ウルトラマンゼロ ~絆と零の使い魔~
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再会-リユニオン-part1/トリステインへの帰還
「ワルド君、来たようだね」
レコンキスタの根城と化してしまったロンディニウム城の執務室にて、ワルドは急遽クロムウェルに呼び出された。
「閣下、お呼びですか?」
「ああ、これは君にとってはある意味凶報でもあり、吉報でもある」
「…は?」
仰る意味が分からないとワルドは首を傾げた。
「ああ、この言い方ではちょっとわかりにくいな」
少しだけ間を置いてから、クロムウェルは呼び出した理由を告げる。
「君には以前、アンリエッタ姫とウェールズ皇太子が交し合った恋文の回収と、私以外の『虚無の担い手』の候補者の入手をお願いしていたね」
「はっ。ですが、手紙はともかくその候補者を確保できませんでした。可能な限り確保せよと命じられた身でありながら…」
申し訳ありません。頭を下げて己の主に謝罪したが、クロムウェルはにこやかに笑った。
「いやいや、気にすることはない。それについてだが…その虚無の候補者が生きていたようだ」
「!?」
ワルドはその事実を聞いて顔を上げた。馬鹿な…ルイズたちが、俺がこの手で殺したはずの奴らが生きている!?
「そんなはずがございません!あの時、私は従う意思がなかったあの餓鬼どもをこの手で葬りました!ライトニングクラウドを用いて、死体のひとかけらも残さずに!」
「だが、現在このアルビオン大陸から脱出し竜に乗ってトリステインへと逃亡している姿を確認したと、この大陸周辺を監視しているわが友からの報告があった。それとも、私の言葉を疑うと?」
「い、いえ…そういうわけでは…」
正直疑わざるを得ない。教会で自分がレコンキスタであることを証、ルイズたちを除く王党派をジャンバードを用いることで皆殺しにしたあの直後、自分はルイズたちを全員殺すつもりでライトニングクラウドを食らわせた。それは間違いない。だが、たった今閣下はルイズたちが生きていると言っている。冗談をいうとは考えにくい。
「現在、我らレコンキスタの傘下にあるお友達が、アリゲラを使って追跡中だ。君が言ったところで、すでに彼の手に落ちる可能性が高いと思うのだが」
凶報でもあり吉報でもある、というのは、回収不可と断定した虚無の候補者を殺し損ねたことと、次こそは回収することができるチャンスを偶然にも与えられたと言う意味だろう。
「…いえ、恐れ多いとは承知の上ですが、その可能性は私から言わせればそれこそないかと考えます」
「ほう?」
「我らには、中立的立場であったにもかかわらず我らに逆らってきた敵…炎の空賊どがおりました。それに、これまで我らがトリステインに差し向けさせた怪獣は全てウルトラマンとやらにすべて敗れ去っております。今度も、何かしらの障害が現れ、我らの崇高な理想の邪魔をするに違いないと確信しております」
「なるほど…それにまた新たな障害が出てくると言う可能性もある。ならワルド君、様子を見て行ってほしい、もし可能ならば彼女を改めて捕えてほしいのだ。不可能ならば、仕方ないが抹殺を許可しよう」
「はい。もし見つけたら、今度こそ確保して閣下に捧げましょう」
ワルドはクロムウェルに臣下の礼を取ると、サイトたちを追うため直ちにロンディニウム城より飛び立った。
昨日の晩の時、シュウはサイトから問われた。どうしたらお前のようになれるんだ?と。「質問の意図がわからないな。お前は俺に何を求めているんだ?」
両腕を組んで気に背中を預けるシュウは隣で座りこむサイトに理由を尋ねる。
「俺はゼロって名前のウルトラマンと体を共有している。最初はすごく動揺したけど、うれしくもあった。借り物…二心同体とはいえ、俺にも誰かを守れる力があるって思うとさ。でも…」
サイトはそれから、ゼロとの間に起ったもめごとの大筋をシュウに明かした。トリスタニアでディノゾールと戦った際、逃げ遅れた人を見つけ自分が人命救助を優先すべしと意見したことに対し、ゼロは先に怪獣を倒すべきだと言ったこと。その直後、どういう意図のつもりかサイトの意見を人間の道具に成り下がる行為と軽んじた。そこから一気に二人の間に亀裂が走り、今に至るまで度々意見が合わなかったこと。それらを明かした。
「お前とそのゼロとやらは一枚岩な状態にあらずということか?」
「ああ…そうだ。でも、お前の場合はどうなんだろって」
だが、そんな問いはシュウにとってサイトが望むような答えを与えられるようなものではなかった。確かに、サイトと同様自分もウルトラマンと同化している。かのウルトラセブンやメビウスのように人間の姿に変化しているわけではない。だが、シュウと同化しているウルトラマンネクサスは、一切言葉を交わしてくる気配さえなかったのだ。
「俺はお前が求めている答えを持っていない。俺の身に宿っているウルトラマンは、俺にこれと言った助言もしていないからな」
適当に誤魔化してもどうせこいつのためにはならない。きっぱりとシュウはそう答えた。そうなのか?とサイトはシュウを見る。
「そもそも、お前にもわからないことをどうして俺が答えを示せるんだ?」
「………」
「それに、無理に俺のような奴を手本にしようと考えるな」
どうして?と言いたげにサイトは首を傾げた。
「お前は、俺のことを完璧な何かと勘違いしていないか?」
「いや…だってそうだろ。あんたは俺が知ってる限り、力の使い道を一度も誤っているようには見えなかった」
なすべきことをきっちり見定めていて、一度もミスを犯していない。なおかつ人を守ることに余念を持ているように見えない。だから、理想のウルトラマンとしては十分だとサイトは思っていた。しかし当の本人であるシュウはそう思ってはいなかった。
今、こうしてウルトラマンとしてサイトたちを守り、アリゲラと戦っている最中も同様だった。
「フン!!」
手から三日月状の光刃〈パーティクルフェザー〉を数発発射し、アリゲラに攻撃を仕掛けるネクサス。だ が、アリゲラは直ちに宙へ飛び立ち、豪烈な速さでネクサスに突撃した。その拍子に、ネクサスの胸元にアリゲラの右翼が剣のように直撃し火花が起こる。
「ドワ!!」
一撃を食らって大きくのけ反ったネクサスは、アリゲラから一撃もらった胸元の箇所を押さえる。斬りつけられた箇所が摩擦熱によって煙を吹いている。
アリゲラは得意の高速空中旋回を繰り返しながら、エネルギー弾を乱射しながら地上のネクサスを狙う。〈サークルシールド〉を展開し、ネクサスはそれらを防いでいく。
(速すぎてメタ・フィールドに誘い込むのも困難だな)
ネクサスは頭上を飛ぶアリゲラは忌々しげに睨む。
「速すぎるわ。目で追うのも一苦労ね」
シルフィードの背中に乗る仲間たちと共に、仲間たちが評価する一方、サイトは傷つくことも恐れずアリゲラと対峙するネクサスを見下ろしていた。
「…」
ウルトラマンとしてこなしてきた功績・履歴を考えると、元は素人なうえに同化したウルトラマンと仲違いをしたままで失敗続きのサイトよりも、辛辣な言葉を吐きながらも目の前の敵を的確に倒し人の命を守ることを重んじたシュウの方が評価されるかもしれない。
だが、シュウ自身はそれをよしとは思わないことをサイトは想像もしていない。
それは、彼の過去に大きな要因があったが、今はまだ…語ることはできない。
「なんとか、あのウルトラマンを助けることってできないの?」
「だめ。今のうちに逃げる」
キュルケがどうにかできないのかとタバサに言って見たが、タバサは首を横に振った。
「た、タバサ!」
自分たちが助けられたと言うのに、このまま黙って逃げるというのか?ルイズは納得しかねるぞと言いたげに声を上げた。
「私たちでは、あの怪獣は倒せないし、手傷も追わせる手もない。あのウルトラマンの足を引っ張るだけ」
「…!」
ルイズはワルドの裏切りのせいで任務を失敗した時から…いや、それ以前からずっと引きずっていた無力感を痛感した。確かに、怪獣なだけあって体が頑丈なうえにシルフィードでも追いつけないほどの速さで動き回れたら、こちらでは打つ手が見つからない。
「ルイズ、今は任務の話をアンリエッタ姫にするのが優先するべきことだ。そうだろ?」
「…ええ。わかったわ」
「シルフィード」
ギーシュも一言口添えし、ルイズは納得してくれた。そして、タバサから飛ぶように命じられたシルフィードは改めてトリスタニアの城へと直行していった。
その頃、ウエストウッド村。
「くう…くう…」
ルイズたちを見送った後、女子部屋と男子部屋のそれぞれに子供達を寝かせたテファは、就寝時間を過ぎてもシュウが戻らないことを気にし始めていた。
「それじゃあ、あたしは次の仕事場に行かないとね。」
「もっとゆっくりしていけばいいのに…」
「そうはいかないさ。あたし一人のためにせっかくの村の財産に負担をかけちゃあね。それよりもテファ、くれぐれも体に気を付けるんだよ」
「う、うん…姉さんも気をつけて」
マチルダはこの村のために内緒の盗賊家業で金を稼がなくてはならない。あまり長くと、食費が底を尽いてしまうため留まり続けることはできない。子供達の見送りだとつい湿っぽい展開になると思い、見送りがテファのみである就寝時間に村を後にすることにした。
「それにしても、シュウはどこに行っちゃったのかしら?」
そう言えばさっきからシュウは戻ってきていなかった。テファにあまり心配かけないために、自分が盗賊であることを隠しているようにシュウがウルトラマンであることも隠したままだ。なんとか適当に誤魔化さないと。
「あ、ああ…さっきトイレに行ったところを見かけたよ」
「そ、そうだったの…」
シュウがどこに行ったか心配になっていたが、その答えが意外にも単純かつ下品な話だったためテファは思わず赤面した。
「今、何か変な想像とかしたんじゃ…」
「そ、そういうわけじゃないから!!」
ジトッと射抜くような目で見てくる姉に、テファはムキになって大声で喚いた。
「大きな声出すんじゃないよ…あの子達に聞こえるだろ」
「もう…誰のせいよ…」
デカイ声を出してきたのは確かに悪いが、ことはといえばマチルダがおかしなことを言ってきたからではないか。逆に頬を膨らませて姉を睨みつけた。
と、その時だった。かすかな痛みがテファの右目に響く。思わず俯いて目を塞ぎ、もう一度目を開けると、そこに見えていたのは村の景色じゃなかった。全く異なる、殺伐とした景色。あちこちで散る火花が見える。そして、見たこともない怪物の姿がそこに見えた。
「テファ?どうしたんだい?」
「え?」
マチルダに声をかけられてテファは我に返る。顔を上げると、自分を心配して顔を覗き込んできたマチルダの顔があった。同時に、一瞬見えた景色も消えて元の村の景色に戻っていた。
「そういえば今日、珍しくお客が来たからね。あんた、結構楽しんでたみたいだから、疲れがぶり返してきたんじゃないか?」
「そ、そうだと思う。今まで、たくさんのお友達とお話することってなかったから」
逆にテファも、こう見えて心配症な姉に悟られないように返した。言った言葉は実際間違っていない。ルイズ・キュルケ・タバサ。同じ同年代の女の子と話したこともなかったから、今日彼女たちを見送るまでの間はよく子供たちも交えて彼女たちと語り合った。この村で隠遁生活を送っているテファにとって貴重な体験で楽しいひと時だった。
「…ごめんな、テファ。あたしはあんたを守るために、ここに匿ってやることしかできないから」
最初から閉じられた世界で生きたいと思う人間はほとんどいないだろう。マチルダは申し訳なく思ってテファに謝ってきた。
「き、急にどうしたの姉さん?私は別に気にしてないし、むしろ感謝しなくちゃいけないもの。元々、私がハーフエルフであるせいで、姉さんの家は撮り潰されちゃったんだから」
急に謝られてたじろぐテファ。だが、自分もまた後ろめたいものがあったことを思い出して、逆にマチルダに謝ってきた。
「バカな子だねえ。あたしは別に気にしちゃいないさ。あんたをこの村に匿ったのはあたしの意思。勝手に家を撮り潰したのは、王家の連中さ。
それに、自分の生まれのことを責めちゃいけないよ。でないと、あの日あんたを助けるために命を張った、あんたの『最初のお友達』に悪いじゃないか」
今更だ、というようにマチルダは暖かな笑みを浮かべ、テファの頭を撫でた。
「…最初の、お友達…」
そう言われて、テファは表情が曇らせた。それを見て、マチルダは思わず口を覆った。
「あ、ごめんな。あの時のこと、あんたにとっちゃ酷な話だったね」
「う、ううん…いいの。気にしないで。それに生まれのことを恨んだわけじゃないし、姉さんがいたから今の私がいるんだって思ってるから」
テファは気にしないで欲しいと首を横に振った。
「そっか…じゃあ、あたしはもう行くよ」
「気をつけてね、姉さん」
この村で暮らす様になってから、このひと時の間の別れはいったい何度目になるだろうか。手を振りながら笑顔で村を去っていく姉の背を何度見ただろう。テファはマチルダの存在を頼もしく思っていた。しかし同時に、不安が過ぎっていた。いつまでもこうして姉の資金援助に甘んじているだけでいいのか?と。森から出ることができない自分の存在が姉の重荷になってしまっているのではないかと。
そして、こうして村から何度も旅立っていった姉が二度と帰ってくることがなくなるのではないのでは、とも。もちろんこれまで幾度となく帰ってきて貯まったお金をくれていたマチルダだが、盗賊だって出ることもあれば戦争さえ起こるこの時勢。いつまで持つだろうか?
もし、姉が、子供達が、シュウが…自分にとって『最初のお友達』と同じ目に遭ってしまったら…。
「!」
その時、またテファの視界に変化が起こった。村の景色ではなく、全く異なる景色が彼女の青い瞳の中に映し出されていた。
(これは…!?)
聞こえる。さっきの、甲高い大きな獣の鳴き声が。そして、今ははっきり見えた!見たこともない化物の姿が見える。けど、どうしてこんなものが突然見えたのだろう。
いや、待てよ…もしや…。メイジに召喚され、主従の契約を交わし合った使い魔とメイジは感覚の共有が可能となるとマチルダは入っていた。それに今視界の中で暴れているのは…まさに怪獣とも言える生物。それを見たテファは、盗賊に一度誘拐されそこをシュウに助けられた直後に襲ってきたナメクジの化物…ペドレオンを思い出す。あの時もシュウは一人残って戦い森の中に一時消えた。その後は、彼が話していた巨人…ウルトラマンが入れ替わるように現れ事なきを得たが。
使い魔の聞いた事を聞き、見た物を見る事ができる…つまりこの景色は。
(シュウ、まさかあなた、また…)
人知れないうちにどこかで襲われ、戦っているということなのか?こうしてはいられない。テファはすぐにシュウを探しに駆け出した。彼が姿を消してから時間が余り経っていない。
まだ付近のどこかにいるはずだ…とテファは予測した。感覚の共有で見えた場所の位置までは特定できないので、予想は既に外れてしまっていたことに気付かなかった。
探しに向かったのはいいが、付近から大きな物音は聞こえてこない。いったいどこに行ってしまったのだろう。なんとか見つけ出さないと!
あてもなくテファは走った。運動が不得手にしか見えないその見た目によらず彼女は森の中を、森の中にある獣道もかいくぐり、シュウの姿を衝動的に追い求めていた。
それにしても、なぜおとなしい性格の彼女をこうも駆り立てるほどの衝動が起こっているのか。その時のテファの脳裏に見えたのは、先ほどのマチルダとの会話で思い出した、彼女にとって『最初のお友達』の姿。
(探してこよう。もう…誰にも…私のために傷ついて欲しくないもの…!)
テファはずっと気にしていたのだ。自分がエルフの血を引いているせいで、マチルダに苦労ばかりかけてしまっている。自分のために誰かが苦労し、自分は安全なところでのうのうと暮らしていることを気にし続けていた。自分が姉のすすめで召喚し使い魔としたシュウにもそれが伝染し、彼にはもっと大きな役目があるにも関わらず自分のせいでいらない苦労をかけているのでは、とも。
そんな純粋すぎて必死こきすぎた気持ちが、彼女にひとつの災いをもたらすこととなる。
「…だめ、見つからない」
テファは、なるべく村から離れすぎていない距離の範囲でシュウを探していたのだが、捜索範囲としては村から近すぎることもあってかシュウの姿を見つけられなかった。
そういえば、さっき見えたヴィジョンの中では、恐ろしい怪物と相対していたはず…確かシュウは、元の世界ではあのような怪物と戦う組織に所属していたと言う話だ。だとしたら…どこかで彼は人知れず戦っているのかもしれない。そうだとしたら少しは戦闘の音を耳で拾えるかもしれないと思い、森の中へ耳を澄ませてみる。…が、全くそれらしい音は聞こえない。
…危険だが、もっと遠くへ足を運ぶべきだろうか。
それにしても、夜の森…幼いころから、森の中に潜むモンスターや野盗を警戒したマチルダから「夜の森は危険だ」と念を押されていたこともあって、夜の森はただ歩くだけで怖い。この森には子供の頃から過ごしてきたとはいえ、幽霊でも出てきそうな雰囲気だ。早いところ、彼を見付けて連れ戻そう。
そう思っていた矢先であった。
彼女に向かって、何かが空を切る勢いで、上空から迫ってきた。
「きゃあ!!」
その音に気づいてそちらを振り返った途端、テファの横を何かが霞め、彼女はバランスを崩して転倒する。
今の衝撃はいったい?
草の生い茂る地面の上に倒れ、その正体を見定めようとテファは、体を起こす。そこで彼女が見たのは…
闇の中で息を巻く、赤く明滅する目を持つ『影』。それを見てテファはぞっとする。
さらに彼女の背筋を凍らせたのは、その影の中から…
『…アルビオンの王室派の兵士、ではなさそうね』
女の声がしたことであった。
『でも、見られたからには…今のうちに始末した方が良いかしら』
「っ!」
始末、の意味がなんなのか、世間を知らないテファでも否応にも理解させられた。刹那的に死の恐怖を思い知らされた彼女に、闇に潜む影は、双月の光にそのかぎ爪を反射させながら、テファにその爪を振り下ろそうとした。
しかし、その時であった。
もう一つ、別の黒い影が、テファを攻撃しようとした影に向けて体当たりをかました。最初の影は大木にその身を激突させると、赤く光る眼の光が消え、そのまま地面にずり落ちてぐったりとなる。二体目の影は、最初の影を始末下のを確認すると、テファの方へと振り返った。
(に、逃げなきゃ…!)
恐怖で身動きが取れないところであったが、己に鞭打ってでも生きるために、テファはその影たちのもとから一刻も早く離れるべく走り出した。
「はあ、はぁ…」
逃げるにつれて、村から遠くは離れすぎてこそいないが、逃げることに必死のあまり足場の悪い山道を走っていた。しかも今は夜。迂闊に全力で走るのは危険だった。それを忘れていたテファは、足を踏み外してしまった。
「きゃああああ!!」
彼女の姿は、山道の脇に口を開けた急な坂の下へと消えてしまった。
まさか今の自分の戦いをテファに見られ、しかもそれが原因で彼女が闇の中に消えてしまったことをこの時のネクサス=シュウは予想もしていなかっただろう。
「ギイイエエエエエア!!!!!」
「ガハ!!ウワア!!!?」
宙を飛び回りながらこちらに突撃して来たり、エネルギー弾を撃ちこんできたりとネクサスを翻弄する。逆に、空中を飛び回るアリゲラの強烈な体当たりを何度も直に受けてしまう羽目になった。たった一発だけならまだしも、目にもとまらぬその速さに、ネクサスは翻弄されてしまう。
圧倒的な速さを誇るアリゲラの前に、ネクサスの光刃も蹴りもパンチも全てが空振りに終わり、その度にまたエネルギー弾を受け、さらに体当たりをまたもらってしまう。
「ウワアアアアアアアア!!!」
今度の体当たりはかなり堪えた。ネクサスはのけぞるどころか、大きく吹っ飛ばされた。
体中が、知らない間に傷だらけになっていた。切り傷や被弾した個所が多く、あちこちから煙が吹いている。ネクサスは左肩の傷を押さえながら頭上の空を飛ぶアリゲラを見上げる。
(ち…闇雲に攻撃したところで意味はない。マッハムーヴを使って追うにしても、あれは一瞬の効力しかない)
〈マッハムーヴ〉とはネクサスの持つ高速移動技なのだが、その効果は永久的なものではない。ほんのわずか一瞬の間だけ高速移動ができるだけだ。とてもじゃないがアリゲラに追いつくことはできない。だから、いずれ奴から近付いてきた時に…。
…いや、待てよ。敵が常に高速で動き回る。それはこちらから追って行こうとしなければ奴も…ダメだ、この方法だとアリゲラはエネルギー弾を遠くから連続ぶつけてくる。シュウにとって未確認の敵であるため、奴の体力がどれだけなのかはまだわからない。いずれネクサスを倒すことなどできると考えた方がいい。しかし他の方法がないのならば…。
すると、アリゲラが再びこちらに近づいてきた。しめた!
〈マッハムーヴ!〉
ネクサスはとっさに両腕のアームドネクサスを合わせ、アリゲラがちょうど眼前に来たところで高速移動、背後に回り込んだところで尾を掴むことに成功した。
尾を掴んだままブン!とアリゲラを引っ張って自分の側に引き寄せる。狙うは、アリゲラの背中にあるパルス孔。
「オオオオオ…シュワ!!」
拳にエネルギーを込め、アリゲラのパルス孔を打ち砕いた。
「ギィイイイイイ!!!」
エンジンの壊れた車など恐ろしくもない。今の一撃を持ってして、アリゲラは自慢の速さを失った。
パルス孔を失い、一発の光弾でネクサスの視界を一時的につぶすために挙げた土しぶきを煙幕代わりに巻き上げ、その隙に空を駆けて一旦空中に逃げるアリゲラ。だが、ネクサスの機転でパルス孔が損傷したために速度が思うように上がらなかった。ネクサスは逃がすまいとアリゲラの尾を捕まえ地上にたたきつけると、倒れこんだところで拳を数発アリゲラに叩き込む。
「デュ!ダ!」
アリゲラも負けず、ネクサスに両翼で挟み込もうとする。それを両腕で防ぐネクサスだが、アリゲラはそれを狙っていた。両腕を一時的に封じられたことで隙が生じた彼を蹴りで跳ね除けて立ち上がった。アリゲラが立ち上がったところを、彼はハイキックでアリゲラの顔を蹴りつけた。アリゲラもカウンターでネクサスの腹にキックするが、逆に二発目のハイキックを喰らい、さらにもう一発殴られたところで背後に回り込まれ、拳を背中のパルス孔に叩き込まれた。今の一撃でアリゲラは超高速移動能力を失った。それに起こったのかアリゲラは胸部から光弾をネクサスに向かって発射、対するネクサスはバック転で避けた。
その隙に滑空して突進するアリゲラ。しかし、それは正面で身構えていたネクサスから見れば自ら死地に向かうものに見えていた。パルス孔に一撃食らわされたこともあり、さっきほどの速度は発揮されていなかった。
決して慌てることなく、アリゲラをただその場で待つネクサス。アリゲラがついに眼前に迫っていた。そして…。
〈シュトロームソード!〉
一刀両断!アリゲラがネクサスのいる場から抜けだしたときには、アリゲラは彼の光の剣の一閃によって身を間二つに切り裂かれ、粉々に爆発して消え去った。
ネクサスは、アリゲラが木端微塵に砕け散ったのを確認すると、今度はサイトたちが乗っていたシルフィードが飛び去った方角を眺めた。ふと、サイトが昨日に言った言葉を思い出した。『どうしたらあんたみたいになれるのだ』、と。
――――平賀。俺はお前が考えているほど立派な男じゃない
どこかもの悲しげに、ネクサスはそう呟いていた。
その様子は、アルビオンから急遽派遣されたワルドも確認していた。現在ジャンバードのコクピットに搭載されたモニターから確認している。この兵器の操縦許可をいただいたときは、とてもハルケギニアの文明で作れるようなものではないと悟らざるを得なかった。流石は始祖ブリミルが箱舟としてお使いになった遺産だ。
「あの時の銀色の巨人か…」
モニターからネクサスの姿を忌々しげに睨むワルド。
レコンキスタがこれまで放った怪獣は全て彼をはじめとした異形の戦士たちによって全て排除されてしまった。どのような狙いのつもりで自分たちに抵抗しているかはわからないが、レコンキスタの崇高な理想の邪魔になりかねない。ここは…『例のあの形態』にこの始祖の箱舟…ジャンバードを変形させて奴を始末しようと考えた。
「ジャンバード、あの巨人を抹殺する。行く……ぞ!?」
自分たちも出ようとしたが、その時、突如ジャンバードの船体に強い衝撃が走った。一体何が起こった。もしや、まさかあいつに先手を取られたのか?ワルドは船外の様子を映し出しているモニターを覗き見る。が、ジャンバードがどこからか放ってきている攻撃に対して自動で回避を繰り返しているために、外の映像がまともに映されていなかった。
ワルドは苦虫を噛み潰したような顔をした。そもそもこの機体に慣れていないうちに『変形前』にこうも邪魔をされてしまっては反撃に転じる隙もない。
「…っち、退くか」
抜け目ない奴め。ネクサスのことをそう言いながらワルドはジャンバードに引き上げるように命令し、ジャンバードは一度アルビオン大陸へと引き上げた。
だが、今のジャンバードを襲った攻撃はネクサスのものではなかった。
「なかなかの成長ぶりだな、ウルトラマン」
この死人のような不気味な声をネクサスは忘れたくても忘れることはできなかった。
「ファウスト…!」
黒き死の巨人、ダークファウストだった。一体どこから湧いて出た?警戒してネクサスはとっさに身構えた。アリゲラとの戦闘ですでにコアゲージが赤く点滅し始めているが、こいつが出てきたのならば戦うしかない。
が。対するファウストは戦う気がないためか、身構えてきたネクサスに対してふ…と小さな笑い声を漏らす。
「ふっ…案ずるな。今のボロボロのお前相手では楽しめない以上、戦うつもりはない。
いずれ捧げられるその身…まだまだ生きてもらわねばこちらも困るのだからな。まだその体が持つか、さっきの獣を使って様子を見させてもらった」
「………」
どうやら、サイトたちに怪獣を仕向けさせたのは、ファウストがネクサスをおびき寄せるつもりで仕掛けたためのようだ。
「今の様子だと、心配するだけ無駄だったようだ。『同じ匂いを持つ者同士』、せいぜい生き残って、『私たち』を楽しませてくれ」
ファウストはそう言い残すと、戦おうともしないまま闇の中へ消えて行った。
(同じ…匂い……?)
どういう意味なんだ。ファウストが言い残した言葉に引っかかりを覚えながら、彼は赤い霧のように姿を霞め、やがて消えて行った。
ネクサスの援助もあり、トリスタニアの城についたサイトたち。城の前についたところで、サイトは一人、ルイズたちが向かうトリスタニア城城門とは反対方向へ歩き出した。
この時にはもう朝日が立ち上っていた。
「サイト、どこへ行くんだい?これから姫殿下に任務のご報告に向かうのではなかったのかね!?」
ギーシュが疑問に思って声をかけたが、サイトは無視した。
「ルイズ、君からも何とか言ってやれ!彼は君の使い魔じゃないか!」
「…いいわよ、ほっときなさいよ。あんなグズ」
ルイズに引き留めるように頼むが、一方のルイズもサイトのことを一方的に突き放すような言い方をしている。
「一体どうしたのよ。昨日の夜から二人とも変じゃないの?」
キュルケも気になって二人に何があったのかを尋ねようとしても、二人は一切口を利こうとしなかった。この二人が喧嘩をするのは今に始まったことじゃなくなりつつあるのはすでにわかるのだが、今度ばかりは相当な険悪さが二人の間に漂っていた。
「……」
タバサはそれを見かね、サイトのことはあえて置いておいて先に行こうと、城門の方を指さした。一方でサイトは、城門からすでに城下町の方へと姿を消す寸前だった。
「ルイズ、ダーリンが勝手に街に行ってるけどいいわけ?」
「いいって言ってるでしょ。あのバカもとっくに納得してるわ」
しつこいと言わんばかりの言いぐさでルイズはキュルケに言った。キュルケはついさっきまでのサイトの顔を思い出す。自分が惚れたのは、ギーシュとの決闘の時や学院を襲った謎の円盤に対しても決して物怖じせず勇敢に立ち向かった、見ているものを燃え上がらせるサイト。だが、アルビオンから帰還してからの彼は、ずいぶんと腑抜けになってしまった。確かに、あれだけの惨事が目の前で起きればショックを受けても仕方ない。けど、いつまでも引きずってもらうとせっかく燃え上がった自分の恋の炎が鎮火してしまうではないか、というのがキュルケの見解だった。自分が慰めようとは思ったが、思春期男子らしく美女に気を引かれやすいくせに意外と固いところがあるサイトだ。不謹慎かもしれないし、サイトのことはあえておいておくことにしよう。自分に宿る恋の炎が鎮火しない限りは狙いを定めたままだが。
「…そう。じゃああたしたちは姫殿下にご報告に行きましょうか」
「そうだな。けど…気が重いな。せっかくの姫殿下が僕らにお与えくださった任務を失敗してしまったのだから」
ワルドの裏切りという想定外の展開があったとはいえ、ギーシュは麗しき姫が自分に(正確にはルイズだが)頼み込んできた任務を失敗して戻ってきたことを伝えるなど気が重い。それにもう一つ、アンリエッタにとってあまりに辛い事実を自分たちは伝えなければならないという義務があると思うとさらにやるせない。
「あなたのせいじゃない」
気落ちしているギーシュの肩に、タバサの手が乗っかった。
「ああ、タバサ…君は何て優しい…」
「私たちが見抜けなかった相手を、あなたなんかがどうやって裏切者だと見定めることができるの?」
「……………」
優しい言葉をかけてくれたと思い、調子に乗って手の甲に口づけしようとしたら、棘のある物言いをされてさらにギーシュは落ち込んだ。
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