してください」

肩を落とす浅間を見て、直政は思う。
線引きの巧い奴さね。傷付けず、冗談で済むタイミングで現れる。
小等部からの付き合いだ。休みがちでサボり魔と思いきや成績は良かったさね。
最近じゃサボリは少ないけど、今日は久々のサボりってわけさね。

「どうして急にユーキ君の事を?」

浅間の問いに直政は、どう言えばいいのか、と思ったがややあってから答える。

「――あたし達は、トーリと同じように、ホライゾンの事を知ってる。ユーキもそうさね」

その言葉に、皆が沈黙する。

「ユーキは、どう思ってるのかって思うさね」

歩きながら話すかと直政は顎で道路を示した。



浅間は、ホライゾンの古い思い出を語りながら思う。
マサもホライゾンの事を気にしていたんですね。
それに、ユーキ君の事も。
ユーキ君も、トーリ君も今回の告白をどう思っているんでしょうね。
私の胸の話は置いといて。
直政の言うとおり、明日からこういう話題も出しにくくなるかもしれないですよね。
肝心のトーリ君を置いて、ユーキ君はなにしてるんでしょうか。

「ユーキは身内にも厳しいさね。でも馬鹿が馬鹿やって事後処理するのはユーキのくせに止めやしない」
「総長の行動は、読めないですからねー。朝練からユーキさんの家に誘われてドア開けたら全裸の総長がいた時は凹みますからね。朝から変なもの見せられて」
「全裸ネタには甘めですからね。ユーキ君は」

ゴッドモザイクがあるから良いってもんじゃないんですけどね。

「馬鹿な妹と、馬鹿な弟がいると一番上の兄はしっかりするもんさね。喜美の馬鹿は気の回る馬鹿なんだけどさ。明日、トーリがコクって上手くいったら、喜美が一番食らうだろうに。――ユーキはどうなんだろうさね」

喜美は階段の上に座ったままだ。
トーリ君が後悔通りに行ってみるって言った。
喜美はそれを見守るつもりなのだ。
ユーキ君は、放任なんでしょうか。
それとも、何か別の用事をトーリ君に頼まれているのでしょうか。

「それは――」

分からない、と。素直に言えなかった。
優しくて、時に厳しいトーリ君の兄。
トーリ君を向こう側に行かせなかった喜美には皆、頭が上がらない。
けど、私だけが知っている事がある。

「――トーリ君の告白が上手く行ったらユーキ君は喜ぶと思います」



浅間の後に、鈴は昔のホライゾンの事を話した。
優しい人。目の見えない鈴に前もって知らせる行為がある。
それを忘れていない葵・トーリの事。
今でもホライゾンが始めた事を続けている事。
鈴の発言に、浅間が乙女チックな思惑をした時に、クラスメイトの男子生徒達が現れて合流した。
その中にはやはり、葵・ユーキの姿はなかった。



兄、行方知らず。
妹、見守る賢姉。
弟、後悔へ挑戦。
配点:(兄妹弟)


 
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