機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア
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第一部 刻の鼓動
第三章 メズーン・メックス
第四節 離脱 第五話 (通算第60話)
左肘に被弾したレコア機に伴われて戦場を離れることに不甲斐なさを感じても何が出来るわけでもない。「仕方ないんだ」と自らを慰める以外、自分を喪わない方法を見出だせなかった。
加えて、ノイズ越しに聞こえるパイロットの声は自分と変わらない青年のものであることが、メズーンを余計に落ち込ませる。サイド7は後方であるという認識の上に胡座をかいたコロニー駐留軍には実戦経験がない。ジオン残党の緊張があるエゥーゴとの違いを、見せつけられている気がした。
士官学校を卒業すれば、前途が拓かれる――軍は実力至上主義と信じ、身を投じた。各サイド自治政府の士官学校の受験者募集ポスターに掲げられていたスローガン『君もスペースノイドの守護者たれ』に惹かれたのも事実である。だが、現実はティターンズに演習の的として駆り出され、スペースノイドの弾圧に加担しているも同然だった。出世はコネがなければできず、未来は眼前に広がる宇宙のように闇に閉ざされていた。
(俺はいままで何をやって来たんだ?)
気まぐれに一機の《ジムII》を視界にいれた。緑のシールドにGNと大きく描かれたロゴとエゥーゴのエンブレム。R004とマーカー表示が出ている。自分の愛機と同じ型であるが、色の所為か明るい印象を受けた。
《ジムII》を視界に収めたのは、シャアの動きを目でトレースしようとして失敗していたからだった。機動していない機体からでさえ軌跡の残像すら追い掛けられなかった。憮然としていると、また一つ火球が破裂した。
撃ったのは赤い《リックディアス》。《ジムII》が牽制の弾幕を張り、もう一機の《ジムII》が二四○ミリ無反動砲で追い込んだ瞬間、蜂が針を刺すような機敏さでビームピストルの銃口が火を噴いた。
「あれが、クワトロ大尉よ」
接触回線でレコアが教えた。すでに自己紹介は済ませてある。さっきから、メズーンが赤い《リックディアス》のパイロットを知りたがったからだ。
「まさに《赤い彗星》……ですね」
レコアに緊張が走る。クワトロがシャアであることは、現状、レコアですら肯定された訳ではない。レコアには歴然たる確信があるが、たかが数時間一緒にいただけのメズーンがそう確信したのだとすれば、危険である。マークしなければならない――と考えた。味方の中に敵を作る訳にはいかないが故に、マークすることは大事である。最終的には同志にすればいい。「味方は一人でも多い方がいい。できればパイロットがいい」と、アブ・ダビアが言っていたことを思い出した。
「でも、『赤』というよりは『ピンク』なんですね」
「そうね……共和国のシャア准将の機体だって、『赤』くはなかったわよ」
暢気で率直なメズーンの感想に、くすりと笑って応えた。気がついている風ではない。それならばと、メズーンに別人であることを強調してみせた。
現にシャアに扮したクワトロが戦場で駆るMSもサーモンピンクと臙脂の《ガルバルディ》であり、赤ではない。付け加えるならばシャアの《リックディアス》は臙脂というより茶色がかっており、正確にはシャアのパーソナルカラーとは違うこともメズーンの目を惑わすのに一役買うだろう。
「見たことがあるんですか?」
「ジオンのニュースはサイド7じゃあまり流れない? グラナダでは、ジオンは外国といっても一番近いサイドだから、結構ニュースで流れるのよ」
レコアは少しだけ饒舌だった。
自分の素性がバレることを嫌っての無意識なのかもしれない。彼女がジオンの外人部隊に在籍していた過去を知る者はエゥーゴにいない。ジオン公国軍時代の仲間は〈デラーズの乱〉で戦死したか、アクシズへと落ち延びているし、グラナダの司令本部にあった軍籍リストは撤兵のドサクサに紛れてシーマの指示で消失させられている。本国では国籍取得者以外の軍籍リストは保管しておらず、レコアは帰国早々、不法滞在者扱いで家族共々難民申請をさせられた。
本国が使い捨ての道具としてしか見ていなかったこととシーマの機転によってレコアはジオンという過去を新しい人生に書き加えられることはなかった。
「サイド7以外は知らないんですよ」
「そうよね。私もサイド2とグラナダぐらいだし」
この時代、他のサイドへ行き来するのは旅行ができる程の裕福な者たちか、地球圏規模でビジネスを展開する企業のエリートか、軍人か、コロニー公社の上級役人だけである。士官学校の合格者は入学手続きを取れば軍籍を得るため、メズーンは軍の手配したシャトルでフォン・ブラウンへ向かった。サイド7の外に出たのはその時だけである。
「見えたわ」
二人の眼前に白亜の艦体が近づく。
二○メートルの巨人でも《アーガマ》の前では小さく見えた。全長二六○メートル、全幅一三四メートル。両舷の張り出したカタパルトデッキが、ペガサス級の意匠を継いでいるような印象を与えていた。
「……《ホワイトベース》……」
管制室から『着艦よし』のサインがでた。相対速度は0。感覚的には静止状態である。スラスターを小刻みに使ってゆっくりとデッキに降りる。レコア機が左肘を失いながらも危なげなく着艦するとすぐさまデッキクルーらが取りついた。レコアらしきパイロットが機体胸部から出てセンターデッキへ流れたのが見える。
レコア機が奥へと運ばれるのを横目に、メズーンは必死で着艦操作をしていた。コロニーに戻るときと同じ操作でも広さが違う。コロニーと軍艦では射的の的全体と的中ほど違うのだ。
数分後、ようやく機体を着艦させるとメカニックがコクピットを開けろと指示してきた。
「俺はノーマルスーツを着ていないんだ!」
メズーンはハッチを強制ロックして叫ぶしかなかった。
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