ふと思い立つと
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2部分:第二章
第二章
さて、何があるかな?」
とりあえずよさそうなものを探している。スパゲティも太いものもあれば細いものもある。そしてラザニアにマカロニにペンネに他のマカロニ状のパスタも多くある。
その中で彼がふと目に入ったものはフェットチーネだった。イタリアから直輸入のこれまたかなり質のいいフェットチーネであった。
「あっ、これは」
彼はそれを見てすぐに声をあげた。
「いいフェットチーネだな。これはいい料理ができるな」
このことをすぐに確信したのだった。
「茹でてそれでオリーブオイルをかけて」
すぐにここまで考えていく。
「それからソースは。そうだな」
ちらりとソースのコーナーを見る。そこにはイカ墨の缶詰があった。イタリアンパスタの定番の一つにもなっているネーロのソースである。
続いてそれを手に取る。そうして今度は野菜のコーナーに向かう。するとおあつらえむきにこれまた上質のトマトと大蒜があった。
「天の配剤ってやつかな」
彼はそのトマトを大蒜を手に取ってさらに微笑むのだった。
「明日は休日だから匂いを気にすることもないし」
その大蒜を食べた後の独特の匂いである。これが嫌がられるのは言うまでもない。だから彼は普段は大蒜を使わないパスタを食べている。しかしこれがパスタの味を考慮するにあたってはあまりよくないのも事実だ。やはりパスタには大蒜が必要なのだ。イタリア料理には。
その上質の大蒜、それにトマトを手に取った。これで野菜も手に入った。
それだけに終わらず今度は魚介類のコーナーに向かった。するとこれまた新鮮で見事な烏賊まであった。彼はその烏賊をすぐに籠に入れてしまった。
「神様が僕に言っているね」
にこやかに笑ってそう考えるのだった。
「ネーロを作れってね。フェットチーネの」
かなり前向きな考えであった。
「よし、これでかなり高得点だけれど」
しかしまだ完璧ではないのだった。
「後は」
今度は乳製品のコーナーに向かった。すると粉チーズのいいのがあった。しかも今度もイタリアからのだ。それまであったのだ。
「画龍点晴を欠くという事態はなくなったね」
その目にあたるものも手に入れたのだった。そうして意気揚々で家に帰り早速料理をはじめる。トマトに大蒜も自分で切ってパスタを茹でそうして買い置きしてあった唐辛子も使う。そうしてソースから何から何まで自分で作っていた。しかしここで彼は肝心なことを忘れていたのだった。
「あっ、しまったなあ」
パスタを茹でる鍋の水が沸騰したことを確認したところでそのことに気付いたのだった。
「パスタはいいけれどワイン忘れたよ」
思い出したのはこのことだった。
「肝心のワインの。どうしよう」
台所の時計を見る。今から行っても行きつけの店は閉まる時間になる。もう手遅れだった。
「このパスタに合うワインは思いつくけれど」
それはあるのだった。しかしだった。
それを手に入れることはできない。このことにジレンマを覚えていた。どうしようもないまでに。そしてもう一つ問題があるのだった。
時間がないのだ。もう。携帯のメールで希はもう帰るとメールしてきている。それを見るととても時間がない。最早どうしようもなかった。
「参ったな、ワインなしのパスタか」
それは彼にとっても希にとっても完璧なものではなかった。かろうじて半分がある、その程度でしかないものであった。そう、半分でしかないのだ。
「仕方ないな。適当にビールでも出すかな」
一応は用意してあるのだった。しかしあくまで一応である。そのことに嘆息するしかなかった。そうして彼女がそろそろ帰るかと思っているとだった。
家の扉が開く音が聞こえてきた。そうして台所にもその声が聞こえてきたのだった。
「只今」
「ああ、おかえり」
まずはこうその声に応えるのだった。
「今帰ったんだね」
「ええ、ただね」
不意にその声が寂しいものなったのがわかった。大人の女のその声がだ。
「御免なさい」
「御免なさいって?」
「パスタ買おうと思っていたのよ」
やって来たのは背の高い女だった。大きな目は少し吊り上がり気味で口はやや大きく微笑んだような形になっている。鼻は小さく然程目立たない。全体的に目が目立っておりそれに合わせたかのような切れ長の眉と長い茶色がかった髪が印象的である。言葉には少し秋田訛りがある。正好も背は高く顔立ちは彫がある男前と言ってもいい顔だがその彼と似合っていると言える大人の女であった。
「パスタね」
「パスタを?」
「けれど御免なさい」
その秋田訛りの言葉でまた謝ってきた。申し訳なさで満ちた声で。
「それ、忘れちゃったのよ」
「またどうして?」
「ワイン探すのに夢中で」
だからだというのだった。
「ワイン。いいのがあったのだけれど」
「ワインはあったんだ」
「ええ。バローロ」
そのワインの名前を今言う。ピエモンテ産のイタリアの銘酒である。
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