Shangri-La...
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第一部 学園都市篇
第3章 禁書目録
七月二十五日:『幻想殺し』Ⅱ
発電用の風車が、連結部を軋ませながらクルクルと廻っている。夜の闇を震わせる風音と共に、バサバサと怪異の羽音────否、翠銀の少女の羽織る、襤褸の黄衣の裾がはためく音。
「……大分、使い熟してきてるみたいだね。しかし、『門にして鍵』だなんて。最初に見た時とは、天と地の差だ」
微かな星の光に隠されるように遥か高層の風と共に発された呟きは、他の誰にも届きはしない。ただ、哭き喚く風に消えるのみ。
そう、届きはしない。明らかなネオンサインに晒されるように遥か眼下、仕方無さそうに頭を掻き毟り、雲丹頭の少年を背負って搬送しようとしている『彼』には。
「だよね、兄貴……伯父貴────」
語り掛ける、その背後。スコープで覗く、レインコートを纏う潮の香りの美青年と……刃金に鍛え上げられた体躯を革のジャケットに包んだ、白髪にサングラスの巨漢。
「…………ああ」
「ハッ…………」
そんな二人が、揃って正反対の反応を見せた。片方は、経験と照らし合わせて『更に手強くなった』と。
そして、もう片方は────
「イギリス清教の馬鹿正直な魔術師相手に苦戦して、生まれながらに選ばれてたような『聖人』風情に気圧されてケツ捲るなンざ、アイツの弟子って事で多少は買い被ってたかねェ……」
魔導師“牡牛座第四星の博士”は、経験と照らし合わせて『大した事はなかった』と判断して。
バチリ、と空気が爆ぜた。緑色の雷光が風車塔を一瞬、消したかのように瞬かせて。
「セラ、ティトゥス……明日、襲撃を掛ける。テメェ等の結界、指定した地点に張っとけ」
「「了解!」」
それに怯えたように、二人は揃って声を張り上げた。経験と照らし合わせて、『本気だ』と判断して。口で糞味噌を吐く前に、昔仕込まれた通りに『上官』と言う事にしたのだ。
それに何の反応も示さず、浅黒い白人は虚空に歩み出す。地上数十メートル、常人ならば即死ものの高さ。そして────緑色の雷光が瞬いた次の刹那には、既に地上を悠然と。何時の間にか葉巻を吹かしながら、肩で風を斬りながら歩いている。
「久々に……“米国協同協会”が誇る、伯父貴の『現消実験』を見られそうだな。不謹慎だが、俺は心が踊っている」
「気持ちは分かるけどさ。悠長だね、兄貴は……詰まり、喧嘩売るって事だろ? ビーカーの中の、現代最高位の魔術師に」
くつくつと、意地悪げに微笑んだ少女。その頭を、苦笑いしながら青年が軽く叩く。出来の良い兄が、不出来な妹の悪戯を嗜めるように。
「相手になど、なるものか。既に死に掛けの老骨などに。我等が師父、“牡牛座第四星の博士”が」
「だね、心配なんてしたら、ボクらが打ち殺されちゃうか。さぁ、仕込み仕込み」
確かな信頼を、二対四つの瞳に灯して。二つの影は、何処へともなく姿を消した。止まった車、そこから歩みでたピンク髪の……幼女?に連れられて行く彼らに気付かれぬまま。
虚空に浮かぶ、黄金に染まる純銀の影を放つ……無色の月に気付く事も無く。
………………
…………
……
手当てを終え、布団に寝かせた少年を見下ろす。包帯まみれのその姿を、煙草を燻らせながら。
時刻は既に、午前三時。草木も眠る丑三つ時だ。
「こんなもんか……見た目の割りには、そう深くない傷ばっかだったな」
住宅の一室、缶ビールの空き缶やコンビニ弁当のカスなどが散乱した、中々に汚い室内。割りと綺麗好きの嚆矢としては、片付けたい衝動に駆られたが、他人の部屋だ。我慢した。
なお、この部屋の借り主は『月詠 小萌』。当麻を搬送しようとしていた時に偶然にも通り掛かった、どう見ても幼女にしか見えないが、彼の担任らしい。何故か何処かで見た事がある気もしたが、今は怪我人を優先して気にしない事にした。
──ビックリしたよな、いや実際。そんな偶然があるとは、この男、随分な強運だ。
しかし、車のナンバーとか内装が代替車っぽかったな……何かあったんだろうか?
『てけり・り。てけり・り』
「あん? 何だよ、また欲しいのか? あのな、これもタダじゃねぇんだ、一回活躍する毎に一本だからな。次に活躍するまで、お預けだ」
『てけり・り。てけり・り……』
紫煙に誘われたか、影が沸騰するように泡立ちながら現れたショゴスが。恨みがましく血涙を流す瞳で睨みながら、しょんぼりと平面に還るのを見届けて。
代わりに、救急箱を片付ける。傍ら、今は傷薬や包帯、湿布薬や鎮痛剤などを買いに車を走らせている部屋の主が、『冷やすものとかが必要なら、冷蔵庫に入っているものを好きにしてくださいね』と言っていた事を思い出す。
なので、台所に向かって歩く。冷蔵庫を開けて、中から飲み物を……清涼飲料でもないかと思ったのだが、缶ビールしか無かったのでそれを頂いて。
「あ……こーじ! とうまは、とうまは大丈夫?」
「おっと……インデックスちゃん」
そこに、台所から駆け出してきた少女。青みの強い銀色の長い髪、妙にでかい安全ピンで継ぎ接ぎだらけの白い法衣に身を包んだ彼女……『禁書目録』と名乗った少女を見遣る。
「心配ないさ、救急箱の中に有るもので事足りたし。まぁ、魔術が効かないのには驚かされたけどさ」
「そっか……よかった。ありがと、こーじ!」
「どういたしまして」
心の底から心配していたのだろう、当麻の無事を聞いて、ほうっと安堵の息を吐いた。
──そう、『禁書目録』。かつて、師父から聞いた『イギリス清教』の『必要悪の協会』の魔術師であり……『十万冊以上の魔導書を暗記している』筈の少女が、だ。
最初は警戒した。何せ、その『必要悪の協会』所属の魔術師を相手にした直後だし、当の上条は彼らにこうされたのだ。しかし、どうやら何らかの事情で彼女もまた、その『必要悪の協会』に追われているらしい。
「……とうまの右腕は、『幻想殺し』だから。魔術を、『殺し』ちゃうんだ。私の法衣もそれでだめにされちゃったんだ」
「『幻想殺し』ねぇ……まぁ、そうでもなき説明つかないけど」
プルタブを開け、ぐいと煽る。喉を滑り落ちる冷たい麦芽の苦味と酒精のもたらす熱が、腹の底から体温を上げていく。
久々に感じるその、腹の中を優しく掻き毟られる感覚に、くうっと唸りながら。
「とうまのとこ、もう行っても大丈夫だよね? ね、こーじ」
「あぁ、勿論。付いててやりな。けど、騒ぐのは」
「うん!」
最後まで聞く事も無く、インデックスは当麻の元へと駆けていく。苦笑しながら、換気扇を回して紫煙を吹かしつつ麦酒を煽る。
「やれやれ、あんな可愛子ちゃんに好かれてまぁ……羨ましいねぇ」
幸い、明日は『風紀委員』は非番。『警備員』や『アイテム』の招集が無ければ、一日、時間は空いている。帰り付いてから一眠りしても昼には目が醒めるだろう。
携帯を弄る。よく見れば、義母からメールが届いていた。日時は二十二時頃、一番忙しかった時間だ。だから、メールで済ましてくれたのだろう。
「……何々、『情けは人の為ならず』?」
それだけ。他には何もない。しかし、だからこそ考えさせられる格言だった。
「……そうだなぁ。そういや、恩返ししなきゃな」
そのまま、携帯を弄る右腕に目を遣る。前腕に巻かれた、黒子のリボンに。確か、同じく非番の筈。
明日の、一応の『予定』を立てる。まぁ、まだまだ『未定』だが。
「当たって砕けろ、だな」
携帯を閉じ、居間に。一応、乗り掛かった船だ。取り敢えず、小萌が戻るまでは待とうと決めて。
「そら、今回は特別だからな」
『てけり・り。てけり・り♪』
煙草を、麦酒をショゴスに与えて。それが平面の影に、玉虫色の煌めきと血涙を流す瞳の海に飲み込まれるのを待たず。
当麻を心配そうに看護するインデックスを横目に胡座をかき、卓袱台に肩肘を付いて仮眠を摂る事にしたのだった。
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