蒼き夢の果てに
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第6章 流されて異界
第101話 深淵をのぞく者は……
前書き
第101話を更新します。
尚、次回更新は、
10月29日。『蒼き夢の果てに』第102話。
タイトルは、 『ユニーク?』です。
「朝比奈さんもそうだったのですか?」
予期せぬ方向から会話に加わって来る少女の声。その声は奇妙な余韻を持って、さほど広いとは言えない、この文芸部及び涼宮ハルヒの作り出した意味不明の同好会部室に反響した。
少女らしく甘い、しかし、少し低い声。但し、この声はあまり聞いた事のない声。……と言うと嘘に成りますか。確かに、こちらの世界に来てからはあまり聞いた事のない声ですが、ハルケギニア世界では結構、聞いた事のある声でも有ります。
ただ、向こうの世界の妖精女王と比べると、この時までの彼女は何故か声が陰に沈み、少し作り物めいた雰囲気を伝えて来ている状態。何と言うか、ある種の人間から見ると鬱陶しく、そして、妙に加虐心を煽ると言うか、被虐的と言うか……。
何にしても余り社交的ではない雰囲気が漂って居る少女には違い有りません。
「私も武神さんには何処かで会ったような気がしていたのですが……」
弓月桜。それまで俺と同じように試験勉強をしていたはずの彼女が、机の上に広げて居た教科書とノートに向けて居た瞳を俺の方向へと向けて居る。
そう言えば、確かに彼女にも俺の異世界同位体は出会って居たはずです。
そう考えながら、ハルケギニアの妖精女王そっくりの少女へと視線を移す俺。多少、妖精女王の方が髪の毛が長いような気もしますが、それでも烏の濡れ羽色の艶やかな髪の毛。黒目がちの瞳。華奢な……強く抱きしめたら折れて仕舞いそうな身体。それでいて、かなり豊かなと言う表現がしっくりと来る胸。彼女の発して居るやや控えめな少女の雰囲気から、二人……ハルケギニアの妖精女王と弓月桜の間にはなんらかの関係が――
但し、資料に因ると彼女と俺の異世界同位体が出会ったのは夜。更に、彼女は『がしゃどくろ』と言う幽鬼に襲われて精気を吸われ、気を失っていたはずなのですが……。
そう考えながら、この場に居る関係者の内、その事件に最後まで関わった人物。ふたつ並べた折り畳み式の長机の向こう側、俺の正面のパイプ椅子に座り、少し強い瞳で俺を見つめる。いや、むしろ睨み付けている相馬さつきに対して瞳でのみ確認を行う。
……通じるかどうかは判りませんが。
その俺の視線に気付いたさつきが、ゆっくりとその首を横に振った。彼女の長い黒髪が揺れる事さえない微妙な動き。殆んど首を振ったと言うよりも、視線のみを動かしたと表現すべきかすかな気配。
多分、資料に記されている状況から考えると、弓月桜が遭遇した事件の詳細は本人には告げられていないと思います。そして、その事を不審に思われない為の、必要最小限の意識誘導的な魔法がその場では使用されているはずです。
身を護る術を持たない一般人が関わると危険過ぎる世界ですから。俺の立って居る魔法に関わる世界と言うヤツは。そして、さつきが首を振ったと言う事は、彼女は有る程度、弓月桜に対して意識誘導の魔法を使用した、と言う事の現れだと思います。
この世界の裏側は魔法が存在していながら表面に現れて来る事がないのは、この辺りにも理由が有りますから。それに科学万能だと思われている世界で、魔法の実在を本気で説いたとしても世間一般で信じられる訳は有りません。
一応、そう言う方向にある程度の情報操作が行われて居ますから。
普通に考えるのなら、魔法の実在を真面目に論じたとして、その是非を論じるには余程好意的な相手からでも証拠の提示を要求されるはずです。
まして今回の弓月桜の場合には、その後に過去=歴史が改変され、一九九九年の七夕の夜に起きた事件から派生する一連の事件は起きなかった、とされる歴史による上書きが行われた以上、弓月桜にも平等にその事件の夜の記憶が、別の記憶へと差し替えられているはずなのですが……。
しかし……。
「今年の二月に、部活で帰りが遅く成って……」
貧血を起こして居た所を、相馬さんに助けて貰った事が有ったのですが。
弓月さんが俺を見つめながら。……そう、確かにこの時、彼女は俺を真っ直ぐに見つめて居た。今までならば少しずれた位置――直接の視線を床に落とし、少し上目使いで俺の顔色を窺っているかのような視線を向けるだけで有った彼女が。
「その時に居た相馬さん以外の二人の内の一人が、武神さんに似ているような気がしていたのです」
まるで悩み続けていた数式が突如解けた……解けて仕舞った数学者の如き清々しい表情をした彼女。それまでのやや暗い……翳のある表情も悪くはなかったのですが、それでも矢張り、少女はこう言う明るい表情をしている方が良い。
今回の場合は、直接危険度が少ない内容――少なくとも、世界がもう一度黙示録の未来に向かう危険性を孕んだ内容ではないだけに、そう言う気楽な感想が頭に浮かぶ俺。
それに……気を失って居たようだ、とは言っても、確実にそうだと誰も確認した訳じゃない。一時的に回復した後に再び気を失った可能性はゼロでは有りませんし、資料に因るとその事件に関わった三人の人物。俺、長門さん、それにさつきが一同に会しているこの場所、と言う条件も有りますから……。
朝比奈さんが妙な事を言い出した直後、と言う状況的な条件も作用していると思いますし。
まして、異世界同位体の俺の髪の毛が蒼などと言うファンキーな色ではなかったと思いますが、夜の闇に覆われた世界。更に意識が朦朧としている状態ならば、全体の雰囲気から俺に似ている、と彼女が感じたとしても不思議では有りませんから。
しかし……。どうするか。
彼女。弓月桜が俺に関する記憶を持って居る理由も、おそらく朝比奈さんの理由と同じ物でしょう。ただ、彼女の場合は、朝比奈さんとは置かれている立場が違い過ぎますから、そんな有り得ない記憶を取り戻したと言うだけで直接、生命に危険が及ぶ事はないと思います。
ならば……。
ここで終わるのならば何の問題もない。このまま世界の裏側に存在する魔法の世界に彼女が踏み込まないのなら、それで終わり。
但し、彼女。弓月桜は境界線のこちら側を覗き込んで仕舞った人間。そして、巻き込まれて仕舞った人間。
更に、涼宮ハルヒの不思議センサーに発見された人間でも有りましたか。
彼女が妖と接触。死に掛けた事件に関わった人物が全員……。いや、その事件のそもそもの原因は、涼宮ハルヒと名付けざれれし者が一九九九年に接触した、歴史改変に対する揺り戻しの事件に関わる一連の流れですから、朝比奈さん、朝倉さん、それにハルヒにも間接的に言うのなら関係がある事象でしたか。
そのすべての関係者が揃って仕舞ったが故に、彼女、弓月桜に記憶が戻った可能性も有りましたか。
そうして、その流れから彼女の来世が――
「あんた、行く先々で人助けをして歩いているんじゃないでしょうね」
――ハルケギニアの大地の精霊王と言う、ある意味、魔法の極みに到達するような転生を果たす原因と成ったのでは。
ハルケギニアの妖精女王と弓月桜との関係がはっきりしない以上、一人の人間の転生に関わる可能性の有る微妙な内容だけにウカツな対応は出来ないな。そう考えて居る俺に対して、何故か、妙に剣呑な雰囲気のハルヒが問い掛けて来る。
「……って、その弓月さんを助けたのが俺だと決まった訳やないでしょうが」
偶々偶然、俺に雰囲気が似ているだけの人物に遭遇した、の可能性やってあるんやから。
そう答える俺。しかし、売り言葉に買い言葉。弓月さんが問い掛けて来ただけだったのなら、素直に肯定しても良かったのですが、何故かハルヒが横から割り込んで来た為に、余計に厄介な事となる答えを口にして仕舞う。
確かに弓月桜に関しては俺たち三人が助けたのは事実ですが、別に人助けをして回っている正義の味方と言う訳ではない。偶々、手の届く範囲内に死に掛けている人間が居たから手を差し伸べたまで。
しかし、この事に関しては絶対に隠さなければならない秘密、などと言う内容ではなく、道端で貧血を起こして倒れて居る少女を介抱する現場に立ち会ったと言うだけの事ですから。
今までの話の流れだけならば。
ハルヒに妙なツンデレ気質があるのなら、俺にも似たような気質があるのかも知れない。
少しの後悔と共に、そう反省をする俺。反射的に答えを返して仕舞うと、どうしても悪手を打つ事になる。
もっとも、別に感謝されたい為に彼女を助けた訳でもないはずですし、そもそもが、その弓月桜を助けたのも、相馬さつきを助けたのも俺ではなく、俺の異世界同位体と長門さんがやった事。現在の俺には関係ない、としても問題ないでしょう。
しかし……。
「あの夜。二月十六日の夜に弓月桜を助けたのは彼」
氷の彫像の如き冷たく儚い雰囲気で膝の上に開けた書籍に落として居ただけで有った視線を上げ、そう言うかなりのネタバレ的な台詞を口にする長門さん。
そして、その白く繊細な指先で僅かに納まりの悪くなった銀のフレームを整えた。
その言葉――普段の彼女通りの小さな声が、十分すぎるぐらいの余韻を持って室内に響いた後。
「あんた、有希とも知り合いだったと言う訳ね」
軽いため息と共に吐き出されたハルヒの言葉。但し、先ほどの長門さんの言葉からは、長門さん以外に、相馬さつきとも知り合いで有ったと言う可能性が臭っているとも思うのですが。
朝比奈さん。弓月さん。それに何故か朝倉さんまでが俺に答えを望む雰囲気。万結とさつきはまったく興味なし。但し、万結は本当に興味がないのでしょうが、さつきの方は微妙な感じ。
そして、爆弾発言を行った長門さんは普段通りの涼しい顔……と言うか、感情を表す事のない無の表情で、再びその視線を自らの手元に広げた書籍へと戻している。
「確かにあの夜に弓月さんの傍に居たのは俺と長門さん。それにさつき。この三人や」
何故、長門さんがこんな事を言い出したのかその意図は不明ですが、隠して居ても大きな意味もない事なので話し出す俺。
但し、これは仕方がないからゲロした、と言うレベルの事態。
「やっぱり、あんたが関係して居たのね」
何処まで俺の事を知って居る、もしくは気付いて居るのか不明のハルヒの一言。いや、彼女の夢の世界にまで侵入して、その夢が現実の出来事だと証明する代物を残して来るような人間が、普通の人間だと思って居るはずはないのですが……。
正直に言うと、彼女の求めて居る不思議の塊ですから、俺は。
ただ、俺が異世界からの来訪者で、未来人だと言う事までは流石に知らないと思いますけどね。
更に、武神忍と言う名前さえ偽名だと言う事も……。
「でも、変じゃないの。何故、夜の街に女の子二人を残して帰っちゃったのよ」
まして、桜の方は気を失って居たみたいだし。
何故か少し非難めいた色を帯びた……。いや、確かに非難されても仕方がないですか。ハルヒは相馬さつきと言う人間も普通の人間だと思って居るはずです。実際、昨日、今日と相馬さつきの行動も見て来ましたが、そんなに奇妙な行動を取っている訳では有りませんでしたから。
万結や長門さん。それに、ハルヒ本人と比べたのなら。
「あの時は未だ宵の口と言っても問題のない時間帯やった」
先ずは少し言い訳じみた内容を口にする俺。当然、そんな答えではハルヒは納得する訳もなく、不機嫌そうな瞳で俺を睨むのみ。
確かに、桜から学校の帰り道だと言う証言は為されて居ますから、そんなに深い時間帯でない事は、彼女なら言われなくても気付いて居ますか。
それなら、
「次に、行き成り気を失った弓月さんの立場に成ったら、気が付いた時に見知らぬ男が傍に居る事の方が不安を感じる可能性が有ると思った」
その場に今現在の俺が居た訳ではないのですが、俺が居たと仮定すると、こう言う考え方をするはず。
そして、その答えを導き出す為には、その為の大前提が必要。
それは……。
「ただ、あの場に居たのがハルヒ……もしも、オマエさんやったのなら、俺は何のかんのと言うテキトーな理由を付けてオマエさんの傍に居ったはずや」
しかし現実には、その場をさつきに任せて長門さんと現場を離れた。
先ほどの俺の言葉とその事実から、俺がさつきだけを残してその場から去った理由が判らない彼女ではないでしょう。
もっとも、現実にそんな理由……さつきになら後の事を任せられる、と思ったからなのか、それとも単に関わり合いに成るのが面倒だったのかまでは、流石に水晶宮から渡された資料には記されていなかったのですが。
「まぁ良いわ。取り敢えず、あんたがあたしだけじゃなくて、有希や桜。それにさつき。もしかすると、みくるちゃんとも昔から知り合いだった可能性があるって言う事が分かったから」
この西宮には一週間ぐらいしか居なかったって言うのに……。
まるで俺が、女の子と知り合う為にこの西宮にやって来たかのような口振りでそう嘆息するハルヒ。
腕を胸の前に組み、指先は矢張り自らの二の腕の辺りをリズミカルに叩く仕草は変わらず。
しかし――――
「なぁ、ハルヒ」
それまでの表情よりは幾分、真面目な表情で彼女……向こうの世界の彼女と同じように、頑ななまでに俺の横と言う居場所を他の誰にも譲ろうとしない長門さんの後ろ側に立つハルヒに呼び掛ける俺。
「何よ、急に真面目な振りをして」
不機嫌、……とまでは行かないにしても、上機嫌だとは言えない雰囲気を発したまま、そう問い返して来るハルヒ。別に、何時でも何処でもハイテンション。心の中には停滞性の高気圧状態で居ろ、とは言いませんが、もう少し柔らかな表情と言う物を見せてくれても良いとは思うのですが。
……などと、この場には一切関係のない思考が一瞬、頭の中を過ぎる俺。
但し、
「ホンマに俺とハルヒ以外の女の子が偶然に出会ったと思って居るのか?」
脇道に逸れた思考は一瞬。口からは、俺の置かれた状態に対する直球ど真ん中の問い掛けを行う俺。
その瞬間、この場に居る万結以外のすべての人物から驚きの気が発せられ、長門さんとさつきからは、その後に強い陰の気が続く。
もっとも、これは当然。確かに過去の改変に因り、この世界は『ヤツ……名付けざられし者と彼女が出会わなかった世界』として歩み始めた世界に成って居ます。
しかし、彼女……ハルヒの中には未だ正体不明。どう弾けるか判らない気の塊が存在して居るのも事実。
これが、彼女が選ばれた証なのでしょうが、先ほどの俺の一言が悪い方向に弾ける事を危惧するのが普通ですから。
さつきは元々、この日本を霊的な侵略から護る立場の人間で、
長門さんも水晶宮と言う、少し変わった種類の人間の集まった組織に関わる人間ですから。
そうして……。
長門さんと俺の出会いは天魔羅睺悪大星君、世界を再び改変する影響から顕われた邪神をどうにかする為に、この世界の防衛機構に因り異世界から俺が彼女の目の前に召喚された事が原因。
さつきも、この世界の歪み。黙示録の世が再び訪れる可能性が有る事に気付き、その元凶をどうにかする為に、この西宮の地を訪れた事により俺と出会う事となったはず。
その羅睺星の邪気に因って活性化した邪霊に襲われ、精気を吸われた弓月さんを助けようとした事から、俺、長門さん、それにさつきの三人と、弓月さんとの間に奇妙な縁の絆が結ばれた。
朝比奈さんや朝倉さんも同じ。すべての事件の元凶は涼宮ハルヒと言う少女と、三年前に世界を改変した名付けざられし者との接触に因り、朝比奈さんはこの時間世界に、異世界の未来……一時的には、この世界の未来と成った未来から送り込まれ、
朝倉さん、及び長門さんは、その二柱が接触した事に因り発生した高次元意識体により製造された人工生命体。
尚、異世界の二〇〇二年七月七日の夜から、一九九九年七月七日の夜に移動して来たもう一人の人物――。時間凍結をされて居たはずの長門さんのマンションから消えて終って居たもう一人の朝比奈みくるに関しては……。
この世界の原則。同じ魂を持つ生命が同時に存在出来ない以上、この二人は別の人間であろう、と言う推論が水晶宮より渡された資料には記されて居ました。
朝比奈みくるの単なる異世界同位体か、それとも、何れかの。……世界に混沌のタネを撒き散らせる邪神の現身かは判らないのですが。
「何よ。もしかして興信所の調査書か、釣書を片手に女の子たちを捜して、この西宮中を歩き回って居たって言うの?」
かなり不機嫌な口調でそう問い返して来るハルヒ。但し、不機嫌と言うよりは、小さな子供がすねたような気配を発して居るのですが……。
もっとも、どこぞのギャルゲーの主人公よろしく、攻略本片手に街中を駆け回って女の子を攻略して回る男子高校生。二月当時なら、男子中学生など普通に考えるのなら居る訳ない、とは思いますけどね。
まして、仮にそんな人間が近寄って来たトコロで、不思議な事に関しては興味度MAXのあんたは兎も角、長門さんや万結が近くに寄せ付ける訳はありませんし。
ただ、何にしても……。
「俺とオマエさんの出会いは、もしかすると本当に偶然なのかも知れない。せやけど、俺とその他の人間。さつきにしても、長門さんにしても、朝比奈さん、弓月さんも。すべて偶然に二月十四日から始まる一週間の間に出会った、などと言う事が信じられるのか」
俺が、似非関西弁を操る普通の男子高校生ではない事を知って居るオマエが。
まして偶然、十二月に成って全員が同じ場所に集まっている状態に成って居る。
最後の部分は流石にこの場で口にする事は出来ませんでしたが、それでも彼女にはこの言葉の意味が伝わると思います。
……いや、もしかすると朝比奈さんや、弓月さんにも意味が伝わる可能性が有るのですが。
彼女らが俺と出会った経緯を、俺が想像して居るよりも深く思い出していたら。
例えば、がしゃどくろとの戦いの部分までも彼女が思い出していたとしたら……。
例えば、ハルヒが世界の改変を開始した際の異界化現象を、彼女が思い出していたとしたのなら……。
もっとも、ハルヒと俺の出会いも、ゲルマニアの皇太子の言葉を信じるのなら、何モノかの意図した結果に因って必然的に出会わされた、……と考えるべきなのでしょうが。
この二月の出会いに何が有ったのか。本当の意味で理解する事が俺には出来ない以上、下手をすると世界が完全に書き換えられかねないこの五月の事件や、俺たちに都合の良い歴史……クトゥルフの邪神が書き換えた歴史を、もう一度、自分たちの作り出した歴史の流れ。世界が滅びる事のない歴史に戻す作業の中心――実動部隊の中心に俺が存在する意味を知る事は出来ません。
普通に考えるのなら俺や長門さんを実働部隊の中心になどせずとも、もっと能力の高い龍将たちがこの世界には居たはず。
しかし、現実にはすべての事件解決に俺や長門さんが中心と成って当たった以上、能力の高さ以外のプラスアルファの部分が俺や長門さんには有って、それが穏便に事件を解決する為には必要だと、水晶宮の長史が判断したのでしょう。
「何よ。それじゃあまるで……」
まるで……の後、言い淀むハルヒ。まるで魔法のよう、と言いたかったのか、それとも何か別の不思議パワーの事を言いたかったのかは不明ですが。
ただ、
「この世界はオマエさんが思って居るよりは少し不思議に溢れている。ただ、それだけの事」
ハルヒがどのレベルでこの世界の不思議の事を認識しているのか判りませんが、彼女の立って居る場所は表と裏の境界線。おそらく、朝比奈さんや弓月さんも同じ場所に立って居ると思います。
そして、俺や長門さん。さつきに万結。それに朝倉さんも多分、ハルヒたちが立つ位置よりは少し……闇に近い部分に立って居るのでしょう。
通常の理が支配する近代国家と、迷信と魔法が支配する神話の世界。その危険な狭間でただひたすら輪舞を舞い続けて居るのが俺たち。その結末が果たしてシェークスピア的な色に染め上げられるか、それとももっと幸福な色で終わりを迎えるのかは、今の所、誰も知らない未来の話。
「ハルヒが不思議を求めて、その深い闇の奥を覗こうとする事は誰にも止める権利はない」
危険やからヤメロ、と言う事は可能やけどな。
そう実際の言葉以外の方法。壁に反射する余韻と瞳のみで言葉を締め括り、ひとつ息を吐き出す。
それでも、
「ハルヒが闇の奥を覗く事が出来るように、闇の奥に潜む何モノかが此方側を覗く事も出来る……と言う事は理解して置いて欲しいな」
一度はその闇の奥から顕われた邪神と、彼女は接触した経緯があるのですから。
消えて終った向こう側の世界の歴史では……。
伝えたい内容を話し終え、机の上に残された湯呑に手を遣る。其処には先ほど飲み残したお茶がすっかり冷めた状態で俺の帰りを待ちわびていた。
「あ、もう一度、淹れ直しましょうか?」
ふん。何よ、エラそうに。忍のクセに生意気よ。……と言う小さな呟きに重なる朝比奈さんの問い掛け。
何と言うか、何故か正面からは名前を呼ぼうとしない彼女、なのですが、こんなどうでも良い憎まれ口を叩く時だけ名前を呼ぶって……。
「いや、冷めたお茶の方が飲みやすいから無理に淹れ直す必要はありませんよ」
如何にも彼女らしい呟きの方は完全に無視をして、朝比奈さんの問い掛けの方にだけ答えを返す俺。
流石に完全に酸化し、元々の色からその呼び名に相応しい茶色に変化したお茶が美味い訳はないのですが、それでも残り物には福がある、と言う言葉を信じて一気に飲み干す俺。
多分、冷めきって酸化したお茶に残って居る成分はカフェイン程度だと思いますが……。
「まぁ、良いわ」
少なくとも俺が揶揄している訳でもなければ、彼女の目的、趣味を茶化している訳でもない。更に、至極真面目に彼女を心配して居る事が伝わったのか、不機嫌ながらもそう答えるハルヒ。
しかし、更に続けて、
「それなら、その筋の専門家のあんたに聞きたい事が有るんだけどいい?」
そう問い掛けて来る彼女。ただ、ほんの少し漂って来る陰の気。これは何かに落胆した時に人が発する陰の気。
彼女が何に落胆したのか意味不――
少しずれる思考。ただ、ひとつの仮説は立つ。しかし、今は彼女の問いに答える方が先ですか。
もっとも、専門家と呼ばれるほど世界の裏側に精通している訳でもなければ、魔法……仙術に関しても未だ修行中の身ですから、答えられる内容も高が知れているのですが。
それならば――
「俺に答えられる程度の内容ならば」
一応、そう答えて置く俺。いくら空気を読まないハルヒとは言っても、直接俺の正体に関する問い掛けは行わないだろう、と言う超楽観的な見通しの元のこの答え。
まして、彼女自身の正体についても問い掛けて来る事はない、と思うのですが。
「さっきの話」
俺に対して話し掛けて居るのに、何故か俺ではなくさつきの方に視線を向けて、そう話し始めるハルヒ。
「さつきには後の事を任せて、その場を離れられると言ったけど――」
其処まで話を進めてから、次は長門さんに視線を移し……。
「だったら、その場所に居たらしい有希はどうなのよ。もし、その場に居たのがあんたと有希だけだった場合、あんたはどうしたの?」
後書き
体調は崩す。メチャクチャ忙しい。睡眠時間が削られている状態。本当に、執筆に時間が取れない。
泣き言は兎も角……。
それでは次回タイトルは『ユニーク?』です。
追記。……と言うか少しのヒント。
ハルヒが主人公の名前を呼ばない理由は?
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