とある星の力を使いし者
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第147話
黄泉川愛穂は車のハンドルを握っていた。
見た目は国産の安っぽいスポーツカーだが、エンジン音が妙に低い。
逃走者を追う為に、見えない所をガチガチにチューンしているのだ。
ギアが七速まで入るという辺りで、どれくらい無茶をしているのかを想像して欲しい。
今日の午後にマンションからいなくなった打ち止めを捜して、適当に車を走らせている訳だが。
(どうにも、道が空いているような・・・・)
元々、学園都市は学生の街だ。
教員や業者、大学生ぐらいしか車を使えない為、普通の大都市圏に比べると交通量はそれほどでもない。
しかし、それにしても今日は車がない。
定期的にワイパーの動いているフロントガラスの向こうに広がっている道は、それこそ滑走路のように見える。
「どうなってんだか・・・・」
愛穂はつい呟いた。
ふと、自分の首から下げているお守りに視線を向ける。
彼女はウィンカーをつけると、速度を落として路側帯へ車を寄せて停車する。
九月十四日に麻生から貰ったお守りだ。
安全祈願と書かれたお守りを見て少しだけ笑みを浮かべる。
愛穂はそのお守りを大切に持っていた。
警備員の仕事の時でも、教師の仕事の時でも肌身離さずに持っていた。
首から下げているお守りを外して、少しだけ考える。
(このお守りを貰ってから怪我とは少なくなったじゃん。)
警備員の仕事上どうしても怪我をする事がある。
しかし、このお守りを貰ってからそういった事が劇的に少なくなった。
科学の街の教師をしている愛穂だが、お守りに守られているかな?、というオカルト的な事を思っていた。
何より、これは桔梗ですら持っていないお守りだ。
自分だけに贈られたお守りを見てさらに笑みを浮かべる。
その時、カーオーディオの代わりに突っ込んである車内無線のランプが光っている事に気がついた。
無線機の方を見ると、ガーッ、という低い音と共に葉書サイズの紙切れが吐き出されてきた所だった。
デジカメ用の小型プリンターと原理は同じだ。
警備員の司令本部から各端末へ。指名手配所の顔写真などを送る時に使われるものだ。
写真は粗かった。
遠距離から撮ったものだろうか。
カメラが揺れていたらしく、輪郭もぼやけている。
それでも、大勢の警備員が倒れている中、黄色い服を着た女が突っ立っているのが分かる。
愛穂は手に持っているお守りをフロントガラスとハンドルの間にあるスペースに適当に置いて、その写真を手に取る。
「?」
愛穂は戸惑った。
普通なら、写真の他にも現場の情報などの文字情報もプリントされている筈だが、それがない。
これでは、そもそも写真の女が何をやったかも不明だ。
何らかの事件の容疑者なのか、それとも保護対象なのかも判断がつかない。
迷子になっている打ち止めも気になるが、やはり優先順位は『迷子』より『事件』だ。
それに麻生も捜索に協力してくれている。
もしかしたら見つけて、これから自分のマンションに戻っている可能性もある。
連絡も来る筈だから、ともかく目の前の事件に集中する。
無線機のスイッチを押して、それから言った。
「こちら黄泉川から本部へ。
コール334についての詳細を求める。」
連絡ミスかな、と思って確認を取ろうとしたのだが、返事はない。
サーッ、という低いノイズだけが彼女の耳に届く。
その後も何度か無線機に向かって話しかけたが、応答が返ってくる事はなかった。
「・・・・・」
愛穂は無線機のスイッチを切る。
路側帯に停めた車の中で、愛穂は葉書サイズの紙切れに視線を注ぐ。
そこには、雨の中で倒れている警備員達と、その真ん中に突っ立ている黄色い服の女が写っている。
(この女・・・)
もう片方の手の指で、写真の中の女を弾く。
(一体これは何なんだ。
見た感じじゃ、保護対象ってツラじゃないじゃんよ。
まるで、ウチの同僚を叩き潰した後みたいな・・・)
不気味な感触が、愛穂の背筋を駆け抜ける。
それと同時に、自分の同僚が地面に伏している事に怒りを覚え、
(ま、ツラを見かけたら丁重にお話を伺うとしますか」
適当に考えたが、愛穂が再びスポーツカーを走らせる事はなかった。
ゾン!!、と。
黄泉川愛穂の脳に、唐突に衝撃が走ったからだ。
「あ・・・・ッ!?」
悲鳴すら上げられなかった。
そのまま全身から力が抜け、彼女の上半身がハンドルにのしかかった。
胸が圧迫されて苦しかったが、どうする事もできない。
身体の芯から指先まで、全ての力が奪われている。
急速に視界が狭まっていく。
(な、にが・・・・)
訳の分からないまま、愛穂の意識が落ちていく。
ほんの数十センチの所に車内無線のスイッチがあった。
しかし、助けを求められない。
呼吸すらもままならなくなってきた。
(・・・・この、写真)
気をつけろ、という同僚からのサインだったかもしれない。
もしかしたら、自分と同じ状況に陥った警備員が、最後の力を振り絞って送信してきた可能性もある。
だが、それが生かされる事はなかった。
愛穂は落ちていく意識の中、前を見る。
すぐそこには麻生のお守りが置いてある。
愛穂は動かない腕を必死に動かし、そのお守りを掴もうとする。
しかし、その手が届く事はない。
腕に力が入らなくなり、だらりと腕が完全に下がる。
(・・・くそ・・・・きょう、すけ・・・)
親指と人差し指の間に挟まっていた写真が、ひらりと落ちた。
それと同時に、黄泉川愛穂の意識も完全に失われる。
どれくらい走っただろうか。
麻生恭介は第七学区の繁華街らしき店が多く並ぶ所を走っていた。
本来ならこの時間帯でも、人や店などが灯りを灯して賑やかにしていただろう。
しかし、今はその面影すらない。
灯りは消え、人の気配が全くしない。
麻生は人通りの多そうな所を中心に走っていた。
打ち止めの捜索をしていた愛穂は車でこの付近を見て回っているかもしれない、と思ったからだ。
一方通行の話を聞いた時、愛穂は車内で色々捜査すると聞いた。
なので車での移動をしている事は間違いないだろう。
だが、この異変に気がついた愛穂は捜索を中断して、この異変を調査する可能性がある。
そうなれば行動を予測する事は難しい。
携帯での連絡ができないこの状況では、一刻も早く見つける必要がある。
桔梗の方も愛穂のマンションを出ていない事を祈るしかない。
(連絡が取れないこの状況はやはりきついな。)
この異常な電波障害の状況に舌打ちをしつつ、愛穂の車を探す麻生。
その時だった。
ドン!!、という凄まじい轟音と何かが破壊されていく音が同時に聞こえた。
一瞬、一方通行が能力を使って派手に暴れているのかと思った。
が、その音は数メートル先のイタリア料理系のファミレス店の中から聞こえた。
「・・・・・」
少しだけ考え、そこに向かう。
こんな状況下でなければ間違いなく無視する。
馬鹿な不良が喧嘩しているのだと、適当に考える。
しかし、『猟犬部隊』や原因不明の昏倒。
それに麻生の直感。
これらが飛び交うこの状況で少しでも情報が欲しい麻生はそのファミレス店に向かう。
割れた窓ガラスからこっそりと中の状況を窺う。
中の状況は悲惨な光景だった。
床や壁や柱などほとんどがボロボロの状態で、ファミレス店にいる客も料理に手をつけることなく、テーブルや通路に伏している。
そんな中、二人の人物が戦っていた。
一人は服装が、中世ヨーロッパの女性が着ているようなワンピースにも見える。
髪は全て頭で束ねられた布で覆われ、毛の一本も見えない。
顔は、口も鼻もまぶたもピアスが取り付けられていて、バランスが崩れているほどだった。
目元には強調するようなキツい化粧が施されていて、威圧感が余計に増していた。
そして、手には全長一メートルを超す巨大なハンマーが握られていた。
グリップの中ほどから先端にかけては、鋭い有刺鉄線がグルグル巻きにしてあった。
柄の掴まれないための防御策か、それとも儀礼的な装飾なのか。
その女性に向かい合うのように立っている人物は麻生も良く知っている人物だった。
上条当麻。
彼はその女性を強く睨みながら、肩を上下に揺らしている。
息も荒い事からかなりの運動をした事が分かった。
(さて、どうする。)
一目見ただけで、何かしらの事情に巻き込まれている事は分かる。
少しだけ考えため息を吐いた。
(俺はあいつとつくづく縁があるみたいだな。
本当に迷惑だがな。)
温存しておきたいが、ここで能力を使った方がいいと判断する。
あの女性は何か事情を知っているような気がしたからだ。
麻生が乗り込もうと思ったと同時に、女性が昏倒している近くの客に向かってハンマーを振り回す。
距離は離れていたが、ハンマーから風の塊が飛んでいく。
咄嗟に上条が右手を伸ばそうとするが、それよりも早く麻生はその風の塊を掴んだ。
「「!?」」
二人は麻生の登場に驚く。
女性はそれが麻生恭介だと分かると舌打ちをし、上条はほっ、と安堵の息を吐く。
風の塊を掴んだまま、上条の隣まで移動する。
「さて、どういう状況なのかは知らないが目の前で人が死ぬのは目覚めが悪いからな。」
そう言って、目の前の女性に視線を向けて言う。
「あと、これ返すぞ。」
手に掴んだ風の塊を左足で蹴りつける。
まるでサッカーのゴールキーパーがパントキックするような要領で。
弾道のように直進していく。
それを女性は同じ様な風の塊をぶつけて相殺する。
「恭介、サンキューな。」
「礼は後だ。」
上条はああ、と言って身構える。
女性の方はあからさまにため息を吐いた。
「アンタが麻生恭介ね。」
自分の名前を知っている事に反応を示す。
「私は『神の右席』の一人、前方のヴェント。
よろしくね~。」
そう言いながらハンマーを滅茶苦茶に振り回す。
それと同時に口の中から舌に取り付けられた十字架の鎖が空を舞う。
そして、それを掠めるようにハンマーを振るう。
「気をつけろ、恭介!
あいつの魔術は」
おそらく、ヴェントの魔術のことを言おうとしたのだろう。
しかし、その言葉を聞く前に麻生は能力を使って辺りを吹き飛ばす筈だった風の鈍器は消滅する。
自分の魔術が無効化されたことにヴェントは眉をひそめる。
「なるほど。
鎖のラインになぞるように風の魔術が発動するのか。
ハンマーの動きは囮。
本命はその鎖か。」
自分が説明しようと思っていた事を全部言われ、言葉を詰まらせる上条。
対してヴェントは少しだけ笑みを浮かべる。
「ふ~ん、さすがはローマ教皇も危惧する奴だこと。
一発で私の魔術を看破したわね。
本命の方も効いていないぽいし、ありゃこれってピンチかな!?」
ヴェントの言葉を聞いて麻生は若干眉をひそめた。
「お前、ローマ教皇と言ったな。
どういう事だ。」
「簡単な事だよん。」
そう言って取り出したのは、一枚の書類をヒラヒラと振る。
電気は消えており、見えにくいが麻生はしっかりと見えた。
その分は英語で書かれているが、それもすぐに訳す事もできた。
「その文章。」
「おおっ、そこの猿とは違って頭も良いみたいね。
これはローマ教皇の直筆のサイン入り。
つまり、アンタ達は二〇億人から狙われる身なのよ。」
おそらくヴェントの言っている事は嘘ではないだろう。
ローマ教皇があの書類にサインしたという事はそういう事だ。
それを聞いて驚くかと思ったヴェントは麻生の顔を見る。
そこには先ほどと全く変わらない表情をしていた。
「ふ~ん、それで?」
「はっ?
アンタ、状況が分かってんの?」
「分かっている。
だから、たかが二〇億人に狙われた所でどうしたっていうんだ?」
逆に驚かされたのはヴェントの方だった。
麻生の言葉を聞いて一瞬だけ眼を見開き、次の瞬間には大声で笑っていた。
「あははははははははっ!!!
アンタ、最高ッ!!!
面白すぎて」
ふっ、と笑い声と笑みが消える。
「ぶち殺したくなったぞおい。」
静かな声と共に殺気が麻生と上条を襲う。
ヴェントは静かに激怒していた。
簡単な事だ。
ローマ正教が。
『神の右席』が。
自分が。
たかが学生の異教の猿に舐められているからだ。
今すぐにでも半殺しにして、今までにない拷問をして生きている事を後悔させたかったが、今の自分では麻生に勝つ事は難しい。
本命が通じない、風の魔術も通じない。
これでは勝つ事は難しい。
なので、ヴェントは大きく後ろに跳んだ。
「待ちやがれ!!」
上条は慌てて追いかけようとするが、麻生が止める。
去り際にヴェントは言う。
「アンタの相手は他にいるし、ここは引かせてもらうわ。
できれば私の手でぶち殺したかったけど、あくまで私はそこの幻想殺しが標的。
それじゃあねぇ~~。」
そう言ってヴェントはどこかへ立ち去って行った。
さて、と言って麻生は隣にいる上条に話しかける。
「どうなっているのか、説明してもらおうか?」
後書き
更新ペースを上げたいが、リアルが忙しいよ。
二つ同時進行はきついぜ。
感想や意見、主人公の技の募集や敵の技の募集など随時募集しています。
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