ふと思い立つと
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3部分:第三章
第三章
「それ見つけたんだけれど」
「あっ、バローロを?」
バローロと聞いて正好も思わず声をあげた。
「それがあったんだ」
「そうよ、しかも安くて」
おまけに安いという好条件まで重なったのだった。
「四本買えたわ。一人当たり二本ね」
「凄いね。じゃあ今日はバローロでパーティーだね」
「けれど。パスタが」
しかしここで希はまた残念な声を出すのだった。
「それがないから。肝心のパスタが」
「ううん、それはいいよ」
正好は声を笑わせて話した。
「それはね。気にしなくていいよ」
「あれっ、そういえば」
ここで希は部屋の中の匂いに気付いたのだった。その匂いに。
「この匂い。大蒜にオリーブに」
「そうだよい。ネーロのソースはもうできてるよ」
笑った声のまま彼女に述べた。
「そして後はパスタを茹でるだけだね」
「パスタって。それはもう」
「やっぱりあれだよね。ワインがいいのを手に入れてそれに気を取られてパスタ買うの忘れたんだよね」
「ええ、そうよ」
希はその理由も今彼に話した。話しながらとりあえず自分の部屋に向かう。ワインはテーブルの上に置いておきそのうえで部屋の中で着替えるのだった。その自分の部屋から彼に応えるのだった。
「だから。それは」
「僕も同じだったんだ」
正好はここでまた声を笑わせた。
「いいパスタやソースの材料は手に入れたけれどそれに浮かれてワインを買い忘れて」
「それでだったの」
「正直それでどうしようかって思ってたんだ」
彼もまた自分のことを素直に話すのだった。
「けれどね。君がワイン買ってきてくれて」
「それで助かったのね」
「そういうこと、いや一時はどうしようかって思ったよ」
このことも話した。
「こっちもね」
「ワインを忘れたからね」
「うん。やっぱりワインがないと」
彼はやはりこのことを気にかけているのだった。
「どうしようもないからね、本当に」
「そうよね。私もね」
結局のところ彼女は同じなのだった。
「ワインはあってもパスタがないと」
「そうだよね。けれど本当によかったよ」
正好の顔は心から笑っているものになっていた。
「希ちゃんがワイン買ってきてくれていて」
「私もよ。正好君がパスタ買ってきてくれてたから」
言いながら部屋から出て来ていた。ラフにジャージをはいて上着もパーカーになっている。本当に楽に動ける格好になっているのだった。
「おかげで。ほっとしてるのよ」
「あれかな。やっぱり」
ここでそのフェットチーネを鍋の中に入れてそのうえで話す。
「お互い好きだからな」
「好きだからなの?」
「そうだよ。お互い好きだから」
にこりと笑って話す正好だった。
「だからこうやって揃ったんだよ」
「パスタとワインも」
「そうだよ。その二つが揃ったのはね」
お互い好きだというのだ。
「パスタとワインが好きだから」
「心が通じ合ってなのかしら」
「何かさ、こんな話あったよね」
正好は今度は鍋の中のパスタを捌いていた。そうしてそれによりパスタがくっついてしまうのを防いでいた。そのうえでソースの用意にもかかっていた。
「あれは時計と櫛だったけれど」
「私達はあれね。パスタとワイン」
希は希でワインのコルクを抜いている。そうしてグラスにそのワインを注いでいた。ガラスのグラスにワインがかかってそのうえでグラスを紅く染めていた。
「何か全然違うわね」
「いいじゃない。そこにあるのは同じなんだから」
正好はこう言うのだった。
「そうじゃない?僕希ちゃんに食べてもらいたかったし」
「私は正好君に」
実は二人共一人だけだったならばここまで凝らなかったのである。一人ならもっと質素に済ませることがいつもだったりする。もっと安く手早く作られるパスタにそれと安いワインでだ。
「飲んでもらいたかったから」
「そういうことだね。じゃあ茹で終わったよ」
「ええ」
「ソースもできたし。後はね」
「そうね。食べましょう」
もう向かい合った席にそれぞれワインを置いている希だった。正好は出していた皿の上にパスタを入れていく。もうソースを絡めていて真っ黒になっているパスタをだ。
「二人でね」
「ええ、二人でね」
笑顔で言い合う二人だった。そうしてそのうえでワインを飲みパスタを食べる。二人で飲み食いするワインもパスタも実に美味かった。それは一人で食べるよりも遥かに美味いものだった。
ふと思い立つと 完
2009・5・11
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