機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア
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第一部 刻の鼓動
第四章 エマ・シーン
第一節 追撃 第一話 (通算第61話)
前書き
クワトロ・バジーナに連れられてメズーン・メックスはサイド7を脱した。追撃に恐怖するメズーン。クワトロの超人的な操縦を目の当たりにして、メズーンは一年戦争の《赤い彗星》の名を頭に思い浮かべる。出迎えるカミーユたちに敵は去った。
君は刻の涙を見る……。
「《ガンダムマークⅡ》の訓練を何故〈グリーンノア〉でやっていたのです」
バスク・オムのデスクに両手を叩きつけ、ブライト・ノアはもの凄い剣幕でがなり立てた。
ティターンズの将校がざわつく。ティターンズが結成されて三年余り、すりよって来た将校は数多あれど、ブライトのように怒鳴り込んできた者はなかった。ブライト・ノアの名前は誰もが知っているが、彼らにとって、一般将校である以上、上官といえども格下という感覚が強い。冷や飯喰い――ブライトに対するティターンズの見方はそれ以上でも、それ以下でもなかった。
事態を収拾したブライトは、〈グリーンノア〉の損傷検分にやってきたバスクを掴まえ、執務室に乗り込んのである。事態収拾に奔走してくれたシャトルのスタッフは相手が悪いと諫めたが、そんなことで引っ込むブライトではない。冷や飯喰いには冷や飯喰いの意地がある。ましてや、ティターンズに対しては思うところがあった。
バスク・オムは傲岸不遜を絵にしたような異相の男である。一週間戦争でジオン公国軍の捕虜となり、戦後の捕虜交換で帰国した宇宙軍元陸軍派の将校だ。捕虜となったのが南極条約前であったため、拷問を受け視力を失ったという。視力補正用ゴーグルを愛用し、禿頭と大柄な体躯と相まって、より威圧感を増していた。デラーズの乱に際しジーン・コリニーとジャミトフ・ハイマンらが画策する陰謀に手足となって働き、時流に乗った軍国主義者である。ティターンズの領袖たるジャミトフの懐刀であり、極右で選民思想のアースノイドであった。
そのバスクが背中ごしにブライトをじろりと睨んで鼻白んだ。一般将校が何をか言わんやという態度であり、端から相手にしていないとも言える。
周りにいたティターンズの将校も今にも組み掛からんばかりにブライトを睨んでいた。控えているのはブライトが中佐だからではなく、バスクの手前大人しくしているだけであった。
「〈グリーンオアシス〉を接収し、貴殿方のいう〈グリプス〉基地としているにもかかわらず、何故、民間人を巻きぞいにする可能性のあるコロニーで行う必要があるのです!」
「軍事機密である。答える必要を認めん」
「なっ……」
ブライトは虚を突かれた。ジャマイカンの存在に気づいていなかったのだ。バスクの影のように立つジャマイカンを見やって嘆息しなかっただけでもブライトは自制心があったと言える。ジャマイカンの表情と態度はブライトを小莫迦にしており、蔑む視線と排他的な態度はティターンズに有りがちな――というより、そういう奴しかいない――ことであった。
「そんなことだから、スペースノイドの反感を育てるんです。〈グリプス〉の軍事基地化を進めれば進めるほど、民心を失い、地球は孤立するだけだっ」
ふんぞり返ったバスクは熱く語るブライトを無視した。話は済んだと言わんばかりの対応である。その上でジャマイカンに向かって顎を癪ってみせた。それはまるで猛犬の鎖を解き放つかのようだった。
「貴官は何か勘違いをしている。此処はティターンズの本拠である。しかも、上官に向かって、なんという口の聞き方か」
ジャマイカンの言葉にブライトは顔色を失った。自分が今どういう立場にいるかなどという小事ではなく、ティターンズが先鋭化し、それを抑える者が不在であるという恐怖にである。
「そんなことだから、エゥーゴと反地球連邦組織を結びつけてしまうんだっ」
ブライトの中ではティターンズも地球連邦軍の一部であり、エゥーゴも同様である。
だが、特権を与えられた者たちからすれば、自分たちは選ばれたのだと考えて当然だった。
「ティターンズを舐めるなっ」
言うが早いか、ブライトは側にいた将校に左の頬を強かに殴られた。続いて鼻っ柱にクリーンヒットを喰らう。もんどりをうって床を舐めさせられた瞬間、背中に軍靴の鈍い重さが激しい衝撃を伴ってのし掛かる。
「くっ……」
多勢に無勢である。もがけども、紺色の人だかりは微動だもしなかった。目の前にジェリドの軍靴が迫り、ブライトの視界を覆った。
ぐしゃっ。
鈍い音がして、ブライトは沈黙した。が、若い将校たちの暴走は簡単には止まらない。遠退く意識の中で、エマの声だけが記憶に残った。
「無抵抗の人間にっ……やめなさいっ」
ジェリドはブライトを蹴りはしたが、やり込められたウサを晴らしたに過ぎず、深刻な恨みもなければ、ブライトに突っ掛かる気もない。自分の優位性が保たれるのであれば、それで良かっただけであった。エマの声にバツの悪さを感じて垣根から離れた。
カクリコンなどは垣根に加わったに過ぎず、ブライトの率直さに理を認めてはいたものの、軍人は上官の言うことを聞くものだという態であった。
ジェリドにしても、カクリコンにしてもスペースノイド=ジオニストという思い込み――というよりも偏見と一年戦争の悪夢を繰り返させないために、ティターンズに加わったという側面がある。彼らには彼らの正義と『地球を救え!』という大義名分があった。
政治レベルからすれば、スペースノイドの自治権拡大運動は当然である。しかし、如何に戦争とはいえ、地球に屹立するコロニーという絵図は容易に忘れられるものではなかった。ましてや、大質量兵器の弾は宇宙に幾らでも浮いている。それが潜在的な恐怖を生んでいた。
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