FAIRY TAIL 星と影と……(凍結)
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幽鬼の支配者編
EP.22 蠢く陰謀
ジュビアとソルの2人がその場から消えたのを確認すると、ワタルは振り返って“魂威”で“水流拘束”を魔法解除して、水の中を漂うルーシィを解放した。
「ルーシィ? ルーシィ! ……気絶してるだけか」
呼びかけてみるも反応は無い。呼吸はあるため、意識を失っているだけと分かると安堵し……背後に気配を感じたワタルは再び振り返った。
「何の用だ……エレメント4」
「ノンノンノン。3つのノンで誤解を解きたい。用があるのは貴方ではありませんよ、ワタル・ヤツボシ様」
「……外からとはいえ、ジュビアの“水流拘束”をいとも簡単に……」
エレメント4――妖精の尻尾で言う、S級魔導士にあたる存在であるソルとジュビアが、地面と水たまりからそれぞれ出てきながら話し始める。ソルは首を振りながら表面上は紳士的に、ジュビアは自信の技を破ったワタルに対して驚きと警戒を持ちながら。
ワタルは意識の無いルーシィを背後に、警戒心を緩めることなく尋ねた。
「……では、ルーシィに何の用だ?」
「フム……それを答える前に、一つだけ。貴方は我々のギルドに対する攻撃には参加しなかったようですね……何故ですかな?」
「お前には関係のない事だ」
無表情で拒絶するワタルに対し、ソルは余裕の表情だ。
にこやかに、あくまで紳士的に語りかける。
「おやおや……話は変わりますが、わたしは頭の中に妖精の尻尾の魔導士の情報を全て入れておりましてね」
「ムッシュ・ソル、何を……?」
「……」
ジュビアは訝しげな顔をしたが、ワタルは黙っている。心なしかその表情は硬い。
「もちろん、貴方の事も知っていますよ。確か、貴方の故国は魔導士同士の戦争で滅んでしまったとか……この度の抗争に参加しなかったのも、大方それが原因なのでしょう?」
あくまで紳士的に笑いながら話すソル。やっている事は敵の情報を徹底的に調べ上げ、対峙すれば心を抉って傷やトラウマを白日の下に晒す……と、紳士的とは程遠かったが。
だが彼にとっては不幸な事に、邪魔された任務を遂行しようとしたソルの常套手段に対するワタルの反応は、彼の経験にないものだった。
「随分博識じゃないか」
「うん?」
笑みと共に褒めるような言葉を発するワタルに対し、ソルは首を捻る。
雨は降ってはいるが……それは背筋が凍るほど冷たいものだっただろうか、と。
「だが……」
ソルの背筋が凍るような感覚を裏付けるかのように、ワタルは笑みから一転、何の感情も読み取れない能面のような無表情になると、氷のように冷たい声を出す。
「俺が正規ギルドの魔導士に攻撃できないって意味で言ってるなら…………いいだろう、格の違いを見せてやるよ」
「(何だ、これは……鬼?)」
瞬きの後、ソルはワタルの背後に幻視した。
見た事も無いような恐ろしい形相をした異形の化け物の姿を。
化け物の怒りの視線に絡め取られたソルは、蛇に睨まれた蛙の如く硬直してしまう。
「俺は怒ってるんだ」
冷たく言葉を言い放ち、一歩踏み出したワタル。
仲間を傷つけた者たちへの怒りからの言葉だったが……実際はそれだけではなかった。
マカオとの語らいとエルザとのふれあいで、少しだが、心が前向きになろうとしていた矢先に、中務――ヤツボシの家の者に付き纏う怨霊に遭遇、否応なしに過去を思い出させられた事への苛つきも含まれていたのだ。
「ッ!!」
「ムッシュ・ソル?」
八つ当たりだという事はワタルには分かっているが、そんな事情は知らず、現在進行形で怒気を向けられているソルにはそんな事は分からない。
ジュビアの反応から、さっき見たのは錯覚だと頭では理解したが、彼の足は理性とは裏腹に、ワタルから離れるように後ずさってしまう。
今のワタルは危ないと、理性でなく本能で判断した身体が取った防衛行動だった。
そして、ソルだけに向けられたワタルの敵意……いや、殺意の視線に、ソルは自分が次の瞬間に心臓を貫かれる光景を幻視し、自分の胸を手で覆ってしまう。人間――動物の命の危機に対する本能的な防衛行動だった。
時間にしては一秒にも満たない。だが、濃密な殺気にさらされて息さえつけないその時間は、ソルにとっては何倍にも引き伸ばされて感じられたのだが……
「ゴホッゴホッ!」
「……ルーシィ、大丈夫か?」
ワタルの意識が急に咳き込んだルーシィに行って敵意が霧散した事で、ソルは麻痺していた身体の自由を取り戻し、大きく息を付いた。
「(さっきのは錯覚だ……現に、ジュビア様はなんともないじゃないか)」
ソルは幽鬼の支配者の幹部、エレメント4としての矜持からそう思い込み、顔に付着した雨粒と一緒に冷や汗を拭うと、口を開いた。
「(そうに決まっている……)……そ、そうそう。我々の目的、でしたね……我ら偉大なる幽鬼の支配者は、ハートフィリア財閥からある依頼を受けたのですよ」
「依頼?」
ワタルの意識は再びソルとジュビアへ。
感じるのは警戒だけ……殺気はもう感じない事にソルは安堵した。
「ええ、そうです。依頼は『家出した娘を連れ戻して欲しい』というものでして……」
「へぇ……何の根拠で、その娘がルーシィだと?」
ここに着く前に見た光景は、誰がどう見てもルーシィを捕まえるためのものだった。彼らのターゲットがルーシィと判断したワタルの返答に、ソルはあくまで紳士的に返す。
「おや……ギルドのお仲間なのに、ルーシィ・ハートフィリア様をご存じでない?」
首を90度傾けながらのソルの問いに答えたのはワタルではなかった。
「……なんで……ゴホッ、それを……」
ハートフィリア。ギルドにも言っていない自分のファミリーネームをおぼろげな意識で聞き取ったルーシィは覚醒すると咳き込み、飲んでしまった水を吐きだしながらも尋ねる。
「ルーシィ、無理をするな」
「おや、気が付きましたか、ルーシィ・ハートフィリア様。ご令嬢が家出したとなれば、探そうとするのが普通でしょう」
「そんな事、あの人はしない! 気にする訳が無い!」
その苦悶の表情が、さっきまで溺れていたからだけではない事は、今までに無い程に狼狽えるルーシィの反応を見れば一目瞭然だった。
目の前には仲間の仇がいる。だが今はルーシィを優先するべきだ。
そう考えたワタルは、睨み合う――と言っても睨んでいるのはルーシィだけで、ソルの方は余裕の表情だったのだが――2人の間に入り、ソルとジュビアを睨むと口を開く。
「……とにかく、お引き取り願おうか」
「そういう訳にもいかないわ。これも仕事だもの」
「血を見るのがお望みなら、俺は構わないぞ」
ジュビアの返答に、ワタルが目を険しくして敵意を2人に、特にソルに向ける。ソルは少し思案した後、彼女に提案をした。
「……ジュビア様、ここは引きましょう」
「ムッシュ・ソル、任務はどうするの?」
「偉大なるマスター・ジョゼは聡明な御方。この程度の失敗で計画を止めるなど有り得ません」
「……分かったわ」
納得したジュビアがソルの説得に応えると、彼は出てきた時と同じように、身体を地面と同化させて消える。ジュビアもまた、身体を水に変えると、その場から姿を消した。
雨が止み、ソルとジュビアがマグノリアから居なくなったことを確認したワタルは、蹲って何も話さないルーシィの方を向いた。
「……」
よほどショックを受けたのか、ルーシィは幽鬼の支配者の二人が消えても蹲ったままだった。
応えない彼女に、少し思案した彼は片膝をつくと、なるべく優しく声を掛ける。
「どういう事情があったか知らないけど、お前は妖精の尻尾のルーシィだ。マスターやエルザにナツ、グレイ、ハッピー、エルフマン、ミラ――他の連中だってきっと同じこと言うさ」
「でも……あたしが家出なんかしなければ……」
自責に苦しみ、渋るルーシィ。彼女の胸の中には、壊れたギルドや傷つけられて今も眠る親友たち、そして……自分から自由を奪おうとする父・ジュードの姿があった。
自分の父親、ひいては自分の家出が原因でこんな事に……そう思いつめてしまったのだ。
「……身体を冷やすといけない。ミラもいるだろうし、とりあえずギルドに行こう。シャワーでも浴びれば、少しはスッキリするさ」
「……うん」
ワタルは動かないルーシィの腕を取ると、やや強引に立ち上がらせて歩き出す。ルーシィは彼の後を追う形で歩きだしたが、ワタルが肩越しに見ただけでも、俯いて意気消沈としているのが分かった。
気の利いた言葉一つ掛けてやれない自分を腹立たしく思うワタルだった。
「はい、タオル」
「サンキュー、ミラ」
「……何があったの? もしかして、レビィ達に何か……」
ギルドの地下室。
ワタルと共に訪れたルーシィの落ち込み様を見たミラジェーンは、何も聞かずに雨に濡れた彼女をギルドのシャワー室に案内すると、清潔なタオルをワタルに渡した。
礼を言ってそれを受け取った彼は椅子に座ると、濡れた髪を拭きながら彼女の質問に答える。
「いや、彼女たちは眠ってるよ。医者の話では、そのうち目を覚ますそうだ」
「そう、それは良かった……」
安堵したように不安そうな表情を緩めたミラジェーン。
一通り髪を吹き終わったワタルは、タオルを首にかけてギルドの地下室を見回す。
「……ギルドの地下室って、こんなに広かったっけ?」
「みんなオークの町に行っちゃったからね……」
「そうか……そうだったな」
いつもは物置としてしか使っていないとはいえ、今は妖精の尻尾の拠点である地下室は、普段の喧騒が嘘であるかのように静かだった。
原因は言うまでもない。
「ファントム、か……」
「ルーシィの事も、ファントムに関係あるんでしょ?」
「あー……どうも彼女の家の事らしい。詳しくは聞いてないが」
「ふーん……」
ミラジェーンはワタルの向かいの椅子に腰を下ろすと、彼を見つめる。
この場にはワタルとミラジェーンの二人だけ。彼女が黙ってしまえば、否応なく静寂が訪れてしまう。
沈黙に落ち着かなくなったワタルがタオルを手で弄っていると、沈黙を保っていたミラジェーンが口を開いた。
「ねえ……ワタルって、なんか変わったわね」
「そうか?」
「ええ。遠慮が無くなったというか……」
「……それは褒めてるのか? それとも貶してるのか?」
「もちろん褒めてるのよ。前は、なんていうか……壁? みたいなのがあったし……」
「うーん……言われてみれば……」
言われてみればそうだったかもしれない、と言う程度だったが、ワタルはミラジェーンの言葉に、以前の――マカオに諭される前だから、そんなに過去の事でもないが――自分を思い返す。
普段の騒ぎに、混じることなく一歩引いたところで見ていなかったか。このギルドの事を『家』と、仲間を『家族』と認めていても……心のどこかでは、そんな自分を捻くれて冷めた目で見てはいなかっただろうか。
その時々ではそんな事は思わなかったのだが、今になって思えば、自分は無意識に仲間たちと100%の自分を見せて向き合う事を避け、心に壁を張っていたのかもしれない。
その次に、ワタルが思い浮かべたのは……
「……エルザにも、そうなの?」
「ッ……」
緋色の髪の持ち主。
心を占める彼女の事を考えている時に、ミラジェーンにも指摘されたワタルは、偶然とはいえ結果的に考えている事を読まれた形になってしまい、少し息を飲んでしまう。
彼女の問いは具体的な物ではなかったが、彼女が何を言っているのかは、ワタルにも分かる。彼女との付き合いは、エルザほどではないが長いのだ。
ましてや、ミラジェーンはエルザとかつては切磋琢磨していた。少し天然入ってはいるが、心の機微に聡い彼女がエルザに関して自分に言う事となれば、嫌でも分かるというものだ。
ワタルは心に生じたわずかな動揺を消すと、答えた。
「……そう思ってるつもりだ」
「そう……」
「?」
ワタルが肯定すると、ミラジェーンの表情に、一瞬だが僅かな憂いの色が走った。
瞬きしたら消えていたような、ほんの一瞬の事であり、すぐに笑って祝してくれる彼女を見て、ワタルはそれを見間違いか錯覚だと断じる。
「良かったじゃない! エルザもきっと応えてくれるわよ」
「……そう、かな。そうだったら嬉しいけど……」
誤魔化すように笑ったワタルだが、昨日の夜の事を思い浮かべてしまって頬は熱を持ち、内心では浮かれ気分を制するのに理性を使っていたため、さっきのは目の錯覚か何かだと思い込み、それについては考えない。
ほどなくルーシィがシャワー室から出てきて自分の境遇を話し始めたため、それを思い返す事も無かった。
= = =
「……で、戦いもせず逃げ帰ってきたと?」
場所は変わってフィオーレ王国の北東に位置するオークの街……の外れの丘にそびえたつ古城。荒れてはいるが、魔導士ギルド・幽鬼の支配者のれっきとした本部だ。
本部からほど近いオークの街に支部を置いているのは、幽鬼の支配者が、フィオーレに存在する魔導士ギルドの中で最も規模の大きい事が主な理由である。オーク支部は窓口といったところか。
城のような本部の玉座に腰掛けているのは幽鬼の支配者のマスター・ジョゼ。
首元に十字架と四葉のクローバーを模した聖十の証を煌めかせ、任務失敗の報告をしたエレメント4の一人、大地のソルに確認していた。
撤退の際にああは言ったが、叱責や罰則の一つは覚悟していたソルには、静かに確認しているジョゼの紳士的な態度が逆に空恐ろしく感じられ、弁解のために口を開く。
「い、いえ、任務は“黒き閃光”に邪魔されまして……それに、標的、ルーシィ・ハートフィリア様には我らの目的は伝えておりますゆえ……」
「フム……本当ですか、ジュビアさん?」
「はい、マスター・ジョゼ」
ジュビアの肯定の返事に、ジョゼは顎を撫でて少し思案すると、唇の端を上げて笑みの形を取った。
「……まあ、最低限の役割は果たしているようですし……」
「はい、マスター・ジョゼ。それに、この程度で我らの計画は―――――」
変わらない。
ジョゼの笑みに赦しを見たソルは安堵に顔を輝かせながら、そう続けようとしたが……それは叶わなかった。
「誰が発言を許可しましたかな、ムッシュ・ソル」
笑みを消したジョゼの冷たい言葉と漏れ出す膨大な魔力に、ソルは顔を凍りつかせてしまう。隣に立っているジュビアも、矛先を向けられたわけでもないのに、余波で冷や汗を流している。
「計画はもちろん変更はありません。修正も、特に必要ないでしょう。ですが、我が幽鬼の支配者のエレメント4ともあろうものが妖精の尻尾のクズに後れを取るなど、あってはならないのですよ。ムッシュ・ソル……力で他のエレメント4に劣る貴方が何故その地位にいるのか、よく考えてください」
ギルドの兵隊に比べれば、一線を画す力量を持つソルだが、他のエレメント4……大火の兎兎丸、大海のジュビア、大空のアリアに比べれば、その実力は一歩劣る。
そんな彼が、何故エレメント4として他の3人と肩を並べているのか……それは、彼の性格に原因があった。
敵の情報を調べて、トラウマでも何でもその弱みを徹底的に突く……明晰な頭脳を生かした、狡猾とも呼べる戦法がジョゼの目に留まり、見事エレメント4の座を手に入れたのだ。
先のワタルとの邂逅で、己の戦法が通じないと見ると、ソルは任務続行よりも撤退を選んだ。
見ようによっては臆病ともとれる戦法をとる彼は、その憶測に違わず小心者である。撤退の理由は不利を悟ったのもあるが、ワタルの怒気に恐れおののいた、という理由もあったのだ。
そんな彼が、穏やかな言葉とは裏腹に、ワタル以上の重圧を放つジョゼに対してできる事といえば、顔を真っ青にして震えながら頭を下げて誠意を見せる以外に無かった。
「も、申し訳ありません、マスター・ジョゼ! この失態は必ず取り戻して見せます! ですから、どうか……」
「次はありませんよ、ムッシュ・ソル。ジュビアさんも……分かりましたね?」
「おお、マスター。なんと慈悲深い……!」
「は、はい……」
魔力を引っ込めて重圧から解放されたソルはジョゼに忠誠を誓い、ジュビアもまた安堵した様子で首肯した。
実のところ、ジョゼにしてみれば現段階でのルーシィの身柄の有無など些細な問題であり、本来ならここまで叱る必要は無い。
だが、あえてそれをやったのは、『最初から見て状態が変わっていなくても、落として上げれば優遇されたように錯覚する』というアメとムチの心理を利用したジョゼの人心掌握術だった。
「さて……我々の邪魔をしてくれた“黒き閃光”はどうしてくれましょうか……」
フィオーレ一の規模を誇る幽鬼の支配者の頂点に立つジョゼは、魔力にしても普段にしても外交にしても、おおよそ欠点と呼べるものを他人に見せる事は無かった。気に入らない妖精の尻尾に関わる事でなければ、だが。
ワタルに対する苛立ちと、どんな苦痛を与えてやろうかという嗜虐心から顔を邪悪に歪めていたところ、彼はふと意識を集中させる。
「――――おや、そろそろですかね」
= = =
幽鬼の支配者オーク支部最上階、VIP専用の応接室。
シャンデリアや高級なソファや花瓶など、華美な装飾が施されていたのだが、今は見る影も無く破壊されていた。
「ジョゼェ……あれは何の真似じゃ? お?」
その惨状を作り出したのは激怒を隠そうともしないマカロフ。
レビィ達を傷つけられた報復として、殴り込みをかけた妖精の尻尾一同が幽鬼の支配者の構成員相手に暴れている間、単身ジョゼのところへ乗り込んだのだ。
その怒りは凄まじく、歩いているだけで何ら特別な事をしていないにもかかわらず漏れ出す魔力だけで扉や装飾を破壊し、建物全体を振動させていた。
「これはこれは、マカロフさんではありませんか」
対するは幽鬼の支配者のギルドマスター、ジョゼ。
部屋の惨状を気にすることなく優雅に椅子に座り、口元に笑みを湛えている彼は思念体なのだが……それをマカロフが知る由はなかった。
「お久しぶりです。6年前の定例会以来ですか……」
「世間話をしに来たわけじゃねえんだよ、ジョゼ」
挨拶を遮り、マカロフは腕を彼が得意とする魔法、|巨人〈ジャイアント〉で巨大化させて殴りつける。
怒りを込めた拳は大理石でできた椅子を、その向こうの壁をも粉々にしたが、ジョゼに効いた様子はない。それどころか、その姿にノイズが走っているのを見て、マカロフは声を荒げた。
「思念体!? 貴様、ギルドから逃げたのか!?」
「聖十大魔道同士の戦いは天変地異さえ起こしかねない。私は合理的な勝利を好むのでしてね」
「どこにおる! 正々堂々と来んかい!」
「……何の真似か、でしたね」
ジョゼの言葉を無視して怒声を思念体に浴びせるマカロフにジョゼは軽く嘆息すると右の掌を上に向けた。
現れたのは豪華なドレスに身を包み、高級そうな髪飾りや耳飾りで彩られた、一目でどこかの令嬢と分かる女性の肖像画。彼女の名は……
「ルーシィ!?」
怒りから一転、驚愕の声を上げたマカロフに構わず、ジョゼは口を開いた。
「ギルドに所属する魔導士が他のギルドの魔導士に絡む……その理由は、大抵は依頼でしょう?」
「ルーシィが目的だとしても、ガキどもを狙う理由になっとらんぞ。本人にでもワシにでも、一言有れば傷つかなくて済む者がいたというのに……!」
もう遅い、貴様等はギルドのガキどもを傷つけた。
そう言って再び怒りに顔を染めたマカロフに対し、ジョゼは笑みを崩さなかった。
「おやおや……妖精の尻尾に話が通じるとは驚きですね。それに、たった一人相手に何もできなかったゴミ相手に話し合うという発想はありませんでした」
思念体には魔法・物理問わず、本体にはダメージを与えられない。
それは思念体魔法の最たる特徴だったのだが、マカロフはこの時それを忘れた。
いや……
「……妖精の尻尾審判のしきたりにより、貴様に三つ数えるまでの猶予を与える」
傷つけるだけに飽き足らず、あろうことか自分の前で息子や娘同然の仲間たちへの侮辱の言葉を吐き出したジョゼに対し、血管が破裂せんばかりに青筋を立て、構えた両手の間に光を浮かび上がらせたマカロフの表情には、憤怒以外の色は無かった。
僅かに残っていた冷静さを無くしてしまったのだ。
だから、音も気配も無く、背後に現れた存在に気付かない。
「悲しい!」
「くぁああああっ!!」
背後に現れた魔導士はエレメント4の一人、大空のアリア。彼の魔法によって、マカロフの小柄な体躯は吹き飛び、壁を破って下の階へ落ちて行ってしまう。
アリアの魔法によって急激な魔力の枯渇していき、薄れゆく意識と視界の中でマカロフが見たのは、布で両目を覆って涙を流す巨漢ではなく、表情を紳士的な笑みから嘲笑に変えていたジョゼの思念体だった。
「仲間のために怒る……それが貴方の美徳なのでしょうが、それも過ぎれば毒になる。いい教訓になったでしょう、マカロフさん……ま、聞いていないでしょうがね」
本部にて、思念体を通して一部始終を見ていたジョゼの本体は冷たく言うと、マカロフを陥れる役目を果たした思念体を消すのだった。
「フフフ……アリアさんとガジルさんが到着し次第、計画を次の段階に移しますよ、ジュビアさん、ムッシュ・ソル」
了解して準備を始めた二人をよそに、ジョゼは笑みから一転、今頃オークの街から撤退しているであろう妖精の尻尾の面々を嘲笑いながら、邪悪な表情でひとりごちる。
「マカロフは倒れた。次は貴様等だ、妖精の尻尾」
後書き
原作では小物且つエセ紳士だったジョゼさんですが、仮にも大規模なギルドを纏めるギルドマスターであり、聖十の1人だった訳ですから、妖精の尻尾が関わらなければ有能だったのではないかと思う今日この頃
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