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IS インフィニット・ストラトス~普通と平和を目指した果てに…………~

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number-20




「…………」


 何にも染められていない白に覆い尽くされたとある一室。壁も、仕切りのためのカーテンも、ベットや布団も、ただの真っ白で埋められている一室。そこにある色といえば、見舞い品の花や外から差し込んでくる日差し。窓から見渡せる空と海ぐらいなものであろうか。
 そんな一室――――医務室にいるのは、先日決して軽くはない怪我を負った鳳鈴音だった。もう怪我自体は完治していつでもこの部屋から出られるのだが、一向に出ようという気持ちになれなかった。肉体的にはもう健康そのものなのだが、精神的にまだ病人というのが今の彼女である。
 ベットに備え付けられている机には自分の専用機である《甲龍》が待機形態で置いてある。


 鈴音は、ただ何となく待機形態のブレスレットを見ていた。考えることはラウラのこと。彼女は、鈴音何かよりも断然強かった。たった一年で代表候補生になって、周りから囃し立てられていい気になってた自分をは全く違う次元の存在であった。
 彼女は加減しきれなくて怪我を負わせてしまったと言っていたが、それは違うと否定してやりたかったほどだ。あれは、ラウラが自分が出来る限りで手加減をしていた。それで怪我をする。何とも言えなかった。正直、あの時悔しさよりも先に情けないという思いが頭の中を埋め尽くしていた。


 強くなりたい。この単純であるようで複雑な思いが、心の中を駆け巡っていた。けれども、今のままでは強くなれないというのも理解していた。ずっと、ずぅーとこればかりを考えていた。自分でもうっとおしくなるぐらいに。


「あたしは……。あたしは、扱いきれていたのかな、ISを。……ううん、そんなわけない。まだまだ、よ」


 自問自答しても答えはすべて否定的なものばかり。
 明るく快活として溌溂としている彼女はなりを潜めていた。天真爛漫を地でいく彼女は存在していなかったのだ。今ここにいるのは、ただの少女。何もできない少女。縋っていた人を失い、自信を失った少女。


 ブレスレットに伸ばしかけた手を引っ込めた。今の自分に《甲龍》を扱えるわけがない。それは、正解でもあり、間違いでもあった。何が正解で何が間違っているのかは分からない。けれども、不思議と納得できた。できてしまった。
 そんな自分に嫌気がさして再び視線を下に落とす。鏡を見ていないから分からないが、きっと今の自分は酷い顔をしている。鈴音は、そう思う。でも、自分の顔は見たくなかった。自分の弱さを見るようで、自分が弱いんだって告げられる気がして。
 でも、涙は出てこない。もう泣くだけ泣いていた。どん底まで落ちている。それでもよかった。一度落ちるところまで落ちてしまえば、あとは這い上がるだけなんだから。最悪落ちるところまで落ちたらそのままでもいいかなと思う。そのまま、落ちて壊れて、何の感情もなくだれかの所有物になってしまうのもいいかもしれない。


 自分で考えておきながら最低だと乾いた笑みがこぼれた。少し偏屈な笑いだけど久しぶりに笑ったのかもしれない。しばらく動かしてなくて凝り固まっていた頬の筋肉が痛い。と同時にまだ自分に痛みを感じることが出来たのかと驚く。こんなことで驚く自分が可笑しかった。


 ――――ふと、風を感じた。
 窓を開けた覚えはないから、医務室の先生が開けて行ったのかと思うがそれは違う。先生は、鈴音の様子を見ると精神的に参っているようだから休んでいきなさいと言って出て行ったはずだ。その間に窓を開けたなんてことはなかった。じゃあ誰が。


 不審に思った鈴音が下に落としていた視線を窓の方に向ける。その際に風に煽られて今は解いている長い髪が顔にかからないように手で押さえる。窓の方には、窓のサッシに座ってこちらを見ている女性がいた。あまりに突然でいきなりのことにただ茫然とするしかなかった。
 薄紫色の髪を腰に届くぐらいに長く伸ばし、アリスの国のような不思議な服装をした。頭にうさみみ状の機械をつけている女性がいる。不思議なのだが、全く違和感を感じさせない女性がいたのだ。そんな女性がいきなり現れたら、誰だって考える事を止める筈である。鈴音もそれに外れることなく呆けてしまったのだが、すぐに我を取り戻していた。この辺はさすが代表候補生といった方が良いのだろうか。


「うんうん! 悩んでるね。悩んで悩んで、悩みに悩みまくってるね」
「……誰よ、あんた」
「およ? 私を知らないの? 今時珍しい子もいたもんだね。私は嫌いじゃないよ。……それじゃあ、自己紹介しようか。まず君から、はい」
「……鳳鈴音よ。中国人(チャイニーズ)で代表候補生をやってるわ」


 鈴音は女性に促されて自己紹介をした。自分のことと専用機を持っていること。なんだか相手も知っていたようで聞かれたから答えた。そんなところであるのだが、いまだに正体不明な女性。今日は学年別タッグトーナメントだから部外者もいるのはしょうがないことなのだが、ここは一般の立ち入り禁止区域だ。侵入者をして伝えてもいいのだが、鈴音に話があるようでそれを聞いてからでもいいかと判断する。
 その女性の名前を聞いて驚くが、よくよく思い出してみると、どこかで見たことある人だった。


 篠ノ之束。若くしてこの世を変えてしまった。天才科学者にして、世界規模の戦犯。一人でISの設計から組み立て、プログラミングまで行える人の域を超えている人物。そんな大物がたかが一代表候補生に何の用なのか。とりあえず話を聞いてみないことには分からないので、用件を聞いてみる。


「おおそうだった。ねえリンリン。強くなりたい?」
「……! 当然」


 もはやトラウマと化してしまっていたあだ名を久しぶりに呼ばれ、カチンと頭に来てしまったが、そんなことは続く言葉を聞いたらどこか彼方へ飛んでしまっていた。
 強くなりたい――――。これだけが頭の中を駆け巡る。束の問いかけに鈴音は思わず即答していた。


「食いつきがいいね。そんなに悩んでたなら、ゆっくり教えてあげるよ。まず、ISのコアにある深層心理って知ってる?」
「い、一応知識としてだけなら。でもあれって単なるデマなんじゃあ……?」
「そんなことないよ。うん、そうだね。少し長くなるけど……いいかな? 大丈夫だよね、時間はたくさんあるんだから」


 そう前口上を置かれて話し始められたISの真実。束の口から言葉にして出されること全てに鈴音は驚愕し、今まで学んできた知識をすべて覆された。ISの開発者から話されることは何の偽りのない真実だ。どこの国家も例外なく隠していた不都合な事さえも隠されることなく告げられる。


形態移行(シフト・チェンジ)についてを説明すれば、全部分かってくれると思うんだけど。一次移行(ファースト・シフト)二次移行(セカンド・シフト)については知ってるよね?」
「それは知ってるわ。一次移行(ファースト・シフト)については、ある程度乗っていれば自動的に行われるけど、二次移行(セカンド・シフト)は行われることは分かっているけれど、その条件までは知られていない、といったところかしら」
「へえっ、意外。細かい所は気にしない人だと思ってたけど、そうでもないんだねっ。感心、感心」
「しっ、失礼ね……。これでも、代表候補なんだから。そのあたりのことは勉強したに決まっているじゃない」


 鈴音は束の人を見下したような反応に眉毛をぴくぴくさせながら、修正させる。ここで怒鳴ってしまって束の機嫌を損ねるわけにはいかなかった。感情的で直情的な彼女が耐えられたのは奇跡とも評してもいいのかもしれない。
 そんな鈴音のことなど束は気にすることはない。顔こそは鈴音の方を向けてはいるものの、視線は鈴音にあらず。


 束は鈴音に話すことを大まかに考えていた。すべてを話すには時間がなさすぎる。それでも伝えることは多すぎる。故に纏めていたのだが、聞いている生徒が予想以上に優秀だったため、へんに捕捉を入れる必要が無くなった。その点は束にとって嬉しい誤算だった。


「実はね、形態移行(シフト・チェンジ)は四段階あるんだよ。一段階は操縦者が取り敢えず動させるような状態。二段階は操縦者がコアの深層心理と接触を果たした状態。三段階はその深層心理と意思疎通が図れる状態。そして最後は――――私でもいまいちよく分かってないんだけど、おそらく深層心理と一体化すること」
「深層心理に人格がある、なんて……それに発明者でさえISを理解しきれていないの?」
「まあ、そういうことだと捉えてもらってもいいよ」
「そっ、そんなこと本当なら……」
「そう、君が考えている通りだよ。形態移行(シフト・チェンジ)の時に武装が変わったりするのは、操縦者がそう望んでいるから。翼がほしいと言えばできるし、強固な守りがほしいと言えばできる。操縦者の無意識のうちの望みが反映されているんだ」


 鈴音は見開いていた眼を閉じるとベットに深くもたれかかり、また目を開いた。いったん整理をする時間がほしかったのだ。再び視線を束に合わせ、話を促す。


「……で? 発明者であるあんたなら、形態移行(シフト・チェンジ)の条件だってわかってんでしょ?」
「流石、話が早いね。一次移行(ファースト・シフト)の条件はみんなが知っている。一定以上の時間乗っていればいいだけ。二次移行(セカンド・シフト)はコアの深層心理と接触をすればいい。そのきっかけは人それぞれで、十人十色といってもいい。三次移行(サード・シフト)は、深層心理と対話を試みないといけない。固く心を閉ざしている深層心理と仲良くなれってことだよ。そして、最終移行(ファイナル・シフト)は……残念だけど私にも良く分かってないんだ。だから、この領域まで来た人なんて皆無だね。まさしく前人未到の域だよ」
「待って、今の言い方だと三次移行(サード・シフト)まで行った人はいるってことになるけど」
「鋭いね。二人だけいるよ。私とちーちゃん」
「ちーちゃん……?」
「織斑千冬のことだよ。みんなちーちゃんを見るとワーワー言うけど、理解に苦しむね。……あんな奴のどこがいいんだか、分からない。分かりたくもない」
「千冬さんのことは好きじゃない……? あんたたちは親友じゃないの?」
「そんなの昔の話だよ。十年以上も前の話。……話を戻すよ。ここで最初に戻るんだけど、今のリンリンはISは上手く使えている。でも、それは道具として。ISを人として扱ってみて」


 鈴音は何も言わない。ただ、自分の待機形態であるブレスレットに目を落とすだけだ。


「薄々感づいていると思うけど、ISはものじゃない、人なんだ。それをあいつらはものとして使って軍事転用しやがったんだよ。まったく、もともと宇宙に行くためのマルチパワームドスーツなのに。……でもまあ、予想の範疇にある行動で逆にがっかりしたけど」
「ISを人として扱う……」
「ん? ああ、そう。今までに二次移行(セカンド・シフト)している人やちーちゃんや私は人としてISを接している。道具として接し続けているならいつまでも深層心理は操縦者に心を開いてくれない」
「たった、たったそれだけのことなの? たったそれだけのことなのに、みんなできないことなの?」
「たったそれだけのことなのに、とても難しい。何? 心配なの? 大丈夫だよ、私は見込みのある人にしかこんな話はしない。……それでもう一つあるんだ。用事が」
「……何?」
「私と一緒に来ない? 君はこんなところで腐っているべきではない人だよ」


 束からの提案は鈴音にとって願ってもないことだった。出来ることなら今すぐ差し伸ばされた手を取りたい。でも、IS学園には居たい。……? どうしてIS学園にいたいと思う。いてもいいことなんてない。国を裏切ることになってしまうが、そんなのは私にとっては些細な問題に過ぎない。


「……行くわ、束さん。あなたと一緒に」


 鈴音は、差し伸ばされた束の手を取った。
 この少女の選択がこの先どんな影響を与えるか分からない。けれども、少なからず影響を与えるのは確かだった。


「じゃあ、まずはアリーナに行こ? れんくんの試合が始まっちゃうよ」


 そう言う束は誰が見ても美しいと思わせてしまうような笑みを浮かべて、鈴音の手を引いていった。





 
 

 
後書き

一周年。この小説もそこそこいい評価を貰えているようで作者として喜ばしいです。これからも一読のことよろしくお願いします。



 
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