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退学

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3部分:第三章


第三章

「珍しいな、御前の方から来るなんてな」
 良太はいつも呼ばれる方である。その格好や素行がいささか問題だからなのは言うまでもない。
「何かあるのか?悩みがあるのなら聞くぞ」
「いや、そんなんじゃねえけどさ」
 良太はそれに応えて言った。
「じつはさ」
「倉田もか」
 先生は彼の後ろにいる麻奈美にも気付いた。
「御前等まさか」
「だから、そうでもねえって」
 良太はこれにも反論する。
「俺は別にそんなのねえよ。誤解されると困るぜ」
「まあ御前はそれはないからな」
 先生は笑ってそう言ってきた。
「酒とかだけでな」
「ちぇっ、それもよ」
 流石に目の前で見つかったことはない。息や顔で言われているだけである。
「それでさ」
「ああ」
 何はともあれ良太は話しはじめた。
「こいつのことだけれどよ」
「倉田のことか」
「おい」
 良太は後ろで俯いている彼女に声をかけてきた。
「御前からも何か言えよ」
「けれど」
「けれどもこれもどうしたもねえだろ。御前ののことなんだからな」
 麻奈美の顔を見てこう声をかけた。
「言わないっつうか言えないのか?」
「・・・・・・・・・」
 俯いたまま返事がない。それは肯定の沈黙だった。
「仕方ねえな。じゃあ俺が言うぞ」
「ええ」
「あのさ、先生」
 彼は先生に顔を戻してきた。そして言った。
「こいつの親御さんのことは知ってるよな」
「ああ、あれは残念だったな」
 先生も当然覚えている。人が死んだことを安易に忘れられる人間なぞいはしない。
「それでこいつさ。残ってる弟さんや妹さん達の為に学校やめるつもりらしいんだ」
「おい、それは本当か!?」
 先生はそれを聞いて驚きの声をあげた。
「やめることはないじゃないか。そんなことで」
「先生もそう思うよな」
 良太は先生のその言葉を聞いてさらに言う。
「やめるこたあないって」
「ああ。なあ倉田」
 先生は麻奈美の方に顔を向けてきた。
「考えなおしたらどうだ?」
「けど私」
 麻奈美の顔は見えはしなかったが声は泣いていた。
「今のままじゃとても」
「だからよ」
 良太はまたたまりかねた声を出した。
「考えてみろって。やめなくてもいいんだよ」
「そうだな。俺もそう思うぞ」
 先生はここで言った。
「倉田、今は宇山の言う通りだ」
「宇山君の」
「もう一回よく考えろ」
 じっと麻奈美の顔を見ている。
「いいな。だから今は帰れ」
「けれど」
「とにかく今は帰れ。いいな」
「・・・・・・わかりました」
 そこまで言われては頷くしかなかった。麻奈美は項垂れたまま職員室を出た。その後には良太がついてきている。
「そういうことだよ」
「もう一回考えろって」
 麻奈美は夕刻の廊下を歩きながら呟いていた。赤い、いや橙色の太陽の光が彼女を照らしている。その光が麻奈美の、そして良太の影を長く映し出していた。
「何度考えても一緒よ。やっぱり」
「御前学校の勉強はできるけれど馬鹿なんだな」
「何よ」
 良太の言葉にきっとなって顔を彼に向ける。
「あんたに何がわかるのよ。そもそもね」
「御前さ、今バイトしてるか?」
「バイト?」
「そう、バイトだよ。何してる?」
「マクドナルドの店員だけれど」
「そうか。じゃあもう一つ入れてみな」
「もう一つ」
「家でできるのとかさ。色々あるだろ?」
「色々」
「古いのだと造花作りとかよ。そんなのでも」
「・・・・・・それでいけるの?」
「やらないよりはずっとましだろ。あと奨学金とかな」
「奨学金・・・・・・」
 今までそれは考えたこともなかった。
「そんなのも」
「まあ俺には全然縁のないものだけれどな」
 学校の勉強はかなりいい加減にやっている良太にとってはそうである。だが麻奈美はそうではなかった。それも考えられる成績なのだ。
「それ先生に聞いてみろよ。それでやってみな」
「それもあったの」
「他にもあるぜ」
 彼はさらに言う。
「御前の弟や妹にも内職手伝わせてな」
「え、ええ」
 良太の言葉に驚いた顔で頷き続ける。
「それで後は」
「後は!?」
「弟や妹に新聞配達とかやらせな。それでもう全然違う筈だぜ」
「学校も?」
「どうにかなるんじゃねえか?どうよ」
「・・・・・・考えてみる」
 良太の方に正対して俯いて答えた。
「それからどうするか決めるわ。それでいい?」
「いいと思うぜ。とにかくやめるなんて言うなよ」
「・・・・・・うん。けれど」
「何だよ」
 麻奈美は顔をあげてきた。良太を見て問う。
「何でそこまで真剣に考えてくれるの?」
「何でって?」
「クラスメイトだから?」
「さっきからそう言ってるじゃねえか」
 呆れきった声で答えてきた。
「他に何の理由があるんだよ」
「そうよね」
「言っておくけれどな、他の奴でもこう言ってるぜ、俺は」
「他の人でも」
「そうだよ。だからとりあえずやってみろ」
 彼は麻奈美を見据えてまた言った。
「わかったな」
「わかったわ」
 これでようやく決まった。麻奈美はまずバイトを探した。夜だけでなく朝もすることになった。これは兄弟全員でやることになった。新聞配達である。
 そして内職も探した。良太がそれに協力した。

 
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