ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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GGO
~銃声と硝煙の輪舞~
銃の世界
曙景。
顔を出しかけている過激な陽光に照らされて、夜気が切り裂かれ、薄い陽炎が味気ない砂世界の上でもがき始めている。
もうまもなく、影にいてもHPが減っていきそうな、じりじりとした日光と熱砂が織り成す火炎地獄が幕を開けるだろう。その前にケリをつけなければならない。
砂漠では、夜は結構本格的な寒冷地仕様装備が要求されるほど冷え込むくせに、真っ昼間はすっ裸になってもフライパンの上で焼かれているような感覚を味わい続ける。昼と夜のちょうど真ん中の、夕方か早朝に攻めるのがベストではあるが、それにしたってタイムリミットがある。
黄色い砂に折れて突き刺さっているとしか思えない、剥き身のコンクリートビルの残骸に背を預けながら、ミナは嘆息した。
待ちくたびれた。
その吐息をそのままそっくり不満と受け取ったリラが、ギッとキツい目線を飛ばしてくる。
「何よ、ミナ!もう少しなんだから我慢しなさいよ!」
「もう止めようよぉ、リラちゃん。リアルじゃあもう四時になるよ~」
「じゃあミナ一人で落ちなさいよ!あたしはまだ待つから!!」
えぇ~、と。
叫び声とも呻き声ともつかない声を上げながら、ミナは再度手元に視線を落とす。
手首に巻かれた、GGOではかなり珍しいカラーの可愛らしい桜色のデジタルウォッチに表示されているのは四時二十分。午後と信じたいが、残念ながら残酷な現実はきっちりAMという前置きを示している。
ここに陣取り始めたのが、記憶が正しければ午後十時くらいだったので、なんと驚きもう六時間以上ここにいた計算になる。
そう思った途端、目蓋が勢いよく店じまいしそうになるのをすんでのところで防ぎ、代わりに右手で無駄と分かりながら眠気をこすりとる。
「っていうかリラちゃん。よく眠くないね」
「気合よ!」
何とも男気溢れる言葉を頂戴する。いやまぁ、実際問題その通りなのだが。
「むぅ、ホントに来るのぉ?全然来ないじゃん~!」
「来るっつってんだろ!いい加減にブチ切れっぞボケ!」
隠れている身の上のくせして、とうとう腕をブン回し始めた相棒を宥めつつ、ミナは確かな物音を聞いた。
ザザザザ、という。
砂風呂を掻き分けるような、羽虫が羽ばたくような、そんな音。
べっちーん!と割と本気でリラの口に手のひらを叩きつけて黙らすと、さすがの直情系でも自体の変化に気がついた。
「何すんじゃワレごるァーッッ!!!!」
――――とかいう甘い幻想を抱く暇すら与えられないらしい。
「も、もう、リラちゃん!来たよ!!」
「ん?んん~?……ほ、ほら見なさい!あたしが言った通りでしょ!」
その割には目線がザッブンザッブン泳いでいるような気がするのは気のせいだろうか。というか、気のせいであってほしい。
え?嘘でしょ?
まさかここまで待たされて、その根拠が勘とか言わないよね?ていうか言うな。
二人してコンクリートの塊から顔を出し、陽炎が次々と産出されている砂漠の地平線に眼を向けた。リアルだとまだギリギリ夜明け前であるがGGOでは少しだけ時間軸がズレているため、地平線の向こうから顔を出している太陽は、もうその全容を現そうとしていた。
ジリジリという擬音語までくっ付いてきそうな暑さが、出した顔にモロに来る。
「…………帰りたくなってきたわね」
「ここまで来て諦めないでよぅ!」
ぎゃーぎゃー言い交わす二人の前で、異変は起こった。
地平線よりもうちっとこっち側で、ドバッ!と砂柱が立ち昇る。
次にやって来たのは衝撃波。
重い空気の層が砂塵を伴って、コンクリートごと砂漠から引っこ抜こうとする。
慌てて首を引っ込めた瞬間、ゴバッ!!という音とともに先刻まで顔があった位置を致死の風が素通りしていく。陽光に照らされ、熱された風は、仮想体の身体など元の色が分からないほど蒸し焼きにするだろう。
ざばぁ………
ざふぁ……ざぁ………
かなり遠いところだが、断続的な音が空気を震わせてくる。
遠く離れたここでも地面が振動していると言えば、その規模が伝わるであろうか。
「移動してるわね。ミナ」
「ん。……………パターン……C、かな?」
リラは取っていない《聞き耳》スキルを使用する。
今まで血と汗と涙をちょちょぎらせながら収集した《ヤツ》の移動パターンを頭の中で展開して、鼓膜を震わせる音と肌で感じる振動から大体の位置を割り出し、二つの情報をもとに参照する。
「ってことは、ここに来るのは四分後ね」
「麻痺地雷でも仕掛ける?」
「じょーだんっ!どーせアースして、十数秒くらいしか麻痺持たないわよ、《アイツ》」
だよねー、と相槌を打ちながら、ミナは掩蔽物からそっと顔を伺わせて《ヤツ》を見た。
ホオォォォオオオオオオオオオオオオォォォォォォォッッッッッ!!!!!!!!
空気が丸ごとかき乱されるような《咆哮》が鳴り響く。
正式名称【デトックス・ホエール】
通称《砂漠クジラ》
黄色い砂しかない砂漠を、まるで大海のように潜ったり泳いだりしている、超が付くほど巨大なクジラである。
大きいものが強いとか、そんな漫画みたいな法則が適用されているGGOに巣食うクリーチャー達ではあるが、このクジラに関しては頭一つ飛び抜けているといってもいい。
何せ、あれの討伐クエストがアップデートされてからもう三ヶ月も経っているのに、MMOであるにも拘らずまだクリア者がいないと言ったら、その凄さが伝わるだろうか。
そんな、色んな意味で難攻不落なこのクエストに、なぜミナとリラはたった二人で参加しているかというと。
「さぁーって!狩りの時間よ、クソクジラ!あいつブッ殺して、あたし達がGGOで一番だってこと、知らしめてやるんだから!」
まぁ要するにこんな感じだ。
正直、こんな事で六時間も引っ張りまわされた日には、少しくらいブチ切れても神様も同情してくれるのではないかと思う。
どう考えても、世の女子がほぼ一生浮かべる事のないように祈りたい闘争本能の塊ような獰猛な笑みを浮かべ、ギュッとグローブを締め、コンクリートの掩体に足をかけるリラ。
その隣に並んで、ミナも己の得物を静かに腰から外す。
正式名称《F2000R》
通称《オモチャの兵隊》
実弾銃は現実のものに準拠しているGGOの中では珍しい、アサルトライフル《F2000》の上位互換である架空の銃器だ。
材質は積層プラスチック。形状も人間工学に基づいた設計がされているため、どこか戦闘機のような流線的な機能美を兼ね備え、まるでオモチャの鉄砲にも見える。銃身を覆う衝撃吸収用の特殊ゴムと炭酸ガスにより、射撃の反動は極限まで軽減され、その軽反動は卵の殻すら割らない。
その真価は、命中精度。
赤外線により標的を補足し、電子制御で『最も効率良く弾丸を当てるように』リアルタイムで弾道を調整する機能を持っているらしい。
しかし実際問題、そんな銃口が自動的に照準されるようなチート性能はもちろんなく、着弾予測円が通常と比べて三分の一ほど削減されているくらいだ。いやまぁ、それでも充分すぎるほどなのだが。
金が掛かるからダメ!と言われ、戦闘以外ではセットしていない弾倉をポシェットから出し、ジャカッ!という小気味よい音とともに滑り込ませる。
セーフティを外し、一発目の5.6ミリ弾が薬室に送り込まれる。
その感覚に、思わず口角を吊り上げていると、隣からピピッという小さな電子音が響いた。
思わずそちらを見ると、リラはといえば野球ボールくらいの真っ黒い球体を一つ、鼻歌でも歌いだしそうな気楽さでお手玉していた。
「ってそれ、こないだ《船》で苦労して掠め取ったヤツでしょ!《BoB》本戦まで取っとくって言ってたよね!?ただでさえストックないのに!」
「構やぁしないわよ。もう一度取ってくればいいんだから」
「それ取るのにドンだけ苦労したか覚えてないとか言わないよね!結局掠め取っただけで、本命クエストほっぽりだして逃げただけでしょ!」
「逃げてなんかない!戦力的撤退よ!」
「同じだよね!?それおんなじ意味だよね!?」
「はいはいうるさいうるさいどぉーっんッッ!!!」
ドッグァーッッンンンンンンンンッッッッ!!!!!!!!!
やる気がなさそうな掛け声と一緒に、地殻がまるごとひっくり返り、鼓膜が全て引っぺがされるような光と閃光と熱が二人を襲った。
次に、サイクロンに砂を混ぜたような暴風が、足を踏ん張る二人をまとめて薙ぎ払おうとする。
「ちょ、ちょっと威力高すぎない~!?」
「これっくらいないと本戦のバケモンどもに効かないでしょーが!」
アッハァ~!と片手の指先を耳に突っ込みながら、明らかにテンションを上げながら、リラは無意味にもう片方の手の人差し指をまっすぐ天に向かって突き上げていた。
発生した莫大な衝撃波は大気も叩いていたが、同時に砂中も振動させていた。
ビリビリと、地震にも似た波長が足首を震わせ、また《砂クジラ》のほうもダメージが発生したようだ。
ホオオオオォォォッッ!!!という咆哮が脳を揺さぶる。
「お、おぉ~、地中にも効果ありなんだ~コレ」
「もうっ!こっちまで範囲ダメ喰らったら、どーしたの!」
「ンなことよりほら!タゲとっといでー」
ほんとにわかってんのかなもー、と。
ため息を一つ吐き出しつつ、掩体から身を乗り出してAGI全開で砂を蹴る。腹立ち紛れに砂をバラ撒き、次の瞬間ミナの身体が弾丸と化す。
その両手には、一丁ずつのトイソルジャー。
右腕が跳ね上がる。
旋条が刻まれた銃口が、複数の閃光を吹く。
タタタタッ!タタダダタタタタタッッ!!
断続的で律動的で、どこかドラムを叩くような発砲音とともに、まさに地面に潜ろうとしていたクジラの尾ビレに複数の弾着痕が発現する。
痛そうな泣き声とともに、それでも潜ろうとする巨大生物に、とうとうミナはその身体に飛び乗った。
そのまま左の銃口を直接、ゾウみたいなザラザラしている皮膚に密着させ、マガジンをそのままの勢いで空にする。
分類的にはアサルトライフルにカテゴライズされているトイソルジャーの全弾射撃ニ連撃を喰らっても、四段にも積み重なっている膨大なHPバーの一パーセントも削れていなかった。
うへぇ、と。
顔を歪めるミナの後方、バリバリの筋力値優先能力構成型で、移動速度の遅いリラが自らの得物を構えていた。
一見すると散弾銃にも見える、大振りな銃器だ。ショットガン――――いや、普通の銃器と違う点といえば、リラはそれを肩撃ちしている点だ。
そんな撃ち方をする銃器カテゴリーといえば――――
「発射アァァーッッ!!!」
ボン!!
発砲音に似合わないくぐもった音に続いて、ショットガンではありえないほどの大きさを誇る40ミリ口径の銃口から弾丸が発射される。
その輝弾は大慌てで飛びのいたミナが足場にしていた大クジラの背中付近に着弾し――――
爆発した。
ッドンッ!と腹に響く音が空気を振動させると同時、デトックス・ホエールの背の肉がごっそり爆ぜ抉り取られる。黄色と白の間のような色の表皮に反し、赤黒い血と肉が空を千切れ飛んでいく。
ゴアアアァァ!と、初めてクジラが本気の悲鳴を奏でた。
HPバーのほうも、眼に見えてカリッと削れる。それでも五パーセントくらいだろうが。
宙空でくるりと一回転し、猫のように砂地の上に軟着陸すると、頭の上にビチャビチャと血霧が降り注いできた。数分で消えるとはいっても、やはり嫌な思いはするものだ。
「ちょっと!ちょっとちょっとちょっと!何で私狙うの!」
「あたしが狙ってたトコにミナがいるからよ」
適当にうそぶきつつ、リラは手中にある得物の中ほどを持ち、力を込める。ッポン、という軽い音とともに、ぶっとい銃身が滑らかに折れた。
そのままでリラが銃口を上に向けると、デカい空薬莢が滑り落ち、黄色い砂の上に音もなく落下した。
M79
そのカテゴリーは擲弾発射器。
銃口に取り付ける方式のライフルグレネードが主流だった1960年代に、歩兵に随伴する近接支援としてアメリカが開発した一丁である。
中折れ単発式。つまり一度に装填できる弾丸の数は一つきりで、さらに再装填に僅かな隙ができるのが玉に瑕ではあるが、それらを補ってなお高いメリットは、発射できる弾丸の種類による。
榴弾。
焼夷弾。
フレシェット弾。
いずれも、おおよそ人体ではなく、対車両、対戦車、対家屋といった、《物体》に向けて放つものである。
対人ではなく対物。
その威力は、わざわざ言わなくても分かるだろう。
薬莢を排出した銃身に、肩掛けしているショルダーバッグから取り出した弾丸を詰め直す。あのバッグだって、装備重量の許す限りほぼ無限に弾を詰め込める四次元バッグだったり、相当のレア物だったりするのだが、普段の使用方法からはそんな気配は全く伺えない。
「おっしゃ第ニ弾――――」
ホオオオォォォォーッッッ!!!
ボゴォッ!!とリラの足元が爆発的に膨れ上がる。
「り、リラちゃん!尻尾攻撃!!」
「くッ!この――――ッッ!」
先刻リラのM79が放った榴弾の破裂音など、爆竹程度に思えるほどの大音量が鼓膜に響き渡った。
砂中から爆音とともに持ち上がった、学校にある二十五メートルプールにすっぽり収まりそうなほどの尾ビレは、圧倒的な速度を持ってリラの小柄な身体をミナの視界から掻き消した。
「リラちゃ――――ッ!」
ゴッ!という空気が切り裂かれる恐るべき音が耳を通って脳が認識した瞬間には、もう手遅れだった。
背に乗るミナを、いくら柔らかいとはいえシステム的に破壊不能と設定されている地面に叩きつける勢いで巨体を真横にローリングしたクジラは、そのまま砂漠の中に潜ってしまった。
みっちり砂が詰まっている土嚢でブン殴られたような衝撃に、視界いっぱいにヒヨコを飛ばしながら、同時に口内に嫌というほど入った砂粒を悪態とともに吐き出しつつミナは立ち上がる。
―――いったぁ~。……ミナちゃんは。
視界隅に小さく浮かぶパーティーメンバーのHPバーを見た限り、驚きの四十パーセントも削れてはいるが生存しているらしい。
すぐさまメニューウインドウから簡易マップを呼び出す。
味方の陣形が秒単位で必要であるFPSというジャンルの中にあるGGOでは、パーティーメンバー限定ではあるが位置情報はかなり正確に記されている。
手元に現れた簡易マップによると、リラは相当遠方に吹き飛ばされたようだ。今の自分の現在地点からの距離が五キロ弱もある。トロいリラが再びここに到着するには、すぐにという言葉では言い表せないだろう。
「……………………………………………………………はぁ」
ぐしゃ、と前髪をかき上げつつ、重いため息をミナは吐き捨てた。
背後からズズゥーンン、と巨体が再度浮上しようとする前兆音が破裂した。
「あぁ~もぉー、けーっっッッきょくこーなっちゃうのかぁー」
ジャコン、と。
音が響く。
空になるまで撃ちまくったトイソルジャーの空弾倉を滑り落とし、新たな弾倉を勢いよくセットした音だ。
右と左。
二丁のトイソルジャーを構え、ミナは《笑み》を浮かべる。
獰猛な。
酷薄な。
狂的な。
そんな、普段の彼女の言動からは絶対に伺えない。
笑いとは言えない《嗤い》を。
口が左右に引き裂かれるような表情筋の動かし方をしながら、ミナはグッと足に力を込めた。
「邪魔者が来るまで、あ~そぼっ♪」
風車に向かっていく蛮勇のように。
しかしその実、心底愉しそうな表情で。否、恍惚さえ感じているように。
小さな足が砂地を踏みしめ、小柄な身体が疾駆する。
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「 ま た 新 キ ャ ラ か 」
なべさん「なっ!またとは何ですまたとは!見なさい、新キャラはALOでは出てきてないでしょう!!」
レン「え~っと、なになに……狼騎士隊の副隊長のヒスイに、《幾何学存在》シバこと桑原史羽。あ、そうそうついこないだもヤクザな二人が――――」
なべさん「だーっ!もういいですぅわかりましたー!出してます!新キャラ出してます!!」
レン「いやこれ改めて見ると相当出してるんじゃ……あ、そうだ。刑事の二人もだ」
なべさん「それはモブじゃねぇの!?」
レン「こらこら、自分が作り出したキャラをモブ扱いするんじゃない」
なべさん「む、むぅ、さりげなく正論を……」
レン「まぁ僕の出番が減らなかったらどうーでもいいんだけどねー」
なべさん「コイツッ……!清々しいほどのクズだ!!」
レン「はい、自作キャラ、感想を送ってきてねー」
――To be continued――
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